148話・Why why why why why why do you do that?
―武元曹駛―
「ん、あれ……」
「テンチェリィッ……」
数時間して、テンチェリィが目を覚ました……つまり、成功したって事か? いや、それはまだわからないか……でも、とりあえずは、まだテンチェリィはいる。大丈夫だ。後は少し様子見をして、また気絶するようなことが無ければ、成功したってことになる。
「えっと、その、なんか……ぐわんぐわんするです……」
「だ、大丈夫か」
もしかしたら、後遺症かもしれない……だとしたら、対策を考えないと……
「その、すいません、お兄ちゃん……じゃなくて、えっと、ご主人様……」
「どうした、急にそんな呼び方して、クリムでもあるまいし」
「すいませんです……ちょっと、その、いろいろあるので、一人にさせてください……です……」
と、テンチェリィがつらそうな声でいう。その目にいっぱいの涙を溜める、テンチェリィの姿は今まで見た中で一番つらそうだ。
「分かった……」
それでも、俺は、この部屋から出て行くことにした。だって、つらそうな顔以上に、真剣な顔をしていたから……一人にさせてあげることにしたのだ。
バタン、大きなドアが閉まる。
「とりあえず、どうすっかなー、まず、麻理たちに軽く説明するか」
と言っても、天の事は、まだ話さなくてもいいかな。レフィはともかく、麻理は動揺するかもしれないし。だからといって、麻理に教えないのに、レフィにだけ教えるっていうもおかしな話だしな。
今、何時だろ。外は明るいけど……
「あー、そういや腹減ったな」
食卓にでも行ってみるか……
階段を下り、食卓へ向かう途中。
「あ、曹駛、テンチェリィと変なことしてないでしょうね」
「開口一番それかよ……」
「ええ、まぁ、曹駛だし……」
「そうか、俺だもんな……」
俺達は顔を合わせて、お互いに小さく笑った。
「ふふっ……」
「ははっ……」
窓から差し込む光が、やけに眩しく感じられたのは、気のせいだろうか。
今、この瞬間は、とても輝いていた。
「ふふふ」
「ははは」
俺達は、また笑いあえた……それで十分だ。後は、何もいらないだろう。
「って、なんだ、この雰囲気。まるで物語の最終回のようだぞ」
「いや、こうすれば、終わるかと思って」
「何がっ!?」
危ない。いろいろと。
「曹駛の人生」
「殺す気っ!?」
「でも、死なないみたいだし、私が直接殺すのも手かな」
「やめてくれ、お前が言うと笑えない」
既に、何回か殺されているし。レフィは俺を殺した回数ランキング第二位だ。一位は麻理なのだが、あれは、まぁ、仕方ないことだし、麻理は実質は第三位くらいだ。そして、実質一位がレフィ。ちなみにレフィの一個下は鷸。
「いや、笑わせるつもりないし」
「え、本気だったのか」
「まぁ、半分は……」
「まじかよ……」
なんでこんなに身近な人に殺されなければいけないんだ。
「ちなみに、もう半分が有るのは、メアリーのお蔭だから、その辺忘れないように」
「………」
つまり、俺一人だったら、既に殺されていたと。くっそ、いつか抵抗してやるからな。
「ロリコン殺すべし」
「急にどうしたんだよっ、お前」
「だって、曹駛がなんか、最近ちっちゃい子により興味を持っている気がして。テンチェリィとかクリムとかメアリーとか姫様達とか……」
「よりってなんだよ、よりって……そもそもそんな趣味ねーよ、テンチェリィを買ったのはたまたまだし、姫様はあっちからこっちに来たんだし、クリムに関しては知らねーし、麻理は妹だし、スミ姫だってスミ姫の安全のためだし」
というか、テンチェリィは置いておくにしても、クリムと麻理に関しては歳がお前より上だし、クリムだけで言えば、あいつは俺よりか年上だし。
「まぁ、今日のところは許してあげるわ。だから、テンチェリィと何をしていたのか話しなさい」
「急に気絶したテンチェリィが心配だったから起きるまで見てた」
「……嘘じゃないわよね」
「ああ」
ああ、嘘ではない。封印を施した結果、天とテンチェリィの体を扱う者が一時的にいなくなり、テンチェリィが復活するまでのあいだ、倒れていた。そして、俺は、それが心配で見ていた。虚偽はない。ただ、言い方を変えただけだ。
「……そう言うことにしておいてあげる。じゃあ、とりあえず、ご飯にでもしましょ、いま、メアリーが作ってくれているだろうし。曹駛が部屋でテンチェリィと何かしている時も、毎回曹駛の分まで作ってくれていたのよ。感謝の言葉でも言ってあげたら」
レフィはそう言うと、体を反転させ、食堂とは逆方向に向かって歩いて行こうとしていた。
「おい、食堂は逆だぞ」
「知ってるわよ」
「じゃあ……」
「女性に訊くことじゃないわ」
あー、はい。トイレか。確かに、それならそっちであっている。なので、それ以上は尋ねず、食堂に向かって歩き出す。
お、いい匂いがする。甘酸っぱい匂いだ。
食堂についてみれば、レフィの言っていた通り、俺の分も用意されていた。もちろん、テンチェリィの分もな。
「あら、お兄様、お楽しみでしたか?」
「おまえら、揃って開口一番それかよ」
