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俺、元兵士、奴隷買いました。  作者: 岩塩龍
第九章・想起。あの日はたしか……。
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161話・悪魔。酷く爛れたそれは……

 ―武元曹駛―


 ひどい腐敗臭だ。物語に出てくるゾンビと言うのはこんな匂いを放つものだろうか。だが、もしもゾンビがいるのならば、こんな匂いがするのだろう。それほどにひどい死臭を放つモノがそこには合った。

 例えるなら、肉塊。肉の壁。なんとでもいえる……。酷く醜い、肉の塊がそこにはあった。


「こ、これは……」

「もしかしなくても……でしょうね」

「あ……ああ……」


 やけに静かなこの城の中、外には多くの兵士が死んでいたのに対し、城内ではほとんど争った形跡が無いのに、人がだれ一人いない。その上、城の外の状況からしても、逃げたとも思えない。そして留めに、この膨大な肉の塊……とても生き物のようには見えないが……状況からすると……これは……

これはモンスターの類だ……それも人為的に作られた……

 だからこそ……状況からすると……これは……


「これは……城の、人達……なのか……」

「え、ええ、考えたくはないですが……恐らく……」

「間に……合わなかった、ってことか……」

「はい」


 俺達はただただ腐敗臭を放つそれを見ていた。このままにはしては置けないだろう。だからと言って、これをどうするべきかも分からない。これは、生きている。生かしておいていい物では無いのだろうけど、もしもこれの元となった人たちの意志が残っているとしたら、その可能性があるとしたら、どうしたらいいのか。それでも、やはり、これをどうにかしないといけない。


「麻理」

「はい」

「どうしたらいいと思う」

「それは、これをどう処理したらいいかという質問ですか?」

「……それも、ある」

「そうですね……燃やしてみますか?」

「……そうだな」


 元人間で元この城の中の人たちだとしても、今は、醜い化け物だ。生きているのだろうが、本当に生きているかどうかも分からないようなただの肉塊だ。だから、もう、止めを刺してやるのもまた、優しさなのかもしれない。


「フレイムボール」


 俺は、炎の魔法で一気に焼こうとした。だが、その魔法が放たれることはなかった。


「な、に……」


 目が、合った。

 視線が重なった。

 その大きな目と、俺の目が、合った。

 次に見たのは、口。大きな口。一口で、十数人を食ってしまえそうなほど大きな口を見た。

 その両方は、突如現れた。

 突如現れた物である。その肉塊に、突如現れたものであった。


「ぐあああぁ!」


 腕が、弾き飛ばされた……突如その肉塊から生えてきた触手に……


「ま、麻理、逃げッ……」


 麻理の姿は、既に隣には無かった……そこにあるのは。血に染まった足が二本あるだけだった。


「あ、あれ……うそ……だろ……」


 俺の足は吹き飛ばされていた。ダルマ落としのように、ストンと上半身だけが地面に落ちる。

 あまりに唐突過ぎる……この化け物は……いや、生物兵器は、起動していたのか……既に。

 片腕と顎で這うように麻理の片足を掴み、そのまま転移(テレポート)した。

 いずれにせよ、その状況でその場にいるのは不味かったのだ。俺も戦える状態ではないし、麻理もまた死んでいた。だから、急いで、その場から離れた。

 この状況、どうするか、確かにこのまま時間が経てば、俺達はいずれ回復するだろうが……それを待てるほど悠長にしていられる時間はない。

 どうすればいい、どうすれば……

 気づいたら、俺は緑の玉を持っていた。それは、天が俺に渡してくれたものだ。そのうちの一つである、緑の玉。この色は、補助系統の事が出来るって、天が言っていた。

 どう使うかは分からないが……それでも、なんとかしないといけないことだけは分かる。

 俺は、その緑の玉を口に含み……呑み込んだ。これで正しいかどうかは分からないが、なんとなくそれが正しい気がした。

 直後……体は、治っていた。一瞬で手足が生えてきた。元から取れていないかのように生えて来たのだ。いや、生えたという表現は正しくない。正しくは修復した。そこにあったものがまた現れるかのように。

 それに、一つ、不可思議なことが起きている。

 魔力が無限にあるかのような感覚がある。自身で作ったものではない。これは外から供給され続けているかのような、そんな感覚。これが……天が神の力と呼んでいたものなのだろうか。この感覚は、これが、神の力と言われれば、それを否定することは出来ない。無尽蔵に魔力がある。それに、身体能力もまた、上がっているそんな気がする。そして、何より……

 俺は、麻理の足に触れて魔力を流した……すると、麻理もまた元からあったかのような現れ方で、上半身が復活し、完全に体が修復された。


「……あ、う……お、お兄様……申し訳ありません……やられてしまいました」

「いや、俺も危うくやられるところだった。あいつは危険だと思ったから逃げて来ただけだ……」

「それにしても……お兄様、それは一体どういうことですか?」


 どういうこと? 一体何がだ?


