19話・刈って毟って、薬草採ろうか。
ちょっと、急いで書いてしまった。
―武元曹駛―
所は街から少し離れた、マガラ平原。
丘の上からは城が良く見える。祭りの時は、城とその後ろの咲く花火を同じ高さから見られるとのことで、人気のスポットでもある。と、言っても、街の外で、モンスターが出る場所でもあるので、基本的に一般人はあまり来ないのだが……。
出現モンスターは非常に弱いものが多いため、傭兵をやっているような人たちは沢山集まる。それに紛れて行けば、一般人でも大丈夫なような気もするのだが、やはりここに来るのは傭兵や兵士などの戦闘力を持つ人だけである。
「曹駛、これは?」
レフィが生えているタンポポのような草を指さす。
「それは……タンポポ……じゃなくて、えーと……あ、そうだ、あれだ、あれ、無口タンポポ……だったような気がする。食べると少しの間声が出なくなるけど、声が出る頃には喉のコンディションが最高の状態になるやつだった気がする」
「なにその信憑性がほぼ皆無の情報」
「仕方ないだろ、久しぶりなんだから。とりあえず、それは袋に入れておけ」
「うん、分かった」
暫くして。
「曹駛、これは?」
お次にレフィが指差すは、人参の葉ようなものだ。
「それは、人参……ではないだろうな、まさか、ここに人参が生えているわけないし……だから、恐らくマンドラゴラとかじゃないか? あ、それとここで曹駛さんの豆知識だ、昔のマンドラゴラと言うのは、今で言うマンドレイクの事を指していたらしいぞ」
「へぇ、でこれは今で言うマンドラゴラなのね」
「ああ、そうなるな。まぁ、抜いてみれば分かるさ」
レフィは腕に力を籠めて、それを地面から引っ張り抜いた……。
「………」
「………」
互いに無言。
その理由としては、人参の葉っぱのような物の下にあったのは、見紛うことのない、ただの人参であったからである。
「ねぇ」
「はい」
曹駛さん敬語モード。
「さっき取ったタンポポっぽいのは、本当に無口タンポポ?」
「はい……恐らく」
「そう」
「はい」
「じゃあ、これは?」
「はい、人参です」
「だよね……」
「はい」
「じゃあ、マンドラゴラは?」
「えっと、その、私の間違いでございました……」
真摯な姿勢で謝った。具体的には土下座。
これにはレフィも引いたみたいだが、それはまた別のお話である。
そして、また暫くして……。
「曹駛、これも人参かな?」
その後、彼らは食材調達の名の下に、薬草、毒草の他に、人参採りもしていた。
「どうだろうか、またマンドラゴラかもしれないぞ」
その途中に、本当にマンドラゴラが採れたりもした。
マンドラゴラは地面から引っこ抜くと叫び声を上げるため、モンスターが寄ってくることもあるのだが、運良くモンスターはやってこなかった。
マンドラゴラが生えていることが分かったので、次から人参っぽいのを引っこ抜くときは魔力を流しながら抜くようにした。
実はマンドラゴラは魔力を流されていると叫び声を上げない。これを知っている人自体少ないのだが、知っていたとして魔力を流せる人がかなり少ないので、通常、マンドラゴラの採取は危険だったりする。
だが、この二人にとっては魔力を流すくらい造作もないことなので、安全に採取が出来るのだ。
ちなみに、魔力を使えるようにレフィの首輪の魔封じ機能はオフにしてある。それと、余談なのだが、曹駛がこのオンオフ機能に気付いたのはつい最近であった。買った時に付いて来た取扱説明書軽くしか読んでないから、こういうことになるのである。
「えっと、魔力を流しながら抜くんだっけ?」
「ああ、それでいいは……待て、流すな抜くな」
「え……?」
曹駛の注意は一歩遅かったようで、レフィは既にそれを抜いていた……。
『ぐぎゃあああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!』
「………」
「………」
レフィが抜いたのはニセマンドラゴラである……それもかなり巨大な……。
このニセマンドラゴラには厄介な点がある。それは、マンドラゴラとは逆に魔力を流しながら抜くと叫び声を上げる所だ、しかも本家マンドラゴラよりも声は大きいうえ、どう使っても薬にならない猛毒草だったりする。
