126話・やっぱり、強いね。
―椎川満曳―
「てやぁ!」
飛び掛かってから、剣を振り降ろすが、あの大きな盾にどうすることもできず弾かれた。
魔法が使えないっていうのは、厄介だ。こちらの半数が戦えないことになってしまう。魔法無しでの純粋な戦闘能力があるのは木尾さん、サキさん、透さんの三人だけだ。僕自身もあるかどうかで言ったら、微妙なラインにいる。だが、木尾さんは既にやられてしまっているし、サキさんも早々に戦闘不能な状態。透さんは行方不明……
正直な話、勝てるはずがない勝負だ。それどころか、僕の役目である時間稼ぎでさえ、ちゃんとできるかどうか不安なくらいだ。
「どうした、それは疲労の汗か? 冷や汗か?」
「まぁ、どっちもかな」
「そりゃ、酷いな、やられるのも時間の問題か?」
「まぁ、言いにくい話ではあるけど、そうだね、あんまり長くは持たないかも」
「そうか」
曹駛くんが、巨大なランスを逆手に構えた……槍系の武器を逆手に構えたということは、恐らく……
“投げるぞ、避けろ”
やっぱり、そう来るか……
ただ、一つ予測外だったことと言えば、まさか、これほどの重さの物が、この速度で飛んで来るとは思わなかったっ!
砕け散った剣を見て、またしても冷や汗が噴き出る。
投げると判断してすぐに横に飛び退いたのはいいが、長さゆえにランスに剣の切っ先が掠ったのだ。そして、直後に剣は飛び散った。掠っただけで、剣が飛び散るほどの威力。痺れからなのか、恐怖からなのか、手が震える。もし、身体に当たっていたら、なんて想像もしたくない。
そんなことよりも……早くも武器が壊れた事の方が問題だ。いや、小刀みたいなサイズのナイフを3本持って来てはいるが、リーチの関係で攻撃面では全く役に立たないだろうし、防御面でも、ランスの重量からして、ほぼ役に立たない。ただでさえ、戦力差があるのに、更に広がった……状況は絶望的。だが、引けない。物理的にも、心理的にも、戦略的にも……どうやって戦うか……いや、どうやって、こちらに気を引きつけつつ逃げれるか……って言うのがこの場では最適な選択だね。
なんて、考えている時間すら、今の曹駛くんはくれそうにないけど……
気づけば、深々と地面に突き刺さったランスを軽く抜いた、それこそ鞘に刺さった剣を抜くかのように取る曹駛くんがいた。
いつの間に……まさか、転移魔法? 曹駛くんも魔法を使えないんじゃなかったのか? いや、それとも、純粋に走って来たのか? どちらにせよ、脅威でしかない。
「さて、抵抗しないのか? しないと、今すぐにでも殺しちまうぜ」
そして、少し土のついたランスの先をこちらに向けて曹駛くんはそう言った。
すぐに飛び退きたいけど、今は、まだ……もう少し、もう少しだけ……堪えなければ……なぜなら……
「火炎蝶」
曹駛くんの後ろには、透さんが既にいたから。
透さんの刀から放たれた、炎の蝶数匹は、曹駛くんを背後から襲い、その頭を焼き尽くした。僕は、それを見届けてから後ろに飛び退いた。
肉の焼ける匂いが辺りに漂う。いいものではないけど……
それにしても、嬉しい誤算だ。ここで、透さんが返ってきてくれたのは。
「大丈夫か」
「はい、ですが、状況がかなり絶望的です」
「うむ、そのようだな」
「ですが、透さんがここで来てくれたことは、こちらにとって、かなり有り難い事です」
透さんの刀なら、魔法以外の方法で遠距離攻撃が可能なようだ。ならば、まだチャンスはあるかもしれない。僕も、この3本のナイフを投げナイフとして使えば、まだ可能性はある。
「少しいいか? 透」
炎で出来た男性が、透さんにそう語りかけつつ、砕け散った僕の剣を拾い集めた。
「なんじゃ?」
「まぁ、その時折思い出したかのように使う老人言葉というのには、もう突っ込まねぇが、少し、時間を貰うぜ」
「あまり、許可したくないが、何かやるのか?」
「いや、もう終わった」
その手には、横幅の広いククリナイフがあった。
「ああ、溶かして形を作っただけだから、多分切れねぇけど、まぁ、分厚く作っておいたし、幅もそこそこあるから、その場凌ぎの盾代わりには使えるんじゃねぇ? はっはっはっ!」
「ありがとう」
