144話・飛んで帰ろう。
―武元曹駛―
「さて、そろそろ、麻理んとこ行くか」
隣にいるテンチェリィにそう言う。
「もう行くのです? まだ予定の半分くらいしかこっちにいないんじゃ……」
テンチェリィがそう言うのも無理はない。後半は、ずっと天がその体を使っていたからな。テンチェリィ的にはまだ予定していた半分くらいの日数しかこっちにいなかったんだろうな。
「まぁ、な、お前にとっては短かったかもだけど、麻理とレフィも待っているだろうしな」
と、言った所で思ったのだが、本当に待ってくれているのだろうか。ま、待ってくれているよね。
「待ってくれているだろうからな」
「な、なぜ二回言ったです」
「き、気にするな」
ちょっと不安になっただけだ。
「それで、荷物とかあるか?」
「何も」
「じゃあ、跳ぶぞ……転移」
俺達は光に包まれる。そして、いつも通り、湯気にも包まれる。それと、疲労感と倦怠感にも包まれる。で、今日は、顔が柔らかい物に包まれた。
「うわっ……そ、そ、そ、曹駛っ!?」
「ふぉのふぉえふぁふぇふぃふぁ?」
「んっ……ちょ、ちょっと、人の胸で喋らないでよ。というか、なんでここにいるのよ、変態っ!」
パチンッ……気絶前に聞いた音は、随分と綺麗に響いたものだ。
目を覚ますと、天井があった。硬ぇ……寝かされてんのは分かるけど、床の上に寝かす必要なくね? というか、なんで、俺がここに来るタイミングで毎回のように誰かしら風呂に入ってるの? 夜でも朝でもないよ、大体お昼に来ているつもりなんだけど、いらないんだけどそのラッキースケベ、ここのラッキースケベは生命にかかわるから本当に遠慮しておきたいんだけど。ああ、魔法陣の位置、書き換えておこうかな。
「いってぇ……いや、何だよこの痛み、なんか魔法でも使っただろ……」
一人そう呟く……いや、意図してないとはいえ覗いたのは俺だけど、放置は酷くね。しかもどこだ、ここ。なんかよく分からない小部屋にいるんだけど。というか、こんな部屋あったっけ? この屋敷は何処の部屋も馬鹿みたいに広かったような気がするんだけどな。
重い上半身を起こし、頭を描いていると、この小部屋にある唯一のドアが急に開いた。
「あ、起きた? お兄ちゃん」
「おぶぅあっ!!」
ドアを開けて入って来たのは、テンチェリィ……ではなく天……だろう、口調からして。あと、雰囲気。というか、なんで普通に表に出てきているんだよ。麻理たちが驚くだろ。
それと、どうでもいいけど、さっき、ドアの先がちらっと見えたからわかったけど、ここは小屋のようなものらしく、外の風景が見えた。くっそ、俺に対して厳しいな。
「大丈夫、大丈夫。お兄ちゃんが心配していることはなんとなくわかるから。実の「お姉ちゃんと、あのエルフのお姉ちゃんには、テンチェリィのふりして誤魔化したから。うん、心配するような事態にはなっていないと思うよ」
「いや、振りするくらいなら、最初からテンチェリィに任せていればいいんじゃないのか?」
「うーん、そうしていたつもりなんだけど、急にテンチェリィの意識が飛んだみたいで、大変だったというか、どっちかというとそっちの方を誤魔化すのが大変だった」
「急に倒れた?」
「うん、というか、それを話しに来た。お兄ちゃんにも嘘をついて、黙っていたんだけど、最近この子、良く意識を失うみたい。お兄ちゃんと一緒にいた時もそれが何回もあって、そのせいで、良く出てきていたんだけど、どうやら気づかないでいたみたいだね、なら、多分私がテンチェリィのふりをしていれば、きっとあの二人にもバレないですむと思うけど」
そうか、それで、よく表に出てきていたのか……ってだとしてら、自由に出て来られないって言うのは嘘なのか。
「あ、それと、お兄ちゃん、また勘違いしているみたいだから言っておくけど、私が自由に出て来られるようになっているって言うのは嘘じゃないよ。私が嘘をついたって言ったのは、そのことについてじゃなくて、私が毎回私の意志だけで出てきているってことを嘘って言っただけ。まぁ、変な心配かける訳にはいかないしね」
変な心配って言う面では、お前が出て来た時点で、お前が俺の妹だって言った時点で、色々な意味で心配したけどな。変などころか、結構深刻な心配まで。
「それでね、一応、この子の現状については、まだ二人に説明するのは早いと思うの」
「……まぁ、早いかどうかは置いておくとして、お前がそう言うなら、まだ黙っておくが、本当に手が付かられないと思ったら、あいつらにも相談するぞ」
「その時が来たら、私から話すから大丈夫」
「それで、お前はテンチェリィの気絶が多発している理由は何だと思っているんだ?」
まずは、本人……というか、同じ体を使っている天に訊くのが一番いいだろう。
「えっと……うーん、まぁ、仮説はあるけど、この仮説はまだとっておこうかな」
「なっ……えっ……いや、なんでだ、仮説が有るならまずはそれを説明してくれよ」
「いやだ」
「いやだっておまえなぁ……」
お前が相談しに来たんだろうが。いやってなんだよ。
「でも、それじゃあ、話が進まないから、出来れば教えてくれるとありがたいんだけど」
「いや」
「いや……じゃなくて、その仮説の内容を教えてくれるとありがたいんだけど」
「いやだ」
なぜだよ。教えてくれよ。というか、仮説を立てたのにそれを教えてくれないって、本当に俺に相談しに来たのか? それとも、なんか理由でもあるのか?
