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俺、元兵士、奴隷買いました。  作者: 岩塩龍
第九章・想起。あの日はたしか……。
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163話・蝕み。そして……

 ―武元曹駛―


 一気に決める……そのために、まずは下準備だ。


「ヒールミスト」


 水魔法と回復魔法の合成による、回復効果のある霧を発生させる。その霧の範囲をどんどんと広げ、辺り一帯を緑色に染めた。色だけ見ると、まるで毒霧のようだが、付与しているのは、回復効果である。まぁ、全身を溶かされながら、触手を伸ばしてはとかされているこの肉塊の化け物を見る限りは、確かにこの霧は毒霧そのものであるが。

 そして、やはり、予測通りだ。

 奴は、回復魔法で溶かされたところは修復できない。弾き飛ばそうが、燃やそうが、切り落とそうが修復され復活した触手や肉塊は、元に戻ることなくただただ、溶けて小さくなる一方だった。これならば……一撃を防ぐことは出来ない。


「イフリート……憑依解除だ」


 身体から炎が漏れ出し、武具融合していたランスとシールド、鎧は、いつもの形状に戻った。


「……曹駛……お前は……そうか……」

「ああ、イフリート」

「分かった、まぁ、気を付けろよ」

「そうだな」


 炎は霧散して、消え去るとともに、イフリートの気配も消えた。

 これでいい。ああ、これでいい。


 魔力のパスを通す。

 魔力回線を繋ぐ。

 ――――――よし……


(……クリムッ! 聞こえるかッ、クリムッ……)


 叫ぶようにあのドリアードの名前を呼ぶ。


(聞こえているか、クリムッ!)

(……そんなに叫ばなくても聞こえているよ、ご主人様)


 少し呆れたようなクリムの声が返って来る。だが、その声には、疲弊も感じられた。


(クリム、麻理は……)

(うん……今のところはまだ……まだ、大丈夫だと思うけど……少し、大変かもしれない……それで、なに、ご主人様……本当の用事は容体を訊くためじゃないんでしょ)

(ああ……そうだ。クリム……お前がそこを離れても、麻理は大丈夫なのか? それか……麻理は、どれくらい持つ)


 今欲しいのは……そう、誰でもない、このドリアードの力だ。クリムの力が必要だ。

 でも、今心配なのは、麻理だ。いくらこの肉塊の化け物を倒せたとしても……麻理がいなくなってしまったのならば、それこそ意味が無い。麻理のため、倒すのだ。その麻理がやられてしまったら……それは、負けと同じである。だから……


(うん……そうだね……封印の木々に閉じ込めておけば……このままの状態にはしておけると思う。そして、その処理ならもう終わっているから……治りはしないけどこれ以上も悪化しない。だから、とりあえずは安心してもいいと思うよ、ご主人様)

(そうか、なら)

(うん、分かった。行けばいいんだね)


 次の瞬間、俺の背中に、軽い何かがしがみついた。


「はい、来たよ、ご主人様」

「ああ……俺がしたいことは、分かるか」

「まぁ、大体は……うん」

「じゃあ」

「えっと、初めてだから慣れないと思うけど……その時間も長くは持たないかもしれないけど、許してね」

「ああ、それは……俺が、お前をずっと使いこなせないでいたからだ」


 ああ、そうだ。俺は回復などの補助魔法を得意としていなかった。だから、こいつとは相性があまり良くなかった。

 こいつが使う、木々を生やして敵を押し潰したり、串刺しにしたり、養分として全てを吸い取らせるような、えげつない攻撃も、実際のところは補助魔法の類である。だから、俺はそれらをうまく使いこなすことが出来なかった。

 あとは、まぁ、俺をすぐに食べたがるところか。まぁ、実のところ、前者の方が大きいのだ。今まで、こいつを……完全憑依させなかったのは。

 俺が、しようとしているのは……ああ、そうだ。こいつとの融合。いつもイフリートでやっている、あれをしようとしているのだ。


「じゃあ」

「ああ」


 少し、振り返り、横眼を向ける。クリムと目線があった時……ほんの一瞬、唇に柔らかい物が触れた。


「武具融合、完全憑依」


 心拍数が急激に高まる。まるで心臓が突き破られるかのような感覚。拒絶反応かとも思ったが……違う、これは……完全憑依を最初にする時に起きる感覚。肌は痛み、肉は締め付けられ、骨は軋む。血流の速度は上がって行き、髪の毛の一本まで全てが書きかえられる感覚。魂までもが書き換えられる。そんな感覚。イフリートの時も最初はそうだったが、今回は、あの時の数倍もそれが強く感じられた……

