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俺、元兵士、奴隷買いました。  作者: 岩塩龍
第九章・想起。あの日はたしか……。
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154話・遁走。あるいは巡り合い。

 ―武元曹駛―


 走って、走った。走ることそのものに意味などない。今は意味のある行動がとれなかった。だから、ただ走った。

 走ってしばらくして、辺りを見回してみれば、いつの間にか奴隷市にいた。えっと、雰囲気からして西区。西区……か……

 それにしても奴隷市か。役所の方に行こうと思っていたんだが。まぁ、ここの総合統括所でも、奴隷身分の解除は出来たはずだし、そこへ行こう。

 ……案外、早く時は来てしまった。奴隷でいてもらうって、ついちょっと前言ったばかりなのにな……レフィは、大丈夫だろうか。少し冷静になると、そこが心配だった。俺がレフィにあの事を話さなかったのは、レフィの精神状態が振る舞い以上に不安定だからだ。俺が、一般人として生きようとしていた頃の俺が、鷸の所属する集団と敵対するかどうかを未来の自分と賭けていた頃の俺が、始めて死んだ時、奴らと敵対するに賭けた過去の俺に負けた時、その時のレフィを見ているからこそ分かる。

 レフィは、脆い。

 あの日、レフィに俺の不死性の事を話したあの日、相手の耳元で魔力の籠った言葉を話すことでかける、慣れない暗示系の魔術を使って、レフィの精神安定も計ってみた。だが、それも前国王の所為で無効化されただろう。あれは、一定以上精神が不安定になると、それを強制的に平常心に戻す代わりに、効果が切れるようになっている。と言っても、あの魔術自体随分と使いづらい物で、相手が自分に集中している時でなければ、暗示をかけることが出来ないため、あの場で再度レフィに使うことは出来なかった。俺の精神状態の事が無かったとしても。

 ただ奴隷市の真ん中を目指して歩く。すると、なじみのある店が見えた。

 看板に『ジャキラル’sショップ』と書いてあるお店だ。今日はどうやら、店の中でいざこざが起きているらしい。外から見る限りでは、痩せ細った成人男性が少女の腕を掴んでいて、ジャキラルさんと何か会話しているように見える。だが、上手く話しは進んでいないようだな。まぁ、縁もあるし、少し話に参加してみるか。心を落ち着けるためにもな。他人の慌てている姿ってのは、自分を落ち着けてくれたりもするし、なにせ、この気持ちのままじゃ、レフィに会えるか怪しいしな。精神的に。


「なんか、お困りの様子だったから、来てみたが、どういう状況だ?」


 店に入って、まず一言。ちょっと、かっこつけてみる。


「ああん、何だてめぇっ」


 と、件の男性、ちょっとキレ気味。結構もめてたみたいだな、この程度でイライラするとは……いや、元よりイラついていたと言うべきか。


「えっと、その子は?」


 腕を掴まれ目に涙を滲ませている少女に目線をやりながらそう尋ねる。


「売りもんだ、俺が売りに来た」


 すると、腕を掴んでいる張本人である男は、そう言った。

 売りに来た? 店に直接売りに来ることは基本しないと聞いたが……


「売るなら、直接店に連れてくるんじゃなくて、東区か中央でも行けよ、なんなら中央に案内してやろうか、丁度俺も行くところだしよ」

「ああっ? うるせぇガキだな」

「ガキって、もうそんな年じゃないつもりなのだがな」


 若く見える。いや、肉体だけなら実際に若いのだし、仕方ないと言えば仕方ないんだが。


「まぁ、たとえ俺がガキだとして、今は関係ないだろ。店に直接売りに来たということは何かわけありなのか?」

「そりゃ、あたりめぇだろ、俺には金がいるんだよっ!」


 金がいる? それとこれで何の関係があるというんだ。


「えー、出過ぎた真似をするようで申し訳ありませんが、こちらのお方に少しばかり説明をさせていただきます」


 理解できていないことを察したらしいジャキラルさんが。いや、ここは親しみを込めてジャキラルっち……いや、ジャキっちが、男にそう言ってから、こちらへ向いた。


「曹駛様」

「なんだよジャキっち」

「……それは私の事ですか」

「あ、うん」

「……まぁ、いいでしょう、それは置いておくとして。まずは、説明をさせていただきます。奴隷を売る場合は、確かに、普通は東区か、総合統括所の方に行くのですが、あちらの方ではあまり値段の交渉をしてくれないのです。ですから、すぐさまお金が必要だったりする方は、直接お店に売りに来て、交渉することもあるのです」

「ああ、なるほどな」


 そういうことか。つまり、こいつは金が無いと。そうか。


「えっと、この子はもう奴隷になったのか?」

「いえ、それはまだのようです」


 奴隷ではないか。つまり、前持ち主は無しということになるな。法的には。


「ああ、もう、何時まで話しているんだ。こっちはこれを売りに来たんだっ! 早く売らせろっ!」


 男性はキレながらそう叫ぶ。ああ、もうそんな近くで叫ぶから、その子怯えちゃってるじゃん。全身を震わせているのは寒さの所為だけではないだろう。まぁ、この季節にその薄着じゃ、それも大きいとは思うが。


