表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺、元兵士、奴隷買いました。  作者: 岩塩龍
第九章・想起。あの日はたしか……。
166/203

164話・誘惑。あるいは罰……

 ―レフィ=パーバド―


 曹駛の大きな家で、二人の帰りを待つ。

 ここの守りを一任された。だから、あの二人が返って来るまで、私はここで待ち続ける。それに……曹駛の言葉の意味も気になるし……



“えっと、その、ごめん”


“その、詳しくは、というより、この一件が終わったら、今回のこの戦いが終わったら、ちゃんと謝る。全部、ちゃんと。だから、今はこんなもので悪いけど。本当にごめん。俺は、お前のための人生を歩まなきゃいけない。だから……“



曹駛の言葉の続き。その言葉の続きを聞かなければ。

 だから、今、この家に入って来たであろう。誰かから、この家とミンちゃんを守る。自ら引き受けたのだから、ちゃんと守らねば。

 おそらく、誰かが攻めてくるだろうと、この家に侵入者感知の結界を張っておいたのだけれど、張っておいてよかった。

 私は、急いで、相手の元へ向かった。

 ソードメイクを発動して、杖を剣に変化させる。そして、もう一つ。身に風を纏い、姿を消す魔法。名称は忘れたけれど、お父さんが良く使っていたのを思い出し、頑張って習得したそれを使用して、夜闇に溶け込むように消える。自分の手を見て、ちゃんと発動出来ていることを確認する。

 侵入者の反応があった、玄関に向かうと、そこには人影が一つ。顔はフードをかぶっているせいで、よく分からないが……背丈からして男性だろう。腰には刀が下がっている。

 コソコソと、音をたてないように、背後に回り込み……剣と化した杖を喉元に突き付けた。


「何の用? あなたは誰……答えないなら……」


 喉元の刃物の感触を感じた彼は両手を上げた。


「……フードを取れば分かる。それよりも、お前は誰だ。その魔法は……|風による透過《ターンスパレンスディードウイッヒフォンヴィント》。文字通りの魔法だが……その魔法を作ったのは、マーカーのはず……それを何故お前が使える」


 ……私のお父さんの……名前……


「そっちこそ……なんで、その名前を知っているの?」

「なんだと……お前も……知っている……? ならば、お前は……」

「……ならば……なに……?」


「お前は……悪魔か同胞か……どちらだ……」


 そう言った男はフードを取った。


「う、動くな……って……あなたも……エルフ?」


 彼は、エルフだった。

 私のお父さんの名前を知っていて、その細く尖った耳を持っている……彼はエルフだ。


「ああ……そうだ、エルフだ……『も』って事は、お前はエルフなんだな」

「え、ええ……でも、あなたはなぜここに? もしかして、助けを求めて? だとしたら、街で、何があったの?」

「街で何があったか……そんなのは簡単だ、俺達の復讐が始まっただけだ」

「復讐?」


 復讐、その意味は簡単に分かる。

 この国への復讐。その意味はよく分かる。だって、この国によって、私達の村は滅ぼされたから。でも……復讐ということは、あの時の村の皆が生きているということだろう。それは、嬉しい事ではあるけども、同時に、復讐ということは、この街をこんなふうにしたのも……


「それで、お前はなぜ、ここにいる。なんでここにいるんだ。エルフのみんなは、隠れ里に居るはずだが……やはり、人間の住むところにもいたのか……お前は、人間に紛れてここで過ごしているのか? それとも、奴隷か?」

「……どっちでもいいじゃない。あなたには関係ない事よ」

「関係ない? いや、それは無いな、お前はエルフだ。我々はかなり人数が少ないのでな、一人たりとも見逃すことは出来ない。どうだ、我々のもとに来ないか?」

「……無理ね……魅力的な誘いではあるけれど、それは出来ないわ」


 街を火の海にしたということは、この人たちは、曹駛の敵。それならば、そっちに行くことは出来ない。それに……悪魔って言っていた。その悪魔とは、たぶん曹駛の事だ。

 ならば、なおさら私は彼らの味方にはなれない。


「おまえ、マーカーの名前を知っているということは、混じり物ではなく、純血なのだろう。ならば、こちらとてここに置いておくつもりはないな。我々の味方になるならない、どちらにせよだ」

「そう……なら、ここを汚すのは嫌だけど……仕方ないから、死んでもらうわ」


 杖で、首を切ろうとした瞬間、彼は肘で私を跳ね除け、簡易的な拘束から抜け出した。

 彼の腕にはボウガンが見えたので、撃たれる前に場所を移動した。私の体は見えていないはずなので、移動してしまえば、こちらが有利だ。


「見えていないからって、攻撃できないと思うなよっ!」


 彼は、矢を放ってきた。それも、こちらを狙って。

 向かって来る矢を杖で弾くが、これでは、また場所が相手に知られてしまったことになる。それにしても、なぜばれたのだろうか、走ったから、音で察知された……ということもありえる。なら、今度は、音をたてないように移動して……


