201話・出発と再会
―武元曹駛―
あれから走り続けて、無事に戦闘もなく仮拠点としている建物まで帰ってくることができた。
「この子は何を食べるのでしょうか」
水槽に入れられたなまこを指でつつきながら麻理はそんなことを言う。
「さあな、プランクトンとかそう言うのじゃないか?」
「あら、困りましたわ。魔法の精製水と塩では、そういったものは入っておりませんもの」
「いや、別に飼うわけじゃないんだからエサなんかどうでもいいだろ、それよりもさっさと奴らの本拠地の位置を確認して向かわないと」
「分かっていますわ、だからこの子の体をぷにぷにとしているんでしょう」
麻理はそう言っているが、いや、というかぷにぷにって……どうみてもナマコと戯れているようにしか見えない。
「おまえなぁ……変われ、俺がやる」
「あっ、ちょっと、お兄様……」
麻理の手からナマコを取り上げ、あちこちを押してみる。
「か、硬い……お前、こんなやつよくぷにぷに出来たな……」
「ぷっ、ははは……やーい、お兄様のへたくそー」
「……おまえ」
「冗談ですわ」
流石に付き合いが長いだけあって、俺が怒るギリギリを見極めて麻理が話し始める。
「ぷにぷにするにコツがいりますの。その子を押してあげる時はやさしく、そしてゆっくり押してあげないといけませんの」
「えっと、こ、こうか?」
「違います、もっとやさしく」
麻理の言うとおりにやっていくと、その感触はどんどん柔らかくなっていく。
「そうそう、乱暴にしてはだめよ、優しく触ってあげるの」
「おお、大分柔らかくなった……って、違うだろ」
目的はこの投影ナマコに本拠地の位置を投影させることであって、柔らかさを堪能することではない。
「えーと。確か鷸は……この辺りを」
この前に鷸が押していた箇所を思い出しながら、ナマコを押して回るが全く以て反応しない。
そもそもナマコを見て体の場所がどうとか全く分からない。
「一人だけで、ぷにぷにを堪能するなんてずるいですわ」
「いや、別に楽しんでいたわけじゃないんだけどな」
これ以上いわれのない文句を言われるのも嫌なのでで、麻理になまこを渡す。
麻理がナマコいじりを再開して、五分ほど。それは突然に始まった。
「あ、出ましたわ」
その時は別の部屋にいたので麻理の声を聴いて、その場まで行ってみると、ナマコが上空からとられたと思われる映像を地図のように投影していた。
「このバッテンが付いているところが、本拠地なんだろうか……」
「多分そうなのではないでしょうか」
「いやー、だとしてもこれは……」
この映像には一つ、大きな問題があった。
「ここどこだよ……」
敵の本拠地以外で人が住んで居そうなところはないし、山と森ばっかりでその場所には全く心当たりはない。
このナマコの映像を見れば何とかなる的な話をしていたから、てっきりルートの説明とかがあると思ったのになんだこれは……。
「あの野郎……次あったら覚えておけよ……」
一応映し出される映像を紙に移しながら文句をつける。
「これからどうしますの?」
「いやー、どうするって言われてもなー」
どうしようか。これ。
確かに本拠地の外観が分かったから、行けば分かるんだろうけど、以降にも大雑把な位置すらわからないとあっては動けない。
「まぁ、とりあえずは書置きだけでも残して、大雑把にでも探しにくかー」
「分かりましたわ」
「まぁ、長くても1週間以内には戻って来よう」
「そうですわね、変に心配かける訳にも行きませんし」
とりあえず、地図とこれから場所だけ探すために出ることを書置きにして、麻理と共に外にでた。
「あ、エサのこと……」
「いや、あのナマコはもういいだろ。というか、鷸もあんまり寿命長くない的な話してたし、お世話するようなやつじゃないだろ……」
「ええー、可愛らしいのに」
そう言って麻理は唇を尖らせた。
「だったらその辺のナマコでも捕まえてそっちを飼えよ」
「いやー、あのナマコなんというか可愛らしいじゃないですか」
「……俺にはよく分からん。違いも感性も」
そんな風に話しながら街の外まで歩く。
というか、麻理が一方的にナマコの話をしていただけだったので会話の内容は省く。
それよりも街の外に出た後の方が問題だった。
そこには予想外の人物がいたのだ。
「お、お前……」
「随分と早い再会となったな、曹駛」
「つ、鷸……」
そう、そこにいたのはドラゴンに乗った鷸がいた。
なぜここに……というより、どうしてここに俺達がいることが……
「ここの場所はあるやつに聞いた」
「あるやつ?」
「ああ、少し前までお前の妹と一緒に暮らしていたやつだ」
「シェイクさんが?」
俺達の場所を成しっていたかは分かった。だが、なぜ鷸がここに来たんだ?
