152話・出会い。それはもう最悪の。
―武元曹駛―
テンチェリィ問題も解決したし、俺達はフォルド王国に帰ることにした。
「で、お前やっぱり付いて来るの?」
「もちろん、一度はお兄様の家にも行っておきたいですし」
どうやら麻理も付いて来るらしい。
「それに、新しく作った低コストの転移魔法のテストもしたいですし」
麻理の言う低コストの転移魔法とは、一人が魔力を流して、もう一人が細かい演算とか、もろもろ準備をする。そうすると、通常の転移魔法の使用時に演算補助などに勝手に使われていた魔力の分、使用魔力の量が減る。その代わりに、もう一人の魔力を流す係りの人と同期を取るために少し魔力を使うが、それはごく微量な量で済む。俺達は兄妹だから、特に。だから、低コストの転移魔法というわけだ。
使用に二人必要な点と、発動に時間が掛かると言う点では、少し面倒かもしれないが、大した面倒ではない。それよりも、もう一つ大きな問題がある。
「お兄様、ちゃんと目は閉じましたか?」
「あ、ああ」
俺と麻理は背中を合わせて両手を繋いでいる。つまり、俺達は正反対の方角を見ている。そして、レフィとテンチェリィも、麻理と同じ方を向いて、麻理の肩に触れている。その上で、俺は目を瞑らされている。
「では、魔力生成を完了したら、演算に合わせて、私に流してください」
「わかった」
麻理の何を考えているか、薄っすらと伝わってくる。そうして、少し経ってから、俺は魔力を流した。
瞼越しにも分かる。光に包まれている。ひとまず転移成功だ。後は転移場所だけ……まぁ、俺は目を閉じているから確認は出来ない訳だが……
「成功……しましたわ……お兄様」
「ああ、まぁ、そのようだな」
風呂場とはいえ、お湯を張っていなければ、寒い。冬だしなおさら。
そして、この寒さの何よりの原因は……俺達が裸だからだ……
「お兄様、目はちゃんと閉じていますか?」
「ああ、もちろんだ。えーと、服は……レフィに案内してもらえ、俺は、先にシャワー浴びて待ってるから、着替え終わったら、呼びに来い」
「はい、分かりましたわ」
三人は音もなく、歩き去って行った。と、思う。その判断は、風呂場に扉の閉まる音で判断した。
なぜ、裸かと言うと、この転移魔法の一番の難点がここだからだ……この転移魔法は、俺達本人しか転移することが出来ない。道具はもちろん、服の一枚も移動させることは出来ないのだ。その代りに、使用魔力はかなり少ないが……微妙なところで使いにくい魔法である。
さて、あいつらも行った事だし、早くシャワーを浴びよう。流石に、裸でいるには寒すぎる……
シャワーを浴びて少ししたら、麻理が呼びに来たので、脱衣所に出て見れば、服が置いてあった。用意してくれたのか……有り難いな。
微妙に冷えた普段着のシャツとズボンを身に着けてから、脱衣所から出ると、麻理がいた。どうやら待っていてくれたらしい。
麻理は、レフィのワンピースを着ている。普段のゴテゴテしたものとはとは違ってシンプルな服装である。
「お兄様の言っていた通り、私の家と本当に変わらないですね」
「まぁな、そういうものだし」
「そういうって、どういう」
「ああー、まぁいいだろ、別に。それより、でもメシ食いに行こうぜ、メシ。お前の手料理は確かに美味いけど、お前も疲れているだろうしな」
「……まぁ、いいですわ、テンチェリィもお腹を空かせているでしょうし、そうしましょう」
ということで、話しのごまかしついでに、俺達は、ご飯を食べに行くことにした。
「テンチェリィ、お前は何を食べたい?」
「えーと、今日は、中華の気分です、お兄ちゃん」
「おう、ということで、今日は中華料理でいいか? みんな?」
「ええ、もちろんです」
「私もそれでいいわ、と言うより、駄目って言ったら、別のところでご飯を食べた後、中華料理店にもいくんでしょう? テンチェリィと二人で」
そりゃあ、テンチェリィが食べたがっているんだし、いくかもだけど。
「行くのでしたら、私も付いてきますけれど」
「まぁ、私も付いて行くっちゃ、行くけど……でも、二度手間は面倒くさいし、最初から中華料理店に行った方が楽だから、中華料理店でいいわ」
「わかった、じゃあ、行こうか」
と、いっても、これと言って中華料理の店を知っている訳じゃないし、探し探しとはなるだろうけど、それもまた一つの楽しみだろう。
街中を歩いて、30分。俺達は路地裏にあるにもかかわらず、随分と豪華な内装の中華料理店に入った。外見からは想像できない豪華さだ。
「いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ」
