21話・騎士さん騎士さん、大丈夫ですか。
―武元曹駛―
城から出て、少し歩いたところの喫茶店に来ていた。
サキと二人きりで……。
ちなみに、レフィは知らぬ間にいなくなっていた。それと知らぬ間に俺のポケットの中に紙切れが入っていた。それを開けて見て見れば、レフィからの書置きのようなもので、先に家に帰っているとのことだ。どうやら知らぬ間に書いていたらしい。
喫茶店に入って振り返ってみれば、後ろにレフィはおらず、びっくりしたものだが、ポケットの紙切れに書いてある文字とサキの証言によれば、レフィは先に帰ったという判断が正しいのだろう。
「それにしても、本当に久しいな、サキ」
「ああ、そうだな、グルック」
「お前は、大分出世したようだな」
「グルックもまた力を振るうことにしたのか」
「いや、そんなつもりはねぇよ」
「そんな隠す必要は無い、私とグルックの仲じゃないか、今日のドラゴン6匹の討伐で惚れ直したぞ」
「いや、討伐してないし、ていうか、お前俺に惚れてたのか」
「ああ、知らなかったのか、私はお前の事をずっと慕っていたのだぞ」
「そうなのか」
「討伐の方も隠す必要は無い、どうせ焼き尽くしてしまって死体が残らなかったのだろう、心配するな、私は分かっている」
「いや、分かってねぇよ」
「分かってるさ」
「だから、違うって、俺はただあいつらを追い払っただけで、倒しちゃいねーよ」
「なに? 倒すのですら難しいのに、無傷で6匹全てを追い払っただと……」
「いや……その、お前……相変わらずだな……」
確かに無傷で追い払った形にはなっているが、この場合倒す方が難しいと思う。まぁ、倒すとなれば無傷じゃなかったのかもしれない……レフィが。
このサキはどうやら一度そうだと思い込むと、要所要所の内容が少々変わることが有っても、自分の中での評価や結果をあまり変えたがらない。一言で言えば、頑固である。思い込んだ場合だけではあるが。
それはともかく、こいつが俺に惚れていたことが判明した。
と、同時に、昔一緒に行動していた時の謎の行動のいくつかの理由と意味が判明した。
なるほど、当時こいつはまだテンチェリィくらいの年だったからな、全く気にもならなかったのだが、あれは誘惑していたつもりだったのか。ほう。
それがどんな行動だったかは内緒であるが、今のオッパイボインでヒッププリンのサキが同じ行動を取ったら間違いなく襲ってしまうだろうな。……あ、いや、それはそれで、無理かも……俺、ヘタレだし……。
「ところで、グルック」
「なんだ」
「唐突だが、私と結婚してくれないか」
「ぶっ!!」
吹き出した。
口のコーヒーは、テーブルの上へ。
コーヒー・オン・ザ・テーブル
「なんだ、口の中に入ったものをテーブルにかけたら店に迷惑だろう、どうしても口の外に出したいのなら、カップの中か、私の口の中に吐き出せ」
「げほっ……げほっ……馬鹿言ってんじゃねぇ……いろいろと」
俺は、テーブルを自前のタオルで拭きながら、そう答えた。
というか、なんだよ口の中って。変態かよ。
「それより、早く婚約を」
「いやいやいや、待て待て待て」
「いやじゃない、いやじゃない、いやじゃない、待てない、待てない、待てない
さぁ、早く私と婚約を……
さぁ、早くっ!!」
「だから、待てってば、というかなんで俺が結婚OKしたみたいになっているんだよ、してねーよ」
「そうなのか……」
あ、しょぼんとした……。まぁ、可愛いが……付き合ったり結婚するとなると、なんか違う気がしないでもない。それが、俺の中でのサキの評価である。
「じゃあ、何時になったら、結婚してくれるんだ……?」
「いや、しないってば、お前なら俺よりいいやつすぐ捕まえられるだろ」
「あなたほど、強く優しい人を私は知らないのだ」
「よく探せって、絶対いるからさ」
「無理だ、いや、再び無理になったのだ、昨日のお前がまたしても、私のハートを盗んでいったのだ、責任を取ってもらおうか」
「いや、知らないって、それと、昨日は大したこともしてないと言っただろ」
「謙遜はいらんと言っているだろう」
