130話・お願い、一緒に死んで。
―武元麻理―
「全く、困った妹だ」
「そうだね、全く困ったお兄ちゃんだ」
「いつもの口調はもういいのか?」
「もちろん、最後くらい素の私でいるよ、素の武元麻理でお兄ちゃんと死ぬ」
そもそもこの口調もメアリー=フィンと言う名前も、私が人間じゃないから使っていた。武元麻理は人間であると、私自身がどうしようもないくらいに信じるのをやめられなかった。だけれど、この体はどこまでも人間でなくて、私の心すらそれに順応できるものだった。だから、私はメアリー=フィンだった。貧乏で、普通を求める、ささやかな幸せを求めていた、古臭い名前の人間の武元麻理ではなかった。金持ちで、どこまでも上を求めていって、上限無き幸せすらも最高を求め続けていた、よくある人間の名前を使う化け物のメアリー=フィンでい続けた。
でも、人間として死のうとしているのに、その必要は無い。むしろ、そう出会っちゃダメなんだ。
「じゃあ、死のっか……ね」
「そんな満面の笑み、かなり久しぶりに見たぞ、それ、俺が遠征行って再会した日以来じゃね?」
「いや、あの日の夜のお兄ちゃんは気持悪かったからそんなことはないと思うけど」
「………」
“まじで?”
「……なんか急に一緒に死にたくなくなった」
“え、いや、なんというか物凄い嬉しいようなことを言ってるけど、直前の会話が会話なだけに全然喜ばしくないんだけど……というか、次の日追い出したのは恥ずかしいからとかじゃなくて、本当に嫌だったのかあの日の夜”
「当たり前に決まってるでしょっ! というか、喜ぶも何も、それで心から喜ばれたら本当に嫌いになるよ」
“そうか、でも愛想は尽くしてないんだな”
「まぁ、兄妹だし」
“そうか、兄妹だもんな”
沈黙。この場全体を静寂が包み込んでいく。そして、完全に静寂が辺りを支配した時。
自然と体が動き出した。
静寂を破壊し響いたのは金属音と肉と骨が潰れるような音。お兄ちゃんのランスを私の刀で受け止めつつ、もう片方の刀でお兄ちゃんを盾ごと切った。
「はい、カウント1」
そう言いながらも、早くも生き返った私はお兄ちゃんに突き殺された。そうして生き返って、また口を開いた。
「はい、カウント2」
そうして私は刀を突き出す。お兄ちゃんも返しでランスを突き出してくるけど、今度は防がない。
「は……い……かうん……と……4」
そして、すぐに生き返る。
「ヘルファイア」
「ファイヤーボール」
炎がはじけ飛ぶ。カウント5、6、6、8……
「ヘルファイア、ヘルファイア、ヘルファイア」
「フレイムボール、拡散」
炎がはじけ飛ぶ。カウント6、7、9、13、15、
「プロミネンスフレア」
「フレイムボール」
炎がはじけ飛ぶ。辺りが光が灯っていく。カウント14、16……
「プロミネンスノヴァ」
「ムスプルヘイム」
真っ赤? 恐らく真っ赤に染まった世界で、死に続ける。カウント18、20、22、24、28、38……いっぱい……
火炎地獄だの、ヘルファイアだのよりも、こっちの方がよほどの地獄だ。本当に死に続ける。それこそ、もう何も生きていられない。生きる死ぬ云々言っていられない。目は開いた途端に機能を失う。息を吸えばその瞬間灰が焼けただれる。なにもしなくとも、数秒後には死ぬ。そんな世界を地獄と言わずなんというのだろうか。
そんな世界が続いた。そして、その世界は急に終わりを告げる。それは、魔力切れを意味する。
私たちは元々魔力なんて持っていない。そして、何度も死に続けた。この戦いは魔力など一回も使っていない。しかもすべて無詠唱。それに、お兄ちゃんがさっき使った魔法はあれでも本来の力は出ていなかったみたいだけど、それでも、イフリートなしじゃ普通使えるようなものではないみたいだし、とんでもないほどに寿命を削る。その上、私達、特に私は傷をすぐに修復、死亡した場合もすぐに生き返るという魔法を使い続けている。その魔法で生き返る場合は通常以上に寿命を削ることになる。そんな状況であの地獄にいた。
生き返った瞬間死ぬ。それを高速で繰り返し続けたら、どうなる?