二人して裏で台本でも作ってんのかよ。
「で、どうでした。気持ちよかったですか? まぁ、文句も言いたいところですが、元々そういうつもりで買ったのでしょう、奴隷ですし、そういうことが出来ると」
「違うよっ! もうちょっと兄のこと信頼しろよ」
「基本的にお兄様は信頼できない存在ですから」
「いやいや、俺だって……」
「ぺろぺろ」
「すいませんでした」
はい、なんとなく流れは読めていた。信頼しろよって、俺が言った辺りから。
「まぁ、それは置いておくとして」
「私的にはあまり置いておけないのですが、まぁ、お兄様のお金で買ったのですし、文句は言いませんわ」
もろ言ってるけどな。まぁ、許すとしよう。
「俺の分も作ってくれていたんだな。ありがとう」
「……急にそうやって真面目に感謝されると、何か不安になりますわね」
「なんでだよっ!」
お前の中での俺はどうなっているんだよ。
「もちろん、変態です」
「いや、なんで、またその目使ったの?」
「大丈夫です、お兄様の心の表面上だけ読むこと専用ならば問題ありません、って前に言いませんでしたか?」
「そうだとしても、寿命の無駄使いだろ」
「無駄遣いという面でいったら、お兄様だってテンチェリィと一緒の時に何か使ったではありませんか、それなりに大きい物を……もしかして、回復系統の魔法を使いながらやっていたりしました?」
「話をそこに戻そうとするなよ、というか、何もしてない。その、寿命の使用の事に関しては目を瞑ってくれよ、必要な事だったんだ。えーと、気絶したテンチェリィを起こすっていうかその症状をなくすために」
「ええ、まぁ、それに関しては目を瞑るとします。私だって、お兄様が意味もなく魔法を使うとは思っていませんし」
「……いつか話す」
「死ぬまでには話してくださいよ」
「ああ」
なんやかんや、理解してくれるな。麻理は。そこに至るまでに俺は精神的に突かれてしまうわけだが。まぁ、レフィよりは分かりやすい。途中ブランクがあるとはいえ、長年一緒だしな。
「あんまり、恥ずかしいことは思わないように」
「なんだよ、まだ俺の心の中覗いていたのかよ……あー、もう、俺も恥ずかしいし、おあいこだ」
事実、結構恥ずかしい。感謝なんてそう言う場面が来ない限り、そうそう言えるもんじゃないし。
「あ、もう出来ていたんだ」
と、ここで、トイレに行っていたレフィが現れた。
「えーとこれは、天津飯?」
「いえ、かに玉ですわ」
さて、席に着くか。
「そういえば、曹駛、テンチェリィは?」
「ああ、その、一人にさせてほしいって言っていたから……」
「「一体、なにをした」しましたの?」
二人に怒鳴られた。いや、何もしてないってば。本当に。
その後、誤解を解くのに時間が掛かりそうだったので、無理やり話題を打ち切ったんだけど……これ、大丈夫か?
「とりあえず、テンチェリィの分のメシを運んでくる。温かいうちに食うのが一番だしな」
と、言い残して、俺の部屋に向かう。
無駄に大きい扉を開き、部屋に入ると、テンチェリィは椅子に座っていた。
「テンチェリィごはんだぞ……って、大丈夫なのか?」
「………」
「その、大丈夫なら下で一緒に食うか?」
「曹駛……さん……」
「どうしたんだ? そんな呼び方して、らしくないな」
「らしく……って、なんです?」
「らしくって、いつもどおりでいいんだぞ、急に無理してそんな言葉遣いする必要なんてないってことだ」
「無理です……むりです……」
テンチェリィは泣いていた。
「だって、これは、私の体じゃないです」
そうして、言った言葉は信じられないものだった。
「お前……それ、どうして……」
「その、急に頭に知らない記憶が、溢れて来て……その、曹駛……さんのもう一人の妹さんが、その、その、えっと……」
「なっ……」
ま、まさか、身体だけじゃなく、天の記憶までもが、テンチェリィの方に行くとは……
「その、この体は……そして、その、その……わ、わたしは、どうしたら……」
「だから、いつも通りでいいんだ、テンチェリィ」
「だって、これは、この体は、曹駛……さんの妹さんの体で、天さんの体で、私の体じゃなくて、でも、天さんは私のために、あなたのために、私に体を、魂を渡してくれて……その、その……」
ぼろぼろと、大粒の涙を流しながら、しどろもどろになりながら、テンチェリィは言葉を探し、それを口にしていく。
「だから、その、私が、私のままじゃ、天さんが……天さんが……だから……」
「だから……なんだって言うんだよ……テンチェリィ……」
「だから、だから、私は、今日から、天さんになれるように頑張ります」
テンチェリィが出した答えは、到底不可能なものである。そして、誰も望んでいないものでもある。
「何言っているんだよ、テンチェリィ……」
「なんですか? お兄ちゃん、私の事は天と呼ぶこと。そんな名前で呼ばない呼ばない」
テンチェリィが涙を腕で拭った時、テンチェリィはテンチェリィでは無くなっていた。でもそれは天でもなく、やっぱりテンチェリィなのだ。だが、それは、テンチェリィと呼べるような存在では無かった。




