160話・悪夢。これはまるで……
申し訳ありません。体調を崩して更新が滞っていました。
―武元曹駛―
甲高い金属音が炭の町に響く。
エルフの青年が放つ針や、振り降ろされたナイフが俺の盾とぶつかり、火花を散らす。
「極炎」
麻理が、魔法を使い、相手に距離を放させるものの、針は飛んでくるし、最初に剣で斬りかかって来た例の青年もすぐにまた接近してきてナイフで攻撃してくる。
それに対して、俺は……攻撃できないでいた。
何を今更と思うかもしれないが、俺はどこか迷っているのだろう。意志を持って攻撃しても、いつものようなキレはない。それが、本人ですらわかるほどだ、相手からしたら、威嚇以下なのかもしれない。
「どうしましたの、お兄様」
「いや、まぁ、ちょっとな、少しどうしたものか悩んでな」
「……やらないと、やられますわよ」
「ああ、それは……分かっている」
分かってはいるつもりだが……くっそ。仕方ないか……
「電覇気」
せめて気絶程度に収める。確かに、ここで足止めをされて助けられる人を助けないのは、違う。それは、違う。でも、こいつらにとどめを刺す事もまた、俺にはできない。俺が、弱いから。力的にでは無く、心がいまだ強くないから。いや、これもまた違う。
弱くなったから。だろう。
元から強かったわけではないが、今よりかは強かった。レフィと再会した当初や、姫様に連れられてバブルアイランドに行った時でも、今よりは強かった。
それから、周りに人が増える度に、誰かと再会する度に、弱くなっていった。
麻理を殺した時の感覚が、感触が有る。
テンチェリィがいなくなった時に感じた思いがある。
そして、あの日、多くのエルフ達を殺した時に感じたもの、見たもの、言われた事、レフィと一緒に居て日が経つにつれ、全てが強く、より強く、思い起こされていく。
結果、俺の心は弱くなった。
「やっと本気ってわけか、悪魔め……今までは遊んでいるつもりだったのか?」
そう言って飛び掛かって来たエルフの青年がもつナイフとランスを接触させる。
「がぁっ……」
電流は全てあちらに流れ、彼は痙攣を起こしながら気絶した。
「なっ、フォンディッ!」
この青年の名前はどうやらフォンディと言うらしい。
「くっそ、貴様っ!」
腕のボウガンをこちらに向けて来たが……撃たせない。
「金属爆弾」
発射しようとしていた針を爆破させた。
「ぐあああああああああっ!」
威力を抑えたとはいえ、彼の腕は数週間使い物にならないだろう。
「悪い」
そして、相手が苦痛に悶えているうちに接近して、電気を流し気絶させた。時間が経てば、二人とも目覚めて追ってくるかもしれないが、今は、これが最善だろう。俺の心にとって。
「……先を急ごう……麻理」
「ええ」
俺達は走った。まだ燃え盛る炎の中を目指して走った。
周りを見て見れば、まだ生存者もわずかだがいる。助けたい……助けたいが……その力は今、俺にはない。一人一人を転送するほど、寿命は残っていない。だから、すまない。助けられない。出来るなら、生き延びてくれ。
「お兄様……今は……前を見て走ってください」
どうやら顔に出ていたらしい。麻理が気を利かせてそう言ってくれた。
「……ああ……ありがとう」
「いえ……」
小さくそう返す麻理の顔はより一層真剣なものになった。気づけば……既に火の海に飛び込んでいたらしい。そして……囲まれているらしい。敵に……
「全員、一斉掃射」
周りの炎の中から声が響いた。直後……矢やら針やら魔法やらが、四方八方から飛んできた。
「お天道様の番傘」
「ランドシールド」
守りを固め、それらを防ぐが……攻撃が止まない。結構な数の敵がいるのだろう……そうか、でも……あの日、それだけの人数は生き残れたとも取れる。村は滅んだかもしれないが……エルフの皆は生きていた……ということか。
「お兄様……どういたしますか?」
「どうって……くっ、仕方ない転移するしかないか……」
ああ、この場で敵を殺さないよう切り抜ける方法はそれしかない。転移系はかなり魔力を消費する。だからあまりしたくはないが……やるしかない。とはいっても、ただ脱出するためだけにやるつもりはない。先ほどの声がした方向を思い出す。そして、姿を潜められそうなところを考え、そこに飛ぶ。
「行くぞ、麻理、転移」
そして、転移先ですぐさま電覇気を発動させ、先ほどの指令をしたやつに触れる。
「ぐあっ……」
まずは、一人……気絶……してないっ!?
