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俺、元兵士、奴隷買いました。  作者: 岩塩龍
第四章・俺、ですか?
42/203

42話・変態、違う。

 ―武元 曹駛―


 痛い。

 頬が痛い。

 理由?


 妹に引っ叩かれたから。


「痛いな、なんだよ全く」


 パァンッ!!


またしても叩かれた。しかもさっきより強めに。


「だから痛いって」


 パァンッ!!


「いや、まて、無言ではたくのは……」


 パァンッ!!


「だから……」


 スパァンッ!!


 いった、いったい。めちゃくちゃ痛い。というか、音が変わった。

 あ、もう既に右手が振り上げられている。

 こいつ、毛全くないな。産毛と髪の毛くらいしかないんじゃないかな……なんて。


「こっち見ないでください、変態」


 バチッ!!


 これ以上叩かれてはたまらんと、右腕をつかんでビンタを止めたが……


「死ね」


 あ、左拳が握られた。

 死ぬ。やめて。

 ……く、来るぞっ……あの技が……。


「いつまで裸を見ているのですか? 死んでください」


 麻理の左手が緑と紫が混ざったような色に変わっていく。

 そして、その握り拳が俺の顔へ振り下ろされる。


 パンッ!!


 パンチにしては、威力は物凄く低い。麻理は非力なので、そこまで威力は出ない。それでも痛いには痛いのだが。利き手じゃないのもあってビンタよりも威力が低い。まぁ、かなり強めに小突かれたといった感じ。

 ただ、本当の地獄はそこから。


「ぐあああぁぁ……」


 俺の顔面が、先ほど麻理の左腕に触れられた部分が、溶けていく。崩れ落ちていく。

 そして、激痛。

 当たり前だ、顔が解け落ちているのだから。


 べちょり……


 俺の顎が地面に落ちた音だ。

 大変ショッキングな映像のため、詳しくは説明したくない。音声だけでお楽しみいただきたい。

 幸い、テンチェリィの視界はレフィが塞いでくれているので、テンチェリィに伝わるのは音声だけのはず。


 ぺちぺち。


 威力そのものは全く無い、連続ビンタ。

 それによって、俺の顔が、体が、どんどんと溶けていく。

 そして、べちょりべちょりという半液体状の物質が落ちる音が響く。


 グチャ……


「ああ、もう取れてしまいましたか」


 麻理がそう呟いたあたりで、ビンタの雨は止んだ。

 きっと、麻理の腕も溶け落ちたのだろう。

 これで、これ以上溶かされることはない? いや、もう手遅れ。

 俺、そろそろ、全部解け切る。グッバイ意識。

 それにしても、相変わらず成長していなかったな、麻理。




 ―レフィ=パーバド―


 曹駛が解けた肉塊となった。

 それに、麻理さんの左腕も……


「その、左腕……」

「ああ、これ? 大丈夫ですわ」


 麻理さんが言う。


「私、感覚物凄く鈍くて……少し痛むくらいですので」


 いや、そういう事じゃないんだけど……


「さてと、お目汚し失礼しました、レフィさん、テンチェリィさんを一旦外に出してから、戻ってきて、お兄様の回収を手伝っていただけます? あれは特殊な毒でして、自然に回復するのを待っていたら、数時間くらいかかりますので、袋の中にまとめておいきたいのです」


 笑顔で麻理さんはそう言った。

 すごくいい笑顔だ。

 ただ、今、麻理さんは、右手に小さめの(のこぎり)を持ち、左腕の溶けかかっている部分の少し上を切っているので、かなり狂気的に見えないこともないのだが……。


「あ、すいません、嫌でしたら、別にお断りいただいてもいいのです、良く考えましたら、溶けた生肉に触るなんて、嫌ですもの……変なことお頼みしてしまいすいません……」


 今度はかなり申し訳なさそうな顔で謝ってきた。


「その、ただ、私、今は片手しかない物ですので、せめて、そこの袋を広げて持っていただけませんか?」


 と、その辺にあった黒いビニールのゴミ袋を指差して、またしても申し訳なさそうに頼んできたので、なんか可哀そうに思え、テンチェリィを浴室からだした後、ゴミ袋の口を開くように持った。ゴミ袋の中には、いくつかゴミが入っているが、麻理さんがこの袋を指定したので、逆らう必要もないだろう。


「ありがとうございます、では少しそのままで……」


 麻理さんの右手には白い棒が握られている。あれ? 確か、それは、曹駛が姫様達に渡していたような……。確かに、こっちは少し装飾が施されていて豪華に見えるけど、なんか本質的には同じもののような気が……。


転送(テレポート)


 肉塊は光り出し、気づけば、袋に重みを感じるようになっていた。


「……ふぅ……」


 物凄い汗をかいている。

 ここが浴室だからという、誤魔化しがきかないくらいに。

 それに、息もかなり荒い。本人はそれを誤魔化しているつもりなのかもしれないが、こちらも浴室の温度が高いからという誤魔化しはきかない。


「はぁ……はぁ……」


 どうやら、誤魔化すのを諦めつつあるようだ。

 中途半端に息が荒いのを隠そうとする全裸の少女は、女性である私から見ても、少しエロティックだった。


「さ、さて、お兄様を運びましょう……と言いたいところなのですが、申し訳ありません、一回シャワーを浴びてから行かせてもらいますわ」


 麻理さんはそう言って、シャワーが取り付けられてあるところまで歩いて行った。


「あ、その、先に浴室から出て行ってもらっても構いませんわ」


 と、麻理さんが言うので、お言葉に甘えさせてもらって、先に出させてもらった。

 浴室から出て、脱衣所からでて、廊下を抜けると、大きなロビーが……。

 なぜ、始めてきた場所なのに、ロビーの位置が分かったかというと、この建物が似ているから……。その、曹駛の家に……。瓜二つである。お風呂もそうだけど、廊下とか、部屋とか、天井の高さとか。まぁ、今のところだけど。




