151話・【ご報告】私、武元曹駛、妹が出来ました。
―武元曹駛―
テンチェリィは、いつも通り、いや、いつも以上の笑顔を見せながらテーブルでもぐもぐといろんなものを食べている。
一方、俺はというと……
「はい、反省してます、以後気を付けますのでお許しください」
「許されるとでも?」
「あ、えっと、いえ……」
正座中の説教され中。もちろん相手はレフィさん。目覚めたらここにいた。つまり、気絶させられたか、眠らされたから、殺されたか……できれば、真ん中のがいいな。いや、この際最初のでもいいや、最後の奴以外なら。
「で、曹駛は、何をしてたの?」
「いや、特には……」
「そう……それで納得すると?」
「いえ、それは……ひっ!」
レフィが杖を抜いた。
ちょっと、それは、勘弁してほしい。
「切り刻む者よ、走る風となりて……」
やばい、詠唱始まった。と言うか、なんというか、絶対殺す気だよね。やめてくれよ。
詠唱が始まった以上、魔法は発動する。発動してしまう。普通なら、発動しないか、発動しても問題ないくらいのものなのだろう。だが、レフィの詠唱方はちょっと特殊で、詠唱文の語句を入れ替えているのだが、最初に目的というか、メインの語句を持って来て、あとの方に修飾文を持ってくるので、威力はともかく発動はする。当たり所によっては……
「今、その力、暫しの間、我に与えよ……」
どうにかして、止めなければ……流石にこれ以上死ぬのは、麻理にも迷惑がかかる。多分。
止めなければ……そう思った時、何かが俺に語りかけてきているようだった。光が目に入り眩しい。そして、聞こえた、俺を使えと……
俺を……使え……?
目に入った光は……窓から差し込む光が、レフィの首で反射したものだ。レフィの首……たしか、そこには……
「その力は、強大である。その力は……」
「うおおおおおっ! させるかっ!」
俺は、正座の状態から、ジャンプして、レフィに飛びかかった。
「って、うわっ、そ、曹駛っ!?」
やばい、破棄された。けれど、きっと、発動はしてしまう、レフィの手の向ける先は俺の喉元……って、本当に殺す気かよ。だけど、俺は、死なねぇ、こんなところで死んでたまるかってんだ。
右手を伸ばす。魔力がレフィの手に集まるのを感じる。だけど、まだだ、まだ終わっていない。
右手に金属の堅い感触。瞬間、僅かだが、魔力を流す。すると……レフィの手に集まっていた魔力は全て吸い取られた……その、首輪によって……。魔封じの首輪。そして、これは吸収式。例のドラゴンの群れの一件以来ずっとただのアクセサリーと化していたが、久しぶりに役目を果たしたな。それと、吸収式で思い出したのだが、よくよく考えたらこれ有れば、寿命消費無しで魔法使えるじゃん。まじかよ、普通にびっくりだ。
と、気を抜いていると。いや、気を抜いていなかったとして、これは回避できなかった事象だろう。
「うわっ! やべっ!」
「きゃっ!」
俺は、レフィと衝突。お互い回避しようと変に動いたのが、仇となったのか、縺れるように倒れこんだ。
「痛ぇ……って言う前に、退かないと……」
「いたたたた……そ、曹駛っ!」
「わ、悪い。まさか衝突するとは思わなかったんだが」
「そうじゃなくて……急に飛びつかないでよっ!」
「いや、まぁ、それについては謝りますけれど。魔法で簡単に人を殺そうとしないでくださいよ」
「なんで敬語なのよ、普段、こういう場面なら普通に話しているくせに……というか、さっさときなさいよっ!」
と、耳元で怒鳴られる。ああ、キーンとした。
また怒鳴られるのもごめんなので、立ち上がろうとするが、いい感じに縺れていたのもあって、ちょっと、面倒なことになった。
俺は立とうとした→レフィはむしろ床で留まろうとしていた→俺とレフィは微妙に縺れた感じになっていたのもあって、立てなかった→レフィが床で留まろうとしていたのもあって、引っかかったように俺の体は動きを止められ、下に落下→気付けばレフィの顔面目の前→Yes. We kissed.