「えっと、なんで教えてくれないんだ?」
「だって、お兄ちゃん怒るもん」
怒る?
「なぜ怒る。流石に急に怒るとは思わないぞ。俺、そんな短気な覚えはないし。
「短気とかそんなんじゃなくて、多分怒る。」
「怒らないから、教えてくれよ」
「……でも、これを話したら本当になっちゃいそうで怖いし、そうなったら、お兄ちゃん怒るかもしれないし、悲しむかもしれない。だから、言いたくない。確信を持てるまで」
「怒る? 悲しむ? どういうことだ?」
「……その、言いたくない……」
「いや、俺からしたら言ってほしい。ぜひ話してほしい」
「………」
しばらく、沈黙が続き……天が口を開いた。
「じゃあ、交換条件」
「交換条件?」
交換条件って、こういった場合普通こっちが出すのではないだろうか。まさか、相談される側が、交換条件を出されるとは。でも、まぁ、テンチェリィのためか。天のためかどうかは、微妙に怪しい所だがな。
「えっと、なんだ?」
「そのね……お兄ちゃん、えっとこの小屋の中には誰も来ないと思うから……」
なんか聞かれたらまずい話でもするのだろうか。
「えっとね……私達、離れていた期間が長いし、お互いの距離、有ると思うんだ。お兄ちゃんが出来るだけ家族のように接しようとしてくれてるのは分かるけど、その、無理しているようにも感じるんだ。その、やっぱり、今まで、それこそ、家族のように扱っていた人が、急に見知らぬ人に体を乗っ取られたら、そりゃ、心配するよね。それに、妹を名乗るってなんというか、その、変な人のように思っているだろうし、その急には分かってもらえないだろうなって、私も思っていたけど、その、それでも、ちょっと寂しいから……だから、距離を縮めようよ」
天がそういう。嘘をついているようには思えないが、やはり、信じきる訳にはいかないし、それだけじゃない。天が言うとおり、俺は、テンチェリィの事がやはり心配なんだ。
天には悪いが、どちらかというとテンチェリィの方が心配だ。
「距離を縮めるったって、どうすればいいんだよ」
投げやりにそう返すと。
「うん、簡単だよ」
俺は、胸を押された、思いっ切りの力で。そうして、またしてもこの固い床に頭を付けることになる。
「いって、何すんだよ」
「なにするって、私は女で、お兄ちゃんは男。男と女が距離を縮めるためにすることなんて一つでしょ……」
「は? って、はぁ?」
なんか、その、ヤバい流れが……えっと、流行ってるの、そのそう言う系の俺いじめ。
あ、やめろ、脱ぐな。ってか、下着は?
「じゃあ、えっと、はじめよっか……だ、大丈夫、なんどか危なかったけど、まだこういうの初めてだから……」
「いや、だいじょうぶじゃねぇえええええええええ!」
暴れてこの場を脱しようとするが、何だ、身体が動かねぇ。
「無理だよ、抵抗しないでね、お兄ちゃん」
「お前、何をした、というか、やめろ、やめるんだ。やめろおぉおおおおお!」
と、叫んでも、やめる気配はない。いや、マジでやめて、本当に……本当にッ!
「じゃ、じゃあ、お兄ちゃんも、脱いでね」
と、天が俺のズボンに手を掛けたところで……
「曹駛っ! 大丈夫っ!」
またしても、扉が開かれた。
「……………ねぇ、曹駛……頭……大丈夫?」
れ、レフィさん……えっと、ありがとう、そして、許して、俺は悪くない。
「よし、ちょっとあれだけど、仕方ないよね、一回くらい死ぬのも、仕方ないよね。流石にこれは……許せないかなぁ……」
「いや、俺の話を聞けって」
って、言おうとしたけど、実際には……
「………」
声でねぇ、というか、体動かねぇっ! まじかよ、これも解けてないのか。いや、ほんと待って。殺さないでよろしく。えっ、殺すとか冗談だよね。人を殺すなんてそんな軽々しく言うような子じゃないよね、レフィは……いや、言う子だよ、レフィはっ! むしろ、物凄い殺してくる子だったよ、まって、待って、待……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………




