137話・テンチェリィと暮らす冬休み。そのさん。
―武元曹駛―
で、結果がこれだ。
何の結果かだって……
テンチェリィと一緒に寝た事の結果だよっ!
どうしてこうなった……
「おにいちゃん……ぽっ……です」
いやいや、待って待って、何その表情。
テンチェリィは両ほほに手を当て、顔を赤らめている。いや、だからなにそれ、怖いんだけど……お前が今全裸なところとかっ!
「え、えっと、な、何かあった?」
「はい」
「はい……」
なんかあったらしい。一体何があったというのだろうか……聞きたくない……けど、聞かなきゃ……いけないんだよな。
よし、き、聞いてやる。何があったのかを。
「で、その、何があったの」
「あ、はい……うん……」
「いや、その、詳しく」
「そ、その……抱いてもらいましたです」
「うん……うん?」
えっと?
「その目を覚ました時には既に服が無くなってて、そして、その、強引に……ぽっ……です」
うーん、おかしいな。いや、おかしくないと困るな。うーん。
俺が寝ていたのは間違いないから、とりあえず、全部無意識の内にやったのだろうけど、そうだとして、俺はなぜそんなことを……
「あ、温かかったです、その、お兄ちゃん……」
「あ、うん」
「今でも、身体がぽかぽかしますです」
「う、うん」
あれー、やっぱなんかやらかしちゃった感じなのかな?
「起きたら布団の中にいて、えあこんも止まってて、裸だから出られなくて」
「う、うん、それで困っている所、俺が襲ったと」
「?」
首を傾げるテンチェリィ。違うのか?
「あれ? 襲ってないの?」
「襲ってないです」
「うん? 合意?」
「合意?」
合意だったとして、何だと言うのだろうか。
「いや、無理やり」
「じゃあ、襲われたんじゃないのか? 俺に……」
「襲われては無いです」
「え? どういうこと?」
「いや、その、少し強引にギュッと抱きしめられましたです」
「うん……うん」
大体分かった。
よかったっ! 俺、何もしてねぇっ!
うん、これならば、大丈夫。要するに、テンチェリィの言い方が紛らわしかっただけだ。そう、大丈夫。責任問題は発生していないはず。
「あ、でも、その……」
「え?」
テンチェリィが急にもじもじし始めた。その顔はさっきよりも真っ赤だ。
い、嫌な予感がする。今すぐにでもこの布団から飛び出たい……が、それをすると、飛び出たその一瞬、テンチェリィの裸を見てしまうことになるだろうし、今の俺的に、それは避けたい。詰まる所、動けない。このまま、テンチェリィとピロートークルートまっしぐらだ。
「その、いろんなところをぺろぺろと……ぽっ……」
………………――――――俺のペロリスト精神は天然ものかよっ!
やばい、「です」がない。いつものようにとってつけたかのような「です」がない。その二文字がない事にここまで不安を覚えたことはないぞ。
まて、大分待て、つーか待って。お願いします待ってください。時よ止まってください。考える時間をください。言い訳を考えるその時間を……
うわあああああぁぁぁぁぁ!!
