158話・復讐。あの日の俺へ……
―武元曹駛―
「これは?」
街が火の海になるなんてことは、自然には起こらない。もしも起きたとして、ドラゴンが飛んできたときくらいだろう、そうだとしたら、ドラゴンの姿が見えないといけないはずなのに、ドラゴンの姿は見えない。つまり、これは、人為的な物だ。
「私も何が何だが……何やら夜にしては静かではないと外に出て見ましたら、もう……」
麻理も、何も知らないか。いや、知っていたら、未然に防ごうとするだろうし、それもそうか。
「街に向かうぞ、麻理」
今すぐにでも、原因を探り、止めなければ。
「待ってくださいませ、お兄様」
走り出そうとしたところ、麻理が後ろからそう声を掛けてきた。
「なっ、待てって、この状況でだ、話しは移動しながらだっ!」
そうだ、今は一刻を争う。いち早く街に向かわねば。
「だから、待ってください」
「なんだよ、だから、今は急がないと……」
「それだから、待ってくださいと言っているのです。お兄様。今は、急ぐときであっても慌てる時じゃないんです。ですから、まずは落ち着いてください」
「慌ててなんか……」
いない……と続けようとした……だが、麻理の目はいたって大真面目だ。それを見て、少し冷静になれたのか、自分が慌てていることに気付いた。
「そうか、そうだな、すまない」
「ええ、その通りです。お兄様。私達は、今、魔法を満足に使える体ではないのです。今まで通りならまだしも、今の状況、無策で突っ込んでいくのはあまり良いとは思えません」
麻理の言うとおりだ。少し冷静になればすぐ分かることだ。今まで通りにはいかない。それに、今は兵士だって出ているはずだし、今すぐ俺が出なければいけないということはない。だから、下手に動く前に、作戦をちゃんと立てた方がいい。
「でも、作戦って言っても、敵が何者か分からないし、立てようがないんじゃないか?」
「ええ、まぁ、詳しく立てることは出来ないでしょうが、事前にある程度どうするか決めることくらいは出来ますわ」
「……そう、だな」
「ええ、まず、ここまで火が広がっているということは、国兵は出ていないということはないでしょうが、押し負けている可能性が高いですわ」
「まぁ、だろうな。あと、一応言っておくが、いい知らせか悪い知らせかは分からんが、この国の兵はそこそこ強い。俺が実際に戦ったからな」
「何をしたのかは、訊きませんが、それは半々の知らせですわね」
「ああ」
確かに、この国の兵は強い。だから、すぐに斬滅することはないだろうし、ばったばったと死んでいくこともないだろうけど、そのそこそこ強い兵たちが、押し負けている。つまり、相手はそれだけ強いか、もしくは数が多い。最悪の場合、両方だ。
「できれば、ただ数が多いという方が、今は助かりますけど……怖いのは、強く数も多いというパターンですわね、私とお兄様だけでは何ともなりませんわ」
「ああ、そうだな」
「ですから、その場合は、言いたくはないですが……逃げましょう、お兄様。転移魔法を使えば、そう簡単には追って来られません」
「それは、出来ない」
流石に、それは出来ない。目の前のこの人為的災害を止めずに、逃げるという選択肢は無い。
「……そうですか、なら、その時は、せめて、私のところに来てください、転移してでも……死ぬ時は一緒がいいですから……それが、約束ですし……」
そうか……そうだったな。
「分かった、その時は、そうする。絶対に」
「ええ、ならいいですわ。じゃあ、相手が単数、もしくは少人数強敵だった場合と、調多人数だった場合、どうするか作戦を立てましょう」
「ああ、手早くな」
いくら焦らないとはいえ、急がなくていい状況でないのも確か。今なお燃え広がる街を見ながら、そう言った。
「まずこの屋敷は、街からは少し離れていることによって、被害を今のところ被害は受けていませんが……このペースだと、そのうちに火の手が回って来るでしょう」
「ああ、そうだな、だから、その時のために、一人、ここを守るやつがいるのか」
「ええ、ですから、それは私が担当しましょう。少々こちらの攻め手が弱くなってしまうのは、この際仕方がないでしょう」
「そうだな、今の状態の俺じゃ、大魔法などは使えないだろうし、無限に死ねるというわけでもない、火力面で言ったら、かなり落ちるだろう」
だが、ここの守りを捨てる訳にもいかない。最悪の場合、撤退も必要になるからだ。拠点は失うわけにはいかない。それに、テンチェリィとミンも心配だしな。
「そうね、なら、それは私がする」
突然な後ろから投げかけられた、その声は、麻理の物じゃない。
「守りは、私がする。それでいいでしょ、曹駛」
「れ、レフィ」
そう、守りを買って出たのはレフィだ。
「で、でも」
「でもも何も無いでしょ、私だって、守るくらいできるわよ、曹駛はメアリーと一緒に、敵を叩いて」
