138話・テンチェリィと暮らす冬休み。そのよん。
―武元曹駛―
いや~、テンチェリィと二人暮らしを始めてもう5日も経つのか~、早いな~。
今日も今日とて、俺とテンチェリィは街に出て、目的もなくぶらぶらと散歩して、気にいるものがあったら食ったり買ったりして、散在していた。いいねぇ、こういう生活。最高だぜ。
何か忘れているっちゃ、何か忘れているような気もするけど、何を忘れたのかすら思い出せん。まぁ、忘れるってことは大して大事な事でもないんだろうし。
「さて、テンチェリィ、今日のお昼ご飯は何がいい?」
「焼肉……だけはだめなんですよね」
「うん……それだけは勘弁してください……」
今では俺もすっかりドラゴン(食べることにおいてのみ)恐怖症である。奴らから滴り落ちる肉汁すら怖い。あんなもの、口にできる訳が無い。
ちなみに、あの焼肉屋のドラゴンの肉は、一皿に一枚しかない。俺は、それを高いからだろうと思っていたのだが、それだけではなかったらしい。あのドラゴンの肉は食べるものではなくて、先に網で焼くことによって、その網にドラゴンの肉汁が付き、その網で焼いた肉にも付着するので、それで肉をよりおいしく食べるためのものだったとのこと。たしかに、それなら俺や木尾みたいなことにはならずに済む。あの、ドラゴンの炊き込みご飯みたいな感じなんだろう。扱いとしては。だから、普通ドラゴンの肉だけを頼んでそれそのものを食うなんて暴挙に出る人はいない。というか、結果わかり切っていたなら、止めてくれよ、確かに金はあるけど、あるけど、それでも止めてくれよ、一応客だぞ。いや、一応どころか、大口の客だぞ……主にテンチェリィが。
「じゃあ、今日はおかゆとか食べたいです」
「おかゆ? どうしてまた急にそんな質素なものを」
「なんとなく、久しぶりに食べてみたいと思ったので」
「久しぶりに……か、うん、分かった、まぁ、高級店とかじゃないけど、知ってる店はある。作ってもいいけど、食材買っても多分余るからな」
それにしても、おかゆか。あんまり店で売っているようなものでもないんだけどな。昔でも思い出したのか? ………?
あ、思い出した。そうだ、テンチェリィの過去の話なんも聞いてねぇ。あれ? 俺は5日も何をしていたんだ? 結構マジで。
「あ~、テンチェリィ、えーと、おかゆで思い出したんだけど、そういや、お前の昔話の件ってどうなったんだっけ?」
「……ぬ……」
「……いやいやいや、まてまてまて、ぬ、ってなんだ、ぬ、って」
「なんでもないです」
「なんでもあるよ」
「ないです」
「ある」
「ないです」
「ある」
「ないです」
「あるです」
「あるです……はっ……!」
いや、分かりやすっ! さっきの「ぬ」とかもそうだけど、分かりやすすぎる。というか詰めが残念過ぎる。
とりあえず、それらの反応で、テンチェリィが意図的に俺をその話から遠ざけていたって言うのが分かった。そして、その手口が自然すぎて全然気づかなかったし、もしかしたら、このまま思い出せずに、そのままこの休暇を終えていたかもしれない。だけど……ボロ出るの早すぎるだろうし、誤魔化すのが下手すぎる。アフターの方が何も出来ていない。なんというか、凄いんだか凄くないんだか。いや、自然すぎる流れで俺を誘導できていたという点では、俺がテンチェリィに甘いということを含めて見たとしても、なかなか凄い事なんだけどな。
「さてと、まぁ、飯は食うけど、もう話してもらうとするぜ」
「はい、分かりましたです」
「なんか、無駄に聞き分けいいな」
「奴隷ですし、抵抗はしますけど、最終的には逆らいません」
「……あ、ああ」
すっかり抜けきっていると思ったんだけどな。その奴隷意識。まだ、テンチェリィの中には合ったのか。あの出合った時のような、なぞのです口調とか、戻ってきてるし、そろそろ奴隷ではなく家族くらいには思ってくれていると思ったんだけどな。
