128話・まだまだ……ですわ。
―メアリー=フィン―
死にながらも、話は聞かせてもらいました。正確には、生き返りかけの苦痛の中、話を聞くことしか出来なかっただけなのですが。私の体はその辺りがお兄様の体と比べて使い勝手が悪く、死ぬと復活までに随分と時間が掛かってしまいます。ですが、身体が動かないとしても、それは傷の修復に時間が掛かるというだけ……命さえ戻って来てくれれば……こんな根性論は好きではありませんが、ここではあえて言うなら、耳に神経を集中させれば、身体がズタボロでも音を聞くくらいは出来ますわ。
ですから、状況も分かりました。大体は……
魔法が使えない状況を創り出していたのは、封殺ミツバチの所為だということが分かれば、なんとかなります。封殺ミツバチのはちみつは、魔力回復に使える素材でしたから、その存在は知っていましたわ、まぁ、魔力の回復を必要とする方なんてあまりいませんし、実際にそれを使って薬を作ったことは一度しかありませんが、対策は知っています。確かに、魔力を吸い取られ続けるので、すぐに魔力切れを起こして魔法が使えなくなります。これに対抗する手段は二つ知っています。一つは、吸い取られる量よりも多く魔力を使い魔法を使うと言う手。強引な手段ですが、一番楽な手ですわ。ですが、あまり現実的な物でもありません。
確かに、魔力を吸い取られるよりも早く、魔力を魔法に変換してしまえば、火や水などを扱う魔法の場合、発動後に魔力を吸い取られていても、それら魔法の結果そのものは残ります。しかし、これには致命的な弱点が有ります。風や土、恩さんが使ったようなエネルギー体を操る系統の魔法は、魔力を奪われると、すぐに発散してしまうことと、そもそも魔力を奪われ続けているので、いくら魔力を使って魔法を発動させようとしても、魔法の発動そのものが物凄く難しくなるところです。ですから、この方法は実用的ではないのです。
そして、二つ目。これは、もっと実用的ではありません……私とお兄様の二人を除いて……
それは、魔力を使わずに魔法を使うという、魔法の概念を覆す……いや、元々、本来あった、古来からの方法。今に伝わる魔法の元の元。基盤の基盤。今や完全に失われた、古式術の使い方と同じ方法。
自分の命を削り、術を使うという方法。
これならば、魔力は関係ありません。
この方法で魔法を使う場合、魔力の適性も何もありません。ですが、元々古式術というのは、雨乞いや天気予報、ほんの少し先に起きる事を予測する未来予知などであって、戦闘で使うようなものではなく、もしも魔力を使ってするとしても、魔力消費は微々たるものになるようなものばかりでした。雨乞いや未来予知などと言うと、すごいようにも思えますが、実際雨乞いと言っても、ほんの少し、ごく僅か、小雨と言えるかどうかも怪しい物を数十秒降らすだけの物でしたし、未来予知も、見通せて1日先、それもかなり限定的な範囲でしか見られませんでした。たとえば、あの水田の稲の様子だとか、この部屋の隅にどれほど埃が溜まっているかなどと、その程度。その程度でしかない術でも、使い続けていれば、物凄く短命になるほど。ですから、現代の、いわゆる魔法などを使えば、一回使っただけで寿命は十年単位で削られますし、大魔法を使えば、一瞬で死に至るでしょう。
だから、私とお兄様くらいにしかできないのです。ですが、この方法ならば、邪魔されることもなく、魔力の流れも見えない。魔法の発動を読まれることもなく、強大な魔法ですら放てる。デメリットがあるとすれば、命を削った分だけの痛みに襲われることです。私はお兄様ほど痛みに慣れていないので、どこまでできるかは怪しいのですが、やれるだけやるしかないでしょうね。
さて、一つ目の方法も一応、出来ますが、結局命を削るのであれば変わりありませんね。
推測するに、封殺ミツバチの数は数匹と言った所でしょうか。ためしに魔力を作ってみたところ、完全になくなるまでに時間があまりにもかかりすぎていました。以前、はぐれたらしい野生の封殺ミツバチに会った時もこのような感じでしたし、恐らく間違いないかと……でしたら、この状況で戦うよりも……サーチアンドデストロイ。先に、封殺ミツバチを全て潰してしまった方がこちらにとって有利ですわ。そして、その手段が、私にはある……ただ、これを失敗したら、もうお終いだろう。全滅……それだけが待ち構えている。この暗闇の中、数匹しかいない封殺ミツバチを確実に探す手段……そんなの一つしかない。
「……千里……眼……」
静かにそう呟いてから……自らの命の行く先を全て目に向けるイメージを作る。一瞬で封殺ミツバチの居場所を把握する。その後、それらがどこへ向かってどこにいるかまで、全てが一瞬で分かった。後は、早く、戻って、来る、だけ……戻ってくるのが遅くなれば、また……倒、れ、る……
「はぁ……はぁ……はぁ……みつけ……た……」
ぽたりぽたり……地面に浸みを作る。どうやら、鼻から血が出ているようだ……体がひどく気怠いが……もうひと踏ん張りだ……
「具象術……火産霊」
数カ所で発火現象が起きる。その後、それらの炎は輝きながら地に落ちていった。
「が…………―――はっ………はぁ………はぁ……」
服が汗でぐしゃぐしゃになる……今更ながらに、痛みが襲ってくる……死ねない身体故に、いや、死ねない状況だけに……このいっそ死んだ方がマシな痛みが次々と襲ってくるのだ。痛みで自然と涙が出てくる。汗が出てくる。おまけとばかりに、鼻と口から血が出てきた。それと、余り痛くはないのだけど、胃液まで出てきた。恥ずかしい話、失禁もしてしまった。なんだ……これ……カラだが、マルで、イウことを聞いてクレない。
それでも、倒れない。倒れる訳には、いかない。
「おいおい、お漏らしか? 恥ずかしいな、その歳になってよ」
「…―――」
お兄様には殺意を込めた視線を返した。というより、言葉の一つや二つ、魔法の十や百を返してあげたかったのですが、どうも体が言うことを聞ないようなので、今はこの視線だけで我慢せざるを得ない。
「はっ、そんなにつらいか? なら、さっさと殺してやるぜ」
「…―――ッ!」
お兄様はいつの間にか私の目の前にいて、私は、またしても、お兄様に貫かれた。けど、倒れない。それに……
ランスが抜かれた途端、身体の修復が始まる。そう、もう既に術は発動させておいてあった。高速回復の術が……だから、大丈夫。むしろ、身体の状態が良くなった。だから……お返し。
「天叢雲剣っ!」
召喚した最強の剣でお兄様の首を刎ね飛ばした……




