47話・やあ、久しぶり。
―武元曹駛―
「やあやあ、久しぶり」
「相変わらず軽い男だ」
「いやいや、これまたご冗談を、昔の俺はもうちょっと真面目だったでしょ」
「さあな、少しぼけてしまったかもしれん、そう言われればそう感じるし、元よりそんなだったと言われればそう信じてしまう」
「ほう、まぁ、そういう透は頑張ったみたいだな」
「まぁ、のう……」
「キャラ作りとか」
「それは、いや」
「語尾とか言い回しとか、色々おかしいだろ」
「なにがじゃ」
ブッ……
ついに吹き出してしまう。いや、おかしい。
「そ、それだよ、ふふ……それが、おかしい、ははははは」
「なんじゃ、急に笑い出して、気持ち悪いの」
その台詞は新たな、笑いの爆弾としかならない。
俺は更に笑い転げる事となった。
そして、俺の中の笑いの温度が落ち着いた頃。
「はぁ、はぁ……笑い過ぎて……はぁ……死ぬ……」
「いや、死なんだろ」
「まぁ……」
よくご存知でなにより。
「まぁ、立ち話もなんだし、お前の部屋に連れて行け、老爀斎」
「お前に老爀斎と言われると違和感しかないのう」
「………」
大丈夫。落ち着け、もう慣れたはず。
いいか、俺、笑うな。笑ったら、雰囲気が台無しだ。
既に台無しとかそんなことは気にしない、それを気にしても負けだ。
「そ、それは、俺も違和感があるが、透と呼ぶよりはまだいいだろう」
「む、そうか?」
「あ……ああ、うん。そうだ……」
笑うな。
笑うなよ、俺。
「だ、だから、早く、お前の部屋に連れて行くがよい」
「あ、ああ、というより、お前も口調がおかしくないか」
「そのようなことは無い、早く連れて行け」
「というか、そちら側の言う台詞ではないの」
「気にするな……くくっ……」
ああ、もう、駄目だこりゃ。
俺がまたしても笑い始めたため、少しつくのに時間が掛かったが、無事、老爀斎こと、青石透の部屋に辿り着いた。
「ああ、ちょっとイフリート出していい?」
と、「窓開けていい?」くらいの軽い気持ちで質問を投げかける。
「燃やす気か?」
「いやいや、大丈夫」
「本当か?」
「うんうん、本当だよ、本当、試しに、別の精霊を出してみ「呼んだ?」ようか」
まだ言葉半ばだというのに、クリムが俺の足元から飛び出してきた。そして、俺の股の間にストンと座った。
そして、俺の右腕をよいしょと自分の前に、左腕をよいしょを自分の前に。
セルフで抱っこされている状況を作った。
果たして抱っこと呼んでいいのだろうか。まぁ、本人が「わーい、だっこー」とか言ってるし、いいのか。いいのか?
「と、まあこんな感じで大丈夫だ」
「お前は、許可も得ずにいきなり呼び出すか」
「いや、まぁ、正確には俺はまだ呼んでない」「えー、もうすぐで呼び出すところだったじゃん」「少し、待ってね、あとでいっぱい話してあげるから」「お肉はー」「……うん、分かった、分かったから少し、このお爺さんと話させてね」「はーい」
「お爺さんとは失礼な、流石にそこまでは歳を取ってはおらんぞ」
「いや、見た目はお爺さんだから大丈夫」
「なんじゃ、その理論は」
「別に何でもいいだろ、それより、イフリートも呼び出していいか?」
と、一方的な要求を出してから、イフリートを呼ぼうとしたが。
「待て」
止められますた。訂正、止められました。
いや、なぜ、訂正が必要になるようなことを最初に出してしまったかというと、クリムに腕をガジガジと齧られた痛みからだ。傍から見れば、仲いいなー、羨ましいなー
、とかと思われるのかもしれないけど、本人からすれば、めちゃくちゃ痛いだけ。
クリムが「おっにっくー、おっにっくー」となんか可愛らしく歌っているけど、そのお肉と言う言葉が指すものは、俺の肉だ。文字通り、俺の肉、マイミートではなく、マイボディ。その意味を分かるものはほとんどいないからこその可愛さだ。実際は、内容を知ってしまえば、可愛らしさなんかない。
って、言いたいところだけど、可愛いなー……、はっ……いかん、いかん、これは魅了だ。こいつドリアードだし、使えるんだった。くそ、怖い幼女だ。
で、なんだっけ、ああ、そうだ、イフリートの召喚を止められたんだっけ。なんでだ?
