169話・頑張るから、
―レフィ=パーバド―
鳥の鳴き声で目が覚める。まるで、物語のような目覚め方のようにも思えるのだが、静かなこの村では、毎朝こういった感じだ。曹駛の家にいた時もうるさかったわけではないが、そもそも鳥の鳴き声なんて聞こえてこなかったから、こういうことはなかった。
エルフの隠れ里に連れて来られてから、もう1週間はしただろうか。得られた情報はあまり多くはないが、集会は、過激派だけじゃなく穏健派も開いていることが分かったのと、シェイクちゃんのコネというか、紹介でそれに参加できたのは大きかった。もう少し手間取るかと思ったのだが、シェイクちゃんに連れて行かれて、「はい、参加していいよ」みたいなかんじだったので、すこし拍子抜けしたくらいだ。
「おはようっ!」
いつの間にか部屋に入ってきていたシェイクちゃんが一気に布団を引っぺがした。
「うわわっ!」
そもそもシェイクちゃんが部屋にいた事に気付かなかった私は、急に布団が引っぺがされた事と、シェイクちゃん目の前にいたことによって、二度驚かされた。
驚いた。
冷えた空気が肌を包み、一気に目が覚めた。というか、寒い。
「さあ、さあ、起きて、起きて」
「起きてる。もう起きてるからっ」
無理やり身体を起こさせ、強く揺す振ってくるシェイクちゃんを止めるのに数分。朝起きたばかりなのに、なぜかもう既に疲れている。
シェイクちゃんに対しておおむね不満はないのだけれども、時たま思うのはテンションが高すぎてついて行けないということだろうか。そこだけは少し何とかしてほしかったりする。
シェイクちゃんの用意してくれた朝ご飯を摂ってから、今日も村の様子を見て回ることした。
今日は、夜に穏健派の集会が有る。それと同時に、午後から過激派の方でも集会が有る。本日は少しながらだけれども、忙しい。曹駛は、今どうしているだろうか。心配をかけているのは間違いないが……私が、曹駛を危険な目に合わせようとしていなければいいけれど。私の事を心配してくれるのはうれしいが……それでも、それが原因で曹駛に危険な真似をしてほしくない。私の予想が正しければ、今、曹駛は、きっとここを目指している。ここを探している。そして、また、全てを焼き払うつもりだろう。曹駛は自分では気づいていないかもしれないけれど、体を乗っ取られて私達と敵対して以来、かなり不安定だ。たまに妄言を吐いたり、ってのは、私の判断で妄言かどうかわからないけれど、よく分からないことを言っていたり、誰かが出かけようとすると、積極的に付いて来たりする。これも前からと言ったら前からだったが、ただ付いて来るだけじゃなく、皆を引き連れてついて来たりすることが多い。
詳しくは分からない。けれど、ずっと、情緒不安定だった。それは、誰の目から見ても分かるものだった。ただ一人、本人以外には。メアリーはそれをずっと心配していたのだ。「お兄様が、臆病になりすぎている」と。曹駛は、何かを恐れていた。ずっと、恐れていた。
村のはずれの畑を見渡す。数人の人が農作業をしている。それとは別に、数人、兵装をした人たちがいる。侵入者やモンスターを止めるのが彼らの役目らしい。モンスターはともかく、侵入者というのは、人間の事だろう。
つい先日、それを見た。侵入者の排除。その瞬間を見た。
村の地図でも作ろうと、歩き回っていた時だ。
一人の籠を担いだ男性がいた。見ただけで分かる人間だった。
声を掛けようと近寄る途中、農作業をしていた女性に止められた。「悪い事は言わないから近づかない方がいい」と、そう言われて。次の瞬間。その男は、倒れた。頭には矢が突き刺さっていた。その刺さっている方向の先を見て見ると、そこには一人のエルフ……木の上に、したり顔の青年が立っていた。
考えなくともわかる。彼が人間の男性を仕留めたのだろう。
