18話・ちょいとちょいと、お仕事しましょうか。
―武元曹駛―
時は午前。
お腹の中の朝ご飯も大分消化され、身体が元気に動き出すであろう時間帯だ。
そんな時に、曹駛は自分の部屋で頭を抱えていた。
おかしい。
おかしい。
おかしい。
おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしおいしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい。
なぜだ。なぜなんだっ!!
こんなことは有り得ない。絶対に在ってはならない。
細心の注意を払っていたはずだ。それなのになぜ……。
空白のスペースがどんどん広くなっていく。
そのことが、曹駛にとっては恐怖でしかなかった。
実在しない虚無が増える度に、実在するモノは増えていく。
身の回りだけ見れば、裕福そうに見えるかもしれない。
だが、しかし……。
根本的な部分を見れば、そうでは無かったのだ。
彼は叫んだ。
「なんで、こんなにお金の減りが、早いんだあぁぁぁぁあぁぁぁ!!!!」
彼の手にある預金通帳の右の0が、次々に左の空白スペースへと変わっていく。それも恐るべく速度で……。
そんな彼の残り残金は、50万ギジェ。
普通に生きるなら、まだまだ大丈夫なのだが、家などの維持費で、そこそこの金額を持っていかれるので、とてもじゃないが、今の彼にはそれだけの金が有っても足りないのだ。
なぜだ。なぜなんだ。
確かに家族への仕送りをした、確かに奴隷が一人増えた、確かにちょっと調子乗ってチップとか出しまくってた。
でもさ、だからといってさ、国とセンターからお金貰ってから2週間もしていないんだよ、具体的には、まだ十日しか経ってないんだよ、こんなの、こんなの……おかしいだろうがっ!!
そう、おかしい。全てがおかしい。この世界で正しいのは俺一人だけなんだ。
だから……おかしいのは、この世界の方なんだっ!!
いいえ、彼の頭です。
曹駛は、心の中で、頭の中で、己の中で、何度もおかしいと叫んだ。
彼は非常に慌てている。そして、戦いている。
自分に浪費癖があるということに、今更になって気づいたのだ。
それに、浪費癖があるのは彼だけではない。レフィもまたかなりの浪費癖持ちである。テンチェリィもテンチェリィで、浪費癖は無いのだが……かなり食べる。
別に普通の量でも足りるのだが、曹駛が食べてる姿が可愛い(小動物的な意味で)と言っていっぱい食べ物を与え、対するテンチェリィも可愛い(女の子的な意味で)と言ってほしいらしく、与えられた分全てをむしゃむしゃと食べているのだ。
そんな彼女が何故太らないかは謎ではあるが、お金がヤバいというのにも拘らず、曹駛は、今朝も、沢山の料理を彼女に与えていた。
そんなんだから、こんな速度でお金が無くなったのだ。
「どうしたの!? 急に叫んだりしてっ!?」
レフィが、結構本気で走って、曹駛の部屋に入ってきた。
なので、彼女は息を切らし、肩を上下していた。
「あ、あのな……レフィ……」
「はぁ、はぁ……ど、どうしたの……?」
心配そうに曹駛を見る彼女の眼は真剣そのものであった。
「そ、そのな、非常に言いにくいことなんだが……」
「う、うん……な、なに……?」
ここで、皆さんもレフィが少々不憫な子にも見えてきたかもしれませんが、今回も恐らく皆様のご想像通り、レフィの考えている事と、曹駛の考えている事は違います。
レフィは、曹駛の身に何か起きたのかと心配している。
曹駛は、お金が無いことを伝えようとしている。
温度差が少々開きすぎているかもしれないが、これが、いつもの二人である。
「その……お金が無い」
「……うん」
「お金が無い」
「うん」
「お金が無い」
「……ねぇ」
「なんだ?」
「前もこういうの無かった?」
「あった」
「……だよね」
レフィは肩をガックリと落とす。
その後、息を整えてから上を向き、彼女は思いっ切り叫んだ。
「またかあああぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「落ち着いたか……?」
「全然」
「そうか」
「………」
見るからに機嫌が悪い。
レフィは叫んだ後、布団の中に引きこもってしまった。……無論、布団は曹駛の物である。
「そんなに金が無いのに、なんで今日の朝、あの子にあんなに食べさせていたのよ」
「そ、それは、あの子の食べている姿が可愛くて(小動物的な意味で)……」
「彼女の食べている姿が、そんなに可愛い(女の子的な意味で)と思うの?」
「もちろんだ」
「じゃ、じゃあ、私が食べている姿は?」
「いや、あれは、テンチェリィだから可愛いんだと思う、お前が食べてもなんも思わないと思う、というか、おまえの食材選択のセンスがヤバ過ぎて、下手したらグロい時もある」
「な、なによ、それっ!!」
布団越しのこもった大声が返って来る。
「いや、食材を珍しさで選ぶなよ」
「そんなの別に勝手でしょ」
「まぁ、そうだけど……」