叫んだ、流石に現実には口に出せないが、精神世界の俺までもがその叫び声を上げずに堪えているということは不可能だった。
えぇー……まじかよ……言い訳解かないんだけど、話し逸らして忘れるまで待とうかな……
「その、えっと、こういうの初めてでしたけど、気持ちよかったです」
「えぇ~」
もう収拾がつかない。どうしようもないんだけど。というか、俺、テンチェリィと一緒に居ると良く振り回されているような気がしないでもないんだけど。というか、なんかしら小トラブルが起きるよね、毎回。
もうなんでもいい、とりあえずは話題を逸らそう。もうこの話は永遠に封印だ。
「て、テンチェリィ」
あ、やべぇ、焦りすぎて声が裏返りかけだ。
「はい」
「こ、このことは内密に頼めるか?」
「?」
「いや、頼む」
殺される。冗談抜きで殺される。レフィはレフィで怖いんだけど、今は何より麻理が怖い。あいつ、下手したら寿命全尽きの方の意味での死を俺にプレゼントしてくるぞ。
「は、はい、恥ずかしい話ですから、いいですけど」
「あ、ありがとう」
まずは、これで命の危機は脱出した。したか? 出来たのか? 不安でしょうがないが、もうそこは諦めるしかない。完全に俺が悪いんだし、寝ているとはいえ、なかなかに際どいことを……
「そ、それで、起きたんだよな」
「はい」
「じゃ、じゃあ、大分遅くなったけど、その話してくれないか?」
「ペロペロの内容を?」
「そうそう……って、違う、お前の過去の話だよ」
「あ、そうでした」
うん、テンチェリィって、いろいろと謎なところも多いし。良く聞いておこう。
「え、っと、まずは……どこから話したらいいです?」
「どこからって言われると困るけど、まぁ、覚えている限りを詳しくじゃなくていいから、大まかにでも話してくれ」
「はい。えーと、まずは……」
テンチェリィは、何かを考えるように目を閉じた。思い出そうとしているのだろうか。
「まずは」
「まずは?」
「まずは……服を着たいです」
ベッドから転げ落ちそうになったが、本当に転げ落ちてしまうと、掛布団ごと持って言ってしまい、全裸のテンチェリィとご対面となってしまいかねないので、そこは堪える。
「ああ、分かった分かった。持ってくる。お前の服持ってくるよ」
「それと」
「まだ何かあるのか?」
「お風呂入りたいです」
「あー」
もう夜だもんな。外は真っ暗だし、部屋は、ベッドの脇にあるランプが光っているからそこまででもないんだけど。
「わかった、じゃあ入ってこい」
「いや、そうじゃなくてです」
「じゃあ、何か別の? ああ、なんか入浴剤的なものか?」
「そうでもなくてです」
「えっと、あとは、思い当たるものがないけど」
「一緒に入ってください」
「え?」
俺は困惑した。そして、その困惑が命取りだった。
テンチェリィは布団から出て、ベッドを降り、俺の手を引いて来た。
「あ……」
つまり、全裸のテンチェリィとご対面したのだ。しちゃったのだ。いや~、やべ~、っどうかあの二人にはバレませんようにっと。バレたら殺されちゃいますので、最悪の場合本当の死が待っていますので。
すぐに顔を逸らし、目線も横に向けたつもりだったが、結構硬直時間は長かったらしく、数時間、下手したら数日はテンチェリィの裸をはっきりくっきり思い出せるだろう。
「いきますです」
「え、あ、はい、行きます」
俺は、テンチェリィ(状態異常:全裸)に連れられて、屋敷の中を歩いていた。
「あ、テンチェリィそこ逆。ずっと麻理の家に住んでたから、そっちに行きそうになるかもしれんが、俺の家では逆だ」
「あ、ごめんなさいです」
テンチェリィはそう謝るが、それもしょうがない。俺だって無意識で進んでいたら多分間違える。ただ、今神経は尖りに尖り切っているのでな。で、ここでも、この尖り切った神経を逆手に取られた。いや、本人にその気はないんだろうけど。
俺は、今、テンチェリィを直視できない状況にあるので、顔を、目を、逸らしている。そこを、テンチェリィはUターンしたのだ……そして、またしてもテンチェリィの裸とご対面。たまたまなのか、狙ってなのか、恐らくたまたまなのだろうが、俺が顔を逸らした側を歩いて行ったのだ。
その後は、無心で歩いたため記憶にない。というか記憶に残した時点でゲームオーバー、心を覗いた麻理から殺される可能性が高い。
気づいたら、もう既に浴場にいた。
「背中流します」
「はい」
気づいたら、もうこんな状況。うん、振り返るのはもちろん、いま顔を上げるのも行けないこととなっているだろう。
俺は今、鏡の前に風呂椅子を置いて座っている。そして、シャワーを浴びていたらテンチェリィが来たといった所だろう。ああ、行動を制限されてしまった。
テンチェリィはごしごしと俺の背中を一生懸命擦るように洗っている。
無心だ、無心を貫き通すんだ。俺。
「………」
「んしょ……んっしょ……」
広い浴場にテンチェリィの声だけが響く。
「ごしごし……です」
「………」
響く声と水音だけが、この場の音を支配している。
「はぁ……はぁ……ごし……ごし……」
「………」
少しすると、ちょっと疲れはじめたのか、荒くなったテンチェリィの息遣いもまた、この場の音の世界に加わった。
俺は、無心でいることだけを考えていると、いつの間にか頭を洗われていたようで、頭の上から大量のお湯を掛けられた。
「ううぇっぷ……」
「あ、ごめんなさいです」
「いや、俺がボケっとしていたのが悪いんだ……しまったっ!」
顔を上げてしまった。
見てしまったのだ……テンチェリィの裸を。またしても。
無心の二文字は先ほどお湯を浴びた際に流れてしまったが、石鹸の泡も全て流れた。ならば……風呂に入るべし。さすれば、汝は救われるだろう。
「テンチェリィ」
「はい」
「じゃあ、俺、風呂入って来るな」
「はい、じゃあ、一緒に」
え、マジで、やっぱり付いて来るの?
