150話・俺と、妹と、妹と、妹。
とうとう150話、これも皆さまのお蔭です。これからもよろしくお願いいたします。
―武元曹駛―
俺は、駆けた。テンチェリィが走って逃げたとして、距離も、時間も走るほどの物でもないかもしれない。けど、駆けだした。駆けださずにはいられない気分だったのだ。そうしなければ、もしも、テンチェリィが走って、どこか、本当にどこか、今のテンチェリィが向かう先、それがどこかは分からない。でも、そこにテンチェリィが辿り着いたとき、テンチェリィが姿を暗まし、天でもテンチェリィでもない、誰でもない誰かが俺の知り合いのふりをして、俺の近く来る気がした。だから、俺は全力で走った。
確かに、テンチェリィは素早いけど、でも、本気で走った成人男性に勝てると思うなっ!
「待ちやがれっ!」
大声で叫ぶと、物陰から音がした。なるほどな、ビビりなのは元からなのか。
俺が近づく前に、テンチェリィは物陰から飛び出し再び駆けだした。叫ばれただけで、反応するくらいなら最初から隠れるなよ。まぁ、もう一度同じ手が通用するとは思ってないがな。
だが、一度逃げる姿を見たなら、それを視界から外さないようにすれば、どんなに早かろうが、逃げ切ることは出来ないぜっ!
長い廊下を走り、階段を使わず、直接下に飛び下りたテンチェリィは、回転しつつ着地、そして、立ちあがると、速度を落とすことなく、そのまま屋敷の外に飛び出して行った。くっそ、危ない下り方をしやがる。
俺も、それを追い、階段を無視して飛び降りて二階から一階に。くっそ、足が痺れる、
俺は普通に着地してしまったため、振動が直接足に響く。普段は異常な量の寿命に物を言わせて、魔法やら術やらなんやらと何かしらのサポートをフルに使っていたため、先ほどテンチェリィがやったように、身体をうまく使うことはパッとは出来ない。まぁ、それでも、体そのものは兵士やってた時と同等の物だから、かなり鍛えてあるし、丈夫だから、この高さくらいなら、飛び降りることくらい出来るが、思いのほか響くな、これ。
しゃがんだ状態から立って、急いで俺も外に飛び出る、すると、テンチェリィの姿はなかった……が、頭隠して尻隠さず、雪に足跡が残っているぜ。
その足跡を追っていくと、その先には小屋があった。多分、ちょっと前、俺が閉じ込められていたところだろう。
ガチャリ、軽い扉を開けると、そこは蛻の殻だった。
なぜだ、何故ここに誰もいない……もしかして、あの足跡はフェイクかっ……でも、あんな短時間でどうやって……
この部屋にはただ藁が積んであるだけだった。到底誰かがいるようには思え……あれ、今この藁動かなかったか?