 そして、待つこと数分、真っ赤なドレスに身を包んだ麻理さんが現れた。その左の袖はひょろりと下に垂れたまま、動きそうにない。


「ここにいらしたのですね」

「はい」

「良くここが分かりましたね」

「いや、なんか、曹駛の家にすごくよく似ていたもので」

「なるほど……」


 右手を顎にあて、何かを考える仕草をした。


「まぁ、いいですわ、さてと、そろそろ、お兄様を復活させますわ」


 麻理さんは懐から、黄緑色の粉末が入った瓶を取り出した。


「麻理さん、それは?」

「メアリーとお呼びください、それと、さん付けは堅苦しいので好きじゃありませんわ」

「その、め、メアリー、それは?」


 なんか、言葉遣いが綺麗なだけに、急に呼び捨てにするのが躊躇われる。


「これは、先ほどの毒の解毒薬です、実のところ先ほどの毒は、いまだに効果を発揮し続けているのです。だから、お兄様は生き返らない、生き返る前に溶けていきますから」


 恐ろしい毒だ。

 普通なら、きっと助からないのだろう。

 しかも、その毒は触れたらアウト。本当に恐ろしい。


「さて、袋を広げてくださいと言いたいのですが、流石に、臭いますので、其のままでいいです」


 またしても、あの白い棒を右手に持っている。

 そして、左手で物を掴むことが出来ないので、同じ右手で蓋を開けた瓶を持ち、その瓶に白い棒を振るう。

 なんの魔法かまでは分からないが、魔力が流れたことから魔法をかけた事だけは分かった。


「よいしょ」


 そして、その粉末状の解毒薬をゴミ袋に振りかけた。

 最初は、何故そんなことを? と思ったが、よく見れば、解毒薬は袋を透過して、中に入っていっている。


「これで毒の中和が始まったはずですので、あと1時間もすれば体も治るようになりますわ」

「そんなに時間が掛かるのですか?」

「まぁ、特別製の毒ですので」


 まだ残っている左の二の腕を振り、袖をパタパタさせながらそう言う。

 なんか、痛ましい。サキの時は状況も状況だったのだが、メアリーの非力さというか、か弱さもあって、凄く痛ましく見える。


「その、腕は治らないのですか?」


 曹駛みたいに治す手段を持っているのかもしれない。不死じゃないにせよ、たかが兄への制裁のために腕を一本犠牲にするとは思えない。


「その、曹駛は、生き返りの他に、凄い回復力を持っていますし、そんな感じで回復とか……」

「いえ、私は、お兄様のようにそのようなことは出来ませんわ。ですので、死ぬまでずっとこのままです」


 衝撃的な告白である。裸を見られたことに対しての制裁でそこまでするのか。


「まぁ、でも、そろそろ死にたいとも思っていたので、そこまで気にする必要は有りません」

「え?」

「まぁ、その、流石にショッキングな光景になると思いますし、後処理が面倒になると思いますので、浴室で死なせていただきますけど……」

「いや、待ってください」

「では……」


 メアリーは、そう言い残して、テレポートで消えた。


「テンチェリィ、ちょっと、曹駛見てて……って寝てるし」


 さっきから反応ないなとか、会話に入ってこないなとか思っていたけど、寝てるし。よくこんな状況で寝られるなー。

 まぁ、テンチェリィはここに置いて行くとして、私は、急いで浴室に向かった。

 走る。

 扉を開ける。

 走る。

 走る。

 扉を開ける。

 そして、目の前には、口から血を流すメアリーがいた。


「……あまり……見てほしく……は……ないの……ですが………いくら……女性……同士とはいえ………裸を……みられるのが……恥ずかしくない……訳では……無いので……」


 急ぎ駆け寄って、メアリーを抱き上げる。

 そのメアリーの胸には白いナイフが刺さっている。その白いナイフの材質は、きっとあの白い棒と同じであるのだろうが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 目の前で、曹駛の妹が死のうとしているのだ。

 何とかして、助けないと。

 ナイフは、突き刺さっていると言うよりは、貫いていると言った方が正しいのかもしれない。よく見れば、これはナイフでは無く、小刀のようにも見える。


「その、死なないでください」

「な……ぜ……?」

「その、悲しみます。きっと悲しみます」

「だ……れ……が……?」

「曹駛です、それに、私も」

「そ……う……でも………死に……たい……と……思っ……た……から……仕方……ない……の……それ……よりも……離れ……た……ほう……が……いい……わ……服が……汚れ……ちゃ……うわ……」


 その後、メアリーは静かに、息絶えた。

 このことを曹駛にどう説明したらいいのだろう。

 メアリーに突き刺さった白いナイフを抜きながら、私は、少し、泣いた。

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