26話・上陸ですか、失敗です。
―レフィ=パーバド―
私たちを乗せた船は、島に高速で突っ込み、使い物にならない状態にはなったが、なんとか島には無事上陸できた。
それも、私たち3人だけの話ではあるが……。
無事だったのは私、テンチェリィ、姫様。
曹駛とサキは行方不明である。
曹駛は、恐らく、無事だとは思うのだけれども、サキは無事であるかどうかも怪しい。
船の前から半分はペシャンコになってしまっている。生きている保証すらもない。
「そ、その、グルック様とサキは、大丈夫なのでしょうか」
不安の表情の姫様が、そう尋ねてきた。
「大丈夫」と言いたいところだが、グルックこと曹駛はともかくサキが無事である保証はない、それどころか、死んでいる可能性の方が高いくらいだ。
それに、曹駛だって、生き返るとはいえ、死んでいる可能性が高い。
「姫様、私、少し探してきます」
「て、手伝います、私も手伝います」
「ありがとうございます、姫様。それと、テンチェリィ」
「はい、なんでしょうか」
「あんたはこの島の人にこの事を伝えにいって」
「はい、分かりました」
そう言ってテンチェリィは走って森の中へ入って行った。
「レフィさま、早く探しましょう」
「はい」
「レフィさまもこっちに来てください、早く」
今の姫様は、前に謁見室で見た姫様からは想像できないほどに取り乱している。
あの時の姫様は、前代国王……親を失った直後であるにもかかわらず、毅然とした態度を取っていて、強い人だと思っていた。けど、それは違った。姫様も年相応なメンタルしか持ち合わせてはいなかった。
だから、泣いている。
だから、必死である。
だからこそ、こんなにも頑張ってサキと曹駛を探している。
実のところ、姫様には捜索を手伝ってもらうより、テンチェリィについていってもらい所なのだけど、今の姫様はきっとそうお願いしたところで、テンチェリィについてはいかないだろうし、私も今の姫様を無理やりあっちに向かわせるつもりはない。
姫様の顔を見て分かる焦り、緊張、恐怖……絶望―――様々な負の感情の中に一つ……希望が見える。
前の決闘の時、私も、今の姫様と同じであった。
今は、曹駛が死んでも死なないことを知っているからこそ、こんなにも落ち着いていられるが、知らなかったなら、私もきっと姫様と同じになっていただろう。
いや、そうだとしても、姫様ほど、取り乱したりはしなかったかもしれない。姫様ほど、絶望感を味わったりはしなかったかもしれない。
姫様にとって、最後の心の拠り所であったのかもしれない、サキと曹駛。
サキは、随分と前から姫様の隣にいて、ずっとお守りしてきたらしい。
それは、姫様から見れば、家族の次に親しい人物なのかもしれない。
曹駛は、姫様が死に瀕した時、突然現れ、助けてあげた。
それは、姫様から見れば、さながらヒーローに見えたのかもしれない。
そんな二人を一度に失おうとしているのだ。
ここで、冷静でいられる方がおかしいのだ。
「はっ!! さ、サキ……」
「ひ、姫様……」
どうやら、姫様が、サキを見つけたようだ。
返事をしたということは、まだ息はある、そして意識もあると言うことだ。
しかし、意識はもはや途切れる寸前と言った所かもしれない。
なぜなら、彼女は、彼女には、右肩から先が無かった。
血が止め処なく流れ出ている。曹駛はともかく、彼女は助からないかもしれない。
「だ、大丈夫? さ、サキ?」
「だ、だいじょうぶです……」
「そんなっ……だって……腕が……」
「それでも……私は……大丈夫、です……それよりも、グルックが……ぐるっくが……私を、庇って……」
そう言って、サキは意識を失った。
このまま目を覚まさない可能性もあるだろう。
それと、最後の言葉、それは、姫様を絶望の底に叩き落とすには、十分すぎるほどの力を持っていた。
サキが気を失う寸前に、残っている方の手である、左手の人差し指を立て、有る方向を指していた。
その先にあるものは、鉄塊と血だまり。
それに、辺りには人のパーツを髣髴とさせる肉片が飛び散っている。
「ぐ、グルックさ……ま……?」
姫様は、駆け出す。その鉄塊に向かって。
「お願い……動いて……」
姫様は、必死に退かそうと押している。