「じゃあ、文句言わないでよ」
「それは、お前が食事の話をするから……」
「そ、そうよ……その話をしているのだったわ……で、なんで私は駄目で、あの子はいいのよ」
「いや、だから別にお前が悪いわけじゃないんだ、ただ、あいつの食べてる姿が特別可愛いだけで……」
「じゃ、じゃあ、私のどこがいけないって言うの?」
「いや、だから、別にお前が悪いわけじゃないってば……まぁ、でも、強いて言うなら、お前は大きすぎるからかな(身長とかのはなし)、なんというか、(小動物とかじゃなくて)普通に(人が食べているように)見えるんだ」
「そ、そんなに小っちゃい(年齢とかのはなし)子がいいの?」
「まぁ、(食べてる時に限れば)そうなるかな。(小動物的な)可愛さもあるし」
「ろ、ろりこん……」
そう言うや否や、レフィは自ら布団の外へ出て、走り去って行ってしまった。
「え……俺、なんか言った?」
状況を全て理解しているのは、誰一人いなかった……。
時間は過ぎ、時は午後。
曹駛は、なんとかして、レフィを説得することに成功したようで、彼女を連れて、有る場所へ向かっていた。ちなみに、テンチェリィには、お留守番を任せてある。
「どこよ、あなたが連れて行きたいって場所は……はっ……もしかして……ら、らぶほてる……」
「ちげーよっ!! なんでどいつもこいつもラブホ推してくるんだよっ!!」
「え、どいつもこいつもってことは……あの日帰りが遅かったのは……」
「いや、違うからね、本当に違うからね、レフィさん。あの日、別に何かあったわけではございませんし、私、武元曹駛はロリコンではございませんからね」
「ふーん、まぁいいけど……」
(絶対に信じてねぇ……)
「そ、そのですね、レフィさん、今向かっているのは、傭兵センターです、えっと、仕事しに行きます」
「仕事はやめたんじゃなかったの?」
「いや、確かにやめましたが、その、この傭兵と言うのだけは未だに続けています」
「もしかして……戦うの……?」
「いやいや、傭兵と言うのは今や名ばかりで、なんでも屋みたいな感じです」
「そう、なら、いいけど……それより、なんで敬語?」
「い、いや、その、とくに意味はございませんよ」
「そう、ならやめてくれるとありがたいかな、なんか気持ち悪いし」
「わ、分かった、普通に話す」
その後大した会話もなく、二人は、傭兵センターの本署に着いた。
「大きいわね」
「まぁな、それだけ必要とされているってことだ」
入る前に、レフィに傭兵と傭兵センターの説明をした。
傭兵センターが、国や個人、集団から依頼の張り出しを依頼され、それを受注者募集の形で張り出す、その依頼を見た傭兵が、それを受けるとセンターの方に受注依頼をする。
そうして、傭兵がその依頼を達成する。達成したとしたら、依頼人から報酬が出る訳だが、その一部を手数料としてセンターが貰う。これで、センターは成り立っている
国からの依頼の場合は、また話が別で、手数料が発生しないので、危険な物や難解な物も多いのだが、受注者は多数いる。
それと、依頼の達成が不可になった場合、どうなるかと言うと、その依頼は無かった事にされる。傭兵側に責任が押し付けられるわけでもなければ、センターが責任を負う訳では無い。完全に傭兵側に原因があるとすれば、それは流石に責任を負うとはいえ、センターは受注募集を呼びかける場であって、依頼そのものをする場ではない上、報酬が後払いなので、基本的には依頼者の自己責任という形で終わる。
傭兵がそこそこ人気の職業である理由である。
それに、傭兵は招集がかかるわけでもなく、強制的に任を科せられるわけでもないので、自由にしていられる。だから、副業として、傭兵をすることだってできるのだ。
それもまた、傭兵が人気の職業である理由の一つなのかもしれない。
余談だが、先日のドラゴン討伐のような危険な依頼を受けて、その依頼中に死んだ場合は傭兵の自己責任と言う形になる。センターはとことん責任を取らない。それに給料も高いし、安定している。傭兵以上に人気の職業である。
と、内容としては、こんな感じであった。
「そう、じゃあ、曹駛はむぐっ……」
曹駛は、慌ててレフィの口を塞いだ
「悪い、ここでは、グルックで頼む……マジで……」
「むぐ、むぐぐ、むぐ……」
「ん? あ、すまん」
「はぁ、はぁ、なんで鼻まで塞ぐのよ、息が出来ないじゃない」
「わりぃ、でも、その名前は禁止だ、分かったな」
「う、うん」
「ありがとう、助かる。訳はあとで説明する」
二人はセンターの中に入った。
―レフィ=パーバド―
「で、曹……グルックは、副業で傭兵をしていたの?」
「まぁ、金もなかったしな……むしろこっちが本職というか、でも安定しないしな、一般職についたというかなんというか」
「ん? 傭兵って一般職じゃないの?」
「ああ、準公務員というか準個人経営というか、まぁ、そんな立ち位置の職業なんだ」
「そ、そうなの?」
「ああ、誰でもなれるっちゃ、なれるけど、普通は暮らしていけるほど金は入ってこないぜ、この職業は……」