ここもまた、一般人とは違うところの一つ。
一般人は寿命を削って魔法を使うとき、それで死に至るレベルまで削ることだってできる。けれど、私達にはこの半不死のような能力と共にリミッターがある。私達は、普通に生活して死ぬまでの寿命。おおよそ80年それ以下になってしまうように寿命を削ることが出来ないように体にリミッターをかけられているようだ。
だから、私たちの寿命はあの大魔法を持続できないレベルまで減少したとき、あの地獄は終わった。できれば、そのまま死にたかったところだが、それはもう仕方ない。ちまちま弱い古式術などを使って残りを削ってもいいけど、それはそれで面倒くさい。だから、いたいけど、最後は普通に殺し合おう。
「お兄ちゃん、もう少し。もう少しで辛い事、全部終わるよ……やっと、死ねるんだよ」
「………」
“ごめん……俺が……死にたくないなんて、思わなかったらよかったのにな……”
「いいよ、別に」
“でも、辛かったんだろ……”
「いいってば……」
“ごめん……”
「いいんだよ、だって……死んだと思っていたお兄ちゃんにもう一度一緒に々過ごせただけで、私は良かったんだよ。とっても嬉しかった、お兄ちゃんが私に会いたいって思ってくれただけで」
「……そうか」
「うん……」
私の手からは天叢雲剣は消えている。維持できなくなったんだろう。魔法はもう使えないかな。
「さて、あともう少しで死ねる。もう少しで死ねるんだよ」
「そうだな、それは良かったと思う」
「うん」
お兄ちゃんが分かってくれた……いや、おかしい? 何かが、何がおかしいか分からない。けど、なんかおかしい。私達の残り寿命はおおよそ400年と言った所。でも、なんかおかしい。なにかは、わからないけど……
「今まで、迷惑かけたなさぁ、死のうか」
「……う、うん」
……分かった。今分かった……分かった、けど……駄目……だった?
「お前だけなぁ……ははっ、ハハハハハ」
私は、切り落とされた両腕を視界に入れながら、蹴り倒された。ああ、遅かった。魔法慣れというかなんというか、そうだ、私の目は、もう普通の目だった。なのに、なぜ心の中を覘けると言うのだろうか。いや、覗けるはずがない。つまり……
「その顔、気づいたって顔してるな」
“ご明察、古すぎて使える奴がいねーが、これは古式術の一つ、念話。つまりはテレパシー。古いだけあって残り少ない寿命でも使えるんだよねー、バーカ”
「まぁ、これでも無詠唱でこんだけ何度も話すと結構寿命削るもんですでに、30年分は削っちまったけどなぁ、でもよ、お前の魔法全部封じるのにはもう丁度いいくらいだろ? ははっ、ハハハハハハハ。どうやら、この体の天敵らしいな、お前はよぉ、でもな、お前だって封印しちまえばいい話なんだよな。四肢切断して猿轡でも食わせときゃ、死ねねぇだろ? そして後で封印でもすりゃすむ話だしよぉ。もう怖くねぇよ、このクソアマァ」
「う、ぐっ……その声で、そんな喋り方しないで」
そんな言葉、お兄ちゃんは私に言わない。
「はっ、俺の体だ、俺の勝手だろう?」
違う。お兄ちゃんの体だ。今表面上に出ているのは、お兄ちゃんじゃない。お兄ちゃんはその体の中にいる。
「それッ……はッ…―――お兄ちゃんの体だ」
右足を切断された。でも、それでも、言葉は止めない。
「それは、お兄ちゃんの体なんだ」
「違うね……もう、心にすらあいつはいないんだよ」
その言葉は、私の心を大きく揺さぶるのに十分すぎる力を持っていた。
「え……」
何せ確かめる手段が無い。だから、嘘と断言も出来ない。
「ははぁ、なるほどぉ、そう言うことかぁ……馬鹿だねぇ、ククッ、本当に馬鹿だねぇ……クククッ、ハハハハハハハッ」
「ど、どういうッ……」
左足も切断された。これで、私の体は四肢を全て切断されてしまいダルマのようになってしまったことになる。
「そうだねぇ、いうなれば、あいつもよぉ、自分で気付いていなかったみたいなんだけどよぉ、俺の中で存在し続けようとしたとき寿命削って即興の魔法を使っていたみたいなんだなぁ、これが。さっき言った通り本人気付いてなかったみたいだし、お前もそれに気づかずぅ、魔法を使うための寿命をぜーんぶ持って言ってくれたおかげでぇ、維持できなくなってぇ、しょうめーつ、どっかーんばるばろばーん……さぁ、どうだい? だーい好きなお兄ちゃんだけ殺した気分はぁ~」
「な、う、嘘だよ……」
「いやぁ、これが本当なんだな、本当の本当」
そ、そんな……じゃあ。
本当に私がお兄ちゃんを殺してしまったって言うの?
「ははは、そもそも裏切りの術ってなんだよ、そんなん有る訳ねーじゃん。この体に施されたのは人格書き換えというか、なんというか、魂の書き換えだよ。もうお前のお兄ちゃんの魂はこの体にゃ存在しない。もう召されちまったんじゃねーのかぁ?」
「そ……んな……そんな……うそ……」
「あーあ、もう二度と会えねぇな、本当によぉ、お前が死んだらこの体も死んじまうからお前は死ねねぇし、この書き換えの術だって完成させた奴が術だけ残して先死んじまったからもう使えねぇしなぁ……あ、そういや、この術完成させた奴殺したのもお前なんだっけ? ハハハハハッ、これは傑作だ。お前は、よほどこのお兄ちゃんと会いたくないらしいなぁ」
「あ……あ……ああ……ああっ……」
「じゃあな、眠ってろ」
頭に強い衝撃を感じたような気がする。けど、もうどうでもいい……意識が途絶えた……




