33話・そうですか、またですね。
―武元曹駛―
「誰だ、お前……」
目の前に立っている少女は、今や古い本でしか見ることのない着物という服を着ていた。
それに刀。
格好だけは、侍だ。
侍と言うのは、まぁ、簡単に言って剣士の事だ。詳しいことは俺も良くは知らんが、侍という単語自体知らん奴はいくらでもいるからな。
とりあえず、何故そんな服装をしているかは置いておく。
ただ、気がかりなのは、こいつが言った「居る」と言う言葉だ。
居る。
つまり、テンチェリィはこいつ……らの下にいる。きっと、ここにテンチェリィがいないと言う事は、少なくとももう一人はいる。
じゃあ、そうなるとして、こいつは敵か味方か。
「付いて来い」
目の前の少女はぶっきら棒にそう言って、歩いて行く。
置いて行かれて、テンチェリィ探しが面倒になるもの嫌なので、俺たちは彼女についていくことにした。たとえ敵だとして、倒してしまえばいいからな。
そして、しばらく歩いて、森の一角、開けた場所に辿り着いた。
そして、そこには、テンチェリィと、馬鹿でかい斧を持った男がいた。
「よう、お前がコイチ姫一味か?」
「なんだその言い方」
「いや、俺、姫以外の名前知らんからそう呼ぶしかないんだよ」
「……まぁ、考えてみれば、知ってる方がおかしいかもな」
「だろ」
といって、目の前の男は笑った。
「ほら、こいつは返してやる。それと、お前らは帰りな。俺達の用があるのは姫だけだ」
男は、テンチェリィの背中を押して、こちらに歩かせた。
テンチェリィは、無事みたいだな。
これで、帰るという手もないわけだが……
「そりゃできない相談だ」
まぁ、断るな。
姫様は守るべきお方であるには違いが無いからな。
「そうか、なら戦うしかないな。ただ、面倒だし、被害者を増やしたくない。一対一だ」
まあな、俺だって、少女相手に本気は出したくないからな。
それに無暗矢鱈に女の子に傷をつけたくもない。
「それは都合がいい、そうしようか」
「ああ、なんだ、気が合うな」
「そうだな」
「敵でなければな、まぁ、敵でも好敵手になるかもな」
「そうか?」
俺をあまり舐めないでほしいな。
流石に、普通の奴に負けるほど弱くは無い。
まぁ、こいつがどんなに強かったとして、結局は人間だろう。俺に勝てるものか。
満身創痍に、気は付けるから、油断はしないが、負ける気もしないな。
「とりあえず、自己紹介だ、俺は雀林明それと、こっちは俺の妹で」
「雀林明です」
「と、まぁ、こんな感じだ。よろしくな」
「ああ」
こいつら兄妹だったのか。似てないな。
華奢な妹に対して、兄の方は結構筋肉ムキムキだ。もちろん見せるための筋肉じゃないな、あれは。あの斧を使っているうちに、自然と付いたのだろう。
さてと、名乗られたからには、名乗り返さないとな。
「俺の名前は、グルック……いや、もういいや」
俺は、姫様をチラッとみる。そして、起きているのを確認した。
結構大きな声で会話していたからな、起きたのだろう。
「姫様、そこに座っていてください」
「ふぁ、ふぁい……」
眠そうだ。
まぁ、寝起きだしそんなもんか。
サキが、姫様を比較的新しい切り株の上に座らせた。
「そうだな、名乗るさ、俺の名前は武元曹駛。元・国軍第19期兵団所属、武元曹駛だ。覚えておけ」
俺は言ってやった。
まぁ、半分はこいつに向けてだが、半分は姫様に向けてな。
もう仕方ない。ここまで来たら、隠して行動するより、姫様にも全て話して、秘密にしてもらった方がいいだろう。
実はこの島に来た時からそうは思っていた。
そっちの方が無駄な心配もかけないし、隠れて行動する必要もないわけだから、いろいろと動きやすいだろう。それに、国の王族を味方に付けることに成功すれば、もしかしたら、一部を除いては武元曹駛と言う名のままで、公の場に出られるかもしれない。
もちろん、元19期兵というのは、内緒だが。
俺のその発言へのリアクションは様々だった。
「じゅ、19期兵団? それは、消滅したはずじゃ……それに、武元……曹駛……様?」
最初の反応は、姫様の戸惑い。
そして、次に来たのが……
「はぁ……結局あんた……自らバラすのね」
「秘密じゃなかったのですか」
「グルック、いや、曹駛らしいな」
と、いうような呆れた声々。
それと、一番気になったのが最期にぼそりと聞こえたこれ。
「……ほう、かっこいいな……それ……」
いや、待てよ。
おい明、まて、おかしい。
お前の感想が予想の斜め下。
「よし、お前がそう言うなら、俺も俺の2つ名を教えてやろう」
「いやいや、そんな流れじゃないだろ」
「お前だけにそんな恰好のいい自己紹介されたんだ、特別に俺の2つ名を教えてやる」
ドヤ顔の兄の隣で、明が「……別に今に限ったことじゃないでしょ」と小さく呟いたのを俺は見逃さない。
それでも、「いや、特別でも何でもねーじゃん」とも、口には決して出さない。
「俺は、『強者』だ、強者の大戦斧。覚えておけ。生きていたらな」
明はそう言った。
強者……ねぇ。
実際どうなんだろうか。でも、それも戦えばわかるか。
「そんで、自己紹介も終わったし、そろそろ始めねぇか」
「俺以外の奴の紹介はいいのか?」
「あ……そうだな、忘れていた……が、ま、いいや、面倒だし、始めよう」
「そうか、じゃあ、始めるか」
ここで、気づいた。
今更。
本当に。本当に今更。
俺、気づくの遅いな。本当に。
俺、手ぶらだ……つまり……武器がねぇ!!