そういうレフィの顔もまた真剣そのものだ。ならば、その申し出を受けいれるほかないだろう。ありがたい申し出に他ならない。
「分かった、それなら、お前にここの守りは任せる」
「うん、任された……っと、その前に、ちょっと、こっち来て、曹駛」
レフィが、手招きして、俺を誘う。なので、近づいて行くと。
頬に、キスをされた。
「え?」
「うん? 何もなかったよ、何か感じたなら、それはきっと、曹駛の気の所為」
「そ、そうか、そう、だよな」
気のせいなんかじゃない。たぶん。だけど、余りの事過ぎて、俺はそんな反応をしてしまった。あと、麻理が睨んでくる。確かに、こんな事態の時にほっぺにキスされているのを見たら、まぁ、睨むよな。分からないでもない。
「さて、それはさておき、曹駛、この首輪外して、これ……魔力を吸収するタイプで、すった魔力は取り出して使用できるって、曹駛が言っていたじゃん。だから、結構、魔力吸わせておいたし、それなりには使用できると思うよ」
「あ、ああ、ありがとう」
俺は、レフィの後ろに回り、首輪を外した。
「えっと、その、ごめん」
外した首輪を手に収めたとき、いままで全く出て来なかったその言葉は、自然とこぼれ落ちるように、口から出てきた。
「なにが?」
だけれど、レフィは、いまだにそんな返事をしてくる。
「その、詳しくは、というより、この一件が終わったら、今回のこの戦いが終わったら、ちゃんと謝る。全部、ちゃんと。だから、今はこんなもので悪いけど。本当にごめん。俺は、お前のための人生を歩まなきゃいけない。だから……」
「それは、なに? もしかして、告白?」
「……ああ、ある種のな……」
愛の告白ではなく、罪の告白。だが、その告白は、その罪は、愛なんかよりも重いものだ。
「うん、分かった、じゃあ、それは今回の件が終わったら聞くよ」
「ああ……」
ああ、全部。全部。全部……謝る。お前の望むもの全て、俺が、なんとかする。死者を蘇らせることは出来ないけど、それ以外なら、なんとかする。もしも、もしも……過去に戻りたいというのなら……タイムリープ系の魔法だって編み出してやる。
「それじゃあ」
「うん、ここで、待ってればいいんでしょ」
「ああ、ちゃんと守ってな」
「ええ」
俺は、駆けだした。俺が隣まで来たところで、麻理もまた俺の横を走った。
「さっきのことは、後で詳しく私にも聞かせてもらいますからね」
何やら不満そうな顔で麻理がこちらを睨んでくる。また誤解を解かなきゃいけないのか。麻理はなかなか頑固なところがあるからな、誤解を解くのに一苦労するし、少し面倒くさい。けど、誤解は誤解だし、麻理には助けられてばっかだし、放置しておくつもりもないが。
「えっと、ああ、一応言っておくが、多分誤解だと思う」
「………」
「でも、お前はそれで納得しないだろうし、ちゃんと説明はする。終わってからな」
「……はぁ……はいはい、分かりましたわ。今回はそれでいいとしましょう。それよりも、今は、先ほど、お兄様がレフィさんといちゃついているうちに、私が考えておいた作戦を話しますわ」
「あ、ああ」
それは、流石にちょっと悪い事をしたな。そう言えば、作戦を立てるって話だったのに、結局走り出してきちゃったし。まぁ、麻理も止めずに付いて来たって事は、それなりに、作戦が有るのだろうけど。
「まず、少人数だった場合は、私とお兄様で、頑張って何とかしましょう。最悪、強力な大魔法でも使えば、なんとかなるでしょうし。それで何とかならなかった場合はひたすら撤退しましょう。それだけの大魔法を使えば、相手の気も引けますし、街への被害も減るでしょう。次に、大人数だった場合です。この場合、お兄様は出来るだけ魔法を控えてください、そして、レフィさんから預かったその首輪、お兄様が預かったものを私が使うのは非常に悪い気もしますが、それを私に渡してください。残念ながら私は建設戦闘がまともには出来ませんので、魔法を使わせてもらいます……と、まぁ、こんな形です。それと、大軍な上に一人一人が強かった場合は、もちろん最初の約束に従って、私と一緒に戦って、死んでもらいます」
「そうだな、だが、死ぬつもりは毛頭ないぞ」
「なら、精一杯戦ってくださいね」
「ああ、もちろん、言われるまでもない……さあ、街についたぞ」
俺達が付いた場所は、大分初期に燃えていたところらしく、炎はだいぶ弱まっており、辺りは黒い炭となった建物と、多数の死体。その死体は、街の人や兵士のもの。つまり、敵は誰一人倒れていない可能性がある。あとは、少人数であることを願うのみだな。
この場には充満したたんぱく質の焼けた匂いが漂う場所となっている。だが、その他に、漂うものがある。それは……殺気……すぐに分かるほどの、強烈な殺気。
後ろッ!
