16話・元兵士、話しました。
「話をしようぜ」
「いいだろう」
ミットはかなりトーンの低い声でそう答えた。
曹駛はかろうじて残っている客席を指さした。
「まぁ、立ち話もなんだから座り話しようぜ」
「お前との会話など立ち話で充分だろ……というか座り話ってなんだ」
「いや、立ちの反対だから座りかな……と。まぁ、それは置いておくとして、長話になるからな、疲れるだろ」
「俺もお前もその程度じゃ疲れないだろ」
「まあ……うん……そうだけどさ……」
「………」
反論が出来ない曹駛だった。
というか、実のところ曹駛は、普段はダメダメなのだ。
ヘタレだったり、口喧嘩になれば基本的に負けるし、極力戦闘も避ける。
最後のに関しては、不死の件が絡んでいるのもあり、全力で戦闘回避している。
そりゃもう元兵士とは思えないくらいにまで。
曹駛は、暫しの沈黙の後、右手を開き地面に向けた。
「……転移ッ!!」
「なっ……」
魔法陣が展開される。
もちろんその上にはミットもいた。
「はぁ……はぁ……よし……座ろう……」
「………」
「はぁ……はぁ……」
肩で息をしている。この男が先の戦闘ではあれほどまでに大技を連発していたとは思えない。
それもそのはず、戦闘魔法は非戦闘魔法よりも魔力消費が激しいのだ……一般的には……。
しかし、この男は真逆もいい所で、戦闘魔法は普通に使えるのだが、非戦闘魔法に関しては何十倍もの魔力を使う。さらに、命を削って魔法を使っているので、激痛が走る。
転移や転送は一般の魔法を使える人でも、それなりに訓練すれば出来る魔法である。普通は魔法陣などは予め描いておくが、曹駛はそれを魔力で書くという通常人間が使わない方法で魔法陣を瞬間展開したため、彼の魔力消費量は計り知れない。
彼が戦闘魔法の方が得意な理由は彼自身も知らないのだが、人間が戦闘魔法を苦手とする理由は主に二つあるらしい。
一つは後天的な魔法能力によるものだと言う事。
攻撃魔法を得意とするものがいないために、誰かから魔法を学ぶ時や、魔法の練習をする場合、自然と非戦闘魔法となる。
そのため、魔法タイプが基本的に非戦闘的な方に寄ってしまうのだ。
もう一つは種族の関係である。
魔法は種族によって得意不得意が分かれる。もちろんあくまで種族全体的見たらということであって、個々の得意不得意はさらに分かれるはずだが、人間の場合においては先述の事が重なるので、皆が皆、あたかもそれが魔法の普遍であるかのように、非戦闘魔法使いになるのだ。
そして、そのことをミットが知るはずもない。
「おまえ……魔法を使うのはいいが何故そこまで疲労をしている」
「いいだろ……別に……」
疲労困憊。
その言葉がふさわしい様子の曹駛を見てそう思うのは、なんらおかしくないことなのである。
パチンッ……。
「話をしよう……」
曹駛は疲労を隠しつつ(全然隠せていない)、フィンガースナップをしてそう言って、その辺の席に座った。
「あ、ああ……」
ミットも少し引きながらも座る。
「まずは、お前に俺の名前を教えてやる」
「グルック=グブンリシ……知っている。そんなことはどうでも「武元 曹駛」……」
「武元曹駛……それが俺の名前だ」
「なに?」
「グルック=グブンリシっていうのは偽名のようなものだ。まぁ、傭兵センターの登録名もそれだから、実質的には別名義みたいな感じにはなっているがな」
「そうか……曹駛……」
「ああ、曹駛だ」
ミットは、少し黙り、物事を考えて様子である。
「話、続けるぞ」
「ああ……」
「お前のこれからは知らんが、とりあえず何も言わないで国軍兵士をやめたのは謝罪する。すまん……」
「なっ……」
ミットは、考え事をなどしていなかったかのように驚いた。
彼の記憶の中の曹駛は決して真剣に謝罪をするような人間では無かったのだ。
それゆえに驚いた。
「ミット……お前がこれから生きていくためには、俺のしてきたようなことが必要だと思う」
「何故だ」
「ああ、その理由も含めて、俺の事を少し教えてやるが、他言無用でお願いする」
「……俺がそれを守ると思っているのか」
「知らねぇよ、だから聞いているんだ」
「守ると言ったら信じるのか」
「信じる……しか俺には出来ないかもしれんな。疑うことが出来ない訳じゃないが、疑い始めたらきりがないからな、それに、お前はそういうところ地味に律儀だからな、たぶん大丈夫だろうと思っている」
「そうか……なら、守ると誓おう」
「そうだとありがたいな、じゃあ俺の不死性から説明しよう」
「不死性……?」
曹駛は、自分の不死性について説明した。
魔法の事は伏せたが、それ以外に分かっていることは全て話した。
