22話・お呼びですか、今すぐ行きます。
―武元曹駛―
姫様からお金をもらってから、もう一ヶ月と経つのだが、己の浪費癖に気付き色々気を付けているおかけで、今は珍しく、お金が沢山ある。
そんな俺が何故お城に向かっているのかと言えば、姫様から招集がかかったからだ。しかも、秘密裏にだ……。
だから、城内に入る時も裏かららしいし、一人で来いとの事。
それにしても、代理とはいえ一国の長である姫様が俺に、一体何の用があるのだろうか。
正直なところ、かなり怖い。朝、家に緊急極秘召喚状が届いていたことに気付いてからずっと心臓バクバクだ。
もしかしたら、俺の本名がばれて、俺の過去の事が……とか、偽名で活動していることに対して罰が……とか。色々な恐ろしい思考が……。
でも、行かったら行かなかったで、罰があるのでとりあえずコソコソとお城に向かっている。
そして、城の裏に着いた。
もちろん、見張りの門番は立っているが、召喚状を見せたら、簡単に通してくれた。
扉を開けて中に入れば、メイドが立って待っていて、俺は案内に従いそいつについていった。
俺は裏口から城に入ったことが無いので良くは分からないのだが、どう考えても謁見室へ向かっているようには思えない。
も、もしかして、巷で噂の拷問室へ連れて行かれるのか? どの巷かは知らないが、どっかの巷で噂のあの拷問室へ……。
大きな扉の前でメイドはピタリと足を止めた。
「では、こちらで、ございます」
「あ、ああ」
ここが、拷問室。
ゴクリ、唾を飲む音がやたら大きく聞こえたのは緊張と恐怖の所為なのかもしれない。
うまく立ち回らなければ、死ぬかもしれないのだ。それくらいの緊張や恐怖があってもおかしくは無いだろう。
まぁ、どうせ生き返りますけど。むしろ若返りますけど。
俺の心の中のどこかが諦めムードになりつつあったので、それが全身もとい全心に行き渡る前に、気を引き締め、目の前の扉を開けた。
まず最初に目に入ったのは光。視界が真っ白になった。拷問室=暗いみたいなイメージがあったので、全面ガラスから差し込む光が異様に眩しい。全面ガラスの奥にはテラスが見えるし、血の匂いも全くない。恐らくここは拷問室ではないだろう。
次に目に入ったのは、姫様。
この国の第一王女である、コイチさまは俺の事を立って待っていたようだ。
今日の姫様の服は、普段人前で切るような煌びやかなドレスではなく、服自身は目立たないながらも着ている人を引き立てる、着心地のよさそうな、白いワンピースである。
よく見れば、そのワンピースは、レフィが俺に買われたときに着ていたものと同じであることに気付く。あいつ、マジの高級品着ていたんだな。
まぁ、でも、そんな服装の姫様がここにいるという事が、ここは拷問室でないこと決定づける。
よし、とりあえずは拷問室でない。
次に目に入ったのはベッドとか姿見や化粧台などの日常生活で使うような物である。もちろん個々の値段は、一般人の普段の日常からはかけ離れている物なんだろうが……。
それにしても、ここは、まるで姫様のお部屋のようだな。
天蓋が付いているベッド周りにはいくつかのぬいぐるみが置いてあるし、こんなにも広い部屋なのに、女の子特有の匂いが漂っている。
トン……。
「え……」
いろいろと状況判断していたら、メイドに背中を押され、部屋の中に押し入れられた。
そして、バタンと扉のしまる音がして、カチャリと鍵の閉める音がする。
振り向いて扉を見て見ると、この扉は、内側からだろうと外側からだろうと、鍵を持っていなければ、開けることが出来ないようであった。
つまり。
閉じ込められました。
「ようこそ、私の部屋へ」
ここは予想通り、姫様のお部屋であった。
「その、話はいろいろあるのですが、まず一つ」
「はい」
「あ……座ってください、えっと、椅子は……ベランダですし……」
姫様がキョロキョロと座れる場所を探しているので、俺も辺りを見渡してみたが、この部屋には椅子が無い化粧台前にはあるかとも思ったが、なかった。
なので。
「いえ、お構いなく」
と、一言言ったものの。
「そんな、今のグルック様は、急に呼び出されて肉体的にもお疲れかもしれませんし、極秘の緊急召喚状ということもあって精神的にもお疲れかもしれません。ですから、座っていただかなければ私の気が済みません」
と、まぁ、実に言い返しづらい返答だこと。確かに、肉体的疲労はともかく、精神的にはかなり疲労しているからな。
