44話・では、また。
―レフィ=パーバド―
とりあえず、一回殺しておいた。
最近、本物の死に触れたからか、罪悪感を抱いた。……微妙に……本当に微妙に……。
私がお風呂から上がってから少しして、テンチェリィも上がってきた。……いつの間に生き返っていた曹駛と一緒に。
テンチェリィが顔を真っ赤に染めていたのは気にしないでおこう。多分のぼせただけのはず。
それかららみんなで雑談をして、気づけば、夕食。
長テーブルの上に並び並ぶ数々のきらめく料理達。
「ふふ、どうだ、凄いだろう」
曹駛が誇らしげにそう言う。言い回しや台詞が、どことなくサキと被って見えた。
サキが曹駛に似ているのか、曹駛がサキに似ているのか。
「お兄様、それは、お兄様が言う台詞ではありませんわ」
メアリーがそう言うのも当然。この料理を作ったのは、メアリーなのだ。
「いいだろ、俺とお前は一心同体だろ」
「まぁ、否定はできませんが、それとこれは話が別です」
あ、否定はしないんだ。
「だって、妹の作った料理が、こんなにも凄いんだぜ、自慢だってしたくなる」
「そ、それは……ありがとう……ございます……」
曹駛は、メアリーの頭をポンポンしてから、撫でた。
それに対してメアリーもまんざらではないようで、俯いたまま撫でられている。
「せっかくの料理が冷めるのもあれだし、そろそろ食べよう」
この大量の料理。
食材は、バブルアイランドからの直送である。
曹駛が採ったり狩ったりした材料をメアリーが料理する。兄妹で作った料理と言えるだろう。こういうのをなんと言うのだっけ?愛の結晶だっけ。たしか、どこかの文章で見た気がするから、たぶん間違いない。兄妹で一緒に作った料理は愛の結晶と言うってなんかの本の中で雪と雨の中間みたいな名前の人が言っていた気がするから間違いない。
「なんか、久しぶりにお前の手料理食べた気がする」
「気がするではありません。実際に久しぶりなのです、最後に来たのは6年と2ヶ月前じゃないですか、しかも、その時は、結局、私の料理を食べて行かなかったですし……」
「ああ、悪いな、あの時は、少し急いでいたし」
「そういう、今回も、でしょう」
「まぁ、な」
「分かっています、お兄様は私の手料理を、13年ぶりに口にするのです。味わって食べてください」
13年も前から料理をしていたのか、まだ今のテンチェリィよりも小さいはずだ。そのころから料理を作っていれば、それは上手くもなる。
「あ、そうだ、13年で思い出したけど、一応言っておくが、麻理はレフィより年上だぞ」
「え」
まるで、私の心の中を覗き見たかのように曹駛がそう言ってきた。
「お兄様、女性の年齢を話題にするのは、少々マナーがなっていないと思いますわ」
「ああ、そうだな、ごめん」
でも、よく考えれば、それもそうか、メアリーも一応蘇生は出来るみたいだし。
だとしても、この二人は、何故そんな不死性を持っているのかは謎なのだけど。
そんな悩みは、美味しい料理を口に運ぶうちに薄れていき、知らぬ間に消え去っていた。
夜、私とテンチェリィはお客様用の寝室で、曹駛は自分の部屋で寝ることになった。
まだ夜も早いので、テンチェリィと雑談でもしていようかと思ったのだが、気づいたら寝ていた。本当によく寝る子だ。というか、藁と毛布持って来ていたんだ……。そして、ベットじゃなくてそこで寝るんだ。
と、先ほど、余りに余った大量の料理を全部平らげたはずなのに、なぜか、いつもと何も変わらないテンチェリィを不思議に思って見ていたら、曹駛が部屋に入ってきた。
「よーす」
「なにそれ? 流行ってるの?」
「知らん」
「そう」
話が長くなりそうなときはなるべく切るようにしている。雑談は雑談でも内容が無さ過ぎる話をするのもどうかと思うし……。
「で、何か用?」