「無駄だっ!」


 またしても、私を目掛けて撃ってきた……なんで、位置が相手にばれて……

 勘も鋭いのか、私を狙えているみたいだけど、なら、空中なら……曹駛の真似事だけど、空中に風魔法で足場を作って……空中ならっ……


「ほう……少しは考えたみたいだが……無駄だ、俺のレーダーにはビンビン引っかかっているんだよっ!」

「きゃっ!」


 三連で放たれた矢を受ける際、杖だけでは足りず風魔法を使ったのだが、それでも防ぎきれず、一本が腕を掠めていった。その際に、集中が切れてしまったのか、姿を消していた魔法が解けてしまった。

 それにしても、危なかった……多分、あれは毒矢……狩猟の他、害獣胎児の際にもよく使われるもの。記憶の中にあるだけでも、ワイバーンくらいなら仕留められるくらいに強い毒だったはず。エルフには効きづらいものだから、当たっても死にはしないだろうけど、何があるか分かったものじゃない。当たらなくてよかった。


「さてと、なるほどな……確かにエルフだ。だが、まぁ、残念だ。仲間になってくれないってのはな」

「そう……私も残念。せっかく同郷の生き残りを見つけたと思ったのに……分かり合えないなんて……」

「そうだな……お前は生きていてほしいのだが……人間側に付かれても困るのでな……仕方あるまい……許せよ」


 今度は5本も矢を飛ばしてきた。風魔法で作った足場を崩すことによって、下にそれらを躱した。けど、今のも……殺す気だった。彼の言葉は嘘じゃない。気を付けなければ……殺される。


「姿を消そうと無駄だぜ……俺の探知魔法は、マーカー対策に作った魔法だからな、あいつとの喧嘩はいっつも負けてたから、それ対策に作ったものの……一度も使われることはなかったんだが……まさか、こんなところでそんな場面がやって来るとはな。」

「くっ、疾風の刃(オウカーンクリンガ)


 風の刃をいくつか発生させ、自分を守るように配置した。


「いいな、その風魔法、奴を思い出すぜ……ほんっと、あいつを思い出すぜ……なぁ、レフィの嬢ちゃん……」

「なっ……」


 私の名前を知っている……というより、知っていたと言った方が正しいか。



「まったく……暗くて気付かなかったぜ……いや、暗くてというよりは、大きくなってって言った方がいいかもしれねぇな、明るかったとしてすれ違いの一瞬で判断しろって言われたら無理だぜ、これは……もう、そんなに日が経つのか……そうか、そうだな、なるほど……子供の成長と言うのは早いものだ、びっくりするなぁ、マーカー」

「もしかして……」


 いや、もしかしなくとも……


「メルメストローさん……」

「ああ……覚えていてくれたのか、嬉しいぜ嬢ちゃん」


 彼は、確か、お父さんのライバルと名乗っていた人。と、言っても自称で、お父さんどころか、お母さんにも勝てなくて、村では確か永遠の3番手って不名誉な称号を貰っていた人。だけど、村で3番……その強さは確かだ。何より、戦いづらい。相手の戦い方が。ではない……知っている人だから、戦いづらいのだ。


「なぁ、もう一回聞くぞ、俺達と来ないか?」

「……でも、それは、父さんの望むところではない。だから、ついて行けない……って、言っても、分かってはくれないよね」


 そう、お父さんは、それを望んでいない。人間への、この国への復讐なんて、望んでいない。それで死なれてしまったら、お父さんとお母さん、それに曹駛が、何のために一人でも多くの人を生かして逃がそうとしたのか分からない。


「……ああ、俺は、あの日……妻も子も失った。俺には、もう復讐しかない……って、思っていたんだが、あいつの娘なら、俺の娘も同然だ……だから、殺したくない。……一緒に、来ないか、嬢ちゃん」

「……そう……私も、お父さんの親友とは……戦いたくない。だから、引いてほしい……」

「……あくまで、こっちに来るつもりはないんだな……なら、せめて、俺達のやる事の邪魔はしないでくれ……あの悪魔を殺す。それを、邪魔しないでくれ。本当は、殺さないといけないんだが……俺は、お前を殺したくない。自分の娘同然のお前を殺したくない。だから……俺たちの邪魔はしないと誓ってくれ」


 悪魔とは、曹駛の事である。私の推測でしかないのだけれど、十中八九そうだろう。

 だから、


「それは……多分出来ない」


 私は、迷いなく、それを誓うことを断った。


「……なんでだよ」

「だって」


 当然だ。


「……なんでだよッ! あいつは、お前の家にお世話になったことや、俺達が仲良くしてやったことも全て忘れたかのように、いや、最初から無かったかのように、俺達の村を焼いていったッ! 俺達を裏切った。俺たちの気持ちを裏切ったッ! 人間とも仲良く出来る日が来ると! 思っていた! 俺達をッ! 裏切ったッ! それを何故庇おうとするんだっ!」