バツッ! 盾には、針が刺さっていた。これは……砲台ヤマアラシの技か? ……いや、それはない、砲台ヤマアラシのものにしては威力が有りすぎるし、そもそも、そうだとしたらこの殺気の説明がつかない。
「ふん、やるようだな……」
相手は、焼けて骨組みだけとなった建物の上にいた。不覚フードをかぶっているせいで、どんな人物かは分からないが、声からするに恐らく男性。そして、その腕にはボウガン。あれによって射出されたものだろうが……流石にそれだけじゃない。そのボウガンは何の変哲もない普通の物に見える。だから……
「魔法か……」
「ああ、当たり前だ、このクソやろうがよっ!」
ボウガンを乱射してきた。あれは、連射できるのか。どういう仕組かは詳しくは分からないが、あらかじめ、数本針をセット出来て、魔法かなんかで連射している感じだろうか。
それにしても、くっそ……麻理を守っているから、動けねぇ……
「お兄様、私も魔法を使います、許してください」
「許すも何も無い、使え」
「ええ、極炎」
高火力の炎魔法。その炎は相手に向かって飛んで行き、その体を焼いた。と、思っていたが、そのフードには防火性があったのか、熱を帯びて燃え始めたフードを脱ぎ捨てて、男は下に飛び下りて来た。
「ちっ、フードが……」
「なに……お、お前は……」
俺は、その男の顔を見て、心がかき回された。強引に、乱雑に、心が乱された。
その男の耳は尖っていた。それに、魔法を使っていると、さっき言っていた。つまり……
エルフ……こいつは、エルフだ……
「ふん……聞いた話通りだな、この悪魔めっ!」
「……お前は……」
まさか……可能性は……むしろ……高いだろう。
「ああ、その通りだ、お前に焼かれた、村の生き残りだ……覚悟しやがれ、この悪魔が……」
つまり今回の、この事件は、この災害は……俺が、起こしたって言うことか……
「ふん、思い出したか……なら、さっさと死ねっ!」
その一撃は……躱せなかった……頭が後ろに引かれる……いや、違う、引かれてるじゃない、押されたんだ……高速で飛んできた針に。
つまり、死んだ。俺は、死んだ。
そして、生き返る。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「これも、噂通りかよ、不死の悪魔がっ!」
「はぁ…―――俺が……」
「ふん、なら捕まえて、連れて行って何度でも殺してやる。お前に恨みを持つ連中は腐るほどいる。その後ろにいる女も、お前の前で辱めてやる。他にも、お前の知り合い、家族、みんな、みんな殺してやるよ、お前の前でなっ!」
俺が……悪い……のか……。今回のこの件は……
「俺の所為……」
「そうだ、お前の所為だ。全部な。お前が、余計な事をしなければ、お前が俺たちの村を焼かなければ、国に報告なんてしなければ、なにもなかったんんだ。だから、全部お前の所為だ。全部、全部、お前の所為だっ!」
彼は、ボウガンを俺に向けたまま連射してきた。
「お兄様っ!」
目の前に、光の傘が現れ、それが、針を全て防いだ。
「お兄様……しっかりしてください。いくら、お兄様が相手の仇だとしても、ただで死んでやる必要なんてありません。お兄様が、何をしたとして、今のお兄様はお兄様です。確かに、その罪は償えないものかもしれませんし、きっと償えないものでしょう。でも、それだからって死ぬのは違う。違いますっ!」
麻理がそう叫ぶ。その叫びは、悲痛な願いだった。俺の生を願う。
「うるせぇ! お前も家族なら分かるだろ! 家族は、村の皆は、そいつに殺された! だったら、俺がそいつを殺すことに何の不思議が有る。当然の事だろう。そいつにされたことをそのままやり返すだけなんだからよっ!」
彼はそう叫ぶ。その叫びは、憤怒と怨みだった。俺の死を望む。
「お兄様、その首輪、借ります」
麻理は、俺の腕輪と化していた首輪を取って、自分の手首にそれを付けた。
「お兄様は、隠れていてください……」
「逃がすかよ、ぶっ殺してやる」
俺は、立ちすくんだ。どうしようもなかったのだ。
「早く、お兄様っ!」
「くっそ、じゃまだ、この女っ!」
麻理は、光りの傘を盾代わりに、魔法で攻撃しているらしい。そんな麻理が、俺に向かって必死に叫んでいる。
俺は、ここから逃げていいはずがない。だが、どうしたらいいか分からない。
相手が、あの時のエルフだと気づき、反撃することも出来ないでいる。だが、俺の知り合いや、家族が死ぬとなると……死ぬわけにもいかない。俺は、どうしたらいいんだろうか。分からない。
「ここにいたかっ!」
背後から剣を振り降ろし飛び掛かってくるエルフが一人……やっぱり、単独犯じゃなかった。俺は、それを盾で防ぐが、盾の半分くらいまではが通ってしまった。だが、これは、ラッキーだ。それは、そのまま盾を振り回し、剣を折った。剣を折られたエルフは、後退した。
「ちっ、俺の剣が……」
俺の盾は、残留した剣の刀身を抜き取ってやると、すぐさま元に戻った。
これで二対二……だが……俺は、どうすれば……