「いや、もう、いいです、はい、百歩譲って謙遜と言う事にしておこう」
「じゃあ、結婚してくれるのかっ!!」
サキの目は最高に輝いていた。それは、さながら夢が叶う寸前の少女の目のようである。
いったい、俺のどこに魅力を感じると言うのだ。
確かにそこそこ強くて、そこそこ優しい気はするけど、顔も普通だし……絶対俺の完全上位交換のやついるだろうに。
もうちょい頑張って探せよ。
「お前と結婚はしねーよ……なんていうか、そういう目で見れない」
「え……」
ちょっと、厳しいような気もするが、突き放してやらないと、駄目だろうな……こいつは。
「だから、無理だ。諦めろ、サキ。無理なんだよ、さっき言った通り、そういう目で見れないんだ」
「なるほど、それだけ大事に思ってくれているというわけか」
「え……」
そうじゃねーよ、どんだけポジティブなんだよ。ちょっとくらいネガティブを学べよ。ネガティブを。
「なるほど、そんなにも……そんな心配をする必要は無いのだぞ。結婚すれば私はグルックの物となる。好きに扱っても良い。もちろん、その、あのエルフのように扱ってくれても構わないんだぞ」
ああ~……そういや、その誤解も解いてない。と言うか恐らく解けない。
一応、解く努力はしてみるけど……。
「いや、だから誤解だと何度言ったら分かるんだ」
「分からないだろうな、それは真実であるから……」
「いや、分かってねーよ、分からねーよ、俺にはお前が分からねーよ」
分からないのオンパレードで、何が分からなくて何が分かるのか分からない状態であることが分かった。
まぁ、結論で言えば無理だな。諦めよう。
この辺は、こいつが昔と変わっていないとこからして、早々に諦めがついた。
「で、グルック、いつ式を挙げるか」
「挙げねーよ、なんでお前との式を挙げなきゃいけないんだ、それは何式だよ、葬式か? それとも、部隊の指揮か?」
「無論、結婚式だ」
「だから結婚しねぇってば」
くそ……話が通じない。なんで結婚する前提で話が進んでいるんだ。全く訳が分からん。
「なぜ、なぜだ……」
サキが涙を見せ始めた……。
そこまで、俺と結婚したいのか……。
「グルックは……グルックは、約束したじゃないか」
「な、何を……?」
「私が……私が大きくなって、ちゃんと働いて、立派になったら……その時は結婚してくれると、約束したじゃないかっ……」
「………」
「な、なのに、なのに、グルックは……」
「……その……悪い……」
「じゃあっ!!」
「その……そんな約束はしていない」
「………」
「……それと、その嘘泣きも通じない」
「………」
「………」
「……バレていたか」
バレていたか……じゃねーよ。お前変わらなさすぎだろ。良い意味の変わらないよりも、悪い意味の、学習してない的な意味の変わらないの方にウエイトが傾いてきているぞ、お前。
「そうか、結婚は無理か」
あ、分かってくれた。一応、全く成長していない訳ではないのか。痛い目を見る前に、自分の意見を曲げられるようになったみたいだしな。
「じゃあ、結婚の前に、まずは私と付き合ってくれ、もちろん結婚を前提として」
前言撤回。
全く成長していない。昔と全く変わらない。
俺の肉体並に変わっていない。
「無理だ」
「何故だ」
「無理なもんは無理だ」
「そ、そんな……理不尽な……」
「そう言われると返す言葉もないが、強いて返すとすれば、お前も大概理不尽だ」
「ぐっ……」
あ、自覚あったんだ。
なら、直せよ。
「どうしたら……どうしたら、グルックは私と結婚してくれるのだ」
「逆質問で悪いが、お前はなぜそこまで俺に固執する」
「そ、それは……」
「それは?」
「グルックが、私を救ってくれたからだ……」
「ドラゴンからか? いや、あれはたまたまだろう、救ったと言っても、お前と姫様だけで、他は皆殺されちまったけどな」
「確かに、ドラゴンからというのもある」
「も? 他になんかあったか?」
「何を言っている。最初の出会い。その時点で私はお前に救われていたのだ」
「最初の時点で? ああ、お前が迷子になっていたあの時か」