「まぁ、じゃあ行くか」
「はい」
俺が、テンチェリィを連れて行くのは、昔、それも昔、かなりが付くかどうかは怪しいが、結構前には、麻理と一緒に通っていたところだ。
路地通り、街を回り、その、寂れたと言うわけじゃないけど、少し地味というか暗いというか、街の裏側にでた。
孤児院はもうない。あれは、途中で無くなった。まぁ、俺と麻理は、その少し前にそこを出ていたので、詳しくは知らないんだけど、なんか火事があったらしい、意図的な。そして、経済的な理由でも立て直しは難しかったらしい。もともと善意でやってくれていたところだ。常に負債しかなかっただろうし、流石に、火事でなくなった後のそれ以上は、求められないだろう。
「うーん」
「どうした?」
テンチェリィが首を傾げている。
「えっと、その、店、減ったなって思いました」
「店……そうだな。まぁ、仕方ないっちゃ仕方ないだろ。表は高級店が立ち並んでいるし、路地を通り抜けた先になんか人は寄り付かねぇし、ここにある店を使うのは、ここに住んで居る奴だけだ。普通はな」
まぁ、俺は、兵士やっている時とかもちょくちょくきていたりしていたんだけど、例の遠征の一件以来、訪れていはいない。だって、ここには、俺を知っているやつばっかりだしな。あまりにも俺はここで知れ渡りすぎている。見た目の変わらない俺は来るにこれなかった。けど、今なら、流石に他人の空似ということで押し切れるだろう。ここまで時間が経てば、俺を知っている人たちは歳も大分いっているだろうし、それにテンチェリィもいるし、きっとバレない。
俺は、ある一軒の店の前で立ち止まった。
よかった、まだやっていた。もしかしたら、というか、十中八九潰れているだろうだろうと後に気付いて引き返すつもりもあったのだが、まだ店はやっているようだ。
くすんだ白い壁に建てつけの悪い入口の戸、大分、時間が経ったようにも感じるけど、ここはもとよりこうだったと言われればそうだったような気もする。
上手く開かない戸を少し強引に開けて店に入ると。
「いらっしゃい……って、曹駛の坊主じゃねーか」
「知り合いですか?」
ああ、さっそくバレた。そして、テンチェリィの言葉の所為で完全にバレた。まさかこんない早く見破られるとは。
「いや、久しぶりだな、坊主。というか何も変わっていない気がするのは気のせいか?」
「まて、お前、もう何歳だと思っているんだよジジイ」
「今年で90と2歳になる」
「まじかよ、まだ店やってのか、てっきり息子にでもやらせているのかと思っていたが」
まさか、おっちゃんがやってるとは。まぁ、もうおっちゃんじゃなくて、ただのジジイなんだけど、それでも、あれだな、透の奴と見た目あんまり変わんねぇ、これは、透が凄いのかおっちゃんが凄いのか。
「あいつはここは継がず、自分の店を持っている。表の方にな」
「……そうか、でもよ、なら、もう店やめてもよかったんじゃないか?」
「ふん、入ってきておいて何を言う」
「まぁ、それもそうだな」
俺は席に座り、隣にテンチェリィを座らせた。
「で、そいつは何だ? 誘拐か?」
「まて、何故その発想が出てくる」
「いや、似てないし、お前の子ではないだろうし、おまえが、誰かの娘を預かるとも思えねぇし」
「おいおい、そりゃ、俺にはコミュニケーション能力が無いと言いたいのか?」
「そう言うわけじゃねーよ、むしろお前は有る方だろう。有り余るくらいにあると思うぞ、ただ、女にもてるような気がしねぇってだけだ」
「それはそれでひどくね?」
いや、うん。モテているのかなぁ……それは分からないけど、非モテではないと思う。姫様からは好かれているし。物凄い好かれているし。
