167話・待ってほしい。
―レフィ=パーバド―
ひとまず、ご飯と食べてから、シェイクちゃん(そう呼ぶことを強制された)に話を詳しく聞いたところ、エルフも一枚岩ではないとのこと。フォルド王国を襲ったのは過激派の人たちらしく、穏健派は襲撃には参加していないらしい。
それには、ひとまず安心だ。みんながみんな、過激派だったとしたら、私は、皆に杖を向けないといけなくなる。穏健派と呼ばれる人たちがいるのならば、そっちと話を合わせ、上手く丸く収めることが出来る可能性がある。
だけども、それも、あまり可能性は高くないみたいなのだけれども。
穏健派、過激派、どちらもグループを作っているみたいだけれども……どうやら、穏健派はかなり少数しかいないらしいし、中でも、シェイクちゃんみたいに人間に対しても、曹駛に対しても、普通くらいのイメージを持っている人は少ないらしい。といっても、それが当たり前であることは、分かっていたが。曹駛はともかく、人間に対して、プラスのイメージを持っている訳ではないにせよ、マイナスのイメージを持っていない者自体がかなり少なく、誰がそうであるかも把握するのは難しいらしい。なにせ、あんなことをした相手だ、悪いイメージを持っていないということを公言してしまえば、周りから浮きだってしまうため、分からないのも仕方ない。
「あ、そうそう、レフィちゃん、今日目覚めたなら丁度いい。もうそろそろ、集会が始まるだろうし、そこに参加してほしいって言われているから、悪いけど、参加してもらえる? 場所までは、私が案内するから」
「え、ええ」
「ああ……でも、その集会は過激派の集まりだから……気を付けてね」
「う、うん」
過激派の集会……私は、何故そこに呼ばれているのだろうか。お父さんの娘ということで呼ばれているのだろうか。それは分からない、だけれども、過激派の中に潜り込めるチャンスだ。いま、どのような動きをしようとしているのかを確かめるチャンスである。
なにやら、過激派のグループがどこかの人間のグループと一緒になって怪しい動きをしているとも聞いた。何か嫌な予感がするのだ、それを探らなければいけない。だから、これはいい機会かもしれない。出来るだけ潜り込めるように頑張ってみよう。
シェイクちゃんに連れられ、村の建物の中で、一回り大きいログハウスの前に着いた。
「さぁ、ここだよ、もう始まっているかもだけど、彼ら的には少しでも早く参加させてとのことだから、大丈夫だと思う。……じゃあ、気を付けてね」
「ええ、ありがとう」
心配そうな顔で見送るシェイクちゃんを背中に、私は、扉を開けた。
扉を開けると、そこには長いテーブルと、それを囲うように椅子が並べられていて、そこに座る者達からはただならぬオーラが発せられていた。どうやら、急に扉を開けたが故に、警戒したらしい。殺気がこちらに向けられている。それも、今すぐこの場から逃げ出したくなるほどの。
「……なんだ、嬢ちゃんか」
その中で、一人、警戒心を解いて話しかけて来たのは、メルメストローさん。一番の上座に座っている所から、位は高いと思われる。
「ああ、皆、この子が、俺の紹介したかったやつだ」
メルメストローさんがそう言うと、皆警戒心を解き、殺気も消えた。
「なるほどな……なら、このお嬢さんが」
「ああ、そうだ、嬢ちゃんこそが、マーカーの野郎の忘れ形見……レフィ=パーバドだ」
やっぱり、お父さんの娘として紹介された。ということは、私は、シンボル的な存在にされる可能性が高いだろう。かつての村の長であるお父さんのその娘となれば、復興などのシンボルにはうってつけである。穏健派の一部の人たちだって動かせる可能性が出てくる。まぁ、そんなことはさせるつもりはないのだけれど。
「そうだな、嬢ちゃんは……その辺りの空いている席に座ってくれ」
私は、メルメストローさんのいうことに従い、下座に座った。
「さてと、新しいメンバーも増えた事だし、会議も始まったばかりだ。また一から離すとするか。嬢ちゃんも最初はよく分からんと思うが、その辺りは後々まとめて俺に訊くとして、まずは話を聞いてくれ」
「分かったわ」
小さくそう呟いて、コクリと首を縦に振った。
「よし、じゃあ、会議を始める。今回の話は、奴らの話だ」
奴らの話……奴らとは、例の人間の集団の事だろうか。
「彼らの話を聞く限り、彼らに特別な動きはない。対応も依然として、私達を同等のものとして扱っている。今のところは問題ない。よって、次の話に移ろう」
……やはり、今のは、例の人間の集団の話しだろう。しかし、それは大した情報を得ることもないままに、終わってしまった。
「ピーキィラ……保守派は今のところどうなっている」
「はい、保守派に動きはありません……が、しかし、僕も詳しく情報を掴めているわけではないと思っているので、保障までは出来ません」
保守派……きっと、穏健派の事だろう。ピーキィラ……そう呼ばれた、私よりも年下に見える少年は、立ち上がり穏健派についてのことを話し始めた。だが、それも大した情報はなかったようで、すぐに終わった。
「ふむ、なるほどな、今のところ、変化なしか……ああ、だが、今日はもう一つ題材が有るな……嬢ちゃんは、数年間人間の町で暮らしていたんだろう、人間の町はどんな感じだったか、少し話してもらえないか?」
