46話・老爀斎、だな。
―武元曹駛―
トイレから修練場に戻ってみれば、二人の男がそこには立っていた。
一人は、先ほどもいた男だが、もう一人は……強いな。それにあの武器の山の中にある一つだけ、完成度の違う武器が見える。その武器は刀、その名は炎皇。つまり、あいつが今の透か?
随分と老けたな。
それもそうか、あれから何年経ったんだろうな。30年弱は経っているんじゃないか。
「ろ、老爀斎さま、あれが、この隊を壊滅させた男です」
壊滅って、誰一人として殺しちゃいないだろ。15人で一斉に襲い掛かられた時は、ちょっと力の加減が難しかったけどな。まぁ、電気魔法で一撃。みんな感電して倒れて行くし、一対多の時は便利便利。
さてと、目的の老爀斎さんこと、青石透と会えたわけだが、それにしても会うだけで物凄い労力を使わされたな。大体こいつらが悪いわけなのだが。
「お前は誰だ」
老爀斎が口を開いた。
だが、俺に気付いていないのか?
この装備を見れば分かるはずなんだがな、いや、保存状態が良過ぎて逆にわからないとか? だとしても、俺の顔を見れば……ああ、いまは防具のヘルメットについている面を被っている状態なんだっけ? 外が見えにくくはなるから普段はこんなもん使っていないんだが、トイレに行く際に、正体がばれないようにと下ろしたままだった。まぁ、面白いしこのままにしておくか。
「俺か? 誰でもいいだろう。それよりも、俺はお前に用が有って来た、老爀斎……」
「そ、そんな老爀斎さまを呼び捨てで……?」
いや、そんなこと知らんし。
「ふむ、儂に用が……」
ふむ……は、まだしも、儂ってなんだよ。キャラ作りか? と、俺は軽く吹き出してしまう。確かに見た目だけで言えば違和感なんかないのかもしれないけど、俺からすれば、違和感ありありなんだよ。
「お、お前、今、老爀斎さまの事を笑ったな、おまえはいいよな、力が有って」
いや、だからお前はどうでもいいんだけど、用があるのは透だけだし。
「うおおおおおおおおっ!! 喰らえっ、俺の必殺技ッ、スラッシュスピンッ!!」
両手に剣を持ったその男が、ぐるぐると回転を始め、こちらに向かってきた。なんだよ、その殺人独楽みたいな技。というか、遠距離攻撃の対策案も考えていないな。使うとしてもそんな離れたところで回転開始するもんじゃないだろ。
と、思っていたのだが、進行速度はそこそこ早くちょっと待って居ると、俺の近くまでその回転している兵士がたどりついた。回転速度も、まぁ、それなりに。だけど、俺からすれば遅いかな。
シールドで回転している右手に持つ剣をしたから叩き上げ、ランスで左手に持つ剣を叩き落した。その結果で残るのは、回転速度が落ちた状態で、何も持たずにくるくると回っている愉快な人だけだ。まぁ、ずっと回しておくのもなんだし、ランスを横から叩きつけて、思いっ切り吹っ飛ばしてやった。骨折れてたらごめんね。そっちからしなくていい勝負を仕掛けてきたわけだし、それくらいは、許してね。
「ほう、出来るみたいだな」
「ああ、うん、まぁ……」
透の言葉に対し、生返事を返す。だって、あの技欠陥だらけだし。進行速度がそこそこ早いといっても、本当にそこそこだし、早歩きくらいであって、走るのより遅いし。そんな欠陥だらけの技を止めたことに対してそんなこと言われたってなぁ……。
「ならば、次は儂と勝負じゃ」
「ふっ……」
なんだよ。『ふっ』の部分で止まったからいいけど、もうすこしで大笑いするところだった。なんだよ『じゃ』って、おまえ、キャラ作りもほどほどにしろよ。幸い『ふっ……』のところで止まったから、ちょっと格好つけただけで済みそうだけど、笑い転げたら雰囲気も何もなくなるだろうし、多分俺の正体もばれるだろ。
「行くぞっ!!」
