127話・それで本当にお終いか、違うだろ、なら足掻け。
―武元曹駛―
判断するに、戦力だけで言えば、驕りだろうと、慢心だろうと、何と言われようとも恐らく俺の方が勝ってしまっている。この判断を誤らせうる可能性を持ったやつは、イフリートであるあの炎のおっさんだが、あれは、仮憑依のような状態である可能性が高いし、いつものように力を出せる訳でもないだろうな。魔力でおっさんを強化しようにも、周りの封殺ミツバチに全部吸い取られるだろうしな。
手加減してやりたいところだし、ちょっとくらいは甘く状況を見たりもしてみたいが、俺の脳がそうはやらせてくれない。今の状況を的確に判断するし、今どうするのが相手を倒す最善策となるのか、次々に策を編み出す。
この状況、一番何が不味いかって、俺を殺したところで何もならないって事だな。今までは俺を殺すことで、俺に掛けられた魔法などの一切を解除すると言う荒業が通じたが、なぜか今回はそうはいかないらしく、俺は死んでも駄目らしい。なんというか、本能的に、そうわかると言うか。最初からそれを知っているかのような感覚だった。そう、だったのだが、それがだっただけで済めば良かった。だが、さっきそれが、確信に変わってしまったのだ。先ほどの透の一撃で、俺は死んだ。確かに死んだ。
だが、生き返っている。それに、この奇妙奇怪な術も解けていない。さて、一応、俺が負けるという可能性も、この脳味噌が勝手に計算してくれたらしいが、嫌なことに、無し……となっている。だから、撤退を進めたってのもある。何故負ける可能性が無いかなんて、考える必要もなく分かってしまうことだ。
俺には、万物爆弾化がある。
これは、誰も回避することが出来ないし、どうすることも出来ない。そして、封殺ミツバチに囲まれたこの状況でも使えるだろうし、どうやら俺は追いつめられたら使うつもりでいるらしい。困ったものだ。自分以外が全員敵の状態で躊躇うほど良心的ではないぞ、今の俺は……
それはともかく、俺が本当に、今不味いと思っているのは……テンチェリィ……なぜそこに居るんだ。
瓦礫に隠れてちらちらとこちらを見てきている。恩はともかく、透も気づいていないってことは余程気配を消すのが上手いんだろうけど、なんというか、こっちから見ると分かる。普通にちらちらと視界に入って来るからあんまり関係ないんだけど、気配消せてない……バレてる、バレてるってそれ。満曳は、俺の心を読んでいるため気付いちゃいるようだが、下手に戦闘に巻き込むのも良くないと思っているのか、あえて話題には出していないのかとも思ったが、恩をテンチェリィの元に向かわせたようだし、一応、何らかの対策は取ってくれたようだ。ありがとう。
「まぁ、そろそろ、戦闘と行きましょうか」
そう言った俺の体は、透に向かって飛び出して行った。今、一番戦闘能力が高いのは透と判断し、先に潰そうとしているらしい。全く厄介なことだ。死ぬのはいいが、死ぬ度に筋力、疲労、精神力、全部があの時と同じになる。疲労については、デメリットなのだが、あの時の俺の筋力も精神力も、国の兵士の上の方にいるくらいだったんだ。並の物じゃないし、それに、戦闘センスは、未だに鍛えられ続けている。まさか、それがあだになる日が来るとも思わなかった。
それに、今の俺の最も厄介なところと言えば、勝ちの最善手を取ろうとする。俺の出来ることを活かし、磨いてきた戦闘センスを活かし、俺の特製を活かし、戦おうとする。詰まる所、何が言いたいかというと、ノーガードで敵を叩きまくるのだ。
俺は、死ぬことはない。普段は、痛みなどで行動力が鈍ってしまうと、結果的には戦闘力が落ちると踏んで、出来るだけ回避も防御もしていたが、あれは痛みに恐怖していただけらしい。今の俺は、俺から見ても、怖いほど冷静で……怖いほど、冷徹だ。
俺にも、こんだけの判断力はあったんだな。というより、普段の俺だって判断力にはそれなりに自信があったつもりでいたが、やはりそれは、その考えは人間だった頃のものを捨てきれていなかったらしい。今の俺は、不死人。痛みを恐れるなんて馬鹿らしいことだ。傷を恐れるなんて馬鹿らしいことだ。死は恐れなかったのに、それ以下の事でおそれているなんて恐ろしく馬鹿な事だったんだ。それが今回得られた収穫か? まぁ、もちろん事が上手くいったらの話だが。このまま、皆でゲームオーバーだったらば、得られた収穫も何も無い。
