196話・虚偽と煩雑
―武元麻理―
痛みが走る。だが、この状況、なんとかしなければいけない。穏便に済ませるためにも。
腕が引き抜かれるさらなる激痛が体を襲う。だけど、この程度の痛みに忌避感を抱くほど伊達には死んでいない。
「あら、急に攻撃するなんて、里のエルフは礼儀がなっていないのね」
死が確定した肉体を急速に直し、服を半分だけ修復させる。そして、振り向く直前に土魔法で体内に異物を精製し、右肩に大穴を開けた。そして、すぐに精製した異物を消滅させる。塞き止められていた血があふれ出してくる。
痛い。確かに痛い。だけど、騒ぎたてるほどではない。右腕から力が抜けだらりと垂れる。
ついでに勢いをつけて振り向くことで髪を揺らし、彼に耳が見えるように振り向いて差し上げた。
「たしかに殺したはずだが……」
「人体は肩を破壊しただけでは即死するものではありませんわよ……このまま放置されればどうなるか分かったものではありませんがね」
「……なに?」
「あなたが胸を一突きしようとしたのには気付きましたから当然回避をさせてもらいました。とはいえ、気付くのが直前過ぎて右肩から先が使い物にならなくなってしまいましたが……」
「そんな馬鹿な……だが、まさか……」
メルメストローと呼ばれた男は明らかに動揺していた。確かに、肩を貫くのと胸を貫くのでは感触も違うだろうし間違えることはないのだろう。だが、彼からしたら肩を貫いたかのように見えるはずだ。
「さてと、帰らせてもらっていいかしら、泣きわめくのは淑女としてどうかと思って耐えていますが、流石にこれほどの大怪我を負っている以上、とっても痛むので本当は今すぐ泣き出してしまいたいくらいですの」
「……クッ、仕方ない、帰れ」
「ええ、感謝しますわ……というのはおかしいですわね、特別に今日はこれで許して差し上げるというのが正しいかしら、さ、帰りましょうシェイクさん、治療は任せるわね」
メルメストローから意識を外すとシェイクにも声をかけ、シェイクの家の方に歩き始めた。
後は堂々と帰ればいい。流石にあそこまで演出したのだから追撃はしてこないはずだ。
目論み通り、メルメストローが追撃を仕掛けてくるようなことはなく、無事にシェイクの家まで戻ってくることができた。
これで、とりあえず治療をしても問題ないだろう。
寿命を消費して傷を回復させる。
いつもなら一度死んで全回復した状態で復活をしているので、回復を使うようになったのはここ最近になってからだ。
お兄様との戦いで寿命のほとんどを使い切ってから、モンスターを倒したり、食事をとったりで少しは寿命の回収も進んでいるが、以前とは比べるまでもなく少ない。節約できるところは節約しないと、今後の戦いには足りなくなってしまうだろうし。いざと言う時に本当に死んでしまいかねない。
「私としては死んでもいいのですけれど……お兄様と一緒ならば……」
自分以外には聞こえないほどの小さな声で本音を吐き出す。
でも、それは、今じゃない。
今は彼の手伝いをする。全てが済んだ後に心中してもらうとしても、まずは彼の手伝いをする必要がある。それに、そうじゃなくてもレフィさんを助けたいという気持ちは私にもある。
「包帯貰って来たよ」
傷の治療をしていると、包帯を取りに外に出ていたシェイクが戻ってきた。
「って、治ってる!」
「ええ、この程度でしたら簡単に治せますわ」
「ほへー」
「なんですの、その気の抜けたような声は」
「いやー、やっぱりすごいなーって」
「何がですの」
「いやー、わたしも回復魔法だけには自信あるつもりだったんだけど、そんなすごいのを見せられたらちょっと自信なくすと言うかなんというか」
「代償込みの魔法ですから、この程度は効果がなくては困りますわ」
「へぇー、代償かー……なんか怖いし詳細は効かないでおくね」
そう言いながら包帯をしまおうとした。
「包帯はいただきますわ」
「え? でも、傷はもう治ったんでしょ」
「ええ、ですが、回復魔法が得意といったあなたがそう言うって事は急に全快するのはおかしい事なんでしょう」
「それは、まぁ、うん」
「なら、一応偽装はしておきませんと」
「ああー、なるほど、じゃあ、はい」
シェイクから包帯を渡された。
「念のため、あなたが巻いてくれると嬉しいわ」
「え、わたしが巻くの!?」
「ええ、私が自分でまいたのでは、片腕が動かないに状態でまいたと考えるとおかしな巻き方になるかもしれませんから、この里には妙に鋭い人もいるようですし念を入れておくに越したことはないでしょう」
シェイクの手に包帯を返し、大きな穴と血液で使い物にならなくなった服とシャツを脱いだ。
「え、う、うん、わ、分かった」
回復魔法が得意と言うだけあって、里では治療を良くしているのだろう。包帯を巻く手つきは随分とて慣れた物だった。
「はい、これでだいじょうぶかな……」