精神疲労と座ることは関係ないとも思うのだが、それはさておき、そうなるのが分かっていたならせめて緊急と言う二文字、あとできれば極秘と言う二文字も取って、普通の召喚状を送ってほしかった。
まぁ、でも、私室に呼んで二人きりと言う事は、そこそこ俺は信頼されているのだろうか。本当に二人きりかどうかは分からないが、形の上では二人きりだし。危ないのは変わらない。アサシンとかがいたら洒落にならないが、そうじゃなかったら、襲ったり殺したりも出来るだろう。
でも、気配が無い。アサシンだから気配を消すのは得意かもしれんが、自然界に揉まれて育った、樹海住まいの野生の動物と比べれば多少は気配があるはずなのに、感じられないと言う事は誰もいない。この部屋にいるのは、俺とコイチ姫。それだけだ。
それだけ、秘密裏に動くとなると、裏の仕事か、それとも……あの事件のことについてか。
「その、じゃあ、私のベッドの上にお座りください」
「そ、そんな」
座れる訳が無い。
と言わせては貰えず。
「うんしょうんしょ」
とベッドまで背中を押されていき。
「ちょ、ちょっと、その、姫様、お待ちください」
と振り返ったところを……
「えいっ」
ポンッっと先ほどのメイドのように押され、ストンと座らせられた。
俺がベッドのやたら柔らかいマットレスに腰を付いた瞬間、ぽふっとマットレスに浸み込んでいた、姫様の甘い匂いが舞い上がり、俺の鼻孔をくすぐる。
なんだよ。この匂い。相手は姫様だぞ、落ち着け、俺。
「それでは、お話をしましょう」
「その、姫様はお座りには……」
「いいのです……と言いたいところなのですが、ここはそのお言葉に甘えさせてもらって座らせていただきます」
といって、ストッ、ポスッ、ちょこんと姫様も座った……俺の右隣に……。
その僅かばかりの衝撃ですら、甘い匂いは舞い飛び、俺の鼻の奥に追撃をかける。
「じゃあ、話をしましょう」
「は、はい」
隣に座ったとはいえ、ここは姫様の部屋で、相手は姫様だし……文句は言えない。しかも、どちらかと言えば、俺は座らせさせてもらっている立場なのだ、その形がどうであれ。なので、なおさら文句が言えない。
「それで、まずは一つ目ですが、その、グルック様はもう一度、兵士になるおつもりはないのでございますね」
「はい」
「そうですか、なら、この話は無かった事にしましょう」
なるほど、再び兵士になるように依頼するつもりだったのか。でも、それだけなら、わざわざここに呼び出す必要は無いのでは……。
と、思っていた直後、右肩に重みがかかる。
「その次のお話です」
「は、はい、なんでございましょうか」
あれ、なんだこの言葉遣い。自分の言葉遣いに自信がなくなって来たぞ。
「そ、その、わ、私と、わ、わたくしと、その、け、結婚していただけないでしょうか」
「え……あ……」
返答できなかった。
またしても結婚の申し込みである。最近、某女騎士さんにもされた。
というか、一国の長である姫様が一般人の俺と結婚してもいいのか?
「えっと、その、結婚……はやっぱり、だ、だめ……ですよね」
「そ、そうだな……じゃなくて、そうですね、やっぱ……やはり、私は一般人でありますし、少々、む、難しいかと」
「そ、そうですか……そうですよね、それは難しいですよね。分かってはいました。だから、ここにお呼びしたのです」
そう言った姫様は、ベッドのヘッドボードに付いているスイッチを押した。
そしたら、3重のカーテンが、しゃー、と音を立てて閉まった。
そして……。
パチン。
電気が消えた。
部屋は薄暗く、三重のカーテンの隙間からわずかに漏れる光で部屋の中が薄らと見えるくらいの明るさでしかない。
それに、何だろう、密着しているせいだろうか、先ほどよりも濃密な甘い匂いによって、俺の鼻はもうノックアウト寸前である。
よく見ると、姫様の顔は真っ赤に染まっている。暑い……わけじゃないんだろうな。温度はそんなに高くない。それに、病気と言うわけでもない……となると、まさか。
「そ、その、結婚が無理であるのなら、その、えっと、その、あの、その、せ、せめて、その、その、わ、わたくしと、その、こ、こどもをおつくりなさいませんか?」
「え、い、いや、そ、その、えーっと……」
姫様も、口調が崩れ始めているような気がする。いや、なんというか、普段使わないような言葉を無理やり丁寧に言ったような感じにも感じる。
俺の口調は、もう既に多分最初のようには戻らないであろう。
「あとは、その、えーっと、そうですっ!!」
姫様はそう言うや否や、立ち上がって……。
スカートの裾を掴み、その手を頭の上まで……って服を脱ぎ始めたぞ!!