一般的には魔力を流さないで抜く人の方が多いので叫んだらマンドラゴラ、叫ばなかったらニセマンドラゴラと見分けるらしいのだが、今回はその逆で、叫んだのでニセマンドラゴラである。
「ああ、うるせぇ、うるせぇ」
「………?」
首を傾げるその仕草から推測するに、何も聞こえていないようであった。
どうやら、レフィは耳がやられたらしい。
それも仕方のないことである。あのタイラント型ドラゴンの咆哮にも匹敵するという、ニセマンドラゴラの声をあの至近距離で受けたのだ。耳くらい軽くやられるだろう。
俺は自前のアレで、耳は治っているが、そんな呪いや能力のない、ごく普通のエルフであるレフィの耳は音を拾えない状態なのだろう。
「そうか、耳が聞こえんないのか」
「あー、あー……?」
「はいはい、回復回復」
回復魔法をかけてやる。
それと、回復魔法は戦闘魔法で無い。
よって、疲労感がやば……い。
「……あ、あー、あー」
「どうだ、治ったか……ぐふっ……」
「えっ、えっ、だ、大丈夫?」
「お、おう、だいじょう……げふっ……」
前にも言った通り俺は、非戦闘魔法が苦手である。
それも、物凄く……。
その後数分経った頃……。
「よし、落ち着いた落ち着いた、さて続け……」
「ん? 曹駛、どうしたの?」
「い、いやぁ……ちょ~と見たくない物が見えたもので」
「なに?」
曹駛は、レフィの後ろを指さした。
その先を見るため、レフィは振り向いた。
そして、その光景に驚いた。
「曹駛、ここは弱いモンスターしか出ないんじゃなかったの?」
「うん、俺の知っている限りでは」
「じゃあ、あれは?」
「……タイラント型のドラゴン……の群れ……」
見た限り6匹いた。
普通タイラント型は群れを作らないはずなのだが、そのドラゴンたちは6匹の集団行動をしていた。
しかも、タイラント型は単体でもかなり戦闘能力が高く、少人数パーティでは討伐が難しいとされるほどのモンスターである。
曹駛は、ここであることに気付いた。
それは、今日、モンスターとたったの一度も出会っていないことである。
いくらなんでも、運が良いで済むとは思えない。マンドラゴラ、ニセマンドラゴラが叫び声を上げても、何一つ寄ってこなかった。
それは、流石におかしいのだ……。だが、あのドラゴンの群れがいるのならそれにも説明が付く。
元々ここに住んでいたモンスター達は、今、どこかに隠れているのだろう。
タイラント型ドラゴンは定住せず、各地を飛び回っているので、そのうち、どこかへ移動するだろうと思われるが、一つ、問題があるとすれば……今、その群れと交戦中の奴らがいることだ。
見た限り、国軍、もしくはそれに準ずる何かであろう。
よく見ると馬車を守っているようだ。要人警護なのだろうか。
「そ、曹駛……どうするの?」
怯えた声でレフィが尋ねる。
「無理だ……俺は、自分のこの恨めしい呪いの事はともかく、隠したい力もあるし、何よりタイラント型6匹を相手に、あいつらを守りながら戦うのは無理だ」
非情な答えではあるが、それは正論である。
レフィは、それを頭では納得していた、いや、頭だけではなく心でも納得してしまっていた。
だが、それでも助けられればとも、思ってもいた。
「と、言いたいところだが」
曹駛は、そう言葉を続けた。
「そうもいかないだろ……助けられるだけは助ける……まぁ、もうほとんど死んではいるようだが……」
「………」
「レフィは、先に街に帰っていてくれ」
曹駛は、レフィにそう言うが。
「いやっ!!」
レフィから帰って来た返事は、力強い否定であった。
前回、曹駛が決闘した際、首輪が外れたことがトラウマになっているのかもしれない。
それを、曹駛は知っていたので、ここで帰れと言う事が出来なかった。
「……そうか、なら俺から離れるな、それと危なくなったら帰れ、あとは……俺の言う通りにしろ」
「うん、分かった」
曹駛とレフィは走った。
一人でも多く助けるため。走った。
実際のところ、魔法が使えるとはいえ、二人程度増えても倒せる相手ではないのだが、今戦っている奴らを街へ逃がすことが出来ればいいと思っているので、倒す、倒さないではなく、急ぐことが最優先であった。