私を止めた女性は目を逸らしていた。たしかに……あれは見ない方がいい。人形の生き物の死体は、慣れるまでは酷い物だ。いや、慣れることなどない。少々マシになる程度だろう。
誰かの死ぬところなんて、見ていて気分の良い物じゃない。その、はずなのに。
なぜ、あの青年はあそこまで、楽しそうにしているのか。
その時、私は思ったのだ。あの日、全てが狂ったのだと。そして、その原因は、どこにあるのだろう。曹駛が悪い。それもまた然り。国が悪い、それもまた然り。だけれども、それは仕方のない事だったのだろうか。
私は、最近、こんなことばかり考えている。
ぼんやりとしたまま、辺りを見渡す。今日は、特に何も起きていないようだ。人間もモンスターも来ていない。
誰しもが仕方ないと思うだろう。エルフ達が人間を敵対視しても、仕方ないと。でも、私は。私だけは……和解したいと思っている。人間とエルフだって、きっと、仲良く。いや、それだけじゃない。みんなが仲良く出来たらなんて思う。個人のいざこざや事件は仕方ないと思う。それは、個人同士で起きた事だ、だが、住んでるところや、種族でここまで争わなくても、なんか生きていける道はないのだろうか。共生が無理でも、棲み分けでもいい。
一緒に生きていても、何も問題のない世界。そんな世界に住みたい。そんな世界があったらいい。
曹駛は、色々な知り合いがいる。椎川さん、奴井名さんだけじゃない、サキさんに、他にも、色々なところに知り合いがいると言っていた。そのように、みんなで仲良く出来る、そんな風に生きられたなら。
でも、このエルフの人間への敵対心を作ったのは、間違いなくその曹駛本人に違いない。私は、どう動くのが一番いいのかなんて知らないけれど、今私が出来ることをする。それだけだ。
そうこう考えながら村を歩き回っていたら、太陽は真上にいた。そろそろ、集会の会場まで向かった方がいいだろう。
過激派の集会では、先日私がみた、矢で射殺された人間の話をしていた。最近侵入者が増えているらしい。そして、モンスターの侵入が減っているらしい。山を挟んだ向こうに人間が住んでいる可能性が高いのと、その人間たちのテリトリーが広がっているという結論になった……戦争が起きなければいいのだけれど……
今日の過激派の集会は、増える人間の人たちへの対策の事だけを話して終わった。
そして、夜、シェイクちゃんが作ってくれたスープとパンを食べてから、今度は穏健派の集会に向かった。
穏健派の集会は、過激派の集会とは違い、メンバーは固定化されておらず、穏健派の人が、不定期の時に開き、来たい人が来るという物だった。聞くにシェイクちゃんは毎回参加して、一曲歌って帰るらしい。いや、集会に来たのじゃないの? それはともかく、そんなこんなで、シェイクちゃんは目立つらしく(そもそも服装だけでも目立つのに、毎回歌うせいでなおさら)穏健派では結構知られているらしい。まぁ、それもそうか。
こちらでも、話題は、例の射殺された男性の事だった。私が持ち出したわけでもなく、どこからともなくその話が浮かび上がってきた。
曰く、最近はやり過ぎだと。人間の逆襲が怖いと。
彼らは人間と仲良くしたいわけではない。ただ、人間が怖いだけなのだろう。要するに、穏健派、過激派、どちらも、人間に対していい印象は持っていない。当たり前と言えば、あたりまえなのだが。
しかし、最初から分かっていたとはいえ……これは……正真正銘、孤独な戦いと言うやつだ……いや、シェイクちゃんはいるか……味方であるかどうかは置いておいて、少なくとも敵じゃない人。
私は、今度こそ戦わないと。
今度こそ。
あの時、人間に奴隷として捕まったあの時と同じように流されてはいけない。周りにでは無い。自分に流されてはいけないのだ。
だから、今度こそ戦う。味方じゃなくとも、近くに人がいるというのも安心する。シェイクちゃんの存在はこの戦いにおいて大きい。
私は、戦う……これが運命ならば、運命とすら戦って見せる。