まぁ、そんなことくらい、最初から、本当に最初から。俺が、俺自身が、人間でないと、非人間であると、化け物であると、そう気づいた日からずっと知っていたのかもしれないけどな。
ただ、本当に人でなくなるのが怖かったのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。ただ、少しくらい人らしさってのを持っていたかったのかもしれない……決して人ではないのだが……
笑い飛ばしてやりたいぜ、今の俺のお蔭で吹っ切れた可能性はあるな。というか、真に気づいたかもしれないか。
人間らしさを内面に求めたが、それだけではダメなんだな。痛みや傷に恐怖して、人のふりするのもいいけど、そんなこと誰が分かってくれるって言うんだ。俺は、大切な人を守りたいということと俺しか知らない俺の人間らしさを両立させようとしていた。今までな……でもさ、やっぱ、それは違う。人間じゃない者の人間らしさなら、人間らしくなくていいから、人間らしい気持ちで、人間らしく、大切な人を守って見せたいんだ。それなのによ……情けなくなってくる。悲しくなってくる。
ああ、もう、馬鹿じゃねーのか……俺……
「曹駛、お主……なぜ泣いている」
「ああ、はは、知らねーよ、お前らが弱すぎて話にならないから、欠伸でもしたんじゃねーか?」
今、言葉で伝えるのは、無理だな。でも、それは、今に限らず、何時だってそうなのかもしれない。言葉で伝えるのはちょっと難しい。俺、そもそも、話すの得意じゃないし。語彙力だって、微妙だし……
「ははっ、そんな簡単なもんじゃねーかもしれねーな」
「何の話だ」
「まぁ、気にすんな、ジジイ」
確かに、透は強い。強いけど、強いだけだ。人やモンスターと戦うとなれば、かなり強い。だけど、人型の上位種を相手取るのは慣れていないと言うか、出来ないらしいな。それに、遠慮は見えないが、防御ばかりに集中している辺り見ると、俺に攻撃が効かない事は理解したように感じられるが、それでも傷を増やし続けている所から、普段は攻めで相手を圧倒していることが分かる。守りが甘すぎる。いや、普通の奴ら相手なら十分、十二分に通用するだろうが、それは普通の奴に対してだ、お前よりも若く力強い肉体を持っていて、お前と並ぶか、それより上の戦闘センスを持つやつに対しては……無意味ッ……
やっちまったか……俺は、防御に夢中になりすぎていた透の隙を見つけ、炎皇を弾き飛ばしてしまった。その後、すかさずに突きを繰り出すが、そこは流石というところか、武器を弾き飛ばされた直後でも冷静さを失うことなく、躱されたが……それも駄目だ。横にギリギリ躱しただけじゃ、その直後の振り払いを避けれない……
左手にずっしりと重みを感じる。力任せにランスを振り払い、透を弾き飛ばした。その際に、嫌な音がした……俺の体に痛みはない所からして、きっと折れたのは透の骨だ。
先ほど遥か右後方へ炎皇を弾き飛ばしたが、透が跳ね飛ばされたのは左の方だ、ますます相手が不利になっていくな……それに、今からどうやら追撃するらしい。つまり、とどめ……刺すつもりだな……こりゃ……
俺は、透の喉元にランスを向けた。
「それで本当にお終いか、違うだろ、なら足掻け」
今はこれしか言えない。こんな応援でも何でもない言葉だけど、頑張ってくれ。頑張って、もう少し、あと少しだけ戦ってくれ。
「くっ……流石だ、いや、本当の実戦となると、やはり比べ物にならないほど強いな」
「はっ、世辞はいいから、サッサと立て、まだやれんだろ?」
「すまぬな、これもこれで老体らしい……左の胸骨を全て折られただけで、ここまで身体が言うことを聞かんとはな……」
なっ……そこまでやられていたのか……そうか、流石に……歳ってやつか……そうか……人は、歳を取るんだもんな……ははっ……忘れていたさ……透が今まで強すぎてな。
「じゃあ、さよならか。長い付き合いだった。せめて忘れはしないさ」
「そうか、なら、良い」
俺は、ランスを突き出そうとした……が、止められた……
どうやら……間に合ったようだ、まぁ、与太話ってのも無駄ではなかったか。これなら、微妙にだが、本当に微妙にではあるが、俺の本当の意志で時間を引き延ばせる。本当に、良かったぜ、これなら、まだチャンスはあるからな。
なぁ、麻理。
「良くありませんわ……先ほどは不意を取られましたが、次はそうはいきませんわ」
「そうか、試してみろよ、雑魚」
俺は、俺のランスを剣で受け止める麻理を見て、心の中でひと段落の息をついた。
さて、頑張ってくれ、ここからが作戦の第2段階だ。