見た感じ、生き残っているのは、女が1人に、男2人。馬車の中にいるのは、多分大丈夫だろうが、馬が絶命しているので、動かして逃げるのは不可能といったところか。
それと、逆に死んでいる奴は8人と馬2頭。
絶望的だな。
曹駛はポケットから金属製の正立方体を有るだけ取出し、ドラゴンに向けて投げつけた。
「喰らえ、金属爆弾と、見せかけて~の、煙幕爆弾」
誰に見せかけたかと言えば、ドラゴンにではなく、今戦っている人間の方になるのかもしれないが、目くらましに成功する。
それと、煙幕爆弾は、別に魔法でも何でもない、もっと言えば、技でもない。ただの煙幕だ。
「大丈夫か?」
「あ、ああ、なんとか」
女の兵がそう言う。
ここにきてやっと分かったのだが、こいつらは国直属の近衛兵だな……。
「じゃあ、早く逃げろ、ここは俺たちに任せて、早く!!」
「は、はい、感謝いたします。……さぁ、お嬢様、早くこちらへ……」
そう言って、彼女は馬車の中にいた、どこぞの、お嬢さまを連れて街へ向かって走った。
続いて、他の兵も馬車の中に残っていた、要人を連れて行こうとしたのだが……他の奴らが街に向かうことは無かった。
何故なら、焼かれたからだ……馬車ごと……全てが……焼かれてしまった。
無論、俺も焼かれた。全てが焼かれた。
ただ焼かれなかったのは、俺と俺の水魔法によって守られたレフィと、先ほど走ってこの場を離れた二人だけであった。
他は全て焼かれで死んだのだ。
数秒の暗転の後、俺は目覚める。
「大丈夫か、レフィ」
「そ、曹駛……死んだの?」
「まぁ……な」
目の前にいるエルフの少女の瞳には涙が見えた。
「これ……どうするの?」
レフィが言う『これ』とは、この状況の事であろう。
生き残っていた者が全員焼かれた事と、今現在、ドラゴンに囲まれている事。
「どうしようも、無いな」
諦めの言葉ではあるが、仕方ないだろう。
状況は先ほど以上に絶望的なのだ。
泣き声が聞こえる。
方角は……街の方だ。
どうやら、先ほどのお嬢様は見てしまったようだな。まぁ、これも仕方のないことなのかもしれない。
あと、もう一つ泣き声が、まぁ、こっちはすすり泣く声だがな。
「泣くな、レフィ、俺は生きている」
「でも……私が街に帰っていれば……」
「だから、俺は言っただろ、俺はどちらかと言えば死にたい人間なんだ、寿命が縮んでむしろ嬉しいくらいなんだ、悲しむな、喜べ」
人の死を喜べと言うのも、人間としてどうなのかとも思ったが、死亡する本人が言っているのだから、別に問題ないだろう。
「良し、じゃあ、足止めをしようか」
「う、うん……」
「それと、それが済んだら、二人一緒に無事に帰ろう」
「うん」
水分の多い草の焼けた臭い、木材の焼けた臭い、人の焼けた臭い。
今ここには、それらが混在していた。
曹駛にとってそれは、もはや嗅ぎ飽きた匂いだった。
「行くぞ、レフィッ!! 出来るだけ広範囲の風魔法を使え!!」
「分かった」
レフィは詠唱を始める。
その間、ドラゴン達が何もせず、ただ待って居てくれる道理はない。
振り下ろされた腕や、飛んでくる火球がレフィを襲った。
たが、それらがレフィに届くことは無かった。
「そんなの、通すわけがないだろ、オーラバリア」
曹駛の気が、バリアとなってレフィを包んでいた。
そのバリアは使用した魔力量によって強度が違う。
曹駛が全力を注いで作ったそれは、たとえタイラント型のドラゴンですら、突破することが難しいほどの強度である。なので、レフィにいくら攻撃しても無駄である。だた、それに気付かないほどドラゴンも馬鹿ではない。
ドラゴン達は狙いを変え、曹駛に攻撃を仕掛けた。
曹駛はそれに直撃はするものの、死ぬことは無かった。
レフィには攻撃が届かず、曹駛への攻撃は無意味である。完璧なまでの布陣であった。
と思っていたら、ドラゴンが飛んだ、恐らく、先ほど逃げた二人を追うつもりなのだろう。
それをさせる訳には行かない。
詠唱を終わらせていたレフィに合図を出し、魔法を放たせた。
「暴風気団」