だが、動く気配もない。
「レフィ……さま……早く、手伝って……ください」
「は、はい」
私も、その鉄塊の場所に向かう。
「その、姫様、退かしても、きっと意味は無いかもしれません」
「それでも!! それでも……せめて、埋葬……くらいは……」
「そうではないのです、姫様」
「じゃあ、どうだと言うのですかっ!!」
嗚咽交じりの叫び声。
それは、自分に言い聞かせているようにも感じられた。
「だから、そうではないのです、姫様」
こんな時だからこそ、私は冷静でなければいけない。
「姫様、きっと、その下にグルックはいません。退かしても無意味です」
「では、どこにグルック様がいると言うのですか」
「はい、そうです。ですが、この先を聞けば、姫様はもっと深い絶望の谷に落ちるかもしれません、それでも、構いませんか? この先を知りたいですか?」
「もちろんです。私はそれを知らなければいけない」
「そうですか……なら、お答えします。グルックは、この鉄くずの下に居る訳ではなく……きっと、この鉄クズの中……サキの右肩と一緒にこの鉄クズに挟まれて、潰されているでしょう」
「………そう……なのですか……」
「はい」
姫様は、その鉄塊の隙間に手を突っ込み、必死に開こうとした。
だが、それが開く道理はない。開く訳が無い。非力な少女の力でそれが開く訳が無い。人の力でそれが開く訳が無い。
「姫様……今から、その鉄クズを土塊に変えます。これより先の光景は保障できません、それでも、ここにいますか? そのとき、正気を保っている自信がないのなら、できれば、ここから離れていてもらいたいです」
「いえ、私は、ここにいます」
「そうですか……」
私は、姫様の意思を尊重する。
「では、詠唱をはじめます」
曹駛がまたしても死んだことで、首輪の魔法封じの効果はとうに切れている。と言うより、魔法封じの効果はオンオフの切り替えが可能なようで、曹駛は、件の決闘の翌日以来、ずっとオフしてくれている。なので、実際は曹駛が死んでいないくても、魔法は使えたりする。ただ、普段は魔力を温存して、本当に使うべきところで使うようにと言われているので、普段は使っていない。
これから使うのは、土の属性を持つ魔法。
私は、風の魔法を得意とし、次点で得なものは雷である。
土の魔法は得意ではない。その上、私も曹駛と同じで、非戦闘魔法は得意ではない。
だから、きっと溜めてきた魔力全てを使うことになるかもしれない。
けど、これは必要なことに違いない。これをしなければ、曹駛は復活出来ない。
曹駛は、言っていた。死んだとき、潰されて、挟まれたままだったり、細切れにされてばら撒かれたりすると、復活に時間が掛かると。
だから、即時復活のためにも、私は何とか曹駛をその金属の中から解放させてあげなければいけない。
「願うは物の理を捻じ曲げん事、私が望むは、硬く壊れぬその岩を、柔く脆い土塊に変えんとす……」
一文字一文字に思いを強く乗せ、魔力を鉄塊に流していく。
まだまだ、魔力が足りない。全然足りない。
私の魔力だけでは足りない。
だから、曹駛の魔力を使わせて貰うことにした。
この鉄塊には、曹駛の血が大量に付着している。もはや付着とは言わないかもしれない。
そのくらい大量に付いている。
だから、その血に含まれる魔力を全て使う。
人の魔力を使うのだ、当然負荷は掛かる。数倍もの疲労感が襲い掛かってくる。
けど、意識は失わない。
「……この、願い、力にして、叶え。土塊変換」
変換魔法。
土属性の中級あたりの魔法だ。それも、物質をその辺の土のように脆くするだけの魔法である。物質変換魔法の中でも最も簡単な物だ。
それでも、自分の使えない属性、自分の向かない種類、人の魔力の使用、の三つの要因が重なり、とてつもなく難しいものにさせた。
私は、気を失う寸前であるが、なんとか踏みとどまる。ここで倒れたら、私の思っている通りにならない。この先が、一番大事なのだ。
荒くなる息を、無理やりいつもの呼吸にする。
溢れ出てくる汗を、姫様が土塊に気を取られているうちに何とかする。
今にも倒れそうな体を、無理やり動かす。
そして、なんとか「普通」を保ちながら声を出す。
「姫様、話があります」




