157話・反転。日常はいつも……
―武元曹駛―
レフィは、いつも通り。いつも通りであった。
俺達は、いつも通り食卓に集まって、皆でご飯を食べていた。ただ一つ違う点があるが、それはレフィに関することでは無く、ミンがいるということ。レフィがいつも通りであればあるほど、まるでここが現実ではないかのように思えてくる。何者かの幻術にでもはまっているのではないかとすら思えてくる。だが、それはない。それはないはずだ。それ故に、更にこれが夢の中なのかと疑ってしまうのだ。
「うん? どうしたの、曹駛、なんか元気ないというか、顔色があんまりよくなさそうだけど、もしかして、食べ過ぎ? あの中華料理を食べ過ぎた感じ?」
「いや、そう言うわけじゃないんだが」
レフィは、まったくと言っていいほど怒ったり、恨んだりしているようには見えなかった。
「そうじゃないだが……」
「だが……なに?」
「い、いや、なんでもない」
「なんでもないって……別に遠慮しないでもいいんだよ、私だって、家族みたいなものなんでしょ?」
「あ、ああ、まぁ、それはそうだけど」
むしろ、いつもより、優しくさえ感じた。
だから、おかしく感じた。自分の中の基準やら普通やらと世界が違うなんて知っている。内の世界と外の世界の違いなんていくらでも見せつけられてきた。そういう世界で生きてきた。だけども、これは、流石に、違う。
自分がその中に居るから、その核の真横に居るから、と、いうだけじゃない。それだけなら、何度もあった。考えなんて人それぞれだ。でも、レフィは今何を考えているのか分からない。レフィの俺への信頼や、好感度はそれほどまでに高かっただろうか。そうは思えないし、そうだとして、自分の村を焼かれ、親を殺され、奴隷と言う立場まで追いやった人、その張本人をどうしてまたそう思えるのか。そう思えるのならば、それはもはや狂信。狂った信仰に他ならない。だが、それはない。それはないということが普段の行動などから分かる。
分かるからこそ、分からない。レフィは、何を思っている。そして、なぜ、いつも通りなんだ。
もしかしたら、憎悪や憤怒を心の奥底にうまく隠し通しているのかもしれない。それ故にいつもより優しさを感じるくらいの外面をしているのかもしれない。むしろ、そっちの方が自然であり、実際そうだった方が俺にとってはマイナスだとしても、俺の望むところ、そうであって欲しいとも思うくらいだ。そうでなければ、流石に、俺も、分からなくなってしまうからだ。レフィが。
今のままレフィが、この状態のまま、むしろ、もっと俺の家族というものに近づけば近づくほど、きっと、分からなくなる。そのうち、件のレコンストラクションJの奴ら以上に分からなくなる。
「えっと……曹駛、もしかして、お腹減ってない? ミンちゃんとなんか食べてきたりしたの?」
「ずるいです、お兄ちゃん」
「テンチェリィ、それはないと思うよ、お兄ちゃんは何も食べてないと思う。私の知る限りはだけど」
ああ、それに、もう一つ違う点があった。けれど、それは、麻理がメアリーじゃなくて麻理であること。それだけ。いや、それだけと言うのもおかしな話なのだが、皆も不思議がっているし、でも、それは俺にとっては普通の事で、むしろ懐かしいと言うか。ただ、これも、レフィの事じゃない。
いや、レフィも少し違う。距離感が、近い気がする。となると、あらゆるものが変わってくることになる。テンチェリィ以外は、全て違うことになる。
少し優しい、ちょっとばかし距離感が近く感じるレフィ。
メアリーでは無く、本来の麻理であるところの麻理。
そして、新しく、俺に買われてやってきたミン。
俺もまた、内心穏やかではない。まるで、並行世界にでも来たようだ。俺がもっとレフィにやさしくして、そして、あの事が、あの日の事がレフィに知られていない。そんな世界。
「うーん、曹駛、やっぱり体調悪かったりするの? なんか全然箸が進んでいないけど」
「あ、ああ、もしかしたらそうかもしれない。だから、ちょっと休んでくる」
俺は、逃げた。
またしても、逃げた。
本日二回目の逃走だ。麻理との約束なんて忘れて逃げた。
走りはしない。早歩きでもない。けれども、頭を抱え、心は前のめりに自分の部屋まで、歩いて戻った。その足取りは、重かったようにも思えるし軽かったようにも思えた。なんでかなんて、分からないけど、でも、気付いたら自分の部屋のベッドに潜り込んでいた。