辺り一面に強風が吹き始める。
もちろんその程度でドラゴンが飛べなくなるはずがない。
だが、それだけで終わらすつもりで、風魔法を打たせたのではない。
これに合わせて、こいつをばら撒く。
「これでも吸ってろ、トカゲども」
曹駛がばら撒いたのはニセマンドラゴラの粉末である。
ドラゴンと対峙する前に、ニセマンドラゴラの乾燥、粉末化をしていたのだ。
そして、それを見ていたレフィも風魔法を指示されたことからなにをするのか大体予想が付いていたようで、口と鼻をハンカチで塞いでいる。
曹駛は、そのまま息をしているが、死なないので大丈夫である。
それに、逃げた二人はもうこの魔法の範囲外まで出ているのできっと大丈夫だろう。
「よし……と言ってもこの程度じゃ、こいつらは倒せないんだよなぁ……」
「……!?」
「いや、そんな驚愕の表情をされても、相手はドラゴンだし、この程度の少量じゃ死なないだろ」
「………」
「大丈夫なのかって? まぁ、それはきっと大丈夫だろ、死なないといっても……げほっげほっ……あいつらの体にいいものでもないし……ごほっ……すぐに……ぐほっ……移動する……ガハッ……だろ……」
ばたり。
曹駛は死んでしまった。
「………」
「」
またまた暫くして。
魔法の風がやんだ頃、曹駛の予想通り、ドラゴン達はどこかへ飛んで行った。
それと、曹駛も生き返った。
「だ、大丈夫?」
「あ、ああ」
「よ、よかった……」
曹駛の声を聴いて安心したのか、レフィの緊張した表情が少し緩む。
不老不死と分かってはいても、死なれると、次は生き返らないんじゃないかという恐怖心にかられるのだ。
「ただな、一つ問題があるんだが……」
「何?」
「身体が麻痺して動かない」
「うん」
「どうやって帰ろうか」
来るときに乗って来た馬車を引いていた馬は、ドラゴンに怯えどこかへ行ってしまった。
そして、身体が動かない。
つまり、帰れない。
まぁ、俺は死なないし、最悪俺をここに置いて、レフィだけ帰ればいいんだがな。
「えっと、その馬車に乗せてもらえばいいんじゃない?」
「何を言って……」
レフィによって顔の向きを変えられる。
そして目に入ったのは、大層ご立派な馬車と先ほどの女の兵であった。
「どうした? 礼でもしに来たのか? それとも、馬車の中の残りを守れなかった罰か?」
「礼をすれども、罰を与えるのは有り得ないことだ。それに、もしも罰を受けるとして、それはお前たちではなく、私たちのはずだ」
「なら、礼をしに来たのか? もしくは、口封じとか?」
「お礼を申し上げに参った」
「そうか、じゃあ、俺たちを町まで運んでくれないか? 女兵士さんよ」
「騎士だ」
否定された。
それも、よくわからない否定のされ方だ。
「騎士?」
「ああ」
「別にどっちでもいいだろ」
「良くは無い。私は騎士だ。兵士ではない」
「でも、近衛兵だろ」
「確かに、だが兵士ではない、私は騎士だ」
どうやら、騎士であることに拘りか誇りを持っているらしい。
「そうか、じゃあ、女騎士さん、俺たちを乗せて町まで運んでくれないか?」
「ああ、そのくらい礼にも含まれない、無事、街まで送り届けることを約束しよう」
「随分と仰々しいな」
「そんなことはない」
「うわっ」
視点が急に上がる。
女騎士さんに、両手で肩とお尻を持つように、胸の前に抱き抱えられた……まぁ、その、言うのは恥ずかしいが、俗に言う、お姫様抱っこというやつをされた。
それにしても、恥ずかしいな。
彼女は、俺を馬車の中まで運び、椅子の上にに寝せてくれた。
「それじゃあ、街に向けて出発をする、少し揺れるかもしれんが、寝たかったら寝るがよい」
「じゃあ、お言葉に甘えるとしよう」
俺は、今日の精神疲労を取るためにも、寝ることにした。
そして、世界は暗転する。
次に目覚めた時、俺は見慣れない部屋にいた。
少なくとも俺の部屋ではない。
隣にはレフィも寝ていた。
「ここは……どこだ……?」
気づかぬうちにそう呟いていた……。
曹駛曰く口や鼻を塞がず、息も止めずにいた理由は、格好つけたかったからだそうです。
そんなバカなことしなければ、こんなことにはならなかったのに……。