174話・また会えたことを喜ぼう。
―武元曹駛―
急ぎ気味に森を抜けようと移動して、一日。もう既に、二つは山を越えた。そうして、休憩できそうなところまで、山賊から逃げおおせた。そうしてついた場所は、思いのほか、大きなところだった。
そう、国だ。
せいぜい大きめの村か街だと思ったが、まさか、見つけたのが国とは思わなかった。
規模としては、フォルド王国と同じくらいで、かなり大きな国だ。
「また随分と大きなところに着きましたね……」
麻理が疲れた声でそう言う。俺と同様に丸一日ぶっ続けで歩き続けている。それに、俺とは違い、麻理は体を鍛えている訳ではないので、疲労は相当の物なはずだ。早めに宿を見つけなければな。それと、出来れば、土地でも買えればいいな。そこで掘っ建て小屋でも立てて、転移の魔法陣でも設置しておけば、中間地点としても使えるだろう。そういう意味では、ここで、大きめの国を見つけられたのはついていると言えるだろう。
大きな国には良くあることだが、この国もまた森に接している所には壁を作っている。森から出て来るモンスターへの対策としてこう言った壁が作られ、実際その壁のお蔭で多くの人が安心して暮らせている。野原や草原に接している部分はせいぜい柵か有刺鉄線が配置されてあるくらいの雑な物だが、こう言った壁がある場所には、大抵兵士がいる。当然、この国も門番役の兵士がいた。
「ああ、すいません」
見知らぬ人ということで、すぐには入れてもらえず色々聞かれることも多いので、最初は下手に回って話した方がいい。それにしても、どこかで見たような顔だな。まぁ、ここに来たことはないので、初めてだとは思うが。他人の空似などよくある話だし、きっとそれだろうな。
「なんだ? 見ない顔だな。それに、この門から出たと言う記録もないが、旅の者か?」
この国も出入りの調査などはしているようだな。それにしても、旅をしている人自体はいるのか、やはり。なら、丁度いい。相手方もそう思っているようだし、そう言うことにしておこう。まぁ、旅をしていると言うのは嘘ではないし、嘘を着いているわけでもないがな。
「はい、そうです。えっと、山賊に会ったりもして大変だったので、どこか休める場所を探していたんです。そうしたら、ここに大きな町があって」
「……ああ、あの山を越えて来たのか。なるほどな。確かにあそこは山賊が出るし、お前たちの服装にも説明がつくな」
服装が汚れていたのが功を奏したか。いや、そもそも服装が綺麗だったら、何も聞かれず、旅の物とだけ言えば通れたかもしれない。だが、まぁ、どうにか入れそうだ。
「まぁ、特に拒む理由もないし、いいだろう。最近、国王が変わってな、その辺りも緩くなったし入っていいぞ」
「はい、ありがとうございます」
無事入国。門番の言い口だと少し前まではそれなりに厳しかったのだろうな。だが、統治者も変わり、出入りが楽になったと。感謝はしておこうか、その新しい統治者に。
まずは宿を探そう。自殺でもいいが、流石に、街中でやる訳にもいかないし。ちょうどいい機会だ、久しぶりに休むのも悪くない。それに、俺はともかく麻理には、そこまで無理はさせられないし、昨日は大変だったからな。
「あの、ここから近い宿とかってどこかにありますか?」
門番に尋ねる。街をぐるぐる回るのもいいが、何も知らない以上あまり効率がいいとも思えない。回るにしても先に荷物を置いたほうがいいのは確かだな。
「宿か、まぁ、一番近いのは、このまま真っ直ぐ行くと、右手の方にホテルがあるから、そこが近いかな。だが、どうだ、あんた、連れの嬢ちゃんは宿に泊めるとしても、あんたは俺の家に来ないか? お前、その武器を見る限り、相当戦ってるんだろ? 俺の推測じゃ、あちこち巡りながら戦っているってとこだ。だから、山賊からも逃れられたってとこだろ? どうだ? 俺の家でその話をして貰えないか? ちょい気とになってるんだよ、強い奴の話ってのはよ」
と、会って数分で、家に誘われた。何かと思えば、武器の所為か。となると、旅の物かどうか聞かれたってのは、服装以上に武器の所為が大きいのか? あまり得しないな、これだけでかい武器ってのは。
「さてと、どうする?」