「………」
「………」
隠れるの下手なのかよっ! と言うか下手すぎるだろ、ちょっとしたことで驚くし、潜んでいるのにもかかわらずもぞもぞ動くし。
「て、テンチェリィいないのか?」
「………」
「よし、いないな」
俺は、扉を閉めた事がちゃんとテンチェリィに伝わるように、わざと強めに閉める。そして、何歩かその辺をぐるぐるとまわって、雪の踏む音を鳴らす。
そうして、足を止め、数分後、再び扉を開ける。
「ふぅ……私は天。私は天、私は天、私は……「ハロー、テンチェリィ」……あ、あれ、こんなこと前にも……」
テンチェリィは、部屋の中にいた。積まれた藁は先ほどと比べて量が減っているように見える。やっぱり、中に入って隠れていたようだな。
「ああ、懐かしいな、最初の出会いの時以来だ、こんなことするのはな」
「え、えっと、な、なに? お兄ちゃん、そ、その、やっぱりあの時言った事、本気にしているの? そ、その、男女の関係に、なりたいの? 私と……」
「はぁ……そこで、その話を持ってくるか……まぁ、そのことは気にすんな、だって、それは天が勝手に言った事だし、天もあれは本気で言ったわけじゃないだろうしな」
「だって、天は私だし」
「本人が、自分は本人だなんて言うかよ、そこは笑うとこだぜ、本人ならな。お前はテンチェリィだ。臆病で、食べるのが好きで、小動物みたいなやつだ。お前が今まで、どうだったかなんかしらねぇ。お前が奴隷になる前に何があって、それによってお前の本性がどんなもんだって関係ねぇ、どんなんだろうと、突き詰めて見れば、お前はどうやってもテンチェリィなんだ。どうあがいてもな。だから、いい加減にしろ」
「な、なにを? お兄ちゃん?」
見るからに怯えている。でも、ここでやめるつもりはない。もっと追いつめてやる。さっき言った通り、突き詰めて見れば、お前はお前なんだ。テンチェリィはテンチェリィなんだ。だから、追いつめて突き詰めて、鏡でも付きつけて、お前に自覚させてやる。お前がテンチェリィだってことをな。
「お、お兄ちゃん……」
「はい、そこ、素が出てる。微妙に違うんだ、お前が俺を呼ぶ時と雨が俺を呼ぶ時。微妙にアクセントが違う」
「そ、それは……た、たまたま……」
「はい、そこ、あいつももっと、なんというか、しゃきしゃきしてる、そんなにおどおどしない。何があろうとな」
「で、でも、いつもそう言うわけじゃないじゃないですかっ!」
テンチェリィがまさか、怒鳴り返してくるとは思わなかった。確かに、今のはテンチェリィらしくない。けど、だからと言って天らしいわけでもない。だから、追いつめる。突き詰める。思い知らせる。まだ、まだ……
「はい、そこ、天はこんな土壇場で敬語なんか使わねぇ」
「だって、だって、私は、わたしは……」
「はい、そこ、おまえ、今、ちょっとだけ、自分がテンチェリィだって自覚しただろ」
「そんな、そんな……」
「悪い、今のは、俺が間違っていた。お前は、最初から自覚している。自分がテンチェリィだってな。だから、今自覚したのは、自分が天じゃないって事だ。もっと正確には、自覚したんじゃなくて疑ったんだろ、自分は天にはなれないんじゃないかってな」
「そんなわけ……」
「ある。お前は、そう思ったんだ。そして、その通りだ。お前は天にはなれない。子が、自分の親を見て、それを目指したって、全く同じ物にはなれないのと一緒だ。お前がいくら天を目指したって、天のふりをしたって、それは、あくまで真似でしかない。似ている人でしかない。お前は、天のドッペルゲンガーにすらなれはしない」
テンチェリィは今にも泣きだしそうな顔をして、こちらをにらんできている。これも、何時ものテンチェリィらしくはないけど、でも、テンチェリィだ、もう天に似ている人ですらない。テンチェリィだ。だから、あと、もうひと押し。
「テンチェリィ」
「………」
「テンチェリィッ」
「……っ!」
「テンチェリィッ!!」
「は、はいですっ!」
やっと……返事をしてくれたか。テンチェリィ……
「テンチェリィッ、お前は、テンチェリィなんだっ! だから……」
俺は、テンチェリィに飛び付き、抱き着いた。