「ええ、分かったわ」
急に話を振られたが、そう来ることもなんとなく分かってはいた。私に効くことなんてそう多くはない。そのうち、このことはもっとも聞かれやすい事だろう。
「とりあえずは、人間たちの暮らしについてだけど、生活水準のレベルで言えば、基本的には、多分私達エルフよりも高いわ、それと、当然のように人数も多い。ほとんど村の皆も分かっている事かもしれないけど、私の知っている限りは話すわ」
話して困るところは特にない。ここは、友好的に話しておきたいのだけれども、そうするわけにもいかないだろうし、中立的な物の言い方を心がけるようにしよう。
「まず、フォルド王国はほぼ壊滅させたみたいだけども、人間のテリトリー自体は、沢山ある。フォルド王国よりも大きい物もあれば、私たちの暮らしているような村もある。生活水準もまちまちだけども、そこまで悪い所はないと思うわ」
小さな村だの、多くの国などは、曹駛に聞いた話でしかないのだけれども、まずは、人間の数の多さを知ってもらいたい。それだけで、敵対を諦めるだろうとは思わないけど、せめて、私から得た情報で、人間達に攻撃を仕掛けることに躊躇くらいはしてくれれば。
「基本的には、魔法を使えないのが大多数だけれども、魔法を使える人間も一定数居ることと、魔法が使えなくとも、強い人間も多くいる。それこそ私……いや、お母さんやお父さんと同じくらいに強い人達が一杯いるから、気を付けてほしい」
そうだ、透さんや、メアリー、それに……曹駛。まだまだ、沢山いる。戦って勝てる相手じゃない。そもそも、戦うことが正しいという訳では無い。それを知ってほしい。確かに、あの日、私達は多くの物を失った。だからと言って、全ての人間がそれを望んだわけじゃない。好き好んでそれを望んだ人間がそれほどまでに多いわけじゃない。
「それと、普通に暮らす分には、エルフということは珍しがられるくらいで、偏見を受けるということはない……と、言っても、もうその保証はないけれども」
このことは、皆がことを起こす前に知らせたかったことだ。エルフは、別に偏見を受けることはない。それを知っていれば、王様と曹駛はどうなったか知らないけれど、あそこまで大事にはならなかったかもしれない。
なにより、まだ、人間と和平する道があったかもしれない。
フォルド王国を壊滅させた以上、少なくとも、フォルド王国の人たちとは仲良く出来ないだろう。
「と、まぁ、細かいところまでいえば、もっとあるけれど、大まかにはこんなところよ」
「そうか、有り難う嬢ちゃん」
その後、これからの方針などを少し話し合ってから、解散となった。
ログハウスの中には、私とメルメストローさんと、ピーキィラと呼ばれていた少年だけが残った。
「えっと、嬢ちゃん、保守派について話したいことってなんだ?」
そう、メルメストローさんには保守派に付いて話したいことがあると、残って貰ったのだ。そしたら、ピーキィラと呼ばれた少年が保守派担当ということで、一緒に場に残ったらしい。
「えっと、大した話じゃないんだけど、私は、革命派の一員って事になっていると思うんだけど……保守派にスパイとして入り込みたい……もちろん、普通に入ろうとは思っていないし、そもそも、あちら側が入れてくれるとは思えない。だから、あちら側のスパイとして革命派の情報を流す係りとして入りたいと思っているわ。つまり二重スパイってことよ」
もちろん、スパイなんてするつもりはない。
スパイをするとして、あちら側に着く。三重スパイと言うやつだ。
「なぜ、それをしようと思った」
「そうだよ、姉ちゃん、保守派についてだったら、俺が担当だぜ」
「えーと、ピーキィラくん……で、いいのかな? さっき、保守派についての情報は正しくつかめていないって言っていたよね……想像するに、今のところ、保守派と革命派は表面上どうかは知らないけど、実際のところでは、そこまで仲が良いようには思えない。だから、深いところまでは調べられないんじゃないかな? だから、まだ、村に来たばかりの私なら、その役目は打ってつけだと思って。今日ここに来たのだって自分の意志じゃなくて呼ばれたわけだし、スパイとして入りたいって言えば、簡単に入れてくれると思う」
なにせ、私とシェアハウスしている彼女が穏健派なのだから。入ることはそこまで難しくないはずだ。
「……たしかに、それもそうだな」
「まぁ、でも……姉ちゃん、それを、なんで俺とメルメストローのおっちゃんにだけ伝えたんだ?」
「それは、簡単。情報がどこから漏れるからわからない以上、あまり多くの人には言えないからよ」
これは事実だ、誰にも伝えないのは流石に本当にスパイと疑われてしまうので良くないが、だからと言ってあまり多くの人に伝えすぎると、どこかから情報が洩れて、穏健派のみんなに疑われてしまう可能性がある。
「……そうか、分かった、じゃあ、姉ちゃんに任せる。いいよな、おっちゃん」
「おっちゃんって言うな、まだそんな年になったつもりはない……が、まぁ、今はいいだろう、よし、任せたぞ、嬢ちゃん」
「はい」
これで、下準備は十分だろう。
これから、本格的に、探って行かないと。