そして、気付いたら、寝てしまっていたらしい。人間、現実から逃げようとすると、眠くなってしまうものだ。その気持ちが強ければ強いほどに。
いや、ただ転移魔法の使用で疲れているだけだったかもしれない。
俺が目覚めたのは、腰に重みを感じてからだ。目を開けると、月明かりと麻理の顔があった。
俺は、麻理に馬乗りされていた。
「お兄ちゃん、レフィさんにはちゃんと謝ったの?」
「……いや」
俺は、目を逸らし、そうぼそりと呟いた。自分の耳にすらギリギリ聞こえるくらいの声で。
「……はぁ……まぁ、流石にレフィさんちょっとおかしかったから、お兄ちゃんが悪いとも言いきれないんだけれども、確かに謝りにくいとは思うけど、それでも謝らないと駄目でしょ」
「それは……そうだけど……」
分かるのだが、分かってはいるのだが。
「うーん、確かに謝っていいのかどうかは怪しいけれど……明日でいいから謝ろうよ、お兄ちゃん」
「えっと……」
「……はいっ……サービス終了」
麻理は、ベッドから飛び降りて、スカートを払う仕草をする。よく見れば、その服装はいつも通りのごてごての服。
「さてと、お兄様、おやすみなさい。お風呂は空いてましてよ、ちゃんと入ってくださいまし」
麻理は、メアリーに戻って、部屋から出て行った。日は……もう、廻っているのか……
お風呂……入るか……。
着替えを持って、風呂に向かった……風呂場の電気は点けっぱなし。俺が入るということを考慮してなのかどうかは分からんが、丁度いい。もしかしたら、麻理がさっき点けてから俺を起こしに来てくれたのかもしれない。服を脱ぎ、浴場の扉を開けると、充満していた湯気が外に漏れだし、俺を包んだ。風呂も、お湯いれっぱなしにしてたのか。まぁ、これまた丁度いいし、身体洗ってはいるとするか。
ハンドルを回し、シャワーノズルから出るお湯の温度を確かめてから、身体を流す。
ああ、麻理がいてよかったな。なんやかんやあっても、俺の事心配してくれるし。また、麻理に勇気を貰った……って、ことになるのか。はぁ、半分こと言う割に背負わせすぎだろ、俺。あのご飯食ってるときだって、俺だけ和を乱していたとも取れる。いや、そうとしか取れない。麻理は麻理だったとはいえ、和を乱してはいなかった、少し不思議がられてはいたが。
頭から暖かいシャワーを被り、この脳味噌にまとわりつくモヤモヤを落とそうとした。水に流れて行ってしまえばいいと思った。そして、この方法は意外と頭がさっぱりするものだし、結構有用なんだけど、なんか、今度のもやもやは年季の入った油汚れのように染み付いて、流れていく気がしなかった。
「あ、あれ……」
その時、声が聞こえた。浴場に反響して、実際に発せられた声よりも大きく聞こえる。その声の持ち主は……ミン……だろうか……って、何を考えている。そうか、電気は点けっぱだったわけじゃない、ミンが入浴中だったのか。というか、麻理、お前、空いてるって言ったじゃないか。でも、嵌めたとも思えないし、くっそ、最終確認していなかったのか。そうじゃなくて、どうしたものか。流石にミンと一緒に入る訳にもいかんだろうし。
「え、っと、曹駛さんですよね……すいません、えっと、その、空いていたので入らせてもらっていたのですが……」
空いていた……ということは、本当についさっきまでは空いていたのだろう。麻理が確かめた時点では。それで、偶然、ミンが入ったってことか。
「その、出ろと言うのなら、出て行きます、私は最後でもいいので」
最後でもいいって……まだ入っていなかったのか。
「別に遠慮はしなくていい。えっと、入ったばかりだったんだろ……なら、別にゆっくり入っていってもいいぞ」
って、あれ、引き留めたのか、俺。まぁ、いいか、俺が出て行けばいいだろうし、さっきまで寝ていたわけだし、寝不足にはならんし。一方、ミンはそうじゃないだろうしな、これ以上遅くまで起こしておくのなんだし、先に入らせるか。
「あー、もう少し待ってろ、頭洗ったら出てくから」
「え、あ、いや、流石に曹駛さんを追い出して自分だけ浸かる訳には……わ、私が出て行きますので」
「いや、いいって、気にするなよ」
うーん、なんというか、最初の頃のテンチェリィみたいだな。まぁ、テンチェリィは焼き肉食っただけでそれなりに打ち解けたけど。
