131話・またなの、あなたは一体誰?
―レフィ=パーバド―
既定の時間が経過した。
「えっと、時間になったので行きますね、姫様達はここで待って居てください」
そう言い残し、腰に付けている袋から転移の札を取出し、転移魔法を発動させる。そうして転移した先には、満身創痍の皆がいた。
みんな、かなり戦闘力は高いはずなのに、どうして……それに、あの真っ赤な炎のドームはなに?
「なっ、これは……一体どうしたの?」
「れ、レフィさん」
弱々しい声で奴井名さんが私の言葉に返事を返してくれた。
見れば、この中では一番怪我が少ないようだ。と、いってもその背中の火傷は軽傷で済むものではない。
「奴井名さん……何があったの? それに、曹駛とメアリーの姿が見えないけど……」
「それは……あの中に……」
奴井名さんの指さす先には真っ赤な炎のドームがあった。
「あれは、一体なに?」
「分からない。ただ、多分あの二人のどっちかが原因だと思う」
「あの二人って、その……曹駛とメアリーのこと?」
「うん……」
その言葉に嘘はない。そんなことは彼女の表情を見ていればすぐに分かる。でも、なんであの二人が……
「はっ、壮大過ぎる兄弟喧嘩だ」
「イフリート、一体何があったの?」
「まぁ、皆ズタボロだし、俺が説明するとするか……」
イフリートの説明では、曹駛が相手に操られているということと、メアリーがそれと対峙していること、それとサキさんと木尾さん透さんは曹駛にやられて、椎川さんと奴井名さんは曹駛とメアリーの炎魔法の打ち合いの流れ弾を受けてしまったらしい。特に椎川さんはそのダメージがひどいらしく、あの炎のドームからここまで離れたところで気絶してしまったらしい。
それと、岩陰に隠れてテンチェリィがいた。あの屋敷で見当たらないと思ったら……こんなところに……見たところテンチェリィに怪我は無いようだ。
「その、どうしよ、どうしよ……私を庇って、みんなが……」
「落ち着いてテンチェリィ、まず、あなたはどうしてここに来たの?」
「それは……」
「心配になったから?」
「……それもありますですけど、それだけじゃないです」
「じゃあ、なんで……って……」
言葉をそこで止めた。視界にあった炎のドームが収束して消えてなくなったのだ。
「戦いが、終わった?」
あの炎のドームが無くなったということはそう言うことだろう。
「まだ、だと思います」
不可解な事をテンチェリィがぼそっと呟く。
「テンチェリィ?」
「………」
テンチェリィが突如気を失って後ろに倒れた。私は急いでそれを受け止め、なんとかテンチェリィが地面に頭をぶつける前に支えることが出来た。
「テンチェリィ? どうしたの?」
「………」
返事も反応もない。本当に気を失っているようだ。でも、急になんで……
テンチェリィを運び、みんなが集まっている所に寝かせたところで、こちらに迫ってくる足音に気付いた。
「やぁ、レフィ」
この声は……曹駛……そして、曹駛がここにいるということは……
「疾風の刃っ! 発射っ」
「おっと、あぶねぇ……いきなり激しいなぁ、おい」
「だ、だれなの……」
「だれって、お前……ひどいなぁ、俺だよ、曹駛に決まっているだろ?」
違う……何かが違う。本質的な何かが……これは、こいつは曹駛じゃない。操られているとかじゃなく、曹駛じゃない。そんな気がする……
杖を構え戦闘に備える……
「戦うのか? いいぜ? まぁ、諸事情でこっちは魔法無しだがな」
魔法無し? 魔法が使えないって事? いや、嘘をついている可能性もあるから、半信半疑くらいの気持ちでいよう。
「疾風の刃っ!」
更に風の刃を精製する。そして、それに気を取られている内に先ほど躱された風の刃を曹駛の背中を目掛けて再発射させた。
「気づかいないとでも思ったか? おらよっ!」
曹駛はランスを振るいそれらを全て弾き飛ばした。風の刃は霧散して消えてなくなった。
「よっしゃ、戦おうぜ」
「……くっ、発射」
風の刃で曹駛を取り囲んでから、一斉に発射させ全方向から曹駛に攻撃を加えたつもりだったが……発射に同時にまず右に飛びシールドで風の刃を消滅させた。そして、自ら右に飛んだことによって左から迫る刃と距離が取られ、そのままでは前後から迫る刃はは擦れてしまうのでコースを変えざるを得ない。そうして、変えた結果全てが同じ方向から向かうものとなってしまった。そして、それが狙いだったのか、曹駛はシールドを振るわれ、全ての刃を弾き飛ばされてしまった。
「は、魔法を使えたところで俺には勝てねーようだな」
「くっ、ソードメイク……魔法がダメなら、接近戦でっ!」
接近戦と見せかけて、隙を突いて至近距離から魔法を打ち込む。そうすれば防ぎようがないはず。
「お、馬鹿か? 俺に接近戦で勝てるとでも思っているのか」
思っている訳が無い。けど、こうするしかない。普通に魔法を使って宙遠距離から戦っていても絶対に勝てない。
「はあああああっ!」
「軽い軽い」
全体重を乗せ切りかかるが、シールドで軽く受け止められてしまう。ランスを引くのが見えたので、シールドを蹴り急いで後ろに飛び退いたが、それをみすみす逃す曹駛でもなく、脇腹を切り裂かれてしまう。だけど、私だってただただ致命傷を負ったわけじゃない。魔法を一つ設置した。
「颶風爆弾……起爆」
圧縮した大気の球体……それを破裂させる魔法だ。空気とはいえ、かなり圧縮したものなので、それなりの威力を持つ。範囲は狭いが、ゼロ距離からならば、そんなことも気にする必要もないだろう。
……起爆……しない?