「皆、ここだ、撃て」
そのエルフはそう言った。そう言って死んだ。仲間に撃たれて。俺もまた、麻理に飛び付いた後死んだ。そして、生き返る。そして、死ぬ。それを数回繰り返した後、しっかりと生き返った。
「お兄様……」
「あ、ああ、麻理、ありがとう」
「こちらこそ、庇っていただいて……」
目覚めた時、光の傘に守られていた。どうやら、麻理は死なずに済んだらしい。ちゃんと守れていたか……よかった。
「こほっ……」
麻理が咳き込む……って、守れていなかったか……何か湿っぽさを感じ先ほどまで麻理に触れていた自分の手を見て、やっと気づいた。
「悪い、守りきれなかった」
「いえ、命はちゃんと守っていただきましたので」
「でも……」
麻理は腹を切り裂かれていたらしく、黒色だったため分かりにくかったが、服が血で濡れていたのだ。俺の手は、真っ赤に染まっていた。
「回復は、自分出来ますから、その、防御を少しの間交代してください」
「ああ、分かった」
光の傘が消える直前に土の壁を展開して、飛んでくる様々な攻撃を防ぐ。
「それにしても……らしくありませんわね、お兄様」
「なにがだ……」
「いつもらしくないというのです」
「だからなにが」
「戦いに、戦い以外の迷いを持ち込むところがです」
「……そうか」
「ええ、ですから……お兄様が戦えないのでしたら、私が戦います」
攻撃が……止んだ……?
「もういいですわよ……お兄様」
「あ、ああ」
魔力を流すのをやめると、土の壁は崩れ去った。
そして、その先には……エルフの死体だった。
「お前……」
「ええ、殺しました……お兄様には黙っておこうと思ったのですが、やはり、今のお兄様では、駄目です。言わせていただきます。あの二人も、私がとどめを刺しておきました。半分私が背負うと言っても、余計なものまで背負うつもりはありません。お兄様が余計な物を背負おうしているのならば、それは降ろさせて別の物を背負わせます。お兄様、良く考えてくださいね……お兄様が今何をすべきなのか、そして、何を背負うべきか」
「な……別に、殺す必要までは……」
「あります……だって、この人達は、復讐のためとはいえ、この国の無関係な人を大量に殺しました。ならば、その復讐で殺される覚悟もあるのでしょうし、殺さなければさらに被害が増えるでしょう。それは避けなければいけない。それに、先ほど仲間に打ち殺された彼を見る限り、この人たちは死を恐れていませんからなおさら殺さなければ、後々何をされるか分かったものではありませんわ。ですから、殺さなくてもいいじゃなくて、殺さなくてはいけないで正しいのです、お兄様。……さぁ、早くお城に向かいましょう」
「城……そうか、確かに、彼らが狙うとしたら……」
「ええ、そうです……きっと王です」
そう言うと、麻理は俺の手首を掴んだ。
「行きますわ、転移」
視界は瞬時に切り替わり、豪勢な廊下に立っていた。詰まる所、ここは城の中。一気に飛んできたのだろう。
「さてと、お兄様、幸いここはまだ襲撃は受けていないと思ったのですが……どうやらそうでもないみたいですわね」
麻理がそう言う。
確かに、火はついていないし、騒ぎもない……だが、騒ぎが無いからって、いくらなんでも静かすぎる。ここはお城だ、いくらなんでも、これは静かすぎる。多くの人が働いているはずなのに、こんな静かな訳が無い。
「お兄様、気を付けて進みましょう」
「あ、ああ……」
一部屋を残して、城の中を隈なく探したが、誰もいない。後は、この部屋、謁見室だけだ。この謁見室から……嫌な物を感じるのだ……だから、最後に回したが……ここにも名何もないって頃はないだろうな……
「ま、麻理……開けるぞ」
「はい……お兄様……」
重い扉が開かれる。その先にあったのは。
異臭を放つ謎の巨大物質だった。