「見たところ、その精霊は、木か、なんかの精霊であって、火の精霊ではないじゃろ」
「ああ、そうだけ「正解、私はドリアード」ど、何か?」
またしても、言葉を遮るように言葉を挟んできたクリムの頭を撫でておく。
大丈夫、魅了されたわけじゃないから。ただ、こいつの気を別の方向に向けておけば、話に割りこまれることは無くなるだろうと思っただけだから。
「ドリアードか……それじゃ、試しにならないのではないかと言っておるのじゃが……」
「それね、それなら大丈夫」
「どういうことじゃ?」
「まぁ、あの時、イフリートが炎で形作られていたのは、半憑依の状態だったからだ。えーと、完全態というか、人間態なら。火は出ないから大丈夫、ほら、この子がいい例」
頭を撫でられて顔を蕩けさせているクリムを見やる。ただ撫でているだけなのにな……。
可愛いな……。
「大丈夫か?」
透がそう言ってきてくれたおかげで、気づいた。危なかったと。
いや、本当に危なかった。もう少しで惚れるところだった魅了の力でな。
精霊を呼び出すときは切羽詰まった時とか、いろいろ大変で俺の手に負えなくなったときだし、あまりその力でやられることは無かったんだけど、こういった何もないときに呼び出すとヤバいな。くそ、ロリコンになってしまう。
「あ、ああ、大丈夫だ、それより、イフリートは呼んでも大丈夫だ、燃えるようなことは無い。精霊は、憑依態と人間態では違うんだ、実際、このドリアードのクリムだって、憑依態はこんな姿はしていないしな。まぁ、こいつはあんまり憑依態で呼ばないけど……」
「そうなのか?」
「うん、だから安心しても大丈夫だよ~、お爺ちゃん」
「ふむ、なるほど、魅了か」
「あれ、お爺ちゃんは分かるの?」
「まぁ、この目が合っての事だが」
そう言う、透の目は赤く光っていた。
「さてと、じゃあ、呼ぶな、ほいっ、来い、おっさん」
俺が座っているソファーの横に、光のゲートが現れる。
「おっさんじゃない、というか、おっさんなのは、半憑依の時限定だし、それも、イフリートといえば炎のおっさんだろとかなんとかと、意味のわからん事を言ったお前が原因だろう」
「あり? そうだっけ?」
「ああ、そうだ」
そう頷きながら現れた、上裸の細マッチョなイケメンお兄さんこそがイフリートだ。
上裸細マッチョイケメン。
もはや、炎のおっさんの要素がない。ちなみに、下はジーンズ。まぁ、かっこいいこと。
「で、呼び出したのは、あれの事だろ」
「ああ、そうそう、あの時の事」
「あの時? 儂との戦闘中の時の事か?」
「そうそう、あの『はじめまして』の意味を聞きたかった。で、なんだったんだ? その初めましてってさ」
「ああ、それな、えっと、あの刀を持って来てくれるか?」
「炎皇の事か?」
「炎皇って言うのか?」
「ああ、それで、この刀が何か?」
「それを抜いてくれ」
と腕組みをしながらイフリートはそう言った。絵になるなー、かっこよくて羨ましい。
イフリートの要求を呑み、透は炎皇を鞘から抜いた。炎が少し漏れ出している。
「あぶねーな、火を出すなよ、なにかに引火したらどうするんだよ」
文句を垂れる俺に対し、透は。
「いや、これは儂が出している訳では無いぞ」
「はぁ?」
意味不明だ。お前が出さなかったら誰が炎をだす。
「誰が炎を出しているとか考えているんだろう? 曹駛」
「ああ、まぁ、よく分かったな」
「そう思うのも無理はないからな、実際その炎はその刀が出しているものだが、分かるか」
「刀が炎を出しているって、そりゃ見れば分かるだろ」
刀から出ているんだし。
「そんな、お前が考えている言葉の解釈的な意味ではない、文字通り、その刀が、その刀の意志で、炎と出している。そう言えば、伝わるか?」
「それはどういう事なんだ?」
「察しが悪いな、もっとわかりやすく言ってやる」
一息ついてから、イフリートは、再び口を開いた。
「そいつは精霊憑器だ」
まぁ、そりゃ、笑うでしょう。だって、久しぶりに会った知人の口調がおかしなものになっているんですよ。
僕だったら、笑いをこらえられないと思います。