姫様はブラジャーをしていないらしく、背中には布一つ無く、彼女の身に着けている物は今やパンツだけとなった。
「そ、その、ぱ、ぱんつ、脱ぎますね」
「う、うん」
おい、俺、「うん」じゃねぇだろ。
まず、姫様相手に「うん」はおかしいし、この状況で「うん」もない、有り得ない。
なんだこれ、俺、もうダメなんじゃね。こ、このまま。
って、いや、駄目だろ。落ち着け俺。クールにいこうか。
「ぬ、脱ぎました」
「う、うん」
だ・か・ら、「うん」じゃねぇってば。何が「うん」だよ。
あ、もう、このまま、ゴールインしたって、いいんじゃないかな。だって、だって、もしかしたら、俺だって王様になれるかもしれない。
って、よくねぇ。
よくねぇんだって。
「その、えっと、じゃあ、リードよろしくおねが……「待ってください」」
よし、「うん」じゃねぇ。
やっと、「うん」以外の言葉が言えた。
「その、姫様、俺は、やっぱり、そういうことは出来ねぇ」
「な、なんで、ですか? そ、それは、私がまだ、若すぎるからですか? それとも私が姫だからですか」
「そうだな、理由はそのどっちでもないかな。強いて言うなら、俺とお前はまだそこまで付き合いが深くないからかな」
「そんな、それは、一目ぼれということで、なんとか」
「そのいいかた、本当は違うんじゃないか? こういうのは、お互いの気持ちが大事じゃないのか?」
気づけば、付け焼刃ではないにせよ、昔使っていたような敬語は崩れ、すっかりいつもの口調に戻っていた。だが、今は、こっちの口調の方が、説得力があるのかもしれないし、何より、俺が喋りづらいから、これでいいだろう。
「そ、それなら、私はグルック様の事をお慕いしております、それじゃ、駄目なんですか?」
「ああ、俺の気持ちはそうじゃないんだ。分かってください。姫様」
「そ、それじゃあ、それじゃあ、私は何を頼りに生きて行けばいいんですか……」
泣かれたか。
俺は女泣かせかよ、最近ずっとこんな感じだな。本当にずっとこんな感じだ。
俺を落とすなら涙じゃなくて笑顔だって今度本にして頒布でもした方がいいのか?
その点、テンチェリィは笑顔で俺を落としに来たから、まだマシってもんだ。
みんな、幼女に負けているんだ。気付け。
「私は、私は、母上も、父上も、爺やも、みんな、みんな……死んで、しんで……あ、あああ……」
「落ち着け……」
俺は、そう一言だけはっきり言って、姫様を……抱きしめた。裸であるとか、関係あるか。
今は、これがベストだろう。
「私は、もうあなたしか……」
「何言ってるんだ?」
「ですから、もう私はあなたしか頼れる人が……」
「他にもいっぱいいるだろ、そんな人。むしろ、俺の方が頼りにならないさ」
「そうは仰られても、私はもう、もう、私を守ってくれる兵士も、もう、サキ一人しか……」
「大丈夫だ、お前は一国の長になるんだ、胸を張れ」
「そんな、私はもう、そんなこと……できません」
「大丈夫……大丈夫だ……」
口下手な俺はこんなことしか言ってやれない。けど、もう、俺にとってはこうすることしかできないからな。
罪償いにもならないが、俺は彼女の大切な人たちを守ってやれなかった。それは俺の心の中にある悩みなの種となっていた。そして、彼女の台詞が、その種を成長させ、ついには開花させるほどまでにした。
「そう……ですか……」
「ああ、俺からはこうしか言えないからな、大丈夫だって……」
何とも無責任な発言だが、姫様に俺の想いは届いたのかもしれない。
その証拠に、先ほどまで流れていた涙は止まっている。
それに、顔つきも少しずつだが、
「そうだ、堂々としなきゃな、あ、そうだ、それと、お前を守っているサキは兵士じゃなくて、騎士らしいぞ」
「騎士……ですか、馬も乗れないのに」
「あいつ、馬乗れないのか……」
自称騎士ならせめて馬くらいには乗れた方がいいんじゃねぇの?
