25話・船ですか、酔いますね。
―武元曹駛―
サキを無視して船に乗ったのはいいのだが、無理やり付いて来た。
姫様が命令で来るなとも言っていたのだけど、それでも付いて来た。
先曰く「私が守らず誰が姫を守るのだ」とのことだが、その後俺の耳元で「曹駛が姫に取られないか心配だからな」と言っていたので、姫様を守るというのは建前だろう。
おいおい、近衛隊隊長がそんなんでいいのか、とも思ったが、こいつはこういうやつなのかもしれないし、仕方ないだろう。それにしても、俺の記憶の中のサキとは大違いなのだが、時間は人を変えてしまうのだ、今のサキはきっとこういうやつなのだろう。
それにしても物凄く揺れるな。
凄い気持ち悪いのだが。
「グルック、大丈夫?」
隣にいるレフィが珍しく心配をしてくれる。
「あ、ああ、大丈夫だ」
「そう……なら、いいんだけど……」
と、口ではそう言っていても、心配してくれているというのは、表情で分かるぞ。
ありがたいな。
「で、この船、本当に大丈夫なの?」
「何がだ?」
「その、さっきから揺れが随分と酷いけど」
「大丈夫だろ、船長が何とかしてくれる」
「うーん、だといいけど……」
「ちょっと、外出てくる」
「分かったわ」
そう言ってから、俺は、甲板に出た。島流しはあくまで姫様がそう言ったからそうなっているだけで、そんな処罰は既に滅んでいるが故に存在しない罰である。
つまり、これは、姫様のお忍びバカンスに近い。
それで、俺が何を言いたいかと言うとだ、この船かなり大きい。俺たちは5人いるのだが、一人一部屋ある。それプラスで空き部屋もいくつかある。
豪華客船ではないにせよ、とてもじゃないが、個人が持つようなものでもない。今は珍しいディーゼルエンジンで動く船だ。俺でも買えば全財産が吹っ飛ぶレベルの物だ。
こんな船に乗っているのだから、お忍びが成立するかどうかも怪しい。普通にばれてそうだ。
「あら、グルック様、奇遇ですね」
「何がでしょうか?」
「その、グルック様も甲板に出てくるなんて」
奇遇でも何でもないと思う。
正直、船内の自室の他には甲板と操縦室くらいしかないので、甲板に出て会う可能性はそう低くは無いだろう。
だた、ここに俺と姫様以外がいないことだけは奇なる事なのかもしれないがな。
サキは知らんが、レフィは俺の部屋にいて、テンチェリィが自分の部屋じゃなく、他の空き部屋で寝ているので、そこまで奇なることでもないのかもしれないが。
と、ここで気付けばよかったのかもしれない。ここで気付けば、まだフォローのやりようあったかもしれない。だが、ここで自分の思っていることに何も疑問を持たなかったのは、俺が島流しという点とお忍びバカンスという点に気を取られ過ぎていたからだろう。
「姫様、その、姫様はなぜ付いてこられるのですか?」
話すこともなく気まずいので、一応聞いてみた。
「それはですね……」
姫様が俺の前まで駆け寄ってきて……って、待って。
………。
…………。
姫様は、手を俺の肩に置き、背伸びをして自分の唇を俺の唇に重ね合わせた。そして、今も唇同士はくっ付き合ったままで、離れていない。フレンチキッスですらない。
二回目のキスも姫様か……。意外と大胆だな、姫様。
あ、舌入ってきた。って、舌入ってきたぁぁあああ!!