まぁ、俺のこと話す代わりに、この辺りの情報は得られるだろうし、俺は行ってもいいが、麻理を一人にするのはな……
「私は別に大丈夫ですよ、お兄様」
麻理はそう言うが、心配なものは心配だ。
「全く、心配性なのですから。確かに、昨日は私の油断の所為でああはなりましたが、次は大丈夫です。変にお兄様に任せたらより魔力を使うことは分かりましたから、次は迷わず攻撃しますわ」
門番には聞こえないような小声で、麻理がそう言う。まぁ、そこまで言うんだったら、そうだな。いいだろう。
「わかった、今日はお前の家に泊まらせてもらおう」
聞きたいことも色々とあるしな。
「おう、まぁ、詳しい街案内は明日してやるよ、明日は非番だからな」
明日か。まぁ、いいだろう。これだけ大きな国ならば、色々とやれることも多そうだし、数日滞在しても構わないだろう。小さな村だったならば、一晩止まったら動くつもりだったが、よりによって国だ。国ならば、色々と調べないといけないこともあるからな。
「丁度、そろそろ交代だと思うから、少しその辺りで待っていてくれないか?」
門番が指さす方向には、俺達が腰を掛けるにはちょうどいいサイズの岩があった。まぁ、座れということだろうし、俺と麻理は、その岩に腰を掛けた。
「お兄様、国ということは、やっぱり。あの事を調べるのですか?」
麻理が先ほどではないにせよ、小さな声でそう尋ねてきた。
「ああ、レコンストラクションJに攻められたかどうか、介入された痕跡があるかどうか。それが気になる」
平穏そうだし大丈夫だとは思うが、一応気になるからな。
「じゃあ、やはり……」
「そうだな、あの門番の家に泊めてもらうのはその辺りの調査になる。後は、できれば土地を買っておきたいとも思う」
「転移の用意ですか?」
「そんな所だな」
それにしても、いきなり、出会ったばかりの奴の家に泊まりか。小さな村などならまだしも、この大きな国でそう言うことになるとはな。まるで、木尾のような奴だ。たしか、木尾の時も似たような感じだった気がしないでもない。あいつも門番だしな。微妙に初めて会った気がしないのはそのせいかもしれない。
「おーし、終わったぞ、えーと、まずは、そっちの嬢ちゃんを先に宿に止めてから俺の家に行くとするか」
門から一番近いという宿に麻理を置いてから、俺はその門番の家に向かった。
あと、麻理を宿に置いた時、通貨が分からないので、金と銀で払おうとしたのだが、門番に止められた。代わりに払ってくれたので、その金と銀は後でこの人に渡しておこう。
「そうだ、あんた、名前はなんていうんだ? 俺は、マークス=オオヤナギ」
「グルック=グブンリシだ。よろしく」
「ああ、よろしく!」
オオヤナギ……聞いた事があるラストネームだが……うーん、どこだったか。思い出せないが、まあいいだろう。
「さっきの嬢ちゃんは妹さんか?」
「ああ、一人にするのは心配ではあるが……だが、あいつが大丈夫って言っているしな」
これだけ大きな国にいる以上、大丈夫だとは思うが、一応敵に狙われている可能性もあるからな。何時だか俺が鷸と戦っている裏では、麻理の屋敷も襲撃されたって聞いたから、やはり、心配ではある。
「そうか、まぁ、一人にするのは心配だよな。俺にも兄ちゃんがいるんだけどよ、俺の兄ちゃんはだいぶ前に家を出てから未だに帰ってこねぇんだよ。まぁ、兄ちゃんの事だから、多分どっかでうまくやっているのかもしれないけど、流石に連絡くらい欲しい物だぜ。それが出来ないところにいるから、してこないんだろうけどな。と、なんというか、それに比べたらたった一晩くらい大丈夫だ。心配しなくても何とかするだろ、お前の妹さんは然りしてそうだしな」
「それは確かだ。確かに、あいつはしっかりしてるからな」
ところで、兄がいると言ったな。この人。今、それで何かを思い出しかけた。
「すまないが、その兄の名前をお伺いしてもいいか?」
それを聞いたら、なんか思い出せそうだ。
「ん? ああ、ジャキラル=オオヤナギって言う名前だが、それがどうかしたか?」
「うん……あー、そうだな」
思い出した。そうか、いつもの奴隷商さんか。というか、木尾の所為じゃなかったようだな、どこかであったことがあるのは。なんか、一気に親近感がわいた気がする。