「ふふ、そうですね、私は、仮とはいえ、一国の長ですものね、堂々としなければ……ですね」
「ああ、そうだ」
「グルック様……あなた様は、私からのプロポーズをお断りするという方向で、よろしいのですね」
「ああ」
「堂々と……ですものね……うん、それなら、あなたは島流しですね」
「し、島流し?」
あれ? 一体どういう。
なんか俺の求めている結末と違うような。
おかしいな。
島流しってあれだよな、古代の刑罰だよな。
それを何故?
「あの、お、お姫様?」
「問答無用です。あなたは、私の婚約者でもなければ、私の愛人でもないのに、裸を見ましたよね」
「は、はい」
そして気づけば敬語モード。
「なら、仕方ないでしょう、あと、私も付いて行きます。ついでに私は王の座を降ります」
「え、え、えっと、ええええええ」
「ということで、よろしくお願いします」
「どういうことでですか?」
「こういうことです」
唇に柔らかい感触……え……。
あれ、キス……?
これ、キスなのか?
だ、だとしたら、これ、ファーストキスだぞ。
「わ、私のファーストキス、その重さ、分かってくださいね」
そんなの、口に出さなくて、十分わかる。
重すぎて、今すぐにでも投げ出したいレベルだ。
「だ、大丈夫、俺もだ」
それにしても、今日の俺の返答は意味不明だ。
それも、かなり……。
「まぁ、それはとっても嬉しい限りですわ、初めて同士、行かれるところまでお行きになさりませんか?」
でた、姫様の謎敬語。
そして、俺も敬語モード解けてるし。これ、またあのパターンじゃ。伝説の「うん」パターンじゃないかな。
それを避けるためにも、あと、俺が今想像している、無人島で姫様と俺二人だけ強制夫婦生活と言う未来を避けるためにも、話を逸らすついでに言質を取ろう。
「そ、その、まぁ、そちらの方は置いておきまして、その島流し先の島の方に道具は持ち込んでもいいのですか」
よし、俺も無事敬語モード。
「むぅ、いけずです……でも、まぁ、それがグルック様なのですね。分かりました。それと、道具の持ち込みは良しとします」
「ありがとうございます。それと、もうそろそろ、今日はお暇させていただこうかと……」
「ええ、そう、ですね……、あなた様がそう仰られるのなら……」
俺は、姫様から帰宅の許可を取ったので、帰ろうと思い、姫様から離れようとしたのだが……
「す、少しお待ちいただけないでしょうか」
その姫様が焦った様子でそう言い始めた。
それを、無視して腕を離して、俺は見てしまった。
姫様の全裸姿を正面からしっかりとみてしまったのだ。
いくら室内が薄暗いといっても、流石に目も慣れており、しっかりくっきり見てしまったのだ。
「きゃっ!!」
「おわっ!!」
えっと、健康的で美しかった。
こう言っておこう。
これが、口にできる限界かな。
「そ、その、後ろを向いていてください」
姫様は、俺に背中を見せつつ恥ずかしそうにそう言った。
どうやら姫様の羞恥心というものが戻ってきたらしい。
それにしても、彼女の肩甲骨のラインが、実に俺の中の何かを攻め立てるのだが、どうしてこうも、何かを駆り立てられるような気分にさせられるのだろうか。
肩甲骨は、その、エッチなところでも何でもないのにな。
「は、早く、後ろを向いてください」
「あ、すいません」
肩甲骨に見とれていた俺は、後ろを向くのをすっかり忘れていたが、姫様に注意されたことによってトランス状態から無事我に返り、回れ右して、そこで姫様の服を着る音を聞いていた。
これもまた俺の中の何かをこう、あんな感じにするんだ。
また不思議なもので、なんというか、ああいうふうなときに出すような声とかでも何でもないのに、不思議なもんだな。この状況下で、布の音を聞くとこんなに威力を持つんだな。
それにして、俺、この後かなり気まずいのではないだろうか。どうやって、ここから帰るのか、全く算段がつかないのだが、一体どうすれば……。
どういう風な感じで帰ればいいんだ……。
結局泊まりました。
なんか、良かったらしいです。
夜、とっても気持ちよかったらしいです。
とってもふかふかのベッドはすごく気持ちよかったらしいです。
エッチなことを考えている人は悔い改めてください。