俺が、浴槽に入ると、テンチェリィも一緒に入って来た。
「あったかきもちいいです」
「あ、ああ。そ、そうだな」
正直それどころではない。いち早く記憶から抹消しないと、次に麻理たちに会った時、俺がこの世から抹消される。それは嫌だ。
「え、えっと、そろそろ上がるか?」
焦りすぎてこの場を脱する言葉も索も何も浮かんでこない。
「え? でも、ついさっき浸かったばっかりで……」
そりゃそうだ。まだ一分も浸かっていない。俺はテンチェリィの言葉にする言葉を持ち合わせていなかった。まぁ、そりゃそうだ、あっちが正論なんだし。
仕方ない。我慢しよう、また無心……むし……ん? んんっ!
今回俺は、無心の境地から追い出される以前の問題。まず、その無心の境地に辿り着くことさえできなかった。なぜなら……
テンチェリィが急に抱き着いて来た。
そう、何を思ったのか、テンチェリィが急に俺に抱き着いて来たのだ。それも、前から……
横から腕を抱いたり、まぁ、首を抱いたりしたとしても、ぎりぎりセーフだろうが、これはだめだろ、テンチェリィは俺の両足の上に乗っかって、その胴にぎゅっと抱き着いているのだ。眼前ちょっと下にはテンチェリィの顔。それも、風呂の熱に当てられたのか、少し赤らめている。先ほどから引き続いて息遣いもそこまで穏やかではない。
「お兄ちゃん」
「あ、うん、な、なんだ?」
「えっと、その、熱いです」
「あ、ああ、風呂の温度か? えっと、水入れて冷やそうか?」
「違う……えっと、熱いのは……お兄ちゃんの体です」
「う、うん」
俺は視点も顔の向きも一切変えずに、じっと前を見ていた。少しでも下を見れば、全裸のテンチェリィが視界に入ってしまう。それを避けるには、こうして、真ん前を見続けるほかないのだ。
「熱いか?」
「はい」
「そ、そうか」
「はい」
「じゃ、じゃあ、出るか?」
「……はい」
よし、説得成功。じゃあ、今日のところは、寝て……って違う、そうじゃない。テンチェリィの話を聞いておくんだった。
「えっと、じゃあ、テンチェリィのお話は、風呂入るちょっと前にしていたみたいにピロートーク風にするか?」
「……はい、お兄ちゃんがそう言うならそうするです」
「おう」
よし、なんやかんやあってもう一日が経過しようとしているが、テンチェリィが話してくれる気になったか。
「でも、その前に、もう一ついいですか?」
「ん? なんだ?」
「……その」
「ああ」
「お腹すきました……です」
………
…………
……………
――――――振り出しにもど……らねぇよ。もう、ドラゴンとか食わねぇ。絶対に食ってやらないんだからなっ!
俺は、ドラゴンを内心怨みつつも、テンチェリィをまたどこかのお店に連れて行くのだった。その時、既に夜は明け、明け方の空が広がっていた。一日目、経過……っと。
テンチェリィと暮らす冬休みは、まだまだ続く。