やっぱり見逃すのはやめて戦いに来たのか? という割には……まるで戦闘の意志が見られない。
「なんの用だ……」
素直に答えてくれるかは分からないが、一応尋ねては見る。
鷸の事だから、案外あっさりと教えてくれる可能性もあるからな。
「いやなに、大した用事じゃない」
「大した楊枝じゃないだと? それで、なんなんだ」
「お前らを本部まで運んで行こうと思ってな」
……―――?
「なんて言った? ちょっとドラゴンの鼻息の音が強くて、聞き間違えたかもしれない」
「分かった。それじゃあ、もう一度言おう。お前らを本部まで運んで行こうと思って」
麻理と顔を合わせる。
ジェスチャーとアイコンタクトで俺の耳がちゃんと付いているか聞いてみるが、麻理の反応を見る限りしっかり付いているらしい。
ということは、聞き間違いではないらしい。
「「……は?」
俺達は同時にそんなような反応をした。
「何を呆けている。さっさと乗れ、街の近くにドラゴンがいたら騒ぎになるだろう」
それが分かっていてなぜドラゴンに乗って来た。って、そうじゃない。それどころじゃない。
「お前、正気か?」
「ああ、正気だ」
「説明もなしにそう即答するところは鷸らしいけど、聞きたいのはそういう事じゃなくてだな……なんでお前が俺達をお前の本部まで連れて行く必要があるんだよ」
罠にしては露骨すぎるし、親切と取るには理由がなさ過ぎる。
「ああ、そうだ、少し訂正しないとな」
「なんだ? やっぱりなにか訳が……」
「連れて行くのは本部じゃなくてその近くだな」
「……?」
「どうした? そんなに首を傾げて。当たり前だろう、直接本部に連れて行っては戦闘は避けられないだろう。なら、近くで降ろすのは当然だ」
「??????」
余計訳が分からなくなった。
戦闘を避けたい? いや、だとしたらそもそもなんで俺達をそこまで連れて行こうとしているんだろうか。
マジで意味が分からなくなってきた。
「まあ来るかどうかは任せる。だが、来るならさっさと乗れ。他の人に気づかれる前にな」
「わ、分かった……」
意味の方はまるで分からないが、それでもチャンスはチャンスだ。俺と麻理はドラゴンに騎乗した。
というか、良く考えたらこいつ俺達を運ぶためにわざわざドラゴンに乗って来たのか。なんでそんなことしてるんだ、こいつ。
「片道だけの運送になるが、帰りはお前お得意のテレポートで帰ればいいだろう」
「……今はあんまり魔法使いたくはないんだけどな。まぁ、必要経費と割り切るか」
「それじゃあ、飛ぶから落ちないように気をつけろよ。今日連れてきた奴はあまり大きな奴じゃないからな」
鷸がそう言うとドラゴンが羽ばたき始め空へ飛び立つ。
「それで、本部までどれくらいかかるんだ?」
「そうだな……ほんの数秒もあればつくだろう」
「は? それってどういう」
「上を見ろ」
そう言われて空を見上げると、そこには魔力で書かれた魔法陣があった。
「こ、これは……?」
「逆召喚の魔法陣。またの名を返送召喚。魔力で描く必要がある以上、お前のテレポートのマーキングとは違って使い切りだがな」
「逆召喚?」
「ああ、お前のテレポートのマークを参考に、俺のモンスター召喚術を改造してみた」
こいつ、俺のテレポートの魔法陣をどこで……
「それで、その効果は?」
「召喚されたモンスターとその付近の生物や物を纏めて、召喚前のところに送り返すものだ。普通の返送召喚だと、モンスターしか送り返せないが魔法陣を使えば周囲のものごと送れる」
なるほどな。だからわざわざ上空に描いたのか。地上だと余計なものを大量に運んでしまうもんな。
だが、一つ気になることがあった。
「でもそれって、テレポートじゃ駄目だったのか?」
鷸の話を聞くだけだと、別にテレポートでモンスターごと送ればいいと思うのだが、何か理由があるのだろうか。
「なにそれは単純な理由だ」
「なんだよ」
「俺じゃテレポートは使えない。俺自身が使えるのは簡単な魔法とモンスターが関係するものだけだ」
「……確かにシンプルな理由だ」
