145話・血の降る雪の日。
―武元曹駛―
「はっ!」
目を覚ましたのだが、この感じ……レフィの奴……マジでやってくれたな……
それと……なんか縛り付けられている。柱に縛り付けられているよ、俺……
「やっと目を覚ましたようね……じゃあ……」
「え、いや、れ、レフィ……そ、その手に持っている鋏は一体……う、うわあああああああ!」
―レフィ=パーバド―
縄を切ろうと近づいたら、曹駛が急に叫びだした。
「や、やめろおおおおお! 悪かった、悪かったからやめてっ!」
「そ、曹駛、いや、えっと、何叫んでるの? ……って、聞こえてないし」
曹駛が喚き散らしながら、暴れ出した。えっと……
「そ、そもそも、あ、あれは急にあめ……じゃなくて、て、テンチェリィが、急に脱ぎだしただけだッ! お、俺は悪くないっ! 悪くないいいいいいい!」
「はぁ……」
曹駛……それ、自分で掘り返すんだ……私は、曹駛の命一回分で許したつもりなんだけどな……って、そうじゃない、今はそう言っている場合じゃなかった。
「えっと、曹駛落ち着いて、まず、落ち着いて、縄を切るだけだから」
「うわああああああああああ、来るなぁあああああああああ!」
と、曹駛はまたしても暴れ出したので、それをなだめるのに小一時間かかった。もう大人なんだし、いい加減にしてほしかったりする。
「ん、で、何だっけ? なんかあって、俺を開放したんだろ?」
「まぁ、それが無かったら、もうちょっと拘束している所だったけど、そのこともあるから、ちょっといい?」
「なんだ?」
「テンチェリィがどこ行ったか知らない?」
「は?」
―武元曹駛―
「テンチェリィがどこ行ったか知らない?」
レフィが言った言葉は、結構な破壊力を持っていた。
「は?」
思わず、聞き返してしまった。
「いや、だから、テンチェリィがどこに行ったのか分からない?」
「この屋敷の中にいるんじゃないのか?」
レフィの口ぶりからすると、そうではないみたいだが。
「いや、その外に走っていた……裸で……」
「裸でっ!?」
いや、聞き逃せないぞ、それは……え? マジで裸で出て行ったの? なんか、だから、その口ぶりで言われると、本当の事に思えてくるんだけど、え、本当なの?
「その、えっと、それは、大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないから、訊いてるんだけど」
「あー、じゃあ、マジ?」
「うん、本当に裸で走り抜けてった」
裸で走り抜けて行った? えっと、それは、多分……天の仕業だっ! テンチェリィがそんなことをするとは思わない。
あいつ何をしてるんだっ!
「えっと、ちょっと走ってくる」
「って、ことはあんたも知らないって事ね」
「いや、まぁ……」
「じゃあ、お願いするって言いたいところだけど、たとえ見つけてくれたとしても、裸のテンチェリィをあんたと一緒に居させると何をするか分かったものじゃないから、私も一緒にいくわ」
「え、あー……」
と、言ってもなぁ……今のテンチェリィはテンチェリィじゃなくて、天だからなぁ……えっと、どうしようか……レフィを連れて行くのはいいのだが……もし天と会った時、どうなるか分からないしな……
「いや、俺一人で行くよ」
だから断った……んだけど……
「駄目、ついて行く」
レフィがついて来ようとしている。
「いやいや、いいって、俺一人でも大丈夫」
「なんでそんなかたくなに一人で行こうとするの? ……はっ、もしかして、あらかじめ落ち合う場所を決めていて、続きをするつもりなのねっ!」
変な解釈された。
違うんだけどなぁ……でも、ここで断っても付いて来るだろうしなぁ……なんとかならないだろうか。
「えっと、一人で行かせてほしいんだけど……」
「駄目、絶対何かするつもりだ」
「何かってなんだよ……」
「そりゃ、エッチな事とか」
「ああ、そこ隠さないんだ……」
良くも恥ずかしがらずに言える。恥ずかしがってくれれば、可愛いと思うんだが……残念。
「あー、いや、でもさぁ、ほら、俺一人だったら身軽だし、もしもの事が有っても大丈夫だし、任せてくれよ」
「いや、そんな事態が起きる確率よりも、いかがわしい自他が起きる可能性の方が高いと思うから、却下」
