177話・この国は……
―武元曹駛―
この国は、既に敵の手に落ちている。
現状は何も問題はないように見える。国として機能しているし、民に何かを強いているわけでもない。
だが、それはあくまで今現在の話だ。
この後、何が有るかなんてわからない。
こういった国をいろんなところに増やして行けば、ある時、一斉に戦争を始めさせ、全土を手にことだってできるかもしれない。その時、彼らがその行動をとらないとは言えない以上、現時点での問題の有無など判断材料としては弱すぎる。
この国に来て、大体一週間くらい経った。
この国のトップが誰なのか知ってから、すぐに土地と物件を買った。しばらくは、ここに居座るつもりだ。
国を一つ、相手に乗っ取られてしまったのは残念なことだが、ここで奴らに関する者を発見できたのは実に運がいい。適当に奴らを探したって、見つけるのすら難しいだろう。
ここに、支部的な物を構えた以上、なにかしらの用事で他のメンバーも来るか、もしくは籠手崎が動くだろう。なんとかしてその足取りを掴めれば、必ずアジトに辿り着く。このチャンスはどうしてもものにしたい。
「それにしても」
この国もか。
俺は、お金を差し出して、代わりに鳥肉の串焼きを受け取った。
この国も……お金が使える。
マークスが持っていたお金を見て、なんとなく察したが、やはりなのか。
今国のお金が何なのかは知らない。ただ、俺が分かるのは、今持っている俺の金も使えるということ。
この国にも、傭兵センターがあった。
傭兵センターのある国やその近隣の村などは、通貨が同じである。これは、今までの経験から分かっている事だ。
傭兵センター……唯一、長距離通信が可能な設備がある場所。
俺はその施設に一つの疑いを持っている。
あの場所は、奴らと何らかの係りを持っているのではないだろうか。傭兵センターの建物が建てられている場所は、常に城などの国のトップがいる場所から離れている。だから、その国でなにか大きな問題が起きても、影響を受けないことが多い。
フォルド王国のときだってそうだった。
出発する際に、確認してみたが、全くと言っていいほど、あそこは被害を受けていなかった。限りなく、黒に近い。
職員皆がグルということはないだろうが、だが、確実に内通者はいるだろう。
だが、もしも本当に奴らと繋がっていたがならば、少し不味いかもしれない。なにせ、いちいちアジトに戻る必要が無くなるからだ。
そうなると、外部から奴らの仲間がこの国に来るのを待つしかなくなる。いくら時間がかかるか分かったものではない。その間に他の国が責められる可能性を考慮したら、それは避けたい所だ。
とりあえずは、センターの方に向かって見よう。
帽子を深くかぶって、街中を歩く。
この国が相手側の物である以上、堂々と歩くのはあまりにも危機感が無いと言えよう。だから、俺と麻理は常に帽子の類を着けて過ごしていた。
街を抜けて、だだっ広い草原に出た。そこに、この国の傭兵センターはある。
やはり、市街地で戦闘が起きても問題が無いところ。そういうところに傭兵センターはあるみたいだ。
センターの中に入る。内部はその国その国で色々と差はあるが、外面はほぼ同じである。ここは、随分とごちゃごちゃしているようだ。こういう国柄なのだろうか、それともたまたまここ職員がこういう性格をしているのだろうか。それは分からないけど……ここにもやっぱりあった……通信機器。
傭兵センターの電子機器は他のどの場所よりも優れている。それがなぜかは分からないが、たとえその国がそこまでお金のある国でないとしても、設備だけは一級品。つまり、国とは別に独立しているとも取れる。だとしたら、それは本当に傭兵センターだけで運営をやっているのか、それとも別に運営するグループがいるのか。
いたとしたら、それは……
誰にも声を掛けず、掛けられず。俺はそのままセンターを出た。
草原を抜けて街に戻る。
この国は何ら不思議な点もなく運営している。人々はいつものような日常を暮している。そんな国も、裏を覗けばどんな闇があったもの変わったものではない。
大抵の者はそんなことに気付かないし、気付く必要もない。気づいてしまったら、高確率で普通の生活は出来ないだろうし、それどころか死んでしまうかもしれない。
そうでなくても死ぬことはあるだろう。物事を知って死ぬのと知らないで死ぬ。どちらがいいとは言えないが、死って死ぬのがいいとは言えない。知らないで死ぬ方がいいことだって多くある。
土地を買って建てた家は、短期間で立てたということと、目立たないためにも、小さな家だ。部屋も一部屋とトイレと小さな風呂が一部屋あるだけだ。
「ただいま」
時刻はまだ昼時。帰ると底には料理をしている麻理がいた。
「おかえりなさいませ、お兄様」
毎度思うのだが、おかえりなさいませと言われると、どうにもメイドを思い浮かべてしまう。掃除もしてくれるし、ご飯も作ってくれる。
俺が外で活動している間、麻理が家の方の事を色々としてくれるのだ。
そう言えば、最初はこういう風に家事をしてくれるメイドさんが欲しくて、奴隷商なんて行ったんだっけ……。
思い出す。
あのエルフの少女を。今はもういない、あの少女を。
「ご飯が出来ましたわ」
部屋の真ん中に置かれている小さなちゃぶ台の上に料理が並べられる。
ご飯はちゃぶ台近くに置かれた炊飯ジャーから各自お椀に盛る。
「いただきます」
二人で、大皿の料理をつつきながら、ご飯を食べて行く。
この状況。
またしても、思い出す。
そもそもの原点。俺が、まだ兵士にすらなっていないようなとき。兵士になりたての時。そのときだって大体こんな生活をしていた。
「美味しい? ……お兄ちゃん」
そんな空間にいるのだ。麻理もきっと思い出してるんだろう。たまに素に戻る時がある。そうして少しするといつもの口調に戻って、何にもなかったかのように話すのだ。
「ごちそう様でした」
二人して、言葉を交わさずとも自分が何をするか分かっている。各自、片づけをしていく。
こんな生活は悪くない。今自分がいる場所を考えても、そう思ってしまう自分がいた。
また、麻理とこういう暮らしが出来た事。それは、自分の思っていたよりも心地が良かった。
「じゃあ、行ってきます」
昼飯を食べた俺は、再び外に繰り出した。




