156話・平穏。それはまるで嘘のように。
―武元曹駛―
「それで、お兄様……お兄様はこれからどうするのですか?」
「どうするってもな……」
どうするか……って、今後の事だよな……まぁ、なんにせよ、一番はレフィの事についてだな。これだけはどうしても何とかしないといけないことだ。スルーは出来ない。
「お兄様的にはどうしたいのですか?」
「どうしたいか……」
そう言われてもな、思い浮かぶのは現実的ではない事ばかりで、実際に出来るかなんてわからない。
レフィと仲直りじゃないが、完全に俺が悪くて、レフィは何も悪くないので、仲直りではないが、俺がもしもレフィに許してもらえるのなら、前以上に仲良くなれるのなら・……奴隷じゃなくなっても、一緒に居てくれるようになるなら、それがいい。そうなってほしいが……それは……
「そうですね、お兄様の事ですし、どうしたい、じゃ、困りますよね」
「……ああ、だから、どうなってほしいかで答える」
「ええ、そうしてください」
麻理が言う。いつもよりも、いっそう真面目な表情で。
「俺は、レフィと家族になりたい」
「……はい」
「だから……ならば……そうなるには、どうしたらいい?」
「どうしたら……ですか、また面倒くさいことを私に尋ねますね」
「悪い」
知ってる。だけれども。今一番頼れるのは、麻理だ。麻理だけしか頼りにはならなそうだ。
「でも、半分背負うと言ったのは私ですし、それに、お兄様は、最後は私のために命をくれると言うのですから、このくらい何ということはありません。辛いと言ったら、辛いのですが」
「悪い」
「謝らないでくださいませ」
「ああ……そうだな……ありがと」
「ええ、そうですね。それにしても……レフィさんと、家族に……ですか」
そう呟くと、麻理は俯き黙り込んだ。俺もまた、黙りこんでどうするべきか考えようとした。レフィに許してもらうビジョンが見えてこない。何をどうしても、この先に待ち構えているのは、決裂のみ。何を言おうと、俺は仇でしかない。そんな奴を許すことが出来るだろうか。俺なら無理だ。もしも、皆が殺されたら、俺は真っ先にそいつを殺すだろう。だから、レフィもきっと、俺にそんな感情を抱いているに違いない。どんなに仲良くなったつもりであろうと、それは変わりない。どう足掻こうとそれは変わらないのだ。
「お兄様」
「ああ、何だ」
麻理は、何か、思いついたのだろうか? 顔を上げて俺をじっと見つめてきた。
「お兄様……家に帰りましょう」
「家に?」
麻理の言う家とは、今目の前にあるボロ屋ではなく、今レフィがいるでかい方の屋敷に違いない。だが、そこに帰るとはどういう意味だ?
「ええ、そうですわ、家に帰りましょう、お兄様」
「で、でもよ」
「ええ、分かっていますわ。でも、こういうことは時が経てば経つほど厄介なことになって行くのですわ。大丈夫です、私も付いていますもしもの事があれば、私も一緒に謝ります。ですから、家に帰りましょう」
一緒に謝るって、俺は子供かよ。まぁ、ありがたいことに違いはないけど。でも、そんなので大丈夫なのか?
「もしも許してもらえないとしても、今帰らないと、だんだん帰りにくくなって、最終的には、帰れなくなるかもしれませんわよ。だから、どちらにせよ、今帰りましょう」
「そうはいっても……」
今、レフィと会って、どんな顔をすればいいんだ。あの場からも逃げ出してしまったし、レフィと会った時、俺は、レフィは、どういった反応をするんだ?