 今までの契約が、仮契約だったとしたら、この完全憑依するということは、本契約と言った所だろうか。全身の構造が、魂の構造が変わっていく感覚。その感覚の末に……俺は、クリムと……


「完全憑依……ドリアード」


 まるで、身体が木々で出来ているようだった。

 身体は、木製の鎧で覆われていた。ヘルムは原型を留めているが、鎧は、もはやただの木でないかという見た目をしていた。それに、タワーシールドは、概念化したのか物質としては何処にあるのか分からなくなっている。ランスは左腕の上に針として設置されていた。その大きさはバリスタの矢くらいのもので、あまり大きくはないが……これには、いろいろと付与できるようだな、主には猛毒だが、それこそ、強力な回復薬を打ち込むことも出来るらしい。


(どう……かな……へんじゃない、かな……ご主人様)


 クリムが少し照れたような声でそう尋ねてくる。


「ああ、バッチリだ。少しこのまま会話もしたいところだが、今は時間が無い……それはまた今度にしてくれ」

(うん……そうだね)


 この状態ならば、きっといける。


 魔力を練り上げる。いくらこの状態だからと言っても、やはり俺には非戦闘魔法はあまり向いていないのは事実。今から使う魔法を放つには、それなりに集中して、魔力を練る必要がある。


「世界を救う星よ、願いを見届ける太陽よ、今、ここに顕現せよ」


 天の力を使い可能な限り詠唱文を短くする。そして、その魔法は完成した。


「行くぞ、肉塊の化け物……救世の太陽(サンオブエリクサー)


 頭上には、大きな球体が出現する。国一つを包み込めるであろう大きさのそれは、小さな太陽をイメージしたもの。そして、それは回復魔法で……回復効果を持つものではない。あらゆる回復魔法、回復魔術そのもので出来ている。あらゆる病気も怪我も毒も何もかもを治癒する太陽。そこからあふれ出る放射粒子を浴びるだけで、軽傷や軽度の病気は治ってしまうだろう。そんな擬似的な太陽を肉塊に向けて……落とした。

 まるで、万物爆弾化を使った時と同じような感覚だった。そして、その太陽がさく裂した時の見た目も恐らく万物爆弾化とほぼ同じ物だろう。違うのは、効果。この場合は効能と言っても差し支えないかもしれない。万物爆弾化は全てを破壊し尽くすのに対し、急性の太陽は、全てを救う尽くす魔法。ただ、今回はその結果が逆転して、目の前の化け物を溶かし尽くしている。それに、あの赤い液体すらも消滅させている。

 辺りには、回復魔法や回復魔術の概念が残留して漂っている。どうやら、先ほど発生させた回復効果の付与した霧に、より強い回復効果を与え残留しているようだ。


「これで、消え去ったか……」

(まって、ご主人様……なんか残っているみたいだよ……)

「なに……」


 消滅させ切れていない……それならば……


(それは、違うよ、ご主人様……あれは、多分、いわゆる核に当たる部分だなんだろうけど……)


 核に当たる部分、ならば……なおさら……


(だから、違うんだってば……それは、人なんだよ。そして、その、多分、その人がのろいか病気にかかっているみたいな状態だったんだよ、さっきまでは、そして、その病気の病状が、周りの物を取り込んで一体化するってものだったんだと思う)


「どういうことだ……」


(まずは、近づいてみようよ、その、多分気絶……さっきの回復から考えると死んでるって事はないとして、睡眠状態ではあると思う。だから、危険ってことはないだろうし、近づいてみよう)

「あ、ああ」


 どうやら、クリムを完全憑依させたこの姿にはサーチ機能もあるらしく、その核となったという人の大体の位置が分かったので向かってみると、そのいたのは……エルフの少女であった。


「これは……」

(そうか、うん、やっぱり、わたしの言った通りだったと思う。でも、凄い自己犠牲だね、あの状態って事は、多分意識もなかっただろうし、核となった本人も死んだに等しい状態だと思うんだけど)

「そうだな……」

(まぁ、このエルフも気になるけど……まずは、ご主人様の妹のところに行くことをお勧めするよ、さっきの分かったと思うけど……もしも治ってなかったとしても、この姿なら、治せる可能性はあるし、この姿を保っていられるうちに行こう)