捕まえた。テンチェリィ。物真似ごっこはもうおしまいだ。もう遊び疲れただろう。そんなに泣いてよ……だから、もう、終わりなんだ。このダブル鬼ごっこはよ。テンチェリィが天を追いかけて、俺がそのテンチェリィを追う、この不毛なお遊びは、もう終わりなんだ。
「テンチェリィ、みーつけた」
いや、かくれんぼだったのかもしれない。その小さな体の中に潜むテンチェリィを探し出す。そんなかくれんぼだったのかもしれない。でも、それが何だったのかなんて結局のところ関係ない。要は、もう終わりだってだけだ。この遊びの時間が。
「はい……お兄ちゃん」
「ああ、甘えろ。目一杯甘えろ。お前は天じゃないが、天ではないが、妹くらいには思っているさ。だから、目一杯精一杯甘えろ。そうしたら、俺は今まで通り、目一杯精一杯全身全霊で甘やかしてやる。金が有る限りだったら、好きなもんだっていくらでも食わせてやる、一緒に遊びたかったら、時間の許す限り体力の許す限り、いくらでも遊んでやる。だから、もう、この物真似ごっこだけは、やめようぜ。俺は疲れた。それに、誰も喜びはしないさ、こんな不毛な遊びはよ」
「……うん」
泣きながらだが、テンチェリィは笑った。笑顔を見せてくれた。おいおい、そんないい笑顔、今までいくら金を掛けても見せてくれなかっただろうがよ、やっぱ、子供は、食べるよりも遊ぶ方が好きなのかよ。だとしたら、この物真似ごっこにも、少しは意味があったのかもしれない。と、いっても、流石に続けさせるつもりはないが。
「さて、おしりぺんぺんでもしようと思っていたんだが」
「ひぇっ……い、痛いのは……」
「ああ、心配するな。お前が思いのほか聞き分けのいい子だったしな。それに、まぁ、やっぱり、俺、お前に駄々甘なようだしな」
「ほっ……って、わぁ、わぁ、わぁ……」
思いっ切り、抱きしめてやった。
麻理、天、そして、三人目の妹。テンチェリィ。テンチェリィは俺の妹だ。だから、我儘は聞いてやらないといけない。麻理には、例の約束の事、ちょっと待ってもらうことになるかもしれない。だけど、それくらい待てよ、お前だってお姉ちゃんなんだからよ。
「え、えっと、お、お兄ちゃん」
「ああ、なんだ?」
出来るだけ、優しくそう聞き返す。
なにか、さっそく言いたいことでもあるのか? どんど来い。聞ける限り聞いてやるさ。お前の我儘を。
「や、やっぱり、そう言う行為を……だ、男女のそう言うのをするのですか?」
「……そう来たか……」
斜め下の内容だった。本当に斜め下だな、おい。
「なんでそうなるんだよ」
「だ、だって、急に強く抱きしめるし、ここには誰も来ないだろうし」
「あー、いや、まぁ、でも、そんなことはしねーよ、別に。お前が本当に嫌がるようなことはしねーよ……まぁ、悪戯くらいはするかもしれないがな」
「えっちな?」
「そうそう……って、ちがーう。そうじゃない。そうじゃないよ、テンチェリィ」
「でも」
「でも、も何もねーよ、大丈夫、大丈夫だから」
もうちょい信用してほしいな。まぁ、信用してくれていると信じよう。
「でも、私が嫌がっていなかったら?」
「は?」
「だから、も、もしも、その私が、その、お兄ちゃんがそういうことをしてくるの、嫌がっていなかったら、その時は、どうします……です」
テンチェリィ、ど、どうしたんだ? そ、それは、ちょっと、勘違いしそうになるから、やめた方がいい言動だ。
「その、どうしますです?」
その瞬間、テンチェリィに引き倒された。
自分の真下にテンチェリィがいる。すぐ目の前にテンチェリィの顔がある。
「どう……します?」
「………」
テンチェリィの吐息が、声が、耳元にある。テンチェリィの心拍音までも感じられる距離、そして、背後に、肌がヒリヒリするほどの殺気を感じる……
振り向かなくても分かる。
「その、違うんです、レフィさん」
むにゅり。テンチェリィに抱き寄せられ、顔が小っちゃいお胸にぴったり。
「で、言い残すことは?」
「はい、柔らかかったです」
「はい、分かりました」
俺は、テンチェリィのホールドを振りほどき、その場で立ちあがった。
「テンチェリィ、ちょっと、用事が出来た。また、あとで、また、会えたら、また、会おう」
「え、あ、はい、です」
俺とレフィは、小屋の外に出た。この後何があったかは言うまでもない。