「もう、このっ、意気地なし。私が今帰るって言ってるんだから、今帰ろうよ、お兄ちゃん。なに、やっぱり、私が私じゃないと、妹の言うことも聞けないの? じゃあ、私は今日は私でいるから、いまから家に帰ろう。これなら、いうことを聞いてくれるでしょ、お兄ちゃん」
麻理が、軽く怒鳴りながらそう言った。あの麻理が。
目の前にあるのはボロ屋だし、壁は薄い。大きな声はきっとミンにも聞こえただろう。それに、麻理が自ら麻理としていると言った。流石に俺も、妹にそこまでさせておいてまで、言うことを聞かないほど意気地なしでは無い。
麻理がまだ麻理で、メアリーと名乗る前の麻理の頃、怒鳴って俺を叱るなんて数えるほどしかなかった。いや、本当にあっただろうか。その麻理にここまで言わせたんだ。だったら、その通りにいうことを聞いて行動しよう。麻理だって、俺のためを思って動いてくれているんだから。
「分かった、そうだな。ああ……」
俺は、少し俯き、自己解決の独り言をつぶやいてから、顔を上げて麻理と再び向き合う。
「そうだな、じゃあ、家に帰るとしよう、そして、レフィに謝る。それで、いいんだろ」
「うん、そうしよう」
「ああ」
ああ、いや、そういや、一回あったな。似たようなことが。確か、ありゃ、まだ孤児院にいた時だった気はするけど、俺が友達と遊んでいて、泥団子をぶつけて友達の服を汚した時、その服が友達のお気に入りで、汚れが落ちないもんだから友達が起こったんだよな。俺もそん時は、引くに引けずに「あの程度躱せない方が悪い」なんて言って飛び出して行ったんだよな。そのせいで帰るに帰れず公園で寝たんだっけ。夏だからいいけど、冬になったらどうしようとかなんとか、考えて、その一件そのものを考えないようにしながらな。そしたら、次の日の朝、麻理がいてびっくりしたんだっけ。
その時、麻理が俺に怒鳴って叱って帰ろうと言ってくれたんだっけな、泣きながら。少し目にくま作って、夜中に俺がいないことに気付いて探してくれたのが分かって、その、あん時は悪かった。いや、今もなんだけどな。
「えっと、ミンを呼んでくる」
「うん、分かった」
俺は、麻理に一言言ってから、ボロ屋の中に戻った。
「えっと、ミン」
「は、はいっ!」
「その、さっそくなんだけど、帰ることにした」
「帰るって? あの、どこへ?」
「最初に言ってた、今ちょっと帰りづらくなっている家のほうだ」
別に持っていく物はないし、ミンだけ連れて行けばいいだろう。
「準備は出来た? お兄ちゃん」
「え? あれ?」
ここで、麻理もまた部屋の中に入って来た。ミンは麻理の変化に戸惑っているようだ。それも無理はない。だって、メアリーを名乗っている時の麻理と、本来の麻理は全く違うからな。俺も最初メアリーを名乗っている麻理を見た時はびっくりした。まぁ、長らく一緒にいると、なんとなく麻理は麻理だなって思うことも多いんだけども。
「あ、私の事は気にしないでね、ミンちゃん」
「ミンちゃん?」
ミンはますます混乱している。と言うか、明日はまたメアリー状態に戻るみたいな話だったし、これ以上ミンの持つ麻理への印象がややこしくなる前に、移動をしよう。
レフィになんて言うかなんて考えていたら、あっという間にでかい方の家に着いてしまった。
「えっと、その麻理、魔法使ってもいいか?」
「何するの……あ、そうか、ミンちゃんを先に中に置いて来るの?」
「ああ」
「うーん……じゃあ仕方ないかな。いいよ、許す」
麻理に許可も得た事だし、転移魔法を使ってミンを先に俺の部屋に置いてくることにした。
なんか久しぶりに使う気もするな。転移。あっちからこっちに移動するときに使ったあれは、なんというか、いつもの転移って感じはしなかったから、なんかわくわく感があるぞ。わくわくと言うかドキドキと言うか。
まぁ、ドキドキの理由は、レフィとミンが鉢合わせにならないかどうかでなんだけど。
「よいしょっと……」
「わっ……」
転移のためにミンを背負う。うん、軽いな。あと、もふもふしてる。
「よし、行くぞ、ミン。しっかり捕まってろ、転移」
「え、魔法って? 転移って? え?」
光りに包まれる。視界から物が消え、光りが消える頃には、視界にあるのは俺の部屋……とレフィ。てっ、レフィ!?え、いや、俺の部屋だよね。えー……いや、どうしよう。これ。
「あ、えっと、よ、よう、レフィ」
何を言ってるんだろう、俺は……
あまりにも予想外過ぎて、俺の言葉まで予想外の物になってしまった。謝るつもりだったのだが、すいませんの「す」どころか、ごめんなさいの「ご」すら出て来なかった。というか、本当に何を言っているんだ俺は。
「あ、曹駛、帰ってきていたんだ」
「は? え、あれ?」
……どういうことだ?