 それもそうだ、先ほど赤黒い液体すらも消せる能力があることが分かった。ならば、今、行けば……って、あれ……体の力が……


(うーん、って、思ったんだけど、残念、時間切れみたいだね……)


 見る見るうちに気が収縮していき……背中に集まり……クリムとなって、ぽんっと取れた、というか、俺の背中から下りた。


「ごめん、やっぱり、長くは持たなかったね……あと、その、ご主人様の中に感じた力も、たった今、無くなったみたいだね」

「なっ……」


 それは、俺にも分かった。俺の中から天の力が消え去った。


「こ、これじゃあ……」

「ん……いや、まって……ご主人様、うん。朗報、朗報、朗報だよ」

「なんだ?」

「えーとね、封印の木々の管理はわたしがやっているし、中の状況が分かるんだけどね……うん、治ってるみたいだよ。まぁ、正確には治っているというよりかは、体内に入り込んだ赤黒い液体が効力を失っている感じかな、えっと、多分その効力はずっと失われ続けると思うし……大丈夫だと思うよ……まぁ、条件はあるけど」

「条件……?」


 条件がある……だが、それでもそれさえ満たせば、ずっと大丈夫ってことか。


「ん、んぅ……え、あ、あれ……な、なんで……悪魔が、ここに……」


 クリムと会話しているうちに、エルフの少女が目覚めたようだ……


「え、私は、私は、確か……え、あ、え……フリュエンツァの呪毒を……あれ、なんで……」


 挙動不審にあたりをきょろきょろし始めた。にしても、また、悪魔……か……違いない。彼らから見たら、俺は、悪魔に違いないのだ……


「そ、その、わ、私は、私は見逃してください、その、私は反対したんです。反対しましたから、許してください。お願いします。わ、私だって、私は、私だって、私は、は、は、

私は、は、はただ、呪毒を打たれただけなんです。ですから、どうか、お許しを……」


 俺は、それを、許そうとした。していたのだが……


「だめだよ、ご主人様……そうだね、条件を言うよ。いま、いい機会だし、ご主人様の妹がずっと助かる保証を貰えるその条件が……この女を殺すことだよ」

「え、いや、嫌です、助けてください。もう悪魔と呼びませんから、助けてください、お願いします。お願いします。お願いしますお願いしますお願いしますお願いします。お願いします。お願いします。お願い……しま……す……? ぁ……ぅ……?」


 その少女の首に、茨のようなものが巻き付いた……こんなことできるのは……


「く、クリム……」

「大丈夫、まだ殺してないない。けどね、ちょっと薬は撃たせてもらったけど、その棘経由でね。うん、そうだね、まぁ、自白剤のような物だよ、うん、まずは相手の事を知らないと、どうしようもないでしょ、ご主人様。とりあえず、相手のことを聞き出してからでいいよ、選択するのは」

「選択……」

「うん、簡単な選択……そのエルフの女の子の命と……ご主人様の妹の安全。うん、簡単な選択……だよね」

「な、それは……」

「うん、まぁ、ご主人様の話とかは常に盗聴されていると思った方がいいよ、行為もね、私は常に見聞きしているからね。だから知っているよ。うん、簡単なことだよ、昔にした選択をまたすればいいんだよ。それでいいと、私は思うよ」

「だ、だけど」

「うん、まぁ、ご主人様……いい加減、覚悟決めようよ、じゃないと、喰らい尽くすよ……永遠に食べられなくなるのは残念だけど、別にかまわないし、いつまでもそんな自分の周りにすらいない者まで助けようとするのは違うよ。最近、どうしちゃったの? ご主人様。敵なら迷う必要は無いんだよ、殺しちゃえばいいんだよ。ちょっと前まではそうだったじゃん。それであっているんだよ、ご主人様……と、まぁ、それは一旦おいておくにしても、まずは情報を集めようよ、ほら、薬決まっているみたいだし……さぁ、質問すればいいよ、もしなんだったら、ヤっちゃってもいいけど、あとで、皆になんて言われても知らないよ」


 目の前のエルフの少女は口をパクパクさせている。目も虚ろ、上手く思考出来ないのだろう。鼻からは血が出ており、口からは涎が垂れている。


「まぁ、こんな感じだよね、で、何が聞きたい、ご主人様。多分、嘘は付けないし、真実を話すと思うよ」

「あ、ああ」


 俺は、そのエルフの少女にいくつか質問をすることにした。


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