「でも、流石に、それは……」
「そう言われてもな……」
だから、一緒に入る訳にはいかんだろうしな……
「そ、それなら、一緒に入りましょう」
「はぁ……」
その流れはなんとなく読めた。
「あー、じゃあ、そうしようか、えっと、ちゃんとタオル巻けよ」
多分、俺の読み通りなら断ると余計ややこしくなるから、ここは断るのではなく、妥協点のような案を出すのが正解ということに最近になって気づいた。
「あ、はい、分かりました」
俺は、染み付いたモヤモヤの事は放置して、ささっと頭を洗い流し、腰にタオルを解けないように用心して巻いて、風呂に浸かることにした。それは、一種の逃避のようでもあったが、今ここで変に気にして、余計頭をこんがらがせたうえに、ミンとの関係をおかしなことにするよりはいいだろう。
「え、えっと、その」
うちの風呂は、軽く銭湯を開けるレベルででかい。もちろんいくつか風呂が有る。それで、ミンが浸かってるのは一番でかい風呂だ。そこに浸かっているって事は、俺と一緒に入ることを想定したのだろうし、ここで、わざわざ俺が別の風呂に入るのもおかしいだろう。それに、ミンはタオルを巻いているのだろうし、俺も、用心に用心を重ねてタオルを巻いた。ならば、問題はないだろう。せっかくだから、会話もしたいし、同じ風呂に入って、話でもするか。まだ、ミンとの距離感は他の皆と比べて遠いしな。
「えっと、その、隣、いいか」
「え、ええ……」
大きな風呂の隅で腰をおろして、お湯に肩までつかっているミンの隣まで中腰で歩いて向かう。普通に立って歩いて行くと、もしもの事があるかもしれないし。ポロリとか……、この程度の年の女の子相手にそれはちょっと、な……
「よいしょ……っと」
「………」
湯気でよく見えないが、ミンは顔を赤くして俯いていた。まぁ、その歳だし、今日会ったばかりの男と隣り合って風呂に入りゃ、そうなるか。
「………」
「………」
「………」
互いに無言。話をするっつっても、まず何から話そうか考えていなかったし。まぁ、ゆっくり話すとしようか。
「あ、あの……えっと、曹駛さんはなんで、私を買ったんですか……」
そんな風に思っていたのだけど、先にミンがそんなことを訪ねてきた。
「買った……ねぇ……まぁ、買ったと言うかなんというか。お前は、奴隷じゃないんだぞ、一応……奴隷じゃないし、勝ったと言う表現もおかしいかな。引き取ったと言うかなんというか」
「でも……」
「あー、理由ね、理由。そうだな……理由なんてないな。まぁ、強いて言うなら、あの店はそれなりに縁があってな、なんかジャキっちが困ってそうだったから、かな」
「それじゃ、私は別に関係ないって、ことですか?」
そうじゃない。
そうじゃない。けど……それは、俺の口から言ったら、偽善ですらなくなる。俺が誰かを助けようとしたとして、実際に助けたつもりになったとして。それを、言うのはな。それは偽善にすらならないような気がするし。
せめて善行としようとするなら、偽善でも、それを本人に告げるのは間違ってるだろ。本人が気づいているなら、本人もそう思っているのなら、別だけど。こちら側が勝手に助けた気になって、お前を助けようとして助けたって言うのは、そりゃもう偽善ですらないだろ、善意ですらない。自分が助けた気になるのと、その相手が助かったと思うのは別物なんだから。
「まぁ、関係ないっちゃ、ないな」
「そう、ですか……」
「ああ……」
「………」
あー、身体もあったかくなってきたな。さて、俺からもなんか切り出すか。
「「あの」さ」
被った。意図せず。
「えっと、先にどうぞ……」
「あー、いいよ、別に、大したもんじゃないし、そっちこそ先にどうぞ」
「あと、えっと、はい、じゃあ……その、曹駛さんは、私を助けようとしてくれたわけじゃないんですか?」
「さて、どうだろう。そう思いたければ、そう思えばいい。それが心の支えになるならな」
つっても、どうやら、こっちの心の中身はだだ漏れらしい。俺は、適当にそんなことを言った。無駄に格好つけて、キザな感じで。
「……不器用ですね、曹駛さんは」
「……そうかもしれない、いや、そうだな。器用ではないだろうな」
もっとうまくやれていれば、なんていくらでもあった。そして、もっと上手く出来たっていうこともな……