透はそう言って、鎖鎌を手に取り、投擲してきた。って、おまえ、炎皇を使うんじゃないのかよ。
「電覇気」
お馴染みの技、電覇気を使っておく。すると、それに気づいたのか、透は持っている鎖鎌から手を離した。まぁ、こんな手に引っかかるやつじゃないよな。
飛んできた鎌は弾いておいた。
「ほう、やはりやるのう」
「………」
おい、やめろ。本当に笑ってしまうだろ。『のう』ってなんだよ。マジで。
なんて、笑いをこらえているうちに、武器を持ちかえてこっちに向かってきている。今度はモーニングスターか……。棒に鎖でつながれた鉄球が付いているタイプのやつだな。
「はぁ、せぃやっ!!」
鉄球が高速で落ちてくる。怖いな。
もちろん、それを受け止めようとはせずに、バックステップで躱す。
「甘い、アースクエイク」
地面が大きく揺れ動く。立っているのがつらいくらいに。
しまった、忘れていた……こいつは魔法を使えるんだ。もちろん、人間である以上、使える魔法の威力に限度はあるが、こいつは、武器でそれをカバーするんだ。炎皇を通して火の魔法を使えば、その威力は数十倍まであがる。それと同じで、きっと、このモーニングスターも地属性の魔法の威力を増すことが出来るんだ。
「もらったっ!!」
今度は横から鉄球が迫ってくる。
仕方ない。あんまりやりたかないが……。
「金属爆弾」
鉄球が炸裂した。
普通は、あんまり使える技じゃない。ただ、この鉄球が、ただの鉄球だからできた技だ。
金属爆弾は実は相手の武器にも使える。ただ、オリハルコンやミスリルなどという、強固な物質には使えないし、その武器が持ち主を認めていても使えない。しかも、加工した時点で、なんか別の術が掛けられていても出来ないから、あんまり使えるタイミングは無いのだが。
ただ、今回は、持ち手の部分に術式が掛かれていて、鉄球部分がただの鉄球だったのと、透があまりモーニングスターを使っていなかったことによって、金属爆弾の対象に指定できたので、爆破させてもらった。まぁ、俺は、金属爆弾を使おうが、使うまいが、どっちにせよダメージを負うのだが、これなら、武器を一つ破壊しつつ、透にもダメージを与えられると思ったので、金属爆弾を発動させた。
「ぐおっ!!」
「ぐはっ!!」
小休止。
お互い息を整える。
「ふう……なかなかやるな」
「まぁ、そちらこそ、腕は落ちてないようで」
「皮肉か?」
まぁ、皮肉だ。事実、俺はまだたったの一撃も貰っていないし。そもそも、一撃を貰うほど長くは戦っていないけど。
「なら、次はこの武器だ」
と、いって取り出したのは、鎖付きの剣。鎖好きだな。
だが、俺は、それも爆破した。いや、だって普通の剣だったし、これ以上、余興の付き合いは面倒くさかったし。
まぁ、流石に2度目の不意打ちは通用しなかったようで、剣を投げ捨てられ、ダメージを与えることは出来なかった。
「二度も不意打ちは通用せんぞ」
「ああ、知ってる。だが、いい加減にしろ、透」
「やはりか……」
「ああ、そうだ、炎皇を抜け」
「……ああ……曹駛……」
やっぱり、気づいていたか。
いや、息を整えている時に、あれ? こいつ、本当は気付いているんじゃね? とは思い皮肉を言ってみたが、案の定、こちらに気づいていたらしい。
「久しぶりだ、本気で戦えるのは……」
「そうか? 俺は、最近本気で戦わなくちゃいけない場面に良く遭遇している気がする」
「羨ましいな」
「俺は、お前が羨ましいよ」
「隣の芝は青い、というやつだな」
「まぁ、そうだろうな」
透は、炎皇を鞘から抜いた。そして、その刀に、炎が宿る。
「久しぶりに見るぜ」
「あたりまえだ、久しぶりに見せたのだからな」
「じゃあ、俺も、お前から少しパクらせてもらった技を見せてやる。来い、イフリート」
