45話・好き、ですか。
(好き……好き、か……)
曹駛はまだ日も登り切っていない朝の市で、頭を悩ましていた。
そんな曹駛が、今何をしているかと言うと、出店でバブルアイランド産の食材の販売である。
なぜ、そんなことをしているかと言えば、資金稼ぎである。
曹駛は、実のところ食べなくても大丈夫であるし、食べるにしても、食材を売って手に入れた金で食べた方が結果的に安上がりだと判断したのだ。
「あ、いらっしゃいませ、どうですか、産地直送ですよ」
レフィの最後の言葉が何度も頭の中でリピートされ、もんもんとしていたためか、曹駛は店のすぐ近くに立ち寄っていた二人の女性に気付くのに少し時間が掛かった。
一人は、落ち着いた雰囲気のご婦人。もう片方は、テンチェリィくらいの歳の少女だ。きっと親子であるだろうと曹駛は思った。
「産地はどこですか?」
「バブルアイランドです」
「あそこは、無人島では無いのですか?」
「はい、そうですね、今は無人島です。ですが、僕が直接赴いて参りましたので、確かにバブルアイランド産でございます」
「では、これは今日獲れたものではないのでは?」
「はい、それは確かに……しかし、私、こう見えて魔法を使えるのですが、保存用の魔法を編み出しまして、今日獲れたものでは無いにせよ、安全は保障しますよ。一応、名目上は毒見として、一部は私も食べておりますし」
「……それなら、じゃあ、このソードバードの燻製を一つ」
曹駛が、なぜ、ここまで手慣れているかといえば、それは、曹駛が就いていた一般職というのが、接客業だったからだ。それも、飲食店。なので、食品の説明とか、消費者の求めるものがなんなのか、なんとなく分かるらしい。
「ありがとうございます。その鳥は刃が付いていて、一応、刃の部分は全て取り除いたと思いますが、万が一も有り得ますので、食べる時は少し気を付けてください」
「はい、わかりました」
「あ、それと、取り除いた刃はお付けいたしましょうか? 切れ味はそこそこにあると思いますが」
「いえ、結構です、それよりも、一羽で一つなのですか?」
値段からして、一つというのは、てっきり切り分けて一つかと思っていたご婦人は、丸々一匹を袋に包む曹駛を見てそう問いかけた。
「はい、もちろん、そういうものですから、それに、こっちの方が『鳥』と言う感じがしていいと思うんです」
「へぇ……」
「ありがとうございました」
料金を受け取った後、笑顔を作って、ソードバードの燻製を包んだ袋をご婦人に手渡しした。
「それで、そちらの方は、何か欲しい物とか、今日の料理の御予定とかありますか?」
少女と、先ほどのご婦人はどうやら親子ではなかったようで、今、曹駛の店を覘く少女だけが、この場に残っている。よく見れば、身に着けている純白のワンピースが、とても質の良い物であることに、曹駛は気付き、先ほどのご婦人との服装の差から親子ではないという事に確信を持った。あとは、普通に接客モードで、物を売りにいくだけである。
「え、あ、あの、その、そういうのじゃ……ただ、めずらしいなと……」
「まぁ、はい、うちで取り扱っている食材は少し珍しいのが多いかもしれません」
比較的普通の食材は、コイチ姫とサキに渡し、極端に珍しい食材の大半はレフィに取られたので、曹駛が持っている食材は、それなりに珍しい食材と言う事になる。それを見れば、普通は珍しがるものだろう。なかなかお目にかかれないほど珍しい物も全てをレフィに取られたわけではないので、それを見れば、一流の料理人でも珍しがるかもしれない。
曹駛は、少女の耳にそっと顔を近づけて、コソコソと呟いた。
「いいお召し物を身に着けていらっしゃいますね、そのワンピースはコイチ姫も同じ物をお持ちになっていた気がいたします、お嬢様……」
これは、曹駛なりの配慮である。いくら、金持ちである事が分かったとしても、こんな年端もいかぬ少女を一人街に、しかも、市場に行かせるとは思えない。きっと、屋敷から抜けだしてきたとかだろう。
それに、普段は全く外に出ないというより、出してもらえないのだろう。肌が透き通るほどに白い。凄くいいところのお嬢様だろうと曹駛は思った。
「そ、そうなのですか? わ、わたし、わたしの着けているワンピースがお、お姫さまと同じものなのですね、偶然です」
ひどくどもっている少女を見て、曹駛は、あまり会話もしない子なのだろうと思った。(これが、本当の箱入り娘なのかなぁ……可愛いし、家に閉じ込められてきたんだろうな)
「それで、今日は、お一人ですか?」
曹駛は、続けて耳打ちで話をする。
「は、はい」
「気を付けてくださいね。それに、市場は治安がよろしいとはあまりいえないので、一人で来ることはお勧めしません、今度は家の人と話してから来ようね」
「わ、分かりました」
子供には優しい曹駛である。見た目こそは若いが、曹駛は年齢的にはもうお父さんという世代である。テンチェリィくらいの歳の子が、自分の娘のように思えてくるのだ。自分の子がいないだけあって、余り溢れた父性が、こういったところで発揮される。
「ちょっと待っててね」
曹駛は、あらかじめ食べやすいように串に刺して置いた、メタリックホークとランススネークの肉を、魔法を使い焼き、それに塩を軽く振りかければ、串焼きの完成である。確かにシンプルだが、素材がいいからこそこのシンプルさが美味しさを引き出す。高級店に引けを取らないほどの味になっていると曹駛は自負していた。
「はい、どうぞ」
曹駛は、その串焼き2本をを少女に手渡した。
「え、これは」
「ああ、お代はいいよ、まぁ、その代りもしも、またここで店を開いているの見たら贔屓にしてね」
「は、はいっ」
少女は、ぱぁ、と笑顔を咲かせ、串焼きを頬張りながら、立ち去った。
どこぞのお嬢様の舌も満足させられるだけの味であることに確信を持った曹駛は、そこから串焼きの販売も始めた。魔法のパフォーマンス付きで……。
その後、曹駛のお店は大繁盛。単価が安かったのもあり、早々にして食材は全て売り切れ、店じまいとなった。
そして、店を片付けた後。
再び曹駛は頭を抱えていた。
理由はもちろん、レフィのあの言葉である。
(好き……ねぇ……なんでまたあのタイミングで……)
曹駛には訳が分からなかった。
レフィには、むしろ嫌われているとまで思っていた。
だが、レフィの口から出たのは「好き」という愛情を表す言葉。
(たとえ俺の事を好きだとして、あいつは、何を思ってあのタイミングで……)
と考えたところで、曹駛は、一つ、都市伝説を思い出した。
それは、しばらく離れて会えなくなると言う場面で、告白をすると、告白をした側もしくはされた側の人が死ぬという根も葉もない噂であった。だが、曹駛は、その都市伝説とレフィの言葉を重ねて見てしまった。確かに、それはレフィの考えていたことそのものなのだが、それでも、曹駛はそれに気付くべきでなかったのかもしれない。
(あいつ……俺の事……やっぱり嫌いなんじゃないかな……)
ソードバードの再々登場。やったね。