「いや、は? ってなによ。は? って、それはあんまりな返事じゃない?」
れ、レフィがいつも通り過ぎる。どういうことだ? いや、まて、ショックで記憶を失っているとかそう言うことなのか? でも、麻理の話を聞く限りじゃ、そんなことはないはずだ。それなのに……
「それよりも、曹駛、あんたいい加減捕まるわよ、背中の子、どうしたの? 拉致でもしてきたの?」
「え、いや、別にそう言うわけではないが……」
どうして、レフィは、こんなにもいつも通りなのか。
「えっと、こいつはミン=モンケル、新しい俺の奴隷だ」
「あ、あの、よろしくお願いします」
ミンは俺の背中から下りて、俺の横でお辞儀をした。
「あ、そうなの……私はレフィ=パーバド、じゃあ、よろしくね」
「は、はい」
「それにしても、どうしてまた奴隷を増やそうと思ったの? あ、もしかしてテンチェリィが奴隷じゃなくなったから、その代りって事? あー、もう、ミンも災難だったわね」
「え、いえ、そんなことは……」
「おい、俺が悪い奴みたいに扱うなよ」
そして、俺もどうして、いつもみたいに話してるんだ? 謝るんじゃなかったのか?
「えっと、曹駛、帰るの遅かったから出前を取ったわよ、ついさっき届いたばかりだし、ミンちゃんの事は後にして、ご飯にしましょ、曹駛が帰って来たって事はメアリーも一緒に帰って来ているんでしょ」
「あ、ああ」
「じゃあ、先に下に降りているわよ」
そういって、レフィは、部屋を出て行った……
「あの、さっきの方は?」
「あいつは、レフィ、えっと、お前と同じ俺の奴隷だ」
「そうなんですか」
おかしい。
なぜ、あんなに平然としていられるんだ? 俺は、お前の仇なんだぞ。
「そ、その、なんかありました? えっと、曹駛さん、怖い顔しています」
「あ、いや、悪い」
そう言われて、笑顔を作ってミンに向ける。
「あー、その、転移までしておいてあれなんだけど、その、外の麻理を呼んできてくれる? うーん、メアリーと言った方がいいか、まぁ、いっか。とりあえず、階段下りればすぐ玄関の扉が見えるから、外にいる俺の妹を呼んできてくれ」
「あ、はい、分かりました」
俺がそう言うと、ミンは駆け足で部屋から出て行って玄関に向かった。
それを確認してから、俺はベッドに腰を掛ける。
レフィは、なぜ、あんなに平常心を保っていられたんだ。いや、内心どうだったのかは分からない。けれど、表面上だけでも、どうしてそうやっていられたんだ。
そういや、レフィは、何故ここにいたんだ?
なによりも、レフィが普通であることが、普通でない。
そして、俺も、その普通であるレフィにつられるというか、レフィが普通であるが故に、謝ることが出来なかった。許す許されない以前の問題だった。
一体、レフィは……どうして……