「えっと、まぁ、ちょっと」
「マジで? 詳しく話を聞きたいところだが、まずは、中に入れよ。着いたぞ、ここか俺の家だ」
ついた家はそれなりの大きさで、それなりの家庭だと分かった。少なくとも、金が無いってわけではないんだろうな。
「まぁ、部屋は空き部屋ばっかだから、好きな部屋に荷物置いておいてくれ」
「家族はどうした?」
「一人暮らしだ。両親は、今は別のところに住んでる。で、引っ越しの際に、俺だけがここに残ったから、一人暮らしって事だ」
なるほどな。
「まぁ、詳しくは飯食いながら話でもしようぜ、二人前くらいはあるからな」
どうやら作り置きのおかずと、朝に炊いたご飯があるらしい。マークスがそう言うので、せっかくだしいただくことにした。一人一杯のご飯を前に、俺達は席に着いた。
俺は、茶碗に盛られたごはんを食べつつ話を始めた。
「えっと、ジャキラルさんの話だっけ?」
「ああ、そうだな、それを頼む」
結構食い気味に訊いてくるあたり、ずいぶん心配していたらしい。当然と言えば当然だが。
「あの人は、俺が住んでいる街で奴隷商をしている」
「ど、奴隷商? なんかの間違いじゃねーか? 兄貴はあれでも結構優しい奴だし、奴隷商とか向いていないと思うんだが」
確かに。向いてはいなかった。
「そのとおりだ、向いていはいないな。奴隷に対してかなり優しい、というか、優しすぎるくらいだった。奴隷じゃないにせよ、普通特段接点のない人にはそこまで優しくは出来ないだろうと言うくらいにはやさしかったぞ」
「ああ、なるほど、なら兄貴だ」
なんか納得された。
「だが、なぜ、そんな優しいというお前の兄はこの国を出て行ったんだ?」
「それはよく分からないが、なんか、別に国に行ってみたいとかなんとか、突然言い出して、突然出て行った」
「マジか」
よく分からないひとだ、あの人も。まぁ、元々よく分からなかったりはしたが。
「そっかー、で、元気にしているのか?」
「ああ、元気だ」
西区にいたのもあって、エルフの襲撃の被害は受けていないらしいし、きっと原義だと思う。
「そうか、なら良かった。それで、お前の武勇伝でも聞かせてくれよ」
「武勇伝って、そんなに話すことはないぞ。腕にはそれなりに自信はあるが」
「いやいや、なんか聞かなきゃここに呼ぶことなんかなかったぜ、いや、兄貴のこと聞いたから十分っちゃ十分だが」
「まぁ、なんか修練場みたいなところ連れてってくれれば、少しくらいなら付き合おう」
「マジか、じゃあ、それでいいや、いやー、武器持っている外部の人なんて、前国王なら絶対に入れてくれなかったんだろうが、ここは現国王感謝あるのみだな、王族じゃないからどうなるかとも思ったが、むしろ変わってよかったのかもしれない」
ここに入れた事には俺も感謝しているな。というより、入れなかったのか。やはり、武器はないと困るが、あったらあったで色々と厄介な物みたいだ。
だが、一つ気になることが。
「王族じゃないってどういうことだ? 王族がいるって事は、継承するのは王族と決まっている訳じゃないのか?」
「それか、そうだな、その説明がないと分かるわけないか。もちろん、王族が継承するシステムだったんだが、それがな、王族が滅んじまったのさ。何やら、城の中にガスだかウイルスだかがばら撒かれたらしく、丁度、王族が集まって次期国王を決める会議みたいなのをしていたらしいんだが、全滅ってわけよ、だから、国民の投票で選ばれることになったのさ。選挙って方法でな。それで、選ばれたのが、なんか、あんたみたいな外の人間でな、最初は心配だったんだが、なんかいろいろと無事に進んでいるし、国もいい方向に進んでいる。だから、いまや、皆に信頼されてたりするんだ」
王族じゃない、それどころか、外の人……もしかして、もしかするのか……?
「名前は、なんていうんだ?」
「名前は、なんて言ったかな……たしか、籠手崎 水斗って言ったかな」
その名前は、知っている。知らないが、知っている。
その名前は、フォルド王国の第19期兵だ。それを、透から渡されたリストで見た。つまり、既に、この国は、奴らの手に落ちていたのだ。




