129話・ですけど、私の作戦で行かせてもらいます。
―メアリー=フィン―
飛び散った血の匂いが鼻を刺激する。それも束の間、首なしのお兄様がランスを横に振るった、私はそれに対応できずお腹を切り裂かれた。だけど、私だってお兄様と同じ魔法を使っている。私だってお腹を切り裂かれたくらいじゃ、動けなくなったりしないし、首を落とされようとも動き続けられる。だから、ここからは、本当に不毛な戦いとなるだろう。だけど、それでいい。今なら、この目に仕組んだ術の力でお兄様が何を考えているかも分かるし、それが正しいのも分かる。ただ、それに賛同は出来ない。
姫様だろうが何だろうが、知ったことではない。私はこうなることを見越して姫様達に護身用に札を持たせたのもある。
お兄様を殺せる存在はいる。そして私を殺せる存在もいる。それだけだ。
だから、本当の殺し合い。それをする。本当にそれだけ。
「みなさん、逃げてください」
「でもそれには、麻理さんの転移魔法が……」
満曳さんのその言葉を遮るように叫んだ。
「いいから、さっさと逃げてっ! その作戦……お兄様の作戦には協力しませんっ! だからっ、早くっ、逃げてっ!」
何度も殺されながら、何度も殺しながら、そう叫んだ。
「おいおい、いいのかよ」
「当たり前でしょう」
自由に喋られないにわりにいろいろと話せるようで……どうやら、僅かにでも敵対意識が伝わるようなことなら口にできるようですね。
「ほんとかよ、唯一生き残る手立てだったんだぞ」
それは、嘘。嘘であるはず。
「いえ、そうではないですよね。そして、それはお兄様も知っているはず」
「つまり」
気付いたようですね。そうです……そのとおりです
「お兄様を殺して、私も死にます」
「マジかよ、とんだヤンデレブラコンシスターだ」
「病んでもいませんし、デレてもいませんし、ブラコンでもありません」
今のお兄様の言葉には殺意をも覚えましたが、別にいでしょう。本当に殺すわけですし。
私は、お兄様を殺せる。離れていようがなんだろうが、お兄様の事を殺せます。そして、お兄様もまた然り、私の事を殺せます。ただ、私達が互いに殺すときある条件がある。それだから、正確には殺せるではない。
私が本当に死んだとき、お兄様も死ぬ。お兄様が本当に死んだとき、私も死ぬ。
私たちの、ほぼ無限につづく寿命は、共有のものなのだ。だから、片方だけが尽きるということはない。片方が尽きれば、もう片方も尽きる。そういうシステムなのだ。それは、お兄様も知っているはず。いや、知っている。それも、この目の術で分かる。そして、お兄様がその手を取らない理由も分かる。確かに、皆の事は心配かもしれない。姫様に至っては未だその身を狙われている。だけど……
そんなことは知らない。
そう、知らないし、関係ない。私たち兄妹には関係ない。そのはずなんだ。レフィさんとテンチェリィさんだって、本来は関係ない。お兄様に買われたからと言って、別に一緒に臨終する必要は無い。だけど、本来奴隷である彼女らの将来の事を考える義務もないはずだ。
私たちは、つまり死に時を失ったんだ。死んでも生き返るこの体で、死に過ぎていきすぎたんだ。だから、お兄様の決心も知ったことでは無い。もう、ここが、死に場所なんだ。死に時なんだ。
正直に言って、お兄様の作戦には大きな穴がある。
まず、私がその作戦に乗るということを前提にしている。確かに、普通そんなことは考えない。だから、これに関しては、私が、ある種裏切った形となる。でも、たとえ私がこの作戦に賛同したとしても、お兄様から逃げつつ、お兄様に掛けられた術を解くなんてことは、恐らく無理である。もう、そこが、塞ぐにも塞ぎきれない大きな穴なのだ。
だから、死ぬ。本当の意味で死ぬ。寿命を使い切る。
この方法なら、一番簡単である。私とお兄様が殺し合いを続けるだけでいいのですから。それにこのままお兄様に追われ続けるよりも、皆が生き延びられる可能性だって高いはず。姫様がいくら狙われてると言っても、それは姫様が『姫』という立場にいるからであって、ひっそりと暮らせばきっと問題はないだろう、そこにレフィさんとテンチェリィさんも一緒に住まわせてもらえばいい。透さんはカーヴァンズの兵士にでもなればいい。満曳さんと恩さんは喜んで雇ってくれるだろう。それでいいじゃないか。それで……
「天叢雲剣」
二振り目を出現させ、一振り目と共に投げつける。
「天叢雲剣」
三振り目も同じく。
「天叢雲剣、天叢雲剣、天叢雲剣、天叢雲剣、天叢雲剣」
四、五、六、七、八と次々と生成しては投げつける。
この刀の一振り一振りが、大量の魔力を使うものである。この刀はあの天岩戸と同格の超が付くほどの大魔法ですから、使う寿命も馬鹿になりません、それに、当たって死んだ時や大けがを負った時、それ高速で治すこの魔法だってただじゃない。かなりの量の魔力を使わなければならない大魔法の一種ですから、どんどん寿命を削ることが出来る。つまり、この勝負、何がどうなろうと、私の勝ちです。
出現させて投げる。それを繰り返すだけ。この刀自体がとんでもない力を持っていますから、投げただけでも周囲の物を破壊していきます。それを防ごうとしてら、やはり魔法を使いますし、避け続けてもいずれ体力が切れて一撃は貰います。それに、一撃貰えば、確実に死にます。まぁ、何をしようと、この戦いでは寿命が減る一方なのです。この辺りには樹木があまり見当たりませんし、追加で増えていく寿命も大した年数ではないはずです。だから、思う存分、殺し合えますわ。
「くそっ……」
「どうですか、勝ち目がないでしょう」
「………」
“おい、麻理、なぜこんなことをするんだ”
「なぜも、何もないでしょう」
お兄様の心を読んでの会話。いや、先ほどからお兄様は同じことしか考えていませんがね。
「そう、何故、何故と私に問う前に、自分の頭で考えたらどうですか? お兄様」
“その上で言っているんだ。なぜなんだ、なぜ、死のうとしている。なぜ、俺を殺そうとしている”
「……もう、終わりの時だからですわ。いえ……いや、もう終わりの時なんだよ、お兄ちゃん……」
“終わりの……時……?”
「うん、終わりの時……私達、もう十分でしょう。十分生きたでしょう。このまま生き続けても、きっと辛いだけだよ。」
“つらいって……おまえ……”
「このまま生き続けた時、何が待ち構えているかなんて分かりきっているじゃん……」
誰を救い、誰と生きようとしても、最後には、自分だけが残る。それに、事情を知って理解してくれる人がどれくらいいるかも分からないし、そう言った事情がある以上、人目につく所で何年も何十年も住み続けることは出来ないし、同じ人と関わり続けることも出来ない。約束された孤独が待ち続けている。もしも、お兄ちゃんのように、理解してくれる人を増やせたとして、それでも、最後にはどうせ一人になる。それだったら、ここで死んでしまった方が、より人として生きたことになるのではないか。
「お兄ちゃんは、もう人をやめる決心をしたみたいだけどね……無理だよ……私は、お兄ちゃんほど完璧じゃない」
だから、最後まで一人で生きているくらいならば、せっかく見つけたこの死に時を逃さずに死んでしまいたい。そう思った。
「お前は、何を言っているんだ?」
お兄ちゃんは声でそう言った。
だから、こう答えた。
「お兄ちゃん、一生に一度のお願い。私と一緒に、ここで、人間として死んで?」