「それで、その、曹駛さんのほうは?」
「だから、別に大したもんじゃないって、なんか趣味とかその辺のこと、適当に訊こうと思っていただけだって」
「そうですか」
「ああ、そうだ……」
「………」
「………」
微妙に会話が続かない。やっぱり、なんか適当に訊いて行くか。
「そうだな、ミンは、なんか好きな食べ物とかあるのか」
「なんですか、その良くある質問は……でも、そういえば、自己紹介……ちゃんとしてませんでしたね。そうですね、好きな食べ物ですか……これといってありませんが、暖かい食べ物が好きです」
「そうか、俺は……串焼きが好きかな。あれ、結構うまいんだよな。素材にもよるけど、シンプルな割に美味いんだ」
「へぇ、そうなんですか」
「ああ」
ああ、美味い。たれもいいが、やはり塩がいい。肉本来の味が分かる。まぁ、肉が上手いってのが前提条件なんだけど。
「あとは、趣味……とか、かな」
「もうネタ切れなんですか? ちょっと、早すぎませんか……?」
「はは、自己紹介なんて、もう随分としてないからな」
「そうなんですか」
そうだな、自己紹介なんて、大体、死なないとか、魔法使えるとか、実は国兵だったとか、そんなことばかりだから、あんまりオーソドックスなものは最近していない。なんて非日常な自己紹介なんだよ。
それにしても、まぁ、最初よりは打ち解けている。そう感じる。敬語なのは……元からかもしれない。テンチェリィとは違い、元々敬語なんだろう。
「そうですね、趣味……趣味は、とくに……」
「そうか、そうだな……俺も特には無いな……」
「この質問、何も生みませんでしたね」
「そうだな……」
「………」
「………」
少し間隔を開けて、ミンは口を開いた。
「えっと、自己紹介……ということなら、そうですね、私の勝手な事をひとつ」
「ああ……」
「その、みなさんを見ていて思ったんです、麻理さんとテンチェリィさんを見ていて、なんていうか……私も、こんなお兄さんがいたらなって……」
「そうなのか……こんなって、こんなだぜ」
「そうですか、お兄ちゃんとしては、なかなかだと思いますけどね」
「いやいや、そんなことはない、ダメダメな奴だそ」
それに、兄としての一面なんて、あんまり見せていないと思うが。
「その、テンチェリィさんと、麻理さん、結構曹駛さんのこと話していました。その、色々文句も言ったり、してもいたんですけど。なんか、信頼していて、その、それがいいなって、信頼できる人がいるって」
「………」
信頼できる人……か。
俺なんか信頼しない方がいいとも思うが。信頼されている分には……嬉しいな。結構。
「私には、えっと、そういう人がいなかったから……せめて、頼れるお兄さんがいれば、って、そんなふうに、思って……」
そこまで言って、ミンは口までお湯に浸かり、ブクブクと泡を立てている。
「あー、そうか、まぁ、ほんとは頼りないんだけどな、頼りたければ頼ってくれ、やれる限りはする」
保護じゃないけど、買った者として、それは当然だろう。
ミンを見る。ミンの顔は最初に見た時よりも赤くなっていた。これ、もしかして、のぼせそうなのかもしれないな。恥ずかしさだけじゃなくて。
「えっと、風呂、移るか、他のところに……ここは一番温度が高いんだ、もうちょっとぬるいところ行こうぜ」
「え、えっと……」
「さっ……」
ミンの手を掴んで立たせて、歩いてぬるめの浴槽に向かう。
「そういや、ミンは、どうして売られそうになって、いや、売られたんだ?」
少し踏み込んでそんな質問をした。
「そ、それは……」
「なんか、あったのか?」
「え、えっと、その……私のお父さんが、その借金してて……」
「あー、そういうことな……まぁ、いいや、それ以上はいいや、お前が話したくなったら話したらいい」
「あ、えっと、はい」
ピタリ、ミンが止まった。
「どうした、もしかしたら、もうのぼせてたりしたのか?」
そう言って振り返った。
「いえ、そう言うわけじゃないんですけど……その、曹駛さんは、なんというか、奴隷のご主人様って言う感じがしませんね」
「また、それか……まぁ、別にそういうものになるつもりがないからな……」
「そうですか」
「ああ」
ミンは先ほどのぼせていないと言ったが、もう全身真っ赤だな。顔だけじゃなくって、腕も、足も、腿も、お尻も……は?