「そうか、だからお前はあの後生きていたのか」
「ああ、まぁ、正確には生き返った……と言うのが正しいんだがな」
「もしかして、お前のあの装備もか? あの装備はお前が昔から使っていたものだったから、俺もよく知っていたが傷どころか錆び一つなかった」
「そうだ、流石の洞察力だ」
「褒めても何にもでん」
「知ってるぜ、一文無し」
「そう呼ぶのなら、お金を寄越したらどうだ?」
「嫌だな、俺が痛いの我慢して手に入れたお金だ」
「……まぁ、貰うつもりはさらさらないがな」
「なら言うな」
ミットは、曹駛が金の入った巾着を出そうとしているのをみて、情けは無用とそれを遠回しに止めたのだった。
曹駛もそのプライドを尊重し、巾着を懐にそっと戻した。
「次は、俺が偽名を使っている理由を教えよう」
曹駛は話を変えるように、そう言った。
「俺が偽名を使っているのはな、昔国軍兵士をしていたからだ」
「……なんだと……」
「具体的にいえば、第19期に兵士をやっていた」
「23期ではなく……か?」
「ああ、確かに23期の時もお前と一緒に兵士をしていたが、それとは別に19期の時、兵士をしていた」
「となると、お前は……」
「ああ、そうだ、19期兵の奴らに話でも聞けば多分俺を知っている奴はいるだろうよ……」
「……だが、それは難しいな」
「ああ、そうだ」
なぜ、それが難しいことなのかと言えば……19期兵団はもう既に壊滅しているからである。
「お前は、生き残りか?」
「いや、死に切りだ」
「死に切り?」
「まあ、それは気にするな、生き残りの反対を言っただけで、表現自体に特に意味は無い」
「つまり、お前は死んだと」
「ああ、死んだ。生き残ったのは一人だけだな」
「………」
「まぁ、そんな話はどうだっていい。必要なのはこの後だ。『武元曹駛』と言う名前は、国軍兵の死亡名簿に載っていてな、この名前で生きていくのが少々面倒なことになったんだ。国軍死亡名簿が公の場で邪魔になってくるんだ。恐らくお前もそこに載せられる頃だと思う」
「それが、自由の身ではないと言いたいのだな」
「ああ、少なくとも数年は偽名を使ったとしても、国に見つかる可能性があるから表だって行動は出来ない、それに、時間が経ったとしても、『ミット=トール』という名前を公では出来ないだろな」
「偽名か……」
「ああ、そうだ。そこで偽名が大事になる。お前はお金が無い。今、手にしている装備は個人が所有するには手に余るほどの代物だ、売れる訳もない。真面目に働くのもいいが、それは俺たちには、あまり向かないだろうな。低賃金の重労働ぐらいしか就きにくいだろうしな」
それだけ、元兵士の死人が生きるのは難しいのだ。
「お前の人生も、これからハードモード……いや、指名手配付きだから超ハードモードだな」
「ふん、うるせぇ」
「まぁ、なんでもいいがんばれ」
「頑張れとは……嫌味か?」
「半分な……」
「……だが……そうだな、俺も頑張らなければいけないのか……今以上にな……だから、その言葉も今となっては否定できないのか」
「解ってるじゃねぇか……そういうことだ、頑張ってるお前は頑張れと言われたくないかもしれないが、これから生きるということは、もっと頑張る必要があるんだ、だからこそ、お前の嫌いな言葉かもしれないが、こう言うさ……頑張れ……」
「ふん、お前はやっぱり適当な奴だ……」
「自覚はあるさ……だけど、これが俺だからな」
「そうか……それが、お前か……言っておくが俺たちに和解は無い」
「知ってるさ、お前の身に起きたことからしたら、俺の寿命を伸ばしたくないなんて理由は弁解で使えないことくらいな……悪いな、これが俺なんだ」
「……ああ」
ミットは、静かに席を立った。
「もう行くのか?」
「ふん、宣言通り随分な長話だったぞ、もうすぐ日が昇り始めるだろう、その前には国を出る」
「………ほらよ」
ミットの背中に高速の何かが衝突した。
「なんの真似だ? これは」
「餞別だ」
「餞別? 情けは無用と言ったはずだが……」
「だから餞別だ、情けなんかじゃねぇよ」
ミットは地面に落ちた何かを拾った。
それは先ほど曹駛が懐にしまったはずの巾着である。
もちろん中には、お金が入っている。
「……何を言っても無駄か……それが、おまえだからな……餞別、有り難く頂戴させてもらうとしよう」
「ああ、じゃあな、ミット」
「さよならだ……曹駛……いや、俺にとってやはりお前はグルック=グブンリシだ……だから、あえてこう言わせて貰おう、
じゃあな、グルック
とな……」
ミットは音も立てずに暗闇に消えて行った。
漆黒の中、曹駛は一人呟いた。
「似てねぇ物真似だ……俺はそんなんじゃなかっただろ……」