「その顔を見る限り、気付いていないようですが……今のお兄様は魔力があふれ出してきています。それが周りの全てに対してかどうかは分かりませんが、少なくとも、私には、お兄様から逆流してくるかのように魔力が流れてきます。ですから、その魔力はどうしたのかと聞いているのです」

「あ、ああ。これの事か……これは、説明すると長くなるから、後でちゃんと説明するということで許してくれ」


 これの力がいつまで続くか分からない以上、さっさと戦いに戻る方が優先だ。


「この力には、恐らく時間制限があるだろうから、いきなりで悪いが、もう一度あの場所に戻るぞ」

「え、ええ、分かりましたわ」


 転移魔法を発動し、先ほどまでいた部屋の扉の前に戻った。

 先ほどは、油断もあって、一瞬で全滅しかけたが、今度はそうはいかない。こちらから奇襲をかけてやる。


「麻理……扉ごと吹き飛ばすぞ」

「はい」


 魔力は今のところ無尽蔵にある。だから、多少魔力を多めに込めても問題はない。思いっ切り、吹き飛ばしてやる。


「フレイムボール」

「プロミネンスフレア」


 巨大すぎる二つの火球が、扉ごと焼くどころか、部屋だけではとどまらず、城の半分を焼き払えるほどの火球をぶちこんだ。おかげで城が半壊、だが……これで相手も……


「って、流石に、これくらいじゃ死なねぇか……」


 これくらいじゃ倒せないだろうとは、なんとなく思っていたがな……こいつは予想以上にやべぇな……


「まさか、ここまで巨大だったとはな……」


 ああ、城は半壊した。城そのものは……

 だが、時間帯は深夜、この暗さじゃ、遠くから見たら城は無傷に見えるかもしれない……なぜなら、この肉塊は、城そのものだったから……

 ああ、壁も柱も全部吹き飛ばしたが……繊維状に張り巡らされた肉が、まるで城の骨組みのように残っていた……


「麻理、距離を取るぞ」


 再び転移魔法を使い、まずはその肉の城から脱出した。


「炎は……思いのほか効いていないみたいだな」

「ええ、ダメージは与えているみたいなのですが、少し効きにくいうえ、どうやら再生能力までお持ちのようですわね」

「ああ、みたいだな……だが、ありゃあ、もう再生能力と言うよりは膨張に近いと思うぜ……」

「まぁ、それには全面的に同意いたしますわ」


 城の骨組みのようになっていた繊維状の肉は大きくなり続けて、本体と融合してさらに巨大な肉塊の化け物と化した。


「お城を破壊したのは、悪手のようですわね」

「そうだな……」


 あの肉塊は、あの部屋に閉じ込められていた状態だからこそ、あの大きさだった。元よりあの大きさだったわけではないのだろう。膨張して、膨張して、膨張した結果、あの大きさになった。そして、あの部屋があったからこそ、城の中であったからこそ、あの大きさで済んでいたのだろう。だが、城が半壊して、阻むものが無くなった今、あいつは膨張し続ける。なおさら早く何とかしないといけなくなるとはな……


「爆発で吹き飛ばそうか……とも考えたが、きっとそれも悪手だろうな、飛び散った破片が膨張して更にでかくなる可能性があるな。どうする、麻理」

「そうですわね……どちらにせよ、このまま放置はできません。お兄様、今はまだ魔力が以前のように扱えると判断していいのですか」

「ああ、今はほぼ無限にあると考えてもらっていい」

「なら、まずは、あれをこの世界から追い出しましょう、出来ますか?」

「この世界から……? ああ、そういうことか」


 次元転移ディメンションテレポートか。それなら、とりあえずこれ以上の被害は出ないだろうし……くっそ、最初にそれをやっておくべきだった。


「あの大きさだし、一人じゃ無理だ、手伝ってくれるか?」

「ええ、発案者は私ですし、もちろんですわ」

「じゃあ、俺はあの化け物の裏に回りこみ次第、花火みたいな炎魔法を打ち上げるから、お前は、正面で少しの間持ちこたえながら、それまで待機してくれ」

「分かりましたわ」

「じゃあ、次は死ぬなよ」

「もちろん。次は気を付けます」


 あの肉塊の化け物は、気付けば城を飲み込み、信じられないほどに大きくなっていた。しかも、まだ、その成長は止まっていない。

 転移魔法を使い、巨大な肉塊の裏側、その上空に移動した。地面に転移しても良かったのだが、地面は何が有るか分からないから、上空に転移したのだが、それはせいかいのようだ……

