142話・テモ・モラルのゲテモノクッキングっ!
―武元曹駛―
……天が戻ってきてから随分と時間が経った。具体的に言うと、日が沈んだ。そして、ずっと無言。お互いに。
き、気まずい……
「え、と……」
「な、なんだ?」
「な、なんでもないっ……」
ずっとこんな感じだ。
俺も、なんか言葉をかけようとはするんだけど。
「そ、その、えっと、だな」
「な、なに?」
「あ、いや、なんでもない」
と、かける言葉が何一つ浮かんでこない。
無言……この場を占める圧倒的な無言。お互いの呼吸音が聞こえるほどに、言葉の無い静けさだった。
ずっとこのままとか、ある種地獄だぞ。きつい。精神的に。
「そ、そうだ、えっと、暗くなってきたし、ご飯でも食べないか?」
「う、うん……? あ、た、食べるっ? な、何を?」
「いや、ご、ご飯」
「あ、うん、あ、そうだよね、それで、な、何を食べるの?」
「あー、そうだな、な、何を食べたい?」
「な、なんでもいいよ……お兄ちゃんが好きな物で」
「え、いや、特に今食べたいのはないし、あ、天が決めてもいいぞ」
「い、いや、それでも、わ、私だって、えっと、いまは、特別食べたいのははないし……」
またしても無言。
気まずいと言うか、痛い。空気が痛い。というか、なんというか、凄い不快、これも違う。もう言葉に出来ない不の空気。つらい。ただただつらいこの雰囲気。
「その、えっと、お兄ちゃん、そうゆーの興味あるの? やっぱり?」
「興味? そういうのって、えっと、話の流れ的にごはんの事か?」
「え、いや、そういうわけじゃ……そういうことにしておく」
ご、ご飯に興味? りょ、料理の事か?
「りょ、料理は作らないかな。まぁ、作るとしても、素材の味に頼ることになると思うから、俺の手料理にはあまり期待するなよ。まぁ、期待なんかしてないと思うけど」
「う、うん、わ、分かった」
「………」
「………」
はい、来ました、また無言の時間が。
またしばらくはこのまま時間が過ぎゆく。
「えっと、ごめん」
「な、なにが?」
急に謝った天の行動理由が分からない。
「そうだよね、急に出て来られても、困るよね」
「いったい何の話だ?」
「じゃあ、また、すぐ会おうね」
パタリ、天が倒れた。そしてすぐ立ち上がった。
「あ、天……?」
「……?」
天は周りをキョロキョロしている。ん、そして、ぐるぐると、周りを見渡したあたりで、首を傾げた。
この落ち着きのない感じ、もしかして……
「テンチェリィか?」
「!」
推定テンチェリィは、驚いたように、こちらを向いた。
「は、はいっ!」
確定テンチェリィは大きな声で返事を返した。
「そうか、テンチェリィ……なのか……」
「え、はい……えっと、何かあったです……?」
「いや、まぁ、気にするな、ご飯にしよう」
「でも、さっき食べたばかりじゃ……あれ、もう夜に……」
「この世の中不思議な事もあるって事だ」
それらしいことを言っておこう。テンチェリィの話を聞く限りじゃ、天が体を動かしている間の記憶をテンチェリィは持たないらしいからな。
それにしても、天はなぜ、あのタイミング出てきたんだ。それに、今何を食べようかとウキウキ気分で考えているであろう少女の体が、本来天の物だとすると、そうなると、テンチェリィはなぜ存在するのか。
とりあえずは、天は自由に表に出て来られない。そう考えられる。だとして、どういうタイミングなら出て来られるのか。なぜ今まで出て来なかったのか。なぜ、今日は出られたのか。謎ばかりだな。考えてたら腹減って来た。さっきまでの、無言空間の所為で、凄い疲れてもいるしな。
「さて、なんか食いたいものはあるか?」
「お肉で」
「オッケー、で、焼き肉以外で何がいい?」
「焼肉は?」
「却下」
「……はい」
で、焼肉屋は回避できた。だけど、まさかまたここに来ることになるとは……。
「いらっしゃいませー、二名様ですか?」
「はい」
ここは、いつぞやにレフィと来た、ゲテモノ料理屋である。前回は知らなかったが、店の看板にはテモ・モラルと書いてあるし、店名は『テモ・モラル』なのだろう。
うん、確かに、ここは焼肉屋じゃない。『テモ・モラル』という名の、お食事処だ
だからどうしたって言うんだよっ!