確かに、見た目こそククリナイフだが、刃が無い。いや、一応、端に行けばいくほど細くはなっているんだけど、なめらかではないため切れなさそうだ。けれど、まぁ、さっき言われたとおり、その場凌ぎの盾には僕が今持っているナイフよりもよさそうだし、ナイフを投げ切った時、もう一本の投げナイフとして使うのもよしだし、盾兼打撃武器として使うのも悪くない。本当は全然良くないんだけど、この状況下だ、武器は多いほどいい。
「おう、準備は整ったか? 俺も今生き返ったところだ」
「もう生き返りやがったのか……まぁ、いっか、曹駛。また対決することになるとはな」
「ああ、イフリート……また今回も倒してやる」
「ふん、2度も負けるか。というか、前回も負けたつもりはないがな」
「はっ、言ってろ、おっさん」
「うるせぇ、糞ガキ」
二人は、そう言い争ってから小さく笑った。
「そうなると、儂は、決着を付けに来たと言うところか? 前回は引き分けだったしのう」
「ははっ、まだ、その言葉遣い止めてなかったのかよ、俺と一緒に居るうちに少しは改善されたと思っていたんだけどな」
「別に言葉遣いはいいじゃろ」
「まぁ、個人の自由だしな。だが、ひとつ、前回のは騒ぎにならないようにわざと引き分けにしてやったに過ぎない。実践だったら、俺の勝ちだぜ? ありゃあ」
「何を言う、お互いがお互いの首に刃を付け有ったら引き分けじゃろうに」
「じゃあ、試してみるか? 俺は死なないけど、お前は死ぬ。だったら俺の勝ちだろうに」
「いや、あの距離からでも躱してやる。だてに老爀斎を名乗っているつもりはない」
「あれ、自称だったの?」
「いや、他称だが」
「だよな……自称だったら流石に……敬服するが……」
「まぁ、気にするな」
「そうする……」
と、今度は、最初は曹駛くんがほぼ一方的に文句を言っていたが……言い争いにはならず、むしろしんみりとした空気が漂った。
「曹駛くん……このメンバーなら、君を倒すことは出来ずとも、足止めくらいは出来る」
「そうか……っと、またか……」
“そうだな、お前らなら、行けるだろう。倒せる可能性だってある。まぁ、倒すのはお勧めしない。本当にな。もし倒せたとして、どうせ生き返るし、お前らの消耗の方が激しくなるからな。あくまで逃げ切りという形で頼む”
「うん、分かった」
「はっ、まぁ、全員頑張れるだけ頑張ってみるんだな」
曹駛くんは、そう言ったあと、後ろに飛び退き、僕たちから距離を取った。
「透さん。えっと、戦いたいところ申し訳ありませんが、今回は時間稼ぎということでよろしくお願いします。詳しくは話す時間は有りませんが、それが、僕と曹駛くんの立てた作戦です」
「やっぱそうなのか」
炎の男性、イフリートの焔邪さんがそう答えた。僕の目でも、流石に炎の心までは読めません。ですから、焔邪さんとは会話でコミュニケーションを取るしかない。
「やっぱ、あいつ、敵になんかやられて、自由に動けねぇのか」
「そのようです」
「なっさけねぇなぁ……まぁ、なんとかしてやるしかないのか」
「はい、ですが、今はそれが出来ない。ですから、退却します。そして、それまで時間を稼ぎます。一応、バックにはレフィさんもいますし、退却後のことはその時に考えます」
やはり、レフィさんは待機させておいて正解だった。
もしもの事があって、戻った時のことをかんがえておいて、僕たちが出て更に2時間後。つまり麻理さんが出た4時間後に来るようにレフィさんには言っておいたのだ。それが、功を奏した。
もし来ていたところで、魔法が使えなければ恩と同じ状況になっていただろうし、下手すれば、サキさんと同じことになっていたかもしれない。だけど、待機させておいたことによって、僕らが退却した後、もしも曹駛くんが追ってきても、先制攻撃をして麻理さんが次に転移魔法を使うまでの時間を稼げるだろうし、なにより、この場に居なかったとこにより魔力が尽きていないから、戦闘要員が増えるのは有り難い。それに、この場にある札は全部効力が無くなってしまっているようだから、レフィさんが持っている回復の札2枚も、かなり有り難い。
「じゃあ、みんな、いくよ」
「ああ」
「うむ」




