149話・俺と妹ともう一人の妹擬きと。
―武元曹駛―
「で、お兄様、一体何をしたのですか?」
「何もしてねぇよ……本当に……」
テンチェリィは、結局下に降りてみんなと一緒にご飯を食べた。もちろん、普通の量だ。だから、いつも通り、天のために多めに作った料理は余ってしまっている。
「でも、それは……」
「ああ、ああ……あとで、説明する」
テンチェリィは、席を隣に寄せてきて、俺の腕に抱き着いて、ほっぺをすりすりと擦り付けてきている。光景だけならば、問題ない。どう見えるか云々なんて気にする必要もないのだろう。だが、今回は、この状態のテンチェリィがやった場合は……気味が悪い。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、何の話をしてるの?」
「い、いえ、なんでもありませんわ」
テンチェリィは、たしかに、前までと同じで、俺のことをお兄ちゃんと呼ぶ。だが、なんというか、雰囲気がまるで違う。それに、この猫なで声……テンチェリィにやられると、違和感しかない。
「なぁ、テンチェリィ……」
「だから、テンチェリィじゃないです。天です」
「テンチェリィ……」
「むー……」
「あ、天……」
「はい、なんですか、お兄ちゃん」
と、こんなかんじで、名前を呼ぶ時も、テンチェリィと呼んでも反応してくれない。それもあって、麻理は、こっちを訝しげなまなざしで見てくる。ちなみにレフィは、途中でどっか行った。見ていられなかったのかもしれない。ああ、分かっているさ、あとで全部説明する。こうなった経緯も、もちろん、天のこともな。
「そ、その、俺の部屋に行くか、天」
「お兄ちゃんがそういうなら、付いてくよ」
「お兄様……分かりました、あとで、ちゃんと説明してくださいね」
「ああ、もちろんだ、麻理」
食堂から出る際、麻理とアイコンタクトをする。
「もうっ、また二人だけで内緒話して、私も混ぜてよ」
「いや、内緒話をしていたわけじゃないって……」
「終わり、もう終わり。お姉ちゃんとお兄ちゃんの二人だけの時間終わりっ、次は私とお兄ちゃんの二人の時間ね。じゃあ、早くお兄ちゃんの部屋に行こ」
「お、おい、引っ張るなって……」
俺は、テンチェリィに腕を引かれ、俺の部屋まで連れていかれる。
部屋の前までたどり着くと、扉を開け、俺を部屋の中に押し込んだ。
「さてと、お兄ちゃん、何して遊ぶ?」
さて、どうしたものか……
結局、あれから、トランプをしたり、外に出て鬼ごっこやかくれんぼをしていたら、疲れてしまったらしくテンチェリィは眠りについた。寝てしまったッテンチェリィをベッドまで連れて行き、布団を掛けてあげてから、麻理のところに向かう。
たぶんだけど、自分の部屋にいるだろう。この時間帯だったら。
兄妹とはいえ、女の子の部屋に入る訳だし、一応、ノックをする。
「はい、お兄様、でしょう」
「ああ」
扉を開くと、麻理が紅茶を入れて待っていた。なんだ、分かっていたのか。俺が来ること。
「それで、お兄様、あの子に、何があったのですか?」
「ああ、説明する」
俺は、テーブルを挟んで麻理の正面に座り、テンチェリィの事を話した。テンチェリィの体が、実は、テンチェリィの物ではない事。俺達にもう一人妹がいる事。そして、その体こそが、今テンチェリィが使っている身体であること。テンチェリィは天の魂を分けて作られた存在であること。テンチェリィが消えかけていて、天と話し合って、天の魂に不完全な封印を施すことで、テンチェリィを何とかしたこと。そして、テンチェリィがそれに気づき、いらぬ罪の意識にかられ、天のふりをしている事。俺の知っている事を全て話した。
「なるほど、じゃあ、それで……」
「そうなる。テンチェリィは、天のふりをしているだけなんだ」
だが、それをどうこうすることは俺には出来ない。テンチェリィの意志は断固として変わらない。変えられない。いや、そこにテンチェリィの意志があるかどうかも分からないレベルだ。義務感と罪の意識だけで動いているかもしれない。
「それにしても、私達に、妹が……」
「そうだな、それは、俺も純粋に驚きだった」
「ずっと二人でしたから」
「そうだな、ずっと二人だった」
だから、あいつを一人にしてしまっていた。気づかないうちに。たぶん、麻理も同じことを思っているだろう。
「なぁ……」
「はい、お兄様」
「お前なら、どうしたい?」
「どうするべきかではなくって?」
「ああ、どうしたい? テンチェリィをなんとかして、どうにかこうにかして、何時ものテンチェリィに戻ってもらう。戻らせる。もしくは、もうこのまま……このまま、テンチェリィに天を演じてもらうか、麻理なら……麻理ならどっちがいい?」