「だって、それは……お父さんが望むことじゃないし」



 そんなために、お父さんとお母さんは死んだわけじゃないし。曹駛が心を痛めつけられたわけじゃないし、罪を背負ったわけじゃない。


「マーカーがそれを望んでいないわけがないだろッ! 俺達は、あの日全滅する可能性だってあった。それをマーカーが命がけで……それを、お前は……」

「お父さんは、皆の死を望んでいない。復讐をしてほしいから、みんなが生き延びられるように命を懸けたんじゃなくて、皆が生きて行けるように命を懸けた」

「でも、それでも、あの悪魔が来なければ……みんなは……マーカーの奴だって」

「悪魔じゃない」


 曹駛は、悪魔じゃない。


「なにを……言って……」

「悪魔じゃない……その人は、悪魔じゃない」


 普通の人とは違う。それは確かだ。でも、悪魔じゃない。身体こそ、おかしなことになっているけれど……心は、本当の心は、普通の人間だ。


「何を言っているんだよ、嬢ちゃん……あいつは、悪魔だ……悪魔に違いない。だろ……」


 悪魔じゃない。彼は、人間だ。

 確かに、曹駛は人を殺せる。だけど、それは、彼が兵士だからだ。悪魔だからではない。彼が人を殺すのは、誰かを守るため。誰かを守るために誰かを殺すのが間違いだなんて、そんな夢を語るつもりなんて一切ない。誰かを守るために誰かを殺す必要が出てくるときだってそんなに少ないはないかもしれない。


「悪魔じゃなくて……曹駛です。彼は……人間です。メルメストローさん……あなたは、何を守るために、誰を守るために、国の皆を殺して、曹駛を殺そうとしているんですか? それを知らなければ、味方にはなれないどころか、私は敵になるしかない。教えてください。あなたは、誰を守ろうとしているんですか?」

「それは……みんなだ。みんなを守るためだ、また人間が俺たちの村を見つけたら、俺達はまた……」

「そうかもしれません……でも、そうじゃなかったら、こんなことは、もう、しませんか?」

「それは……」

「だったら……私は、敵になるしかない。だって、それは……その復讐こそ、悪魔のやっていることに他ならないですから……」


 復讐を糧に生きている……その気持ちは分かる。私だって、分かる……復讐は何も生まないというけれど、それを否定するつもりもないけど、それでも、私は、今の私は、復讐を否定したい。

 復讐そのものは何も生まない。けど、その復讐するということを糧に生きることは出来る。だけども、その復讐を糧に生きて、その復讐を果たした後は? その後は、どうやって生きていくのか。今まで通りには生きていけない。絶対に、今まで通りには生きていけないだろう。それで、自害でもしたものならば……それこそ、私の両親は無駄死にということになる。


「な……なんでだよ、なんで、否定する。俺たちの復讐が間違っているって言うのか・……」

「……間違っているか、間違っていないかは、主観がどこにあるかによって変わりますから、私はそれが間違っているなんて言えないけど……でも、その復讐が果たされたあと……どうするつもりですか」

「それは……今まで通り」

「生活できると思っているんですか……糧がない状態で、生活……出来るんですか」

「出来るに決まっているだろ……決まって……」

「私は、約束します。もう、曹駛もこの国の人間もあなた達の、私達エルフの村を攻撃させないと……ですから、もう、こんなことは、止めてください」

「く、くっそ、お前は……お前は、なんで、人間側に立つ。なんで、俺達の邪魔をする。なんで、あの悪魔の事を庇おうとするんだッ!」

「だって……」


 だって、それは……


「彼の事が……好きだから」


 うん……私は……曹駛の事が、好きだ。


「……そうかよ……そうか、結局……お前は、俺達の敵って事か……」

「そう……なる」

「じゃあ、さよならだ……」


 ドツッ……

 矢は打ち込まれた……

 躱そうとしなかったわけではない、防ごうとしなかったわけじゃない、だけれど、身体は動かなかった。倒れた時に、気付いた……後ろに……もう一人いたことに。きっと、何かの魔法で体を縛られていたのだろう……私は、無抵抗の内に倒された。

 矢は、胸に突き刺さっている……殺が突き刺さったままなのに、血が止まらない、じん割と床に広がり体を濡らしていく。

 死ぬのだろうか。いや、死ぬのだろう……ああ、死んじゃうのか……

 油断した……本当に、油断した……もう一人……いたのか……なんで……気づかなかったんだろう……

 ああ、意識が薄れていく……深い眠りにつくときのようだ……痛みよりも、眠気の方が強い。

 もう、意識も……


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