147話・僕はこんにちは、君はまたね。
―武元曹駛―
「は?」
待て……こいつ……天は、一体何を言っているんだ?
「テンチェリィが……消える……?」
「うん、そうだね……だから、私は自由なタイミングで出て来られるし、それだけじゃない。あの子が理由もなく急に気絶するのも、あの子の魂が薄れているからだよ……多分ね……まぁ、元々私の魂の大半を明け渡すことで存在できていたようなものだからね……私がこう自由に話せている時点で、あの子は大分魂を消耗している、というよりも、私に還元している証拠だろうしね」
「つまりなんだ……テンチェリィは、もともと、お前の魂で出来ていた……って事か?」
もしも、そうならば、自然消滅しても……おかしくない。いや、それこそが、もっとも自然な形となる。だとしたら……
「まぁ、そうなるかな」
「なっ……そんな……じゃあ、どうしたら、テンチェリィは存在し続けていられる?」
「そうだね……それに悩んでいたところ、まぁ、お兄ちゃんも悲しむでしょ、あの子が消えると……だから、なんとかしようとは思っていたんだけど、その方法が見つからない。とりあえずは、一通り、私の出来る限りやってみてからこの仮説を話したかったかな。お兄ちゃんが動揺するのは分かっていたし」
それで、あんな行動に出て、話を強引に逸らしたのか。にしても強引過ぎだが……
それよりも、今は、テンチェリィをどうするかだ。
「魂の分譲みたいな形でテンチェリィが存在していたって言うのならば、もう一回魂を・……」
「分ける? 無理だよ。それを私が思いつかないと思った? 当然思いついたけど、流石に、それは難しい。だって、お兄ちゃん。考えても見てよ。魂を分けて、新しく人格を作るんだよ、元より存在している人格に、魂をもう一度渡すって、なかなか細かなことしないといけないんだけど、魂を分譲するって事は、私自身、まともではなくなるんだよ。えっと、お兄ちゃんは、確か丁度は見てなかったんだよね……まぁ、あとで、お姉ちゃんたちに聞けば分かると思うけど、たぶん、前に出て来た時の私は、普通では無かったはずだよ……いろいろと」
「普通では……ない?」
「うん、まぁ、言動やらがおかしかったかもしれない。かもしれないってのも、よく覚えてないからなんだけど、まぁ、その時はあの子にほとんど魂を明け渡していた状態だったから、そんな感じになっていた。そして、やっぱり、私自身を構成する魂の割合が少なくなれば、やっぱりそんな感じにはなると思う、その時、まともに何か出来るとは思えない。それに、魂の分譲自体、私がどこまで出来るかも怪しい」
「怪しいってなんだよ……テンチェリィはお前が作った人格じゃないのかよ」
「正確には……違うよ。確かに、私が作った。それは間違いない」
じゃあ、やっぱり、お前が……
「でも、それは、私がその選択をしたってだけ。あの子そのものを作ったのは私ではない。私は、私の力を手に入れる引き換えにあの子を作られて、主人格の座から追い出されただけ……私の強力過ぎる力の代償としてね」
「何言っているんだ……? お前は……」
こいつの言っている意味が分からない。こいつは、俺と同じ力を手に入れたのではないのか? 麻理のように。
「お兄ちゃんは、きっと、私も同じ能力なんじゃないかと思ってるだろうけど、違うよ。前に言ったじゃん。私は不老だけ。傷つけたり直接的に殺そうと思えば簡単に殺せるよ」
「でも、なんで……」
同じ能力じゃない。そもそも、この能力のシステム自体、不明瞭なところが多すぎてよく分からないが、それでも、同じ能力じゃないってのは……どういうことだ?
「どういうことだ……なんて考えているのかな? まぁ、お兄ちゃんは考えていることが顔に出るしね、分かりやすいよ。お兄ちゃんが考えていることについての返答は、凄い簡単だよ……私も、例の竜に会ってきたってのが答え。簡単でしょ」
「は?」
例の竜? それって……つまり、そう言うことだよな。だが、あそこまでは、そんなに簡単に行けるわけじゃないぞ……
「お兄ちゃん、分かりやす過ぎ。それは簡単。だって、その時点では、私も不老不死……擬きみたいな状態だったんだよ、お兄ちゃんお姉ちゃんと同じでね。だから、あの竜の場所までたどり着けた。それだけだよ……それでね、私は、私はね……願ったの。全てを……」
「全て?」
「うん、まぁ、その時、もう既にその竜はどこかへ立ち去ろうとしていたんだけどね、私は、それを止めて、私の願いも叶えてほしいと言った」
「その竜は、試練は面倒くさいからって、直接願いを訊いてきた。だから、願った、全てを、私が、今まで、持てなかった全てを、それを手に出来るほどの強大な力を……欲しいって……そして、私は不死性と主人格の座を引き換えに、手に入れた……正真正銘。神の力を……」
「神の……力……?」
「うん、八百万の神の力を使って、あらゆる事象を引き起こすの……どう、凄いでしょ」
正真正銘、神の力……八百万の神の力がどれほどの物かは分からないが……それでも、俺達の使う能力とは根本的に違う。魔法では無い。渡された能力の力でもない。周りに存在する力を使うか……鷸の能力も、生物の使役だったが……そんなものとは比べ物にはならないだろうな。
「まぁ、そんなことは、正直今はどうでもいいんだけど、それよりも、お兄ちゃん。私が、お兄ちゃんに仮説を話したということは、一つ手伝ってほしいということがあるんだよ」
「手伝って欲しい事?」
神の力が使えるのなら、俺の手伝いなど、本当に必要あるのか?