 地面は赤黒い血のような謎の液体で溢れていた。どうやら、この肉塊からあふれ出しているようだ。触らない方がいいだろう。

 風魔法を使い、足場を作る。下には落ちたくないからな。

 約束していた通り、上に炎魔法を打ち上げようとしたところ……数十本の触手が攻撃を仕掛けてきた。


「ちっ……やっぱ気づかれたかっ!」


 気休め程度にしかならないとは思うが、電覇気(サンダーオーラ)を発動しておく。それと、こいつもおまけだ。


「出てこい、イフリート」


 透から返してもらったイフリートを呼び出し、憑依させる。


「おいおい、曹駛、俺も焔邪って名前があるんだから、いい加減名前で呼んでくれよ……って、言っていられるような状況でもないようだな」

「ああ、そうだ、ちっとやべぇ状況だ」


 向かって来る数十本の触手。推測するに、それほど軟な物じゃないだろうし、風魔法で足場を作っているだけで、ちゃんとした足場があるわけでもない今、それらを上手く対処できるか不安はあるが。


「やるっきゃねぇ……だろ」


 たしか、あいつは、膨張した時、城を飲み込んでいる。ならば、それを金属爆弾(メタルボム)で……って、弾け飛ばしちゃダメなんだった。

 やっぱ、正攻法で一本一本何とかしていくしかねぇのかよっ!


「うおおおおおおッ!」


 ランスを振るい、向かって来る触手を一本一本弾く。だが、全力でランスを振るっても、破壊することはできないし、弾いた触手もすぐに軌道を変えて、また向かって来る。それに、なにより、量が多すぎる。

 このままじゃ、飲まれるッ……


「くそ、武具融合、完全憑依」


 奥の手のつもりだったのだが、この状況は……すでにその奥の手を使わなければならない状況だ。


「行くぞッ! フレイム・カノン」


 右手を振るう。火球が前方にある触手を焼き払いながら、敵の本体にまで達した。


「木尾の真似をして、似たような技作ってみたが、なるほど……こいつは使い勝手がいいな」


 木尾と比べて、イフリートがいる分火力も上乗せされているし、こいつはいい。それに、今ならいける。


「ファイアーワーク」


 特大の花火を打ち上げた。麻理にも見えるように。直後に、次元転移魔法を発動する。その間も触手は次々と向かって来るが、右手を振るい跳ね飛ばし、左腕で殴り触手の軌道を横に逸らす。そして、次元転移魔法を起動した。

 その後、転移魔法を使い、また、肉塊の裏側に回り込んだが……こっちも酷い状況だな。舌を見下ろしたところ、こっち側も赤黒い液体で溢れている。となると、麻理も上にいるってことか。

 顔を上げ、キョロキョロと見渡すと、人影があった。すぐさま近寄るが……


「な、ま、麻理……大丈夫か」

「え、ええ……なんとか……」


 麻理は、全身をズタズタに引き裂かれており、満身創痍の状態だった。


「すみません、お兄様、まさか、こんな短時間でここまでやられるとは」


 回復魔法で直後に回復させるが、治した直後からダメージを受けている? これは、一体どういうことだ。


「お兄様、あの液体には触れないでください、あれが傷口から入ってきて、今も、私の体はそれに蝕まれ続けていますわ。ですから、傷が治っても、直後に……また……」


 麻理はそう言うと、直後に、自らの魔法で作った剣を使い、左腕を切り落とした。


「な、なにを……」

「まぁ、見ていてくださいませ」


 切り落とされた左腕は……落下していき……そして、空中で、膨張していく。

そうして、あの肉塊と同じような形になって、触手を伸ばし、巨大な肉塊の化け物にくっ付いて、融合した。

 つまり……


「ええ、あの液体が体内に入ると……あの化け物みたいになってしまうようです。私も、今、そんな状態にあります……抗ってはいるのですが……体が熱くて、ぼーっとしてきました。意識を失えば、きっと私も……あんな風になるかもしれません。ですから、申し訳ありません。あまり戦力の足しにはならなそうですわ」

「くっ……」


 俺は無言で転移魔法を発動し、目に見える限り遠くまで飛んだ。


「悪い、少し、ここで待っていてくれ」

「え、ええ……」


 麻理をそこに寝かせてから、クリムを呼び出した。


「ん、はい、ご主人様……大体状況は分かったよ。見てればいいんでしょ」

「ああ、頼む」


 クリムを残し、俺は、またあの化け物のところまで転移した。

 本当は、次元転移を使った後、ここから脱出してしまい、こいつを別次元に封じ込めるつもりだったが、あいつを倒さないといけなくなった。あいつを倒すことに意味があるかどうかは分からないが……あいつを倒せば、もしかしたら、あいつから出た赤黒い液体の効力はなくなるかもしれない。もしかしたらなくならない可能性だってあるが……今できるとしたら、あいつを倒すことだ。




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