下手したらもっと嫌だよ。なんだよ、この店。いや、店に文句言うわけじゃないけど、でもテンチェリィに文句言うわけじゃない。やっぱ、店に文句言う。なんだよこの店っ! お食事処じゃなくて汚食事処だよ、マジでっ!
まさか、この店に入るとは……いや、ちょっと嫌な予感はした、この店の前を通った時、テンチェリィがサンプルのテールスープをじっと見ていた。もうなんかデジャブだった。俺は、すぐさまその場を離れようとしたものの、テンチェリィが、その店を指差してここがいいと言ったのだ。
で、今に至る。
「ご注文お決まりでしたら、またお呼びください」
「あ、じゃあ、待ってくださいです」
立ち去ろうとする店員を引き留め、テンチェリィが注文したのは……
「リザードマンのテールスープと……あ、これ、レジェンドスカイモスの幼虫の唐揚げ……あ、これも、えっと、スライム茶漬け……一つずつください」
「承りました。そちらのお客様は?」
あれー、気のせいかな。レフィが見える。いや、テンチェリィだけど。
な ん で !
なんで、よりにもよって、あの時のレフィと同じ注文なんだよ。というか、なんだよ、ゲテモノばっかじゃねーか。くっそ、テールスープはまだしも、あの幼虫の唐揚げとスライム茶漬けは本当にやめてほしいんだけど。真面目にやめてほしいんだけど。ですけど。
し、仕方ない。俺も注文するか。えっと、なんか食欲なくすこと必須だし、諦めて串焼き丼ではなく、ただの串焼きを食べよう。メニューを開くと余計に食欲なくしそうだし。覚えている範囲だと、これしか食えそうなの無いし。
「ソードバードの串焼きを一つ」
「はい、以上でよろしかったでしょうか」
「あ、いや、まってくださいです」
「はい、いかがなさいますか?」
「追加でドラゴンのステーキを一つ」
あ、しまった。忘れてた。ここには、ドラゴン料理あるんだったっ! それもステーキ……そういや、この店、ドラゴンをステーキで出してるけど、人のこと殺す気なのだろうか。あれは、食った者にしか分からないはずだが、ゲテモノじゃないかもしれない。確かに、ドラゴンのステーキそのものはゲテモノどころか、最上級の料理だろう。でも、それは最上級過ぎる故に、それを口にしてしまえば一巻の終わり、ドラゴン料理以外の料理が全てゲテモノと変わる。美味しそうに見えなくなるだけでなく、実際に不味く感じる。ただの地獄だ。それを出すって事は、食う客がいるということだろうけど……はっ!
もしかしたら、その中毒性を知っていてステーキとして出しているのか? だとしたら、ここは薬物販売店みたいなものじゃないか……なんというクレイジーな店なんだ。
中毒に陥ったものは、金のある限りこの店に通い続ける。そして、破産して、その人生は終わる……怖っ! この店、怖っ!
「はい、追加でドラゴンのステーキですね」
あ、怖っ! このウエイトレスのお姉ちゃん、今、にやっと笑ったもん、ぜったい笑ったもん。
「では、しばらくお待ちください」
そういって、ウエイトレスさんが立ち去った頃。
「その、話さなきゃ、ですね」
テンチェリィが口を開いた。ただその意図が分からない。
「ん? 何を?」
「え、何をって、もちろん私の過去について」
「過去のこと? ……ああ、あれの事か、あー、あれは、もういいや」
「え? いや、でも」
「いやいや、いいって、いいって。あれは忘れてくれ」
あれは、天に話してもらったからな。二回も聞くような話じゃないさ。それに、天が嘘をついているとも思えなかったしな。そりゃ、視点は変わるから、微妙に話も変わるかもしれないけど、多分。第一者であるテンチェリィよりも、第三者である天の方がおそらく正しい記憶を持っているだろうし。なにより……もう、その必要が無いから。よく分からんが、天はまたすぐに会うみたいなこと言っていたし、天とコンタクトが取れるなら、そっちの方が雨の事と探るならいいしな。
「でも……」
「いいんだ、別に。気にするな。えっとな、お前の過去の話は、ちょっとお前を知っている人から聞いたからいいってだけだ、別にお前に興味が無いとかそういうわけじゃない」
「え、じゃあ、興味はあるのです?」
「ああ」
「私の体に」
「いや、撤回する。そうじゃない」
なんて、会話をしていると、一品目が届けられた。
「お待たせしました。スライム茶漬けです」
並々と青いプルプルが注がれたそのどんぶりを見て、早くも俺の食欲は無くなりそうだった。