と、まぁ、こんな感じになった。変に縺れているせいで身動きが取れないのもあって、ちょっと長めに唇を合わせていた。
「うぇ、うぇ……ちょ、ちょっと、急になにするのっ!」
「いや、違う。えっと、その事故、これは事故だっ!」
「事故で急にキスなんかしないでよっ!」
まずはこの体勢を二人で協力して何とかして、とりあえずは縺れた状態から脱した。
「えっ、えっと、その、えっと、わぁ、わぁ……わぁっ!」
こっちを見ていたららしいテンチェリィが顔を真っ赤にして走り去って行った……後で誤解を解いておかないとなんだけど……というか、食べ物はちゃんと持っていくんだな。あと、その量を持てるって事は、結構力持ちなんだな、テンチェリィ。って、いかんいかん、軽く現実逃避していた。この後、きっと物理的に殺されるんだろうなぁ……急にキスしちゃったし。せめて覚悟くらいは決めておこう。
「えっと、その、あとでテンチェリィには説明しておいてね」
「あ、ああ……」
「その、まずは座りましょうか」
「う、うん……」
俺達は、テーブルを挟んで向き合う。思いのほか、落ち着いている。ヒステリックに包丁とか持ち出してくると思っていたが。むしろ、一周回って冷静になっているだけなのか? わざわざ、お茶も入れてくれたし。
「さっきのは、事故なのよね」
「ああ」
「他意はないのよね」
「まぁ」
ちょっと、緊張していたのもあって、喉が渇いたので、レフィの淹れてくれたお茶に手を付ける。よく考えずに飲んだが、毒とかないよな。レフィも飲んでいるし。
「……じゃあ、まぁ、いいわ。それともう一つ」
「なんだ?」
「曹駛は、私の事どう思っているの?」
「どうもなにも、まぁ、その、いいやつだと思ってる。家族くらいには思っている。かな……ちと恥ずかしいな、面と向かって言うと」
恥ずかしさを紛らわすようにティーカップを持ち上げ、一気に茶を飲み干そうとする。
「そうじゃなくて、その恋愛感情とか、その、えっちな方の感情」
「ぶっ!!」
ティーカップの中にお茶を吹き出した。急になんてことを言うんだ、こいつは。
「だって、曹駛って、私を買ったわけじゃない、あの値段で。私一応奴隷じゃない。私の行動にも原因があるのかもだけど、さっき曹駛が言った通り、その家族みたいに扱ってくれているけど、やっぱり、そういうことしたかったりするの?」
「え? いや、別に」
「ちょっ、そんなストレートに言われると、ちょっと傷つくんだけど……魅力ないの? と言うより、えっと、もしかったら、その怖がられてたりするの?」
怖がられている……まぁ、怖いっちゃ怖いけど、変なことすると殺されるし。けど、まぁ……
「別に魅力が無いわけじゃない。殺すのはちょっと控えてほしいけど……魅力が無いわけじゃない。そもそも、魅力が無かったら、お前の事なんか買うかよ、いくらしたと思っているんだ、それに、出合い頭に俺は蹴っ飛ばされたんだぞ、お前の風魔法でな。そんな奴誰が買うかよ、普通。だけどな、お前はその件を含めて見てもプラスになるほどの魅力を持っている。だけど、その、俺はそういうことは、ちょっと避けているんだよ、どうなるか分からないからな。この体質だし……まぁ、その、だから、別にお前の事を低く見ている訳じゃないし、お前に魅力が無いわけじゃない」
って、結構恥ずかしい事言わされているな。ああ、恥ずかしい恥ずかしい。
「じゃあ、その、曹駛がロリコンとかそういうことじゃなくて?」
「いや、それどっから出て来たんだよ」
「曹駛の周りにいる女の子たち」
「妹と精霊しかいねーよ、しかも、正確には誰一人ロリじゃないし」
テンチェリィがギリギリ。多分。
「と言うか、妹ばっかりって、テンチェリィは?」
「そうだ、お前に言わなきゃだな……テンチェリィは、妹にすることとした。養子というか、そう言う枠で奴隷やめさせる」