「ああ、そう、麻理の事な、さっきはちょっと麻理がいたから、言い難いと言うか、気恥ずかしいと言うか」
曹駛は右手で後頭部を何回か掻いてから、言葉を続ける。
「その、麻理は、俺のために死んでくれている、というと分かりにくいか。その、俺のためにあの年のままでいてくれるんだ。麻理の不死性は不完全と言うか、微妙に抜け穴も多いんだよな。歳を取り続ければいずれ死ぬし、お前も知っているはずだが、怪我とかは自然回復頼りだ。麻理は、歳を取り続けようと思えば、歳を取ることも出来るんだけど、あえて歳を取らないように、毎年一回死ぬんだ。死んでくれている」
「なんでなの?」
「ああ、まぁ、情けない話だが、俺に時の流れを少しでも感じさせないためにしてくれている、あいつも一緒に時の流れを感じてくれていると言った方が正しいのかもしれないが」
「ああ、そういうことね……」
私には出来ないな。そもそも、不死性が無いから……。
「あいつの歳は、俺と4つ違いだ、ああ見えて、結構年上なんだぜ」
「そうね、確かに」
曹駛の4つ下と言う事は、私の二倍以上生きていることになる。
そんなに年上だったんだ。
「実際、肉体の歳は変わらないし、永遠の14歳だ。なんか魅力的じゃないか?」
「まぁ、魅力的じゃないって言えば、嘘になるけど、口に出すと、魅力的というよりも犯罪的な気がする」
「ああ……言われてみると」
「でしょ」
「ああ」
なんか、危ない。永遠の未成年。
「そろそろ、俺は部屋に戻るが、なんかあるか? 明日の朝にはもう出るからさ、効きたいこととか言いたいこととかあれば、今のうちに」
「うーん、そうね」
こういう時に好きとか言うと、どっちか死ぬんだっけ? 言わないけど。
せっかくだし、気になってたことを聞いてみよう。
「なんで、武元麻理ってなまえが、メアリー・フィンって名前になったの?」
「ああ、それか、うん。気になるよな」
「うん」
全然関連性があるとは思えないんだけど。
「ああ、まず麻理って名前を、一文字一文字引き延ばして、『ま』を『メア』に、『り』を『リー』にして、武元を無限大の方の無限にして、他の大陸の言葉にするとインフィニティって言うから、最初はそこからとって、『フィニティ』になるところだったらしんだが、言い難いらしく『finity』から『fin』をとって、フィンになったらしい。あとはそれを、今風に引っくり返せば、メアリー・フィン。まぁ、簡単な名前のつくりだ。あいつも武元麻理という名前は捨てきるつもりはなさそうだし、メアリー・フィンって名乗るのだけは勝手にさせてる」
「へぇ」
安直なようなそうでないような。
「まぁ、他に質問とかあるか?」
うーん。あとは……。
「うーん……」
ああ、あれ試してみるか。せっかくだし。
「その、曹駛」
「なんだ?」
「好き」
「ああ……ああっ!?」
「何よ」
「いや、お前、今好きって……」
「まぁ、言ってみただけ」
「いやいや、告白じゃないの!?」
「まぁ、違うと言えば違うって言いきれる程度には」
「それって、どうなんだ」
「それは自由に受け取って」
「お、おう……」
沈黙。
……
………
…………
「その、俺、部屋、戻るな……」
「うん、それじゃあ」
と、手を振ってくる曹駛に手を振りかえす。
「あ、そう、絶対に帰ってきてね、約束だから」
「……ああ、分かった」
これで、いいのかな。
この後、曹駛が死んだりしたら、別れ際の告白はどちらかが死ぬと言う噂は、都市伝説なんかじゃないことになる。
あ、私が死ぬ可能性もあるのか。それは困ったなぁ。まぁ、気を付けよう。
あの告白が本心なのかどうかは、きっと誰にもわからない。
だって、私すらも分からないから……。
次の朝、私たちが目覚める頃には、すでに曹駛の姿は無かった。