そう言って、俺も炎を纏った。実は、俺が炎を纏うのは、透の炎皇をヒントにしていたりする。
「ああ、はじめまして」
「「………」」
現れ出た炎のおっさんが、透に対して、突然、透に対して、そんなことを言う。いや、どうしたんだよ。一体。
「おい、おっさん」
「ああ、曹駛、なんだ」
「なんだじゃねぇ、お前こそなんだ」
「……ああ、なるほど、そう言う事か、まぁ、いいや、後で説明しよう」
「一人で納得すんなよ」
「行くぞっ、曹駛っ!!」
「お、おう」
おっさんが一人勝手に納得しているのは気に食わないが、仕方ないので、今は戦うことにする。
俺は、ランスの切っ先を透に向ける。
「「喰らえ、フレイムボール」」
「ん? ……なるほど、それならば……」
それに対し透も炎皇の切っ先を俺達に向けてくる。
「フレイムボール」
向かい合う、二つの炎球が、ぶつかり合い、その炎はその場で大きく、更に大きく成長していく。
まるで小さな太陽のようでもある。
そして、しばらくして、その太陽は小さく、小さく、収縮していって、消えてなくなった。
「なるほど、技も取られたと言うわけか」
「ああ、そうなるぜ、透」
「その名前で呼ばれるのも久しい」
「そうみたいだな、姫様も『老爀斎』の名は知っていても『青石透』という名は知らなかったようだしな」
さてと、ここまでにしておくか。
「試合終了で、いいよな」
「ああ、それでいい……と、言いたいところだが、言っただろう、久しぶりに本気で戦いたいと」
「……つまり」
「ああ、もう少し、付き合え」
「まぁ、いいけど……」
透は、炎皇を天に掲げる。
いきなり、本気。文字通りの本気か。
「喰らえ、焼失熱波」
その刀で空気を切れば、大きな炎の壁が現れる。そして、その炎の壁は迫ってくる。
兵士ごと焼き払うつもりかよ、と思ったが、いつの間にかみんな退避していたようで、この場には俺と透しかいない。
「仕方ないか」
これほどまでの炎に炎で返すと言う芸当が俺に出来るとは思えない。だから、素直に、水で対抗させてもらおう。
「水球」
俺が、そう言うと、地面から水が噴出し、大きな水球を形成していく。ちなみに、炎のおっさんは消えた。
「状態変化」
その水球は、大きく広がり、壁となる。
そして、壁になった途端、氷となり、冷気を放ち始めた。
「知っているよな、絶対零度の怖さ」
触れてしまえば、ありとあらゆるものが活動を停止する。それは、エネルギーを奪われてしまうからだ。
そして、エネルギーの塊である。炎は、消えてなくなる。
だが、その全てを静止させる氷の壁は、両断された。
崩れていく壁の中から、透が飛び出てくる。
「これは、読めなかっただろう」
炎皇をシールドで、受け止めようとするが、触れたところから溶断されてしまうため、全く役に立たない。
「くそっ、金属爆弾」
なので、爆発させて、距離をとることにした。
「甘い、爆炎で目眩ましが出来るとでも思ったか」
いや、出来ると思ってない。そして、案の定、透は、俺がバックステップした方に飛び出た。
だから、俺は、テレポートをしていた。その透の後ろに。
「水球はまだ残っているんだぜ、透」
氷壁を水に戻しておき、またしても水球を精製させていたのだ。
そして、その水球は見る見るうちに形を変え、剣のような形になる。そして、俺の手には、ランスではなく、その水の剣が握られている。
「これでどうだ」
「だから、甘いと言っただろう。目眩ましなどできぬと……」
透は、俺が後ろにいることに気づいていたようで、炎皇の鞘で受け止めようとするが。
俺の剣は水。受け止められるわけはなく、すり抜けていき、透の首元でピタリ止まった。
「……引き分けか」
俺が、そう言った理由は、透の炎皇もまた俺の首元にあったからだ。