「奴隷やめさせるって? というか、奴隷やめさせるって、えっと、いろいろまずいんじゃないの?」
「ただ奴隷やめさせるだけだとな……って、うーん、そうかぁ……まぁ、詳しくは気にするな、とりあえず、今言えるのはテンチェリィは俺と麻理の妹……あと、天の妹となるから……」
「あ、あめ……さん?」
「ああー……そっちも説明しなきゃか……」
とりあえず、麻理同様に、レフィにも説明した。今なら、話しも通じるし、テンチェリィも元に戻ったし、話しても問題ないだろう。
「へぇ……そうなんだ、というか、結構色々あったのね、この短期間で」
「ああ、まぁ、あと、色々と誤解は解けたか?」
「うーん、ちょっと怪しいとはいえ、曹駛が完全なロリコンというわけではないということは、とりあえずは分かったわ」
「まだ可能性あるのかよ」
「だって、天さん言うこと聞いて受け入れようとしていたんでしょう?」
「違うって、本当に話聞いていたのかよ、ただ迷っていただけだって」
「いや、迷った時点ですでに怪しいわよ」
あの時は……テンチェリィの事もあったし……なんもなかったら、即、断るに決まっている。麻理にやられると、ちょっと過去の事もあって断りづらいけど、きっと断る。テンチェリィはまずそういうことしてこないと信じてる。クリムは……食う(リアル食事)になるだろうし……別にロリコンじゃねぇ。
「それはともかく、奴隷をやめさせるって、どういうこと?」
「えー、それはだな……」
説明しなきゃなのか……やっぱり。下手に話すんじゃなかったかもしれない。レフィまで奴隷やめたいとか言われたらちょっと厄介だからな……だって、俺はレフィに奴隷をやめさせるつもりはまったくと言っていいほどないしな……
「その、いろいろと手順を踏む必要はあるんだけど、申請すれば、奴隷は人間になれる。で、それに色々と重ねて申請するから、テンチェリィは俺の妹になる。って言う感じかな」
「へぇ……ねぇ、で、その、人間になるって……私も出来るの?」
やっぱり……そう来たか……
「まぁ、条件はクリアしているな。確かに」
「じゃあ……」
「だが、最初に言っておく」
これ言ったらどういう反応されるか分かったものじゃないけど、でも、言わないとだろ。これはな。
「俺は、お前に奴隷をやめさせるつもりはない」
「えっ?」
「だから、お前はまだ、奴隷のままだぞ。当分はな……」
「な、なんで?」
なんで、か……だが、それを説明したら、奴隷のままにしておく意味が薄くなるんだよな……だって、それこそが理由そのものだからな。
「まぁ、心配はするなよ、奴隷のままだからって、奴隷としては扱わないし、家族として扱うからさ、それに、何も心配しないでも幸せにしてやるから、安心しろよ」
「幸せにしてやるって……それは、プロポーズのつもり?」
「ああ、まぁ、どう捉えるかは自由だが……とりあえず、俺は、お前に奴隷でいてもらうつもりだから、この件については忘れてくれてもいい。ただ、人間になれるとまでは思わないでくれ」
「プロポーズするくらいなら、まずは人間にしてくれるくらいしてくれても別にいいじゃない」
「そう言うわけにもいかない。お前が、もしも、どうしても奴隷をやめたいなら……その時は……流石に俺も考える必要が出てくる……まぁ、どっちにせよ、しばらく待ってくれ……」
「曹駛……」
その後、しばらく無言が続き、居心地が悪くなった。
「あ、ああ、おれ、テンチェリィにさっきの事、説明してくるな」
俺は、そういって、この場を離れたのだ。この居心地最悪の空間から逃げるように……
レフィは、奴隷のままでいてもらわないと困る。だってそうでなければ、きっと、あいつは俺の元から離れて行ってしまうだろうし、そうなったならば、俺は俺の罪を償えないだろうから……
どこまでも自分勝手な、自己本位な罪滅ぼしが出来ないだろうから……




