132話・あれ、私死んだはずじゃ……
―レフィ=パーバド―
目を覚ますと、時間帯はもう既にお昼となっていた。……って、私、生きてる?
「あ、レフィさん……目を……覚ましましたか……」
「め、メアリー……」
メアリーは曹駛に膝枕をしていた。曹駛の体はどう見ても無傷だけど、ピクリとも動かないし、息をしているようにも見えない。
「そ、その、曹駛は……」
「……目を覚ましません……体は無傷だし、その、傷をつけても回復するから……きっと生きているんじゃないかって思うけど……その、身体も心も死んでいるようにしか……」
「そう……」
そんなメアリーに何も言葉を掛けられなかった。そんな顔見た事が無い。そんな寂しそうな、悲しそうな、そんな顔。
「あ、あの……私の傷……」
「ええ、皆さんの治療は、済ませておきました……」
「あ、ありがとう」
会話が続かない。会話をできるような状況ではない。
「レフィさん……魔力は、残っていますか?」
「え、ええ。まぁ、残っているけれど」
さっきまで気を失っていたとはいえ寝ていたのもあって、魔力は沢山ある。
「それで、その、何かに使うの?」
「はい、その、少し気になることが有って……できれば、そ、その……お、お兄ちゃんに触れていただけませんか」
「そ、それはいいんだけど……って、ん?」
いま、お兄ちゃんって言ったような……まぁ、きっと気のせいよね、まだ起きたばっかりだし。
「ええ、いいけど、何か意味が?」
「はい、その、どうやら……お、お兄ちゃんの体に触れると魔力が吸い取られるようなんです……だから、その、なんか意味があるのかもしれないって思って……」
や、やっぱりお兄ちゃんって……それに口調も……
き、気にしたら負けだ。
「う、うん、分かったけど……」
私は、曹駛に触れた。すると、確かに……魔力が吸い取られている……それも一気に……っ!
って、まずい、あまりにも急激に吸われたせいで眩暈が……
気が付くと魔力は全て吸われていた。
「す、すいません……私も、魔力切れです……」
「い、いえ、でも、何も起きませんね……」
「………」
曹駛は依然として何の反応も見せない。
「その、曹駛は、やっぱり……」
「……そうですね……諦めるしか……」
「………」
「そんなことはないよっ! ご主人の魂については私にお任せっ!」
私たちの背後からそんな声が聞こえた。
「ふっふっふー、いやー辛かったよー。ずっと閉じ込められたままだったんだもん。でもまぁ、そのおかげでご主人様を守ることが出来たんだけど」
「えっと、確か、曹駛についていた精霊の……」
「そうそうドリアードのシュツルーテル=クリムだよっ!」
「えっと、それで、お兄ちゃんを守れたって、どういう……」
「えーとねー、ちょっと待ってねー」
ドリアードはそう言うと、なんと曹駛に口づけをした……それも、マウストゥマウスである。
「んむ……ちゅ……」
れろれろと舌を絡める……はたして、そこまでする必要があるのか……あの行為の意味自体が分からない以上下手に突っ込みを入れることも出来ない。
「む……ぁ……よしっ!」
ドリアードが曹駛から口を放して数秒後、曹駛が目をさまし飛び起きた。
「はっ! って、いったぁ~」
そして、ドリアードと額をぶつけるという古典的なネタを見せてくれた。
「もう、いった~い、せっかく助けてあげたのにひどい、指8本で許してあげる」
「いつつつ……ゆ、指8本か……ま、まぁ、今回はお前がいなかったら俺は完全に消滅していたところだし……今はちょっと遠慮してもらいが、あとで指8本とは言わず、好きなだけ食ってもいいぞ、まぁ、今はちょっと遠慮してもらいたいがな」
「分かった、じゃあ、帰るね、バイバイ」
そう言ってドリアードは光の粒となって消えて行った。
「え、えっと、曹駛なんだよね? 本物の……」
「ああ、俺だ、本物の」
「お、お兄ちゃん、いったい、あのドリアードは何をしたの?」
「あ、ああ、えっとな……なんというか、俺の体の中というか、俺とのパスを切らずにいたと言うか、なんて言えばいいかよく分からないが……俺が俺でなくなるのを察知したクリムはあらかじめ、俺が俺の体から追い出されることを予測して、追い出された俺の魂というか、俺自身を食うと言うか、取り込むことで魂が昇天すると言うか、どっかに行ってしまうのを防いだらしい。まぁ、実際に精霊の技術というか技というか、そういうのはよく分からないから上手く説明は出来ないんだが、まぁ、要するに俺の魂が消えてなくなる前に取り込んだものの、俺の体は別の奴に乗っ取られているからどうするか考えていたところ、俺の体を乗っ取っている奴が消えたから、元の体の中に戻してくれたってことらしい」
「へぇ……じゃあ、べろちゅーの意味はあったと」
「え? べ、ベロチュー?」
「うん、べろちゅー」
……自覚なしって、あれ、本当にキスに意味はあったのだろうか。
「……ごめん、マジで?」
「うん」
「その、えっと、確かに魂を入れ物に入れるには接触が必要とかとは言っていたけど……その必要は無いはずだから、何かの見間違いじゃ……」
「………」
「………」
私とメアリーは見合ってから……
「え、ちょっと、待って二人とも、いや、本当に待って、今死ぬのはちょっときついかなーって思うんだけど」
「そうですわね、確かに私もお兄様も今死ぬのは、困りますから気絶程度に納めましょう」
「はい、分かりました」
「いやいや、待って待って、本当に待っ……」
とりあえず、踏んでおいた。私とメアリーは、曹駛が気絶するまで蹴り続けたのだった。