「えっと、ジャキラルさん仕事取るようで悪いけどちょっといいかな」

「……なるほど、ええ、まぁ、いいですが……」


 うーん、この人、察しがいいね。じゃあ、さっそくその交渉テーブル、覘いて乗ってあげるとしましょうか。


「さてと、いくら欲しいのか? いま、お前はいくら必要なんだ?」

「なんだ、ガキ? てめぇが買うって言うのか?」

「まぁ、値段次第ってとこだ、流石に馬鹿みたいな高額は払えねぇ」


 たとえば、三億とかな。そう言うのは、ちょっとご勘弁いただきたい。ああ、せっかく忘れかけて、ちょっとリフレッシュ気分でいたのに、思い出してしまった……鬱だ……


「そうか、なら買えねーだろうな、テメーには……そうだな、三千万だ」

「よし、いいだろう」


 値段としてはかなり高いだろうな。まだ奴隷でないということは、その辺の普通の子と変わりはないだろうしな。だが、まぁ、それだからこそ、これくらい払える。


「なっ……即答した」

「ああ、即答した。だって、それくらい払えるしな。あ、今更もっと上の金額とか、そう言うのは無しだぞ、そういうことをするなら、この話は無かった事にする、即破談だ。いいな」

「っく……分かった……」

「ジャキっち、ペン貸して」

「……また、その呼び方ですか……ええ、ですが、まぁ、良しとしましょう、こちらへ」


 俺はジャキっちに招かれ、カウンターの裏に入ったそこでペンを手渡された。それと共に、ジャキっちは俺に話しかけてきた。


「いいのですか?」

「ん? なにが?」


 小声で訊かれたので、小声でそう返す。


「いえ、流石に、三千万は高すぎますよ、あの子は、見た目は悪くありませんが、未調教。それだけならまだしも、一体どういうものなのか、そして、ちゃんと従ってくれるかなど、どこをとっても、全て保証が有りません。全くの未保証。その場合、流石に高すぎるかと思われます」

「ん? ああ、分かってる。でも、まぁいいかな。なんつーか縁があったんだろ。たぶん。そのまぁ、たぶん」


 実のところ理由なんてあんまりないっちゃない。あんま物事を考えたくないのと、なんか助けられそうな人がいたから助けようとしただけだ。それがまた、俺が勝手に助けたと思うだけの結果だとしてもそういうことを続けるしかないからな。そう言う人間だからな。


「さて、これでいいか?」


 いつも通り、小切手に数字を書き、それを男に手渡そうとしたところ、その小切手はジャキっちが受け取った。


「立て替えておきましょう。それでは、ジーンさん、こちらに」

「おう」


 建て替え、気を利かせてくれたのか、俺に……そして、あの男、ジーンとか言ったか。そいつに。本当に気が利くと言うかなんというか。

 ジャキっちにお金を渡されるや否や、男は大人しくなった。


「ふん、確かに……こいつはお前のもんだ、好きに連れてけ」


 そう言って、男は、店から出て行った。少女は、それ見て、追いかけようとした。


「おっと、待て待て、そっちじゃない、次からお前が付いて行くべき相手はあいつじゃなくて俺だ」


 と、腕を掴み、少女を引き留めると、その少女は、驚くべき言葉を口にした。


「まって、お父さんっ!」

「は?」


 驚きのあまり手を離してしまい。少女が薄着に裸足という冬に似つかわしくない服装で、飛び出して行った。


「あ、いや、ま、待てっ!」


 急いで俺も追いかけるように外へ飛び出ると。


「チッ、着いてくんな、テメーはあいつのもんだろうがよっ!」


 男がそう言って、少女を蹴り飛ばした。少女はこちらへ転がり込んできた。服はより汚れ、肌もところどころ擦れたようだ。

 男に文句の一つでも言ってやろうかと思ったが……視線を少女から前方に戻した時、既に男の姿はなかった。




「えっと、すいません」

「いや、いいんだ」

「でも、私奴隷ですよね。あなたの」


 みんなそれ言うな。俺の奴隷の扱いってやっぱなんかおかしいのか。まぁ、自覚が無いわけじゃないけど。


「えっと、すいません。その、さっきは取り乱しちゃって」

「仕方ないよ、まぁ、えっと、その、父親、だったんだろ、さっきの」

「ええ、はい……そうです」

「そりゃ、取り乱しもするさ。だから、仕方ない」


 レフィは、今どうしているだろうな。下手したらこの子以上に……精神状態が不安定かもしれない。心配だが、心配する必要も、権利も実際は俺にはないだろう。だから、俺が勝手に心配しているにすぎないのだが。