「あ、あれ? お前……」
「は、はい……なんでしょうか……」
「いや、た、タオル……」
「タオル……あ、そうでした、えっと、その……」
ミンは更に体中を真っ赤にした。
「その、小さいのしか持ち込んでいなくて……えっと、一応、胸を隠すように巻いたのですが、その長さが足りなくて、お臍から下が、ちょっと出ちゃっていますけど、その、気にしないでください」
「き、気にしないでくださいって、お前が気にしてるじゃないか、それに、そ、それを気にしないのは無理だろ」
「そ、そうですけど、気にされると、余計恥ずかしいので」
「いや、そうじゃなくてな」
ど、どうしたものか、幸い、大事なところは、湯気でよく見えなかったが。
「そ、そうだ、ま、待ってろ、バスタオル取ってくる」
「い、いえ、そ、それならもうあがりますので」
二人して、浴場から走り出ようとした結果。滑って転んだ。うん、デジャブ……
「え、あの、すいません」
「いや、気にするな」
俺の目は既に閉じられている。
そして、胸に布の感触を感じる。つまり、ミンのタオルは取れたな。きっと。
「えっと、目を閉じてるから、その、着替え終わったら。声掛けてくれ」
「あ、はい、分かりました」
ペタペタという足音を聞き届けてから、起き上がった。
……いや、目を閉じててよかった。本当に。
少しして、ミンが着替え終わったらしく。俺を呼びに来た。そうしてから、俺も着替えて脱衣所から出ると、ミンが待っていた。
「眠くないのか、もう大分いい時間だろ」
「ちょっと、眠いですけど、大丈夫です」
「そうか」
ちょっと、という割には、大分眠そうな顔をしている彼女が、小さく欠伸している。
「いや、眠いなら、寝てもいいんだぞ」
「いえ、その、曹駛さんを置いて行くのも、どうかと思いますし」
「そうか」
そんな眠そうにしているなら、寝てもいいんだけどな。本当に。無理されても、困るし。
「えっと、じゃあ、せっかく起きていたわけだし、一つ、一つだけ、質問させてもらっていいか?」
「え、あ、はい」
ミンはキョトンとした顔でこちらを見た。
「どうだ?」
何が、って言っていなかったな。助動詞だけの質問。本文が無い。
「そうですね、結構、いいところです」
「そうか」
「じゃあ、おやすみなさい。曹駛さん」
「ああ、おやすみ」
それぞれ眠りにつくことにした。
と、言っても、眠りについたのはミンだけだが。
この時、もう、問題は起きていた。
それには気付いていた。だから、俺は、眠りにはつかなかった。
鎧を着て、馬鹿でかい盾とランスを持って、外に出ると……そこには、麻理がいた。
「お兄様、遅いですわ」
「ちょっとな……」
その光景は、二度見た。
一度目は、カーヴァンズ王国で。
二度目は、俺が引き起こした、あのエルフの村の光景。
そして、今回。
三回目、街が火の海だった。