「へぇ……曹駛はどうだったの?」
「かなり稼いでいたよ……最初はな……」
「最初は?」
「あの頃は金が無いという理由から、対象を倒したら即終了のモンスター討伐ばかりを中心的に受けていた……それも一度に大量の金が入るようなのばかりな……」
「え……」
「そうしたら、どうなったか分かるか?」
「そりゃ、金持ちに……」
「違うな、まぁ、金は入ったけど、金持ちって程じゃなかった……それよりも、そんな強大なモンスターばっかり倒していたから……センターの職員の間ではちょっと有名人になってしまったんだ……」
「あ、グルックさんだ!!」
遠くから、そう彼の名を呼ぶ声が聞こえた。
「これがあのグルックさんか~」
「お目にかかれて光栄です。グルックさん」
「グルックさん、久しぶりですね」
「グルックさん、元気にしてましたか?」
「グルックさん、か、かっこいいです」
「本物ですか? 本物ですよね……」
「皆あなたを待って居ました」
「今日はどんなモンスターを倒すんだい?」
センターの職員たちが曹駛改めグルックさんに群がる。
その中心でグルックさんは、疲労感に満ちた笑顔をレフィに向けた。
「と、まあ、こんな感じなんだ……」
「う、うん……凄いね」
レフィも苦笑いである。
「その人は彼女さんですか? それともお嫁さん?」
ある女性職員がグルックさんにそう尋ねた。
「いや、ほれ、首輪」
「あ、なるほど……」
「そんなことより、今日は依頼を受けに来たんだ、なんかないか?」
「あ、それでしたら……」
「討伐以外でな……」
「はいはい、分かりました、あなたはもう討伐依頼は受けないんですか?」
「まぁ、当分はいいかな」
「そうですね、久しぶりに何かしたと思えば、相手は超巨大ドラゴンですしね」
「ああ、そういや、あれも討伐依頼と言う事になるのか」
「そうですね、そうなります」
「悪かったな、事後報告で」
「ええ、本当ですよ、と、言ってもあの場合は仕方なかったでしょうし、これ以上文句は言いませんけど」
彼女とグルックさんは、随分と親しそうであった。
そんな二人の会話を見て、レフィは静かに嫉妬心を燃やしていた。
その感情にレフィ自身も気づいてはいないようではあったが……。
「曹……グルック、その人は?」
「ん? ああ、この人は、メルチェさん」
「はい、カル=メルチェです」
「ふーん、どういう関係?」
「傭兵の登録の時の受付をしてくれた人だ、それと、受注依頼を受けてくれてたな」
曹駛が顔を耳元まで持って来て、小さな声でこう言う。
「前回、報酬の受け取りに来た時も、夜明け前にこっそり来てこっそり受け取った時も、メルチェさんが受け渡しをしてくれたんだよ。それも、センターが唯一締まってる夜明け前なのにも関わらずな……」
このメルチェという人は、センターではグルックさんと親しいほうなのだろう。
「そうですね、あの時は、あまりにも沢山受注していくもので、ほぼグルックさん担当専門の職員になってましたね」
「うん、正直すまないと思っている……」
「いえいえ、仕事ですから……でも、依頼完了の知らせの際に受注されていくのは、少々控えてほしかったですね」
「ははは……あの時は、いろいろとヤバかったみだいだな……俺……」
「いろいろな意味で、ですね」
「ああ……」
なんだろう、二人を見ていると胸がもやもやする。
この場に居たくない。今すぐ帰りたい。けど、勝手に帰ったら、曹駛をを困らせてしまうかもしれない。
「依頼は何にするの? グルック」
だから、せめて二人の会話を断ち切って、話を進めさせようとした。
「そうだった、で、なにかないか?」
「なにかって……お金には困ってないんじゃないんですか?」
「いや、それが、もう……」
「浪費癖は相変わらずですね」
「えっ、俺って昔からそうだったっけ?」
「そりゃもう……」
しかし、その思いとは裏腹に、二人の話は続く。
胸のもやもやはどんどんと大きくなっていく。
「とりあえず、これがリストです」
そう言って、メルチェはグルックさんに依頼リストを手渡した。
「それと、みんなは持ち場に戻る事」
「「「「「「「はーい」」」」」」」
その一声で、他の職員は散って行った。
彼女の地位はそこそこ高い所のかもしれない。
「とりあえず、これを受けるよ」
グルックさんがリストを指さし、そう言う。
「はい、薬草等の採取ですね」
「ああ」
「期限は特にないです、説明は……要りませんよね」
「もちろんだ」
「では、お気を付けて」
グルックさんはレフィを連れて外に出た。
「わりぃな、人ごみ……苦手だったか?」
どうやら心配してくれていたらしい。
結局、余計な心配をかけてしまった。
「ううん、そんなことない……」
「そっか、まぁ、なんか途中から、顔色悪そうだったし、ちょっと休むか?」
「大丈夫……」
「わかった、なら、行こうか……また気分悪くなったら言えよ、休ませてやる」
「うん」
レフィと曹駛は馬車に乗り、街の外の平原に向かうことにした。