「えっと、ご主人様の名前は……」


 少女が恐る恐るとこちらにそう尋ねてきた。


「あー、別に、そう言うのいいから。まぁ、普通に接して、えっと、名前ね、名前……俺は、武元曹駛」

「曹駛さん……で、いいですか」

「ああ、それでいい。それで、君の名前は?」

「私は、ミン=モンケルといいます」

「うん。一応確認しておくけど、響き的に、ミン……と言うのが名前でいいんだね」

「はい」

「おっけ、分かった。さてと……」


 ミン=モンケル……それが少女の名前だとしたら、この子の父親の名前はジーン=モンケルだろう。まぁ、探してもいいんだが、随分と面倒な事をしなきゃだろうし、とりあえずは後回しかな。


「まずは……そうだな、ちょっと付いて来い」

「え、あ、はい……」


 寒いだろうし、俺は、着ていた上着をミンに渡して、外に出た。


「それ羽織って、付いて来い……って言おうと思ったが」


 良く考えれば、今裸足なのか……仕方ないか……

 俺は、外に出かかった足を引っ込め、少女の元まで戻った。


「よいしょっ、と……」

「え、あ、うわわ……」


 おんぶすれば、少しは寒さもマシだろう。


「え、えっと、自分で歩けますから」

「まぁ、そりゃ、歩けるだろうな、足があるんだし」

「じゃ、じゃあ……」

「でも、それじゃ、寒いだろ。だったら、俺が負ぶっていく。それでいいだろ。聴かないって言うなら、これは命令って事にして、負ぶわれてくれよ」

「え、あ、はい……」


 うん。聞き分けのいい子で助かる。

 さて、服屋さんでも行くか。流石にこの季節にその服装をさせておくのもなんだしな。

 レフィの奴隷の件に関しては……これも、少し先送りにするか。まぁ、本人には黙っておくがな。


 俺は、ただ、忘れようとして、何かをするのだ。それの意味は問わない。

 俺の背中にいる。この子は救われたのかどうか。それはこの子が決めることだろうけど。やっぱり、俺は、こんなことをして、こんな人助けごっこをして、罪の意識を薄めようとしているに過ぎない。それは分かっているけれど。やっぱり、助けを求めている人がいたら、助けを求めていそうな人間がいたら、それを、自分のために助けようとする。

 そのことに気付いてはいる。けれど、それをやめるのは、出来なかった。




 歩くこと、結構して、店についた。いつもレフィが色々服を買っている店だ。まさかとは思うが、ここでレフィを鉢合わせにならないことを願おう。


「いらっしゃいませー、あ、いつもご贔屓にありがとうございます」


 レフィが、結構買うもんだから、俺まで顔を覚えられてやがんの。

 というか、ミン寝てるし……疲れていたのだろうか、肉体的にも、精神的にも。精神的疲労は、案外眠くなる。下手したら肉体疲労よりも、眠くなる。まぁ、これに関しては俺の場合だけれども。


「えっと、この子に似合う服をなんか適当に見繕ってください、お金はもちろん俺が払いますんで」

「はい、分かりました」


 店員はそう言うと、ミンに似合う服を探しに行った。


「えっと、起きろ、ミン。起きろ、着いたぞ」

「ん……んぅ……」


 背負っているミンを揺すって起こそうとするが、ぐっすり眠っているようで、この程度の振動では起きてくれない。


「お客様、こちらなどいかがでしょうか」


 どうやって起こしたものかと、考えながら、ずっと揺さぶり続けているうちに、店員さんは服を持ってきた。そして、このジャストなタイミングで、ミンは目を覚ました。


「あ、え……すいません、寝てしまいました」

「おっ、起きたか、まぁ、仕方ないよ、疲れていたんだろ。さて、まず服を変えてもらう。今、そこの店員さんが持って来てくれている奴に着替えるんだ」

「え、あ、でも、お金が」

「いや、それはいい。心配するな、それくらい俺が払うって。だから、着替えろ」

「は、はい……」

「では、試着室はこちらになります」


 ミンはもう一人の店員に連れられ試着室へ向かった。


「さて、あれ買います。その、金額は」

「合わせて120ギジェとなっております」

「あー、現金で」


 珍しく現金払い。10ギジェ紙幣を12枚差し出す。


「はい、ありがとうございました。あの服はどうぞそのまま着て帰っていただいても結構です」

「ああ、そうさせてもらうよ」


 店員に最近フォルド王国で起きた事などを訊いていると、着替え終わったミンがやって来た。


「えっと、着替え終わりました」

「おう」


 その服装は、全身もこもこふわふわの真っ白なネコ耳付きパーカー……可愛いけど、この店、こういうのも売っていたのな。まぁ、過剰に温かそうだけど、似合っているからいいか、別に。寒いよかいいだろう。


「さてと……帰るか」

「えっと、曹駛さんがそう言うなら……」


 ここに居ても仕方ないしな、適当に食べ物でも買って帰るとしよう。


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