ま、まさかのディープキス。なんか、こう、変な気分になってくる。
離さなきゃ……思っていたら、姫様の方から離れてくれた。危なかった。これ以上は本当に危険である。俺が何を仕出かすか分かったものではない。
「……はぁ……こういうことを……はぁ……はぁ……いっぱい……するために……行くのです……はぁ……はぁ……」
キスの時間が長かったのもあって、息が荒い。そういう俺の息も結構荒いが……。
それにしても、今の姫様、なんかエロい。
駄目だダメだとは思っているんだけど、こういうところを見てしまうと、どうしてもそう思ってしまう。というか、俺、もしかしたら、生まれてきてからした中で一番エロい事が今のディープキスだったかもしれない。なんというか、姫様が本当に大胆だ。このまま行くと、本当に行くとこまで行ってしまう気がする。相手が王位継承権を破棄したとはいえ、王族であるのもあって、変に逆らうことも出来なければ、暴力的行動で引き離すことが出来ないのも有って、相手から行動されるとこっちは上手くそれを躱すことが出来ないのだ。
だから、姫様相手にはされるがままと言う状況だ。
今のこの5人のメンバーで姫様に一番発言力を持つのはサキだろうな。その点サキがいてくれるのは大変ありがたいのだが、サキはサキで俺にそういう気が有るか無いかで言えば、間違いなく有るほうの人なので、あまり安心は出来ない。姫様がサキの気持ちに気付いて、二人で分け合いましょうとか言ったら、間違いなく敵に回るタイプかもしれない。
俺は、ハーレムはいいが、エロいのはまぁ、その……Bまで、かな。それ以上はちょっと……。理由は色々とあるけど、まぁ、ちょっと、まだ遠慮させていただくかな。
それは、俺が成すべきことを成すまではお預けだ。
「はぁ……はぁ……ふぅ………さて、グルック様、さっそくなんですが、これから、私の部屋に一緒に参りませんか? 島までまだ時間は沢山あります」
「いや、その、遠慮させていただきます」
「なぜでしょうか」
「その、少し酔ってしまったので、外に出て来たんです、ですので、船内に戻ったらまた酔ってしまうかな……と」
と、もっともらしい。というか、事実を述べで回避しようとしたのだが……
「大丈夫です、船に酔う前に、その、そ、その……ですね、船に酔う前に、私に酔わせて見せます」
と、姫様。
いや、正直な話、待ってほしい。姫様がガンガン攻めてくる。ちょっと待ってほしい。ゆっくり、じっくり、考えてから決めてほしい。ガンガン行かないでほしい。むしろ命を大事にくらいでいいと思う。
「い、いや、その、え、えっと、え、遠慮しておきます」
こうは言ってみるも、意味ないんだろうな、と自分でも思ってしまっている。
「大丈夫です、確かに、その……その……お互い初めてかもしれませんが、きっと大丈夫です。きっと私の虜にして見せます」
やっぱり。
もう仕方ない。
最終手段を取るしかない。
「姫様」
「はい、なんでしょう」
「……失礼しますっ!!」
逃走。
全力ダッシュによる逃走。
逃げる。逃げる。
逃げる、後ろを振り向かずに逃げる。
振り向いたら、きっと捕まる。そんな気がした。
そして、船内の適当な空き部屋に入る。
小休止。
息も落ち着いたところで。部屋の中を見たところ、この部屋には藁が積んであった。
そして、その藁の上には、テンチェリィが体を丸めてすやすやと眠っていた。
テンチェリィは天使である。寝顔も可愛い。実に可愛い。
「起こさないようにしないと」
テンチェリィに、そーっと近づく。
安らかな寝顔である。藁の上はそんなに寝心地がいいのだろうか。
ためしにテンチェリィの背中側の隣に、静かに体を置いてみたが、チクチクするだけで、そこまでの寝心地がいいわけではなかった。
だが、テンチェリィが隣にいるという安心感と日々の疲れ(主にレフィに殺されていることが原因)の所為で、俺は少し目を閉じている間に眠りに落ちてしまったようだ。
俺は、夢を見ているのか。
なんだろう。
これは、何だ? ふにふにしている。
餅のような気もするが、少し違う。甘いな。中にはあんこが入っている。そして、外には黄粉がまぶしてある。
これは、一体なんなんだろう。
という、ところで目が覚めた。
暗い。真っ暗だ。それに、狭い。挟まれているかの方な圧迫感を感じる。
それと、口元が濡れている。さっきまで何か食べていた夢と現実が連動していたのだろう。俺はきっと寝ているときに口元にあったこの小さな突起を口に含んでいたのだろう。
………。
それと、嫌な予感がするんだ。
凄い嫌な予感。
あのね、バクバクと鼓動する音が聞こえる。
それと、妙に床がふにっしている。天井が布のような感じがする。
俺はこの圧迫された環境から抜け出て見た。
まず目に映ったのは見覚えのあるダボダボのTシャツ。
そして、次にそれを着ている、顔を真っ赤にして、息の荒い、テンチェリィだった。
「そ、その、美味しかったですか?」
「え、えっとなにが?」
「わ、私のおっぱいさん」
「は、はい」
って、何やってんだ、俺。何答えているんだ、俺。
変態め。この変態め。
くそ、マジか、なぜこんなことに……。
「その……最初はびっくりしましたけど、その、気持ちよかったです」
「えっと……なんでこんなことになったの?」
「私の心の中の葛藤まで話すと長くなりますが」
そんなに葛藤有ったんだ、って、何をされたんだ?