テンチェリィには、テンチェリィらしくしていてほしい。そのらしさというのが、押し付けだったり思い込みだったりするかもしれない。だけれど、それでもテンチェリィらしくいてほしいとは思う。それに、テンチェリィがテンチェリィでなければ、自らを封印してほしいと言った天の行動が、無駄になる。だから、テンチェリィにはテンチェリィらしくしてほしい。でも、もしも、もしも、それがテンチェリィのやりたいことで、テンチェリィがどうしようもないくらいの罪悪感に動かされているのならば、その罪悪感よりも、辛さが上になるまで、そうさせてやるというのもまた一つの選択だ。確かにそれは、誰も幸せにならない選択かもしれない、でも、それをテンチェリィが本当に、断固として、変えることなく、選択するならば……俺には、それを止める権利はない。
「お兄様、難しいことを考えている時の顔をしていますが……簡単な事ですわ。お兄様のしたいことをすればいいのです」
「俺は、お前がどうしたいかを訊いたつもりなんだが」
「いいえ、お兄様の考えている事くらい分かりますわ……私に、背中を押してほしいのでしょう」
「……まぁ、な、恥ずかしいところそうなるっちゃ、そうなるが、ただ、純粋にお前ならどうしたいかも気になってはいるんだぜ」
「それなら、もう一回背中を押してあげますわ。私なら、テンチェリィをいつものテンチェリィに戻したいですわ」
それが本当なのかどうかは分からないが、でも、麻理が俺の背中を押してくれていることくらいは分かる。あーあ、言葉にはしてないけど、やっぱバレバレだってことか、俺がテンチェリィがテンチェリィでない今の状態をよしとしないこと。まぁ、何年もずっと一緒にいるしな。もっといえば、臨終の約束をした仲だ。それくらい分かるって事か。
「ああ、まぁ、えっと、ありがとな」
恥ずかしいよな。向き合って真剣な話の時にこうお礼の言葉を口にするって。
「やめてください、お兄様が恥ずかしそうにしていると私まで恥ずかしくなるので」
「ははっ、それはごめん。まぁ、でもそれはそうとして、どうすればいいと思う? こっちは本当の質問で。テンチェリィにテンチェリィらしくいてほしいと言っても、あいつにその気がないとそうさせるのは難しいが」
「いえ、簡単ですわよ」
「はぁ?」
「だから、簡単です」
麻理は嘘をついていない。断言できる。でも、簡単って……それはないだろう。
「どうすればいいんだ?」
だから、素直に訊いてみることにする。
どうすればいいかを。
「ですからかんたんです。命令すればいいのですわ」
「命……令……?」
「ええ、命令ですわ」
そんな、命令だけで何とかなるのか?
「命令だけで何とかならなければ、しつけをしてまた命令をすればいいのですわ。だって、テンチェリィはお兄様の奴隷でしょう? まぁ、流石に過激なしつけは許しませんけど、お尻ぺんぺんくらいならいいのではないでしょうか」
……ど、奴隷……そう、だけど……
「奴隷じゃなくとも、家族だと思っているなら、悪いことをしたら叱らなければいけません。どっちにせよ、たまには怒ってみればいいのですわ。お兄様はあの子に優しすぎるだけですわ」
麻理が言った事は、正論。まっとうな正論だった。そして、何故か、俺はそれをかけらも思いついていなかった。
「お兄様は、あの子に甘すぎるって、もっと早く行っておくべきでした。お兄様、たまには厳しくしてみたらいかがですか? そうしたら、きっと、あの子も命令を聞き入れるかどうかは別にして、お兄様の言うことに耳を傾けるくらいはしてくれます」
厳しくか……それも大事……な、事なんだよな。
「さて、本当に真面目な話には入り込んでくる気がない、臆病な子が一人、扉の外で盗み聞きしております。さっさと捕まえて、お仕置きをしてあげてください」
麻理がそう言うや否や、外から駆ける音が聞こえる。その音を聞いてすぐに部屋から飛び出してみると、廊下には寝ていたはずのテンチェリィの背中が見えた。
「わかった、ありがとな、麻理。ちょっと、お仕置きしに行ってくる」
「行ってらっしゃい、お兄様。でも、やりすぎや、いやらしいことは死刑ですからね」
「分かってるって」
いや、分かってないけど、死刑ってお前……そんなレフィのようなことを言わないでくれ、怖くなるから。
「ああ、もちろん、次に会った時あの子が今と同じ状態でも死刑ですから」
なんだよ、それじゃあ失敗出来ねぇじゃん。
「はぁ……」
小さくため息をついてから、俺は走り出した。
待ってろテンチェリィ、お前はテンチェリィだっていうことを思い知らせてやる。