「まぁ、それは置いておいても、もう一つ、でけぇ理由がある」
「なんだよ、まだくだらないのだったらいい加減怒るが」
「そりゃ、そいつ、俺は見た事があるんだよ」
「は?」
おっちゃんの言葉に、一瞬、身体が固まる。
「見た事がある?」
「ああ、それもあって、誘拐かなと……」
「いや、誘拐したのは俺じゃない」
「いや、誘拐したのかよ」
まぁ、俺じゃないが。きっと、奴隷候補を捕まえる奴らが……
「まぁ、恐らく、俺じゃないからよく分からないけど」
「よく分からないって事は……ああそうか」
「ああ、気付いたか」
「……奴隷……だな」
「ああ、そのとおり」
察しが速くて助かる。歳でもその辺はしっかりしているな。少し安心だ。
「で、そいつに関しては、もう深く聞かねぇが、お前の見た目が変わらねぇことについては聞かせろ、何を食った」
「なにも食ってない」
「断食の成果か?」
「そう言う意味じゃない。ただ、特別な物は食っていないと言うだけだ。というか、このことについては、実はというか、その、結構危ない事だから、詮索しないでくれ」
「………」
おっちゃんとにらみ合う。これは、アイコンタクトの一種。まだ通じるか? ブランクは凄いけどな、昔はこうやるだけで、大体の意志疎通が可能だったのだが……
「……ふん、本気のようだな」
「まぁな、これは最重要案件だ」
「じゃあ、触れねぇ……それで、注文は?」
本当に察しのいいおっちゃんだ。まぁ、ジジイだけど。
「ああ、こいつがおかゆ食いてぇっていうから、ここ連れて来た」
「なるほどな。お粥なんてあんまり飲食店で売っているものでもないからな」
「そういうことだ」
「で、お前は何にするんだ?」
「そうだな……おっちゃんが覚えているなら、いつもので頼む」
「忘れるかよ、天津飯……だろ?」
「そうそう……って、ちげぇーよっ!」
「はっはっはっ、それでこそだ」
どことなくイフリートみたいだ。まぁ、実際は逆でイフリートがどことなくこのおっちゃんっぽいんだけど。そして、その原因俺だけど。
「わーってるよ、ちゃんと覚えてる。焼飯だろ。焼飯」
「ああ、そうだよ、ちゃんと覚えているんじゃねーかよ。ボケたかと思ったぜ」
少しして、焼飯とおかゆが、俺とテンチェリィの前に置かれる。
「じゃあ、いただきます」
「いただきますです」
まずは一口、口に入れる……美味くは、ねぇな。
いろいろ、美味い物食ってきたし、この焼飯をうまく感じるほど下はぶっ壊れてねぇけど……まぁ、懐かしいな。だから、美味い美味くないじゃなく、箸が進むな。
「テンチェリィは、どうだ、おかゆ、美味しいか?」
「はい……です」
「おっ、嬉しいこといってくれるじゃねーか」
俺達は、そのまま、手を止めることなく食べ進め、気が付いたら完食していた。
「ありがとよ、おっちゃん、その、多いけど貰っておけ。お金」
「いや、代金はまけねぇが、ぼったくるつもりもねぇ」
「おい、せめての恩返しだと思って貰ってくれよ」
「……ああ、長引きそうだな」
「そうだろ」
「じゃあ、前払いとして貰っておく。その代り、俺が死ぬまで、お前らはただで飯食ってもいい」
「おいおい、そんなことしたら、流石に赤字だ……主にテンチェリィが原因で」
「……その目、嘘じゃねーのかよ……じゃあ、そうだな、一日3食分ってことでどうだ」
「ああ、そうだな、それくらいで……それくらいがいい」
「じゃあ、また、来るんだぞ、この老いぼれが死ぬ前にな」
「ああ、覚えていたら来る。まぁ、テンチェリィはまた来るだろうな」
「そうか、じゃあな」
「ああ、またな、おっちゃん」
俺は店を背に帰路についた。さて、忘れていないぞ、テンチェリィ。
「帰ったら話を聞かせてくれ、お前の昔話を」
「はい」