あれは、俺がまだ19期兵団にいた頃だった気がする。いや、もうその時には19期兵団にはいなかったのかもしれない。
でも、だいたいその頃だ。
「迷子というと、随分と生易しく聞こえるな」
「そうか?」
「そうに決まっているだろう。あれは、遭難に近い。あの時、私は樹海に投げ出された、子供でしかなかった。捨て子だ。それをお前が救ってくれたグルックがこの町まで連れて来てくれた、養ってくれた」
「………」
「グルックはある日突然消えたが、その後も、私はグルックに教えてもらったランスとシールドで頑張ってきた。そして、ついにここまでたどり着いた。立派になった。誇れるようになった。だから、だから、私の前に戻ってきてくれたのではないのか?」
「……違うな。俺は、そんなに恰好のいいやつじゃねぇよ」
「でも」
「でももくそもねぇよ、俺はただの臆病者だ、自分の手にしている者が怖くなった。周りが怖くなっただけの臆病者なんだよ」
「そんなことは……ない」
「ある」
「ないっ」
「本人があるって言っているんだ、あるに決まっているだろう」
「ないっ!! もし、グルックが本当に臆病なら、私など見捨てて町に帰ればよかった、6匹のドラゴンを相手する必要なんてなかったじゃないか。グルックが、臆病なら……あの超巨大ドラゴンを倒す必要だってなかったじゃないか、国に、傭兵センターに、傭兵に任せて、逃げればよかったじゃないか。それでもグルックは、戦ったじゃないか、守ったじゃないか、それのどこが臆病者だと言うのだ」
本物の涙だ。
今度は嘘泣きじゃない、本物の涙だ。
目の前のサキは泣いている。
それは、どの感情からくるものなのかは分からない。だが、原因は俺だろう。
なら、泣き止ませるのも、俺の仕事か。
「落ち着け」
「やだ……」
「やだって、お前……本当に変わらないな」
「だって、だって、変わったら、グルックが……ううん、曹駛が私の事分からないかもしれにじゃないか」
「……それ、俺の……」
「本名……だろ……最後の日、私に教えてくれたな。もっとも、私は寝起きだったが……」
こっそり出て行くつもりだったのだが、物音を立ててしまい、サキを起こしてしまったのだ。
だから、置き土産とばかりに家のおまけで、俺の本当の名前を教えてやった。
その後、俺は精霊と契約しに遠くまで行ったんだっけ。
で、帰って来て、また土地を買って、家を建てたというわけだ。
「あの日、私は街中を走り回った、けど、曹駛はどこにもいなかった、三日走り回った。けど、見つからなかった。曹駛が見つからなかった。でも、家で待って居ればいつか返って来ると思った。けど、曹駛は、帰ってこなかった」
「悪かったな……」
俺が、町に帰って来たのは1年後であった。
そもそも、街を出る時は、返って来るつもりは無かったのだ。そのままあっちへふらりこっちへふらりと、流浪の民にでもなるつもりだった。
だが、俺は未練たらしく、この街に戻ってきてしまった。
サキと顔を合わせたくないってのもあったのかもしれない。
新しい土地と家で、新しく住む住人として、過ごし始めたのだ。
「曹駛……私は……待っている……あの家、私、まだ住んでいるんだよ」
国直属の近衛兵だ、お金は十分あるはずだ、もっといい家や土地を手に入れることだってできたはずだ、なのに、俺をずっと待っていたとでもいうのか、サキは……。
「だから、曹駛……もしも、私と結婚してもいいと思える日が来たのなら、どうか戻ってきてほしい。私達のあの家に……」
「……ああ、分かった……その時は必ず帰ると約束する」
「……そうか、ありがとう」
頬や目の周りは涙で湿っているが、それでも、その顔に浮かんでいるのは心からの笑顔であった。
サキに一番似合う表情だ。
なんか、今になって、久しぶりにサキに会った気がする。
「私の分のお代だ、悪いが、先に退散させてもらおう」
そう言って、サキは先に店を出て行った。
そうか、まぁ、とりあえずは嫁候補……かな。
サキが去って、後になって気づいたのだが、ここは喫茶店である。
周囲からの目線が非常に痛い。
気付いた時には、時すでに遅し。俺は十分に人目を引いていた。