「うん、でも、その前に……質問していい?」
「ああ……」
「ねぇ、お兄ちゃんはあの子……テンチェリィを守りたいんだよね」
「あ、ああ……」
「お兄ちゃんは、テンチェリィを失いたくないんだよね」
「ああ、そうだが……」
だが、どうして、今そんな質問をするんだ? そんな、当たり前のことを訊くんだ?
「ねぇ、お兄ちゃん……お兄ちゃんは私を失っても、テンチェリィを元に戻したい?」
「お前を……失う?」
「うん、お兄ちゃん的には、私との付き合いも短いし、答えは分かってるけど、一応聞かせてよ、あの子が大事だってね」
天を失う? それは、一体どういうことだ?
「そこで、迷っちゃだめだよ、いや、迷ってるふりして私の機嫌なんか取らなくてもいいよって言うべきかな……分かってるよ、お兄ちゃん的には私よりもあの子の方が大事なことくらい。当たり前と言えば当たり前だよ、ここからは二者択一。私かあの子が選んでもらうわけだけど、私を選んだなら、それはそれで……そうだね、ちょっとがっかりかも」
そうだ。嘘もなく正直に言えば、今の天よりも、テンチェリィの方が圧倒的に、俺の中では優先順位が高い。当たり前だ、過ごしてきた時間が違う。それに、天の印象自体……そこまでいいわけでもない。それも事実だ。確かに、悪くはない、何をされても、恨みきれないくらいには、いい方なのかもしれない。その理由も分からないと言えば分らないのだが。でも、やっぱり、テンチェリィの方が上だ。テンチェリィの方が、俺の中では……
「さてと、とりあえず、聞かせて。その口から。あの子の方が大事だって」
言わなければ、いけないのか……そうしないと、俺に何をしてほしいのか、教えてはくれないというのか。
「さぁ、答えて」
「……俺は、テンチェリィを選ぶ……」
「はい、分かりましたっと……じゃあ、お兄ちゃん……私の魂を封印して」
「封……印……?」
「うん、まぁ、これも一か八かなんだけど、私の魂を封印すれば、この体の持ち主はいなくなる。けれど、まだあの子が残っているならば、あの子が強制的に前に出されるはず。いま、あの子が良く気絶する原因には、私の存在もあると思うから。もしかしたら、とは思っていた……けど、残念ながら、封印というのはあまり私の力とは相性が良くなくて、どっちかというと封じ込められる側だからね……」
「でも、それをしたら、お前は」
「うん、そうだね、もう表には出て来れないだろうし、あの子の身はあの子が守るしかないけど、それは、お兄ちゃんも一緒に守ってくれるでしょ。それに、もう永遠に会えない わけじゃないんじゃないの? もしも、心変わりして、あの子よりも私の方がいいと思える日が来たら封印を解けばいいんじゃない? まぁ、何回も封印したり解いたりは正直、私とあの子両方に負担がかかるから、出来れば、それはやめてほしいけど」
「じゃあ、お前は、それでもいいって言うのか?」
「まぁ、ね……それなりには楽しかったし、もういいかなって。少しだけだったけど、家族っていうのが分かった気がするし。ほんのちょっとだけど」
いつものようににこにこと笑いながら天はそう言う。
「じゃあ、私の魂を封印して。あ、それと、完全な封印じゃなくて、ちょっと欠けた、ほんのちょっと欠けた不完全な封印をお願いするね。そうすれば、私の魂も少しずつあの子に流れていくはずだし、自然に前と同じくらいまで戻ると思うし」
「……ああ、分かった」
天が、そういう覚悟で自分の仮説を話してくれて、テンチェリィのこと……というよりは俺の事を考えてくれていたのなら、俺は、それに答えるべきだ。だから……
「これから、お前を封印する」
「分かった」
魂の封印……やったことはない。だが、似たようなことはしたことがある。
イフリートとドリアードの他にも、精霊とは戦った事がある。そいつらは、その、暴れるタイプで、人間に害をなすと討伐指令だかが出ていて、精霊は、本来的には形のない物だから、倒しても倒しきれない。だから封印する。その時に使う術式を今回も使う。そもそも、俺自身そこまで封印が得意なわけではない。それに、不完全な封印か……随分と注文が多い物だ……けど、これがテンチェリィを救う手ならば……俺はやる。天がそう願ったなら、やる。
「じゃあ、な……」
「はは、そうだね、またいつか会えるといいね」
俺は、天の胸に手を当てる。
「やーん、えっちー」
「ふざけている場合かよ」
「まぁ、最後だし、多分ね」
「……なら、許す」
っく……思いのほか、持っていかれるな……この術式でも……意図的に不完全にさせているのもあると思う。多分、術式に魔力を注入しているそばからどこかから漏れているのだろう。不完全ゆえに。
「さてと、最後に……」
「なんだよ、縁起でもないことを言うなよ」
「私からしたら、実際その通りなんだけどね。さてと、お兄ちゃんにはこれをプレゼント」
いつの間にか、その手には、お団子くらいの大きさの玉が三つあった。
指と指の間に挟まれたその玉の色は赤、緑、青の三色。
「赤は攻撃。緑は補助。青は……使ってからのお楽しみ。それぞれ、固定の力ではないけど、私と同じ力が使えるからその、色は大体の力の方向性くらいに覚えておいて。じゃあね……バイバイ。お兄ちゃん」
天が俺のポケットにそれらの玉を突っ込んだと同時に、術式は完成した。その体は崩れ落ちる。力を失ったように……そして、俺も……ちょっと、疲労がヤバい……
引きずらないように、天の残した体をベッドまで運び、そして、俺も……
次に目覚めた時、いつものようなテンチェリィがいますように。