厨房にいる店主と思わしき、それなり歳をした男性がそう言って迎えた。他に店員はいない、一人で切り盛りしているのだろうか。
席は、カウンター席とテーブル席がある。路地裏の少し解りづらい所にあるせいか、脚はカウンター席に一人いるだけである。カウンター席からは、厨房が覗けるようになっている。麻理は、調理風景を見たそうにしているように感じられたが、4人で座るとなれば、テーブル席だろう。
「麻理、テーブル席でもいいか?」
「ええ、別にいですわよ、でもなぜ私に聞いたんですの?」
「いや、見たそうにしていたみたいだしな? 調理風景」
「……気のせいですわ」
「なんで否定するかはよく分からんが、お前がいいならいいや」
それとも、俺の気の所為だろうか。いや、見たそうにしていると思ったんだけどな。
席に座り、メニューを開いてみると、豪華な内装とは逆にお値段そのものはリーズナブルなものだ。この程度の値段なら、兵士だった頃にも普通に食べられただろうな。
麻婆豆腐……そういや、最近食っていないな。よし、俺はこれにしよう。
「みんなは注文決まったか?」
「そうね、私は決まったわ」
レフィが、そう言う。麻理は……顔を見る限り、決まったみたいだな。テンチェリィは、まだ、メニューと睨めっこ……ということは、迷っているのか。
「テンチェリィ、まずは一つ二つ頼んでみよう。それで足りなかったら追加で頼めばいいさ」
「うーん……はい、わかったです。お兄ちゃん」
みんなから、みんなの注文の内容を聞き、店主に注文を伝えた。
そうして、席に戻り、皆と話していると、料理が出来たようで、運んできてくれた。
「麻婆豆腐二つとエビチリ、胡麻団子、天津飯に豚の角煮、お待ちどうさま」
俺と麻理は麻婆豆腐。レフィはエビチリと胡麻団子。テンチェリィは天津飯と胡麻団子を注文した。ご飯はおかず系統の注文をすると無料で付けてくれるらしい。
「いただきます」
そう言って、レンゲで麻婆豆腐をすくう。見た目は凄く辛くみえるが……味はいったい。
レンゲの中の麻婆豆腐を口に放り込むと、まずやってくるのはうま味。そして、後から追って来るように、辛味がだんだんと迫ってくる。その辛味は際限なく迫って来るので、時が経つにつれとてつもなく辛く感じてくる。だが、うま味も消えることはなく、口の中に残り続けるので、この状態からでもご飯が食べられる。
次の一口を口に入れる。そうすると、豆腐のマイルドさが打ち消し過ぎない程度に辛味を和らげ、絶妙なバランスを口の中に作りだした。
こ、これは……そうか、これが……この瞬間が、一番美味いのか。この料理は。
このバランスが保たれるのは、二口目以降を口に入れた瞬間だけ、数秒するとまた辛味が強くなってくる。だから、次々に麻婆豆腐を口にしてしまう。それにしても、この絶妙なバランス……そう簡単に出来るものではないぞ……
気づいたら、皿の中に会った麻婆豆腐は無くなっていた。
「追加注文……他にしたい人はいるか?」
俺は、ただそう言って、皆を見た。
みんなの目は言っていた。同じものを一つ……と……
俺は、またしても店主に注文を伝えに行ったとき……カウンター席に座っていた男性と目が合った……
はぁ……ここでそう言う目に合うか……
「えーと、さっきと同じ注文をもう一回いいですか?」
「あい、分かった、席でお待ちください」
だが、ここで騒ぎたてる訳にはいかないし、ただのそっくりさんかもしれない。そうじゃなくとも、俺の事を覚えているとは限らないしな。
「その支払いは儂がするとしよう」
そう言ったのは、先ほど俺と目が合った一人の老けた男性。
駄目か。まぁ、そうだよなー。俺は結構でかいことしたわけだし。
「なっ……知り合いか? チャールズ」
「ああ、ちょっとな、なぁ、武元曹駛」
「はい、お久しぶりです、王様」
そう、この人は、チャールズ=ジ=フォルジェルド……つまるところ、王様だ。
「儂はもう王様では無い。それはあの時に分かっただろう? グルック=グブンリシ」
ああ、そうだな。それもそうだ。そう、この人は……俺が曹駛でありグルックでもあることを知っている。あの場では、あの勲章授与の場では何も言わなかったが……その顔が物語っていた。グルックが曹駛であることを知った、と。
「え、ええ、そうでしたね、前国王様」
「君をずっと探していたんだよ、勲章をもらうことを辞退して、国兵をやめたかと思うと、すぐさま姿をくらましてしまった、ずっとずっと、君と話したかったんだ」
そう言う前国王の顔は笑顔だ。はは……随分と厄介なのにからまれたな……
「さて、少し話いいかな? 君たちのテーブルにご一緒させてくれ」
「は、はい」
断れない分、あらゆる人物よりも厄介かもしれない……
さてと、どう切り抜けるか……この状況……