「私が目を覚ますと隣にお兄ちゃんがいて、寝ていると思っていたので、私のTシャツで二人羽織の向き合ったバージョンみたいな感じにしようかなと思って、お兄ちゃんをシャツの中に通していたら、途中でお兄ちゃんが、私のオッパイを甘噛みし始めて、その、ビックリしました、寝たふりなんてひどいです」
「いや、寝たふりじゃないけど」
「嘘なんかつかなくてもいいです、その、これから、えっちなこと、しますよね?」
「いや、しないって」
「本当ですか?」
「うん、本当だ」
「そうですか……」
やっぱ、テンチェリィ相手なら、こういう風な感じで回避できるんだけどなぁ……。
それにしても、ディープキスとおっぱい甘噛みか……どっちの方がエロ度高いんだろうな。
まぁ、テンチェリィはまだ歳的にも幼いし、ぎりぎりセーフかなぁ(超アウトです。死んでほしいと思う人もきっと沢山います)……、じゃあ、エロいことランキングの一位は更新しなくて済むかな。
「そうですか、この後は無いのですか」
「ああ、だから安し……」
安心しろ。と言葉を続けようとした。
「じゃあ、私は、この後一人で済ませなきゃだめなのですか」
「えっ……」
衝撃発言。
この後を期待してたのか。というか、一人でするほど我慢できないのか。
何よりも、その歳でなんかするの?
「その、一人でって?」
「えっちなことです。ですので、出て行ってください」
「え?」
「え? ……もしかして出て行かないのですか? その公開ですか? それは、ちょっと恥ずかしいので、で、出来れば、見ねーでほしいです」
「あ、うん」
「でも、その、どうしてもというなら、命令には逆らえねーです」
「いえ、出ていきます」
退散。
部屋から出て、すぐさまその部屋を離れるように歩いた。
そして、気づけば甲板。結局ここに戻ってくるのか。
結構寝ていたのか島が見える。
というか目と鼻の先だ。
そして、速度が落ちない。
……死ぬ。ヤバい。
幸い、今からでも急いで減速すれば、きっとまだ大丈夫だろう。
急いで操縦室に向かう。そして、その扉を開けると。
「やぁ、奇遇だな、グルック」
サキが、船を操縦していた。
「お前、馬は乗れないのに船は操縦できるのか? ってそんな場合じゃない。今すぐ船を止めろ、減速しろ、島に突っ込むぞ!!」
「ああ、そうだな、だが私から言えば、その返答はNOになる」
「なぜだ」
「私は、船を操縦したことが無い」
「じゃあ、なぜここにいるんだ」
もっともである。
しかし、サキの返答もまたもっともなものであった。
「それは」
この時になってやっと気づいた。
もっと早く気づいていれば少しはマシな結果になったのかもしれない
「私たちの他に、誰一人、乗組員すらもいないからだ」
そう。
考えて見ればおかしな話である。
王位が空いているこの状況で、コイチ姫のバカンスが許されるわけもない。
それに、タイラント型のドラゴンが6匹と言う数で群れる訳が無いのだ。
つまり。
嵌められた。
「なぁ、お前、操縦はここまでどうして来た」
「おおむね感だが、基本はこのマニュアルを読んでやった」
サキは、手元の本を指差しながら、そう言った。
「まぁ、操縦は出来たのだがな、減速が出来ない。全く減速できない」
「それは、多分お前の所為じゃないな」
最初から減速できないような形になっていたんだろうな。一度進んだら、加速し続ける暴走船と化すわけだ。
妙に揺れたのもそれが原因か。
「だが、きっと大丈夫、地図通りにはすすんだから、目的地には着いたはずだ、セーアイランドには医者も技師もいるだろう、大丈夫なはずだ」
「サキ、悪い知らせが二つある」
「なんだ」
「一つ、もう、島にぶつかる」
「ああ」
「それと」
絶望的だが、口にするしかない。
情報の共有は大事だ。
「ここはセーアイランドじゃない。恐らく……バブルアイランドだ」
船は島に乗り上げ少しずつ減速はしているが、スピードは落ち切らず森にまで進んでいき、甲板が潰れ切り、次に操縦室は潰れていく。
せめてとサキを逃がすように押し寄せる木々と鉄クズを背中で受けつつ、サキを思いっきり、この部屋から突出した。
そこからの記憶は無い。