でも、こいつは万能魔法精霊を一体連れていたような……
「ええっと、でも、ぐのーめ? だっけ? あいつは?」
「グノーメは疲れたとかなんとか言って寝たからいない」
「……お前のところの精霊も結構自由な性格しているんだな」
「まぁ……あれらは基本的にはそう言うモノだからな……それより、転移するぞ。少し酔うかもしれんから気をつけろ」
「そういったやつは俺も麻理ももう慣れてるから心配するな」
麻理も問題ないと頷く。
「それじゃあ、魔法陣に入るぞ」
転移が始まり、視界が青く染まる。
そして、一瞬にして、目的地と思われる場所に到着する。
そこは見知らぬ森の中……鷸が言うにはすぐ近くに敵の本部があるのだろう。あくまで言っていることが本当なら……だけど。
「ただ……これは……」
この転移で問題点がひとつ。
「お兄様……」
「ああ、分かっている」
俺達は一度目を合わせたあと、頷きあって鷸の方を見た。
「どうした? お前たち」
「「この転移俺(お兄様)のものよりも酔わねぇ」いませんわ」
兄妹で息の合った反応だった。
「……よほどひどいらしいな」
「ええ、まぁ、お兄様の転移がその場で10回高速回転だとすれば、今回のは低速で2,3回回った程度ですわね」
「お前たち……良くそんな魔法使えるな……」
「う、うるせぇ、速度と効率を考えたらああなったんだ」
鷸と麻理からこれ以上なんか言われるのも嫌だし、さっさと本題に入ろう。
「それで、鷸はなんで俺達をここまで連れて来たんだ?」
「それは後からここに来るやつにでも聞けばいいさ、俺はここから去らせてもらう」
「なに? やっぱ罠かなにかなのか?」
「いや、罠ではない。危険も……いや、こっちは保障できはしないが、多分ない」
鷸はそう言って去ろうとするが麻理が引き留める。
「待ってください」
「なんだ、武元妹」
そうだ、鷸が去ろうとするからには、これからここに来るやつに何かしら問題があるかもしれない。
それを聞く前に帰ってもらうわけにはいかない。
「あのなまこは何をエサにあげればいいのでしょうか……そして、ちゃんとお世話したらどのくらい生きていられるのでしょうか」
俺は盛大にずっこけた。
「いや、麻理、違うだろ……」
「あいつは、まぁ、海とかの砂を放りこんで置けば大丈夫だと思うが……まぁ、動物とかの血とかを水に溶かしても大丈夫だ。あれでも一応モンスターだから食べられそうなものは意外と何でも食べる」
「答えてくれるのかよ……」
「それで、寿命は?」
「お前も前のめりになまこ情報に食いつかないでくれ……」
「ああ、何も食わせなきゃすぐ死ぬがきちんとエサをやって育てるなら、数年は生きるんじゃないか? 寿命が尽きて死んだような奴を見た事がないから知らんが」
「そうですか、感謝しますわ」
「ああ、それじゃあな」
そういって鷸がまた去ろうとする。
「いやいやいや、まてまてまて、違うだろ」
「なにがだ?」
足を止めることなく鷸が聞き返す。いや、足は止めてくれよ。
「とりあえず足を止めろ、そして話を聞け」
「断る。じゃあな」
そう言って、鷸が去って行った。
去ろうとする鷸を何度か引き留めようとはしたんだけど、ガン無視して去って行ったのだ。
なんでナマコの事では足を止めたのに、俺の話では足を止めないんだ……
それで、俺と麻理の二人は森に残されたわけだが……
「それで、ここに何があって、誰が来るって言うんだ……」
「さぁ、それは分かりませんが、合うだけあって、早く帰りましょう」
妙にそわそわする麻理。……ナマコのこと考えていないだろうな。考えていないことを祈ろう。
そうして、その場で待っていると、声が聞こえた。
「鷸、私に用ってなに? どうして郊外の森まで……」
その声は聞き覚えがあるものだった。
声の主は姿を現し……
「え……どうして……?」
彼女と目が合った。
「どうしてここにいるの?」
「それは、こっちの台詞だ……レフィ……」
思わぬところで、俺達は探していた者と再会した……