どうやら、どうしても付いて来るらしい……
そして、うん、付いて来た。やっぱり付いて来た。
とりあえずは、一番近くの町まで来たが……一番近いとは言うものの、ここまでかなり距離がある。麻理の屋敷から歩いてから着くまでに30分くらいはするくらいに。
それにしても、今日、雪降ってるじゃねーか、こんな中を天は裸で駆けて行ったのか? 大丈夫か……あいつ。というか、身体の関係上テンチェリィ的にも不味いはずなんだから、やめてほしい所だが……
「さてと、テンチェリィはいるかな……できれば、こっちには来てほしくないが」
「そうね、あの姿で歩き回ってほしくはないわ」
天の奴が何を考えて飛び出したかは分からないが、ここまで来てほしくはないな。というか、来てないよね。来ないでね。
「いないことを願って探すとするか……まずは、表通りを見て回ろうか」
「まぁ、そうね、この町の事はあまりよく知らないだろうし……私も、曹駛も」
流石に全裸の幼女を知りませんかと、人に尋ねる訳にもいかないので、自分のあしで探す。とりあえず、この町の大体の道を知るために一通り巡ったが、それらしき人物……と言うか、全裸の幼女は見つからなかった。いたらすぐに気付くだろうし、見逃しはないはずだ。
「はぁ、じゃあ、裏路地をめぐるか」
「そうね、まぁ、確率的にはそっちの方が高いだろうし」
「じゃあ、回るとするか……と、その前に、ちょっと待ってろ」
目の前に、いい店があった。
「お汁粉一つ」
「はい、3ギジェ……だけど、あの子にあげるんだろう、負けて2ギジェでいいよ」
店のおばちゃんはそう言ってくれる。と、まぁ、いつものだな。普段はレフィじゃなくて、そのポジにいるのはテンチェリィなんだけど、たまには、こういうのもいいだろ。
今日は寒いし、やっぱり、こういう温かい物がいいよな。
負けてもらわなくとも全然大丈夫なほど金はあるけど、節約は大事だ。いつの間にかお金を使い切っているなんてざらだしな……ざら、だしな……
ということで、ご厚意には甘えさせてもらおう。
「ありがとうございます」
「じゃあ、また来てね」
「はい」
カップに入れられたお汁粉をこぼさない程度の小走りでレフィの元へ向かう。
「はい、レフィ、寒いだろ」
「これ、私に?」
「ああ、もちろんだ、別にテンチェリィ以外には食べ物を買ってあげない訳じゃないんだぜ」
「はぁ、自覚有るの?」
「さてな……」
白い息が広がっていく。そういや、テンチェリィもとい天を探すと言う目的があったとはいえ、こうして、レフィと二人だけで街をめぐるのも、久しぶりだな。最後にこうしてたのは、多分、ミットに切り裂かれて死んだあの日か。まぁ、あの日があったから、俺は戦いの世界に戻って来たんだがな。それが、レフィ達にとっていいことなのかどうかは知らないがな。あんまりいい事じゃないんだろうな。そりゃあな……
「ん……甘い……曹駛も飲む?」
「いや、いいよ、お前のために買ったものだしな。それにしても、そこがテンチェリィと違うところだな。テンチェリィはこっちを気にしつつも全部一人で飲むだろうな」
「良く見てるのね、あの子の事」
「まぁ、第二の家族みたいなものだしな……」
そこは、実際に家族だったわけだが。雨の話が本当ならだが。だとしても、身体と天の精神だけで、テンチェリィは実際に家族ではないが、それでも、俺にとっては家族みたいなもんだ。短い期間だったけどな。
「もちろん、お前もな……レフィ……」
「なによ、急に……怒る気にもならないじゃない」
「そりゃ、よかった」
こんなところで、痛い思いはしたくないからな。
「それ、飲み終ったら、裏を探して回るか」
「ん……分かった……」
そうして、一息ついたのが良かったのか悪かったのか……いや、関係ないだろうし、良かった事なのか。
ただ、この光景は、どういうことだ……
俺とレフィは……この光景をみて、唖然とした……
複数人、男性がうつぶせに倒れている。彼らの下に敷かれた雪は赤黒く染まっている。倒れている人数は……、3、4、5……合計8人。そして、一人、立っている女性……いや、幼女が一人。それはもちろん……天だ。
「いったい、何があった……何をしたんだっ!」
俺は、テンチェリィの体を使う天にそう叫んでいた。