「ははっ、驚きか? 残念だが、お前の付け焼刃の策なんて通じるわけがないだろ」
「何を……したの……」
息苦しい。激痛で立っているのがつらい。今にも気を失いそうだ。
「さて、そろそろとどめでも刺そうか」
「ま、まだ……疾風の刃」
「まだ抵抗するのか?」
「死ぬまで……抵抗するわよ」
「じゃあ、抵抗しないって事だな」
「んぐっ……!」
曹駛は、私の右肩を貫いてから、左肩を貫いた。
「次は、足かな?」
「ああっ……んぅっ……」
右の太ももを突き刺され、次に左の太ももを突き刺されグリグリとえぐられる。四肢が使い物にならなくなった。激痛が走っているはずなのに……意識が朦朧としているせいか……痛みがだんだんと薄れて……
「十分楽しんだし、じゃあ、そろそろとどめを刺すとするか」
太ももから抜かれたランスの狙う先は……心臓だろうか……ああ、もう駄目なの? まだ、何もしていないのに。
「なっ! お前はっ!」
しかしそのランスは狙いを外れて地面に刺さった。何故外したか……その原因が視界に飛び込んできた。
「て、テンチェリィ……なんで……」
テンチェリィが曹駛に体当たりをしてくれたおかげで助かった。けど、テンチェリィ目覚めたのなら、なぜ逃げなかったの? このままじゃ、あなたまで……
「させないです……ぅ……」
テンチェリィが頭を抱えながら、曹駛と対峙する。苦しそうだ、頭痛でもしているのだろうか。でも、それなら、なおさら早くここから逃げてほしい。万全の状態でも曹駛にはきっと勝てないはず。
「あ、あああああああああああああああああああっ!」
「て、テンチェリィっ、テンチェリィっ……」
テンチェリィは急に叫びだしたかと思えば、またしても気を失って倒れた。これは一体?
そして、倒れたかと思えば、すぐに起き上がりこちらを一瞥してからまた曹駛に向き合った。さっきのテンチェリィの目……もしかして、またあのテンチェリィが……
「なんだ、お前……先に殺してほしいのか?」
「………」
「だんまりか?」
「お……おに……おにいちゃん?」
「あ?」
「……チガウ……」
「何がだ……ッ!?」
テンチェリィはいつの間にか曹駛の後ろにいた。
「いつの間にっ」
「………」
ぽんっ……と、テンチェリィが曹駛の右肩を叩く。すると、曹駛の右手からシールドが離されて下に落下した。その手はだらりとしていて、力が入らないようだった。
「な、なにをしたっ!」
「………」
曹駛はテンチェリィに向けてランスを突き刺そうと突き出したが、それをテンチェリィは、ランスの先と自分の人差し指の先を合わせるというとんでもない方法で止めていた。
「なんだよ……それ……」
「………」
テンチェリィの指には傷一つつかない。それに曹駛の様子を見ている限り、全力でランスを押し込もうとしているようだが、テンチェリィは顔色一つ変えず指一本でそれを受け止め続けている。一体何を起きているのか、恐らくそれを理解できている者はここには居ないだろう。
そして、テンチェリィは曹駛の左肩に手を置いた。すると、今度は左肩から先がぶらりと力が抜けたようにぶら下がった。
「な、くっそ、なんでだ」
「それ……おにいちゃんの……からだ……おまえのじゃない……」
ペタリ、ペタリ、テンチェリィは曹駛の両太ももに触れる、その瞬間曹駛は膝から崩れ落ちた。
「なんだ、これっ……なんなんだよこれっ! なんで、テメーが触れたところが動かなくなるんだよ」
「……れふぃおねえちゃんにやったこと、おかえし」
「な、何言ってるんだ?」
「最後は、ここ……でしょ」
テンチェリィは曹駛を引っくり返して仰向けにすると、その胸に触れた……
「がっ……」
「死んで……にせもの……」
そう言った、テンチェリィはそのまま倒れこみ、曹駛は……完全に動きを止めた。
そして、私も……そのまま気を失った……思ったより、ダメージが大きかったようだ。ああ、これは、全滅かな……でもテンチェリィは多分生きてるし、回復の札が2枚あるし、3人は生きて帰れるかな……? ああ、作戦は大失敗かぁ……姫様達……大丈夫かな……
ああ、死にたくないなぁ……