「ありがとうございます、じゃあ、次は何か固定するようなものをお願いします」
「あ、そうか、そうだね、そうじゃないと不自然だもんね、ちょっとギプス取ってくるよ」
そう言ってシェイクはまた外に出ていった。
それを見届けつつ、ナイフで、自分の腕を切りつけた。
ひりつくような痛みと波のように訪れる感覚と共に溢れ出る血液。傷口をさっきまで穴の開いていた個所と重なるような位置に押し付ける。
包帯が赤黒く染まって行く。吸いきれない分が垂れて液体が肌を伝う感触を感じた頃、腕を治療する。
「これで多少は見られても大丈夫かしら」
今思えば、傷を完治させたのはミスだったかもしれない。いざと言う時に動けないのは困るので、問題なく動く程度には治療するとしても、血が流れ出るくらいには傷を残しておけばよかった。そうすれば、更に違和感の少ない偽装が出来たであろうに。
「まぁ、もう一回シェイクさんに巻き直してもらったり、傷口を見せたりするよりはいいでしょうし、これで良しとしましょう」
シェイクが戻ってくるまでの間、服を着ながらこれからの事を考えることとした。
今日のところは何とか誤魔化したが、メルメストローは未だに私の事を疑わしく思っているだろう。思った以上に里の中を歩きまわって情報を集めるのが難しくなりそうだ。
「はぁ……困ったものですわね」
情報を集めるために潜入したのに、それが難しくなったうえ、思ったより寿命も消費することになりそうだ。
せめてそれに見合うだけの情報が手に入ればいいものだけど……
「ギプス持って来たよーっ!」
ギプスをもった手を元気にふりながらシェイクが戻ってきた。
「あれ、それ……」
シェイクが服に浮かび上がってきた血を指差す。
「これは偽装ですから傷口が開いたわけじゃないので気になさらないでも大丈夫ですわ」
「でも、血は血でしょ、どこかまだ傷が出来ているんじゃ……」
「ジョットしたものでしたし、もうなのしましたからそんなに心配しないでも」
「む……まぁ、本人が言うんなら……」
そう言いながら、シェイクがギプス用の包帯を巻いてくる。
「えっと、胸の前とかで固定する感じでいいかな。あんまり階数こなしたことないから詳しくはないんだけど、こんな大仰なもの里で使うのは数える程度だし」
「お任せします。私はもっと使わないので本当に何も知りませんから」
「あはは、そりゃそうか」
ぐるぐると巻いて行き、それっぽい形に巻き上げた。
「えっと、たしかこれは、固定用の魔法をかければ固まるやつだったような」
シェイクが一枚のメモ書きを手に軽く詠唱し魔法を唱えると、ギプス用の包帯は瞬時に硬化し、動かなくなった。
「うん、大分久しぶりにやったけど、ちゃんと固まったね、後は紐かなんかで吊るようにすれば大丈夫かな」
コンコンと硬化していることを確かめながらシェイクがそんなことを言う。
「ま、紐くらいはわたしの家にもあるし、ちょっとまってね」
そう言ってすぐ近くの棚を漁って紐を取ってきた。
「これを、こうして、肩を通して、よしっ! ギプスの完成!」
「ありがとう」
「まぁ、これくらいはね、メルメストローさんを説得できなかったわたしにも非はあるし」
「いえ、あれは正直誰がいても同じような結果になっていたでしょうしシェイクさんのせいではないと思いますわ」
それよりも今後の事だ。
「シェイクさん、情報集めの事ですが、私はあまり家の外を出歩かない方がいいでしょうし、頼めますか?」
「情報集め? でも情報って言ったって、詳しくはわたしだって教えられることはあんまりないかと思うよ、今わたしが知っている事とかはいくらでも話せるけど、それ以上の事って、結局私が調べてもあんまり新しい事を知れるとも思わないし」
「今知っていることを話していただくというのは、ありがたくきかせていただくとして、そうですね、里に変化があった時に教えていただくとかしていただけると助かりますわ」
「里に変化かー、滅多に起きることではないと思うけど」
「そうですね、ROJFOHCの人がきたりなど、そう言った事でもいいので何かあったら押しててくれるとありがたいです」
「あー、見られたら多分ばれちゃうもんねー、うん、分かった、なんかあったら伝えるとするよ」
シェイクはそう言いながら破れた服やシャツを片付ける。
「まぁ、色々あったと思うし、今日はもう休んだらー?」
「私的にはあなたの話を訊いてもいいですが……そちらも精神的には疲れたでしょうし、お言葉に甘えて休ませて貰いますわ」
床に付いた血などを掃除しているシェイクを背にベッドのある部屋まで移動し、そのまま横になることにした。
復活してからあまり時間が経っていないというのに、後の事を考えると面倒くささが積み重なっており、深い思考を放棄すると、思いのほかあっさりと眠りにつくことができた。




