123話・はっ、勝利は頂いた。
―木尾杯人―
ハハハハハ、あいつ、切り裂きやがった。あの黒い奴を切り裂きやがったぜ!
じゃあ、俺ももう一回。……ちっ、また弾かれたか……うっぜぇなぁ……
「木尾さん」
「ん? なんだ? 自慢か? ぶっ殺すぞっ!」
「はぁ……少し落ち着いてください」
そう言ったやつは、俺に向かって青い光の玉を放ってきた。ああ? 俺にケンカ売ってるのか? そんな鈍いのが当たるわけがないが、味方に攻撃してくるとはな……なっ……か、身体が動かない。一体どういう……
「はぁ、大分強化されているのはいいですが、少々興奮しすぎです。だから、落ち着いてください」
足元に視線を落とすと、俺の足はコンクリートに埋まったかのように土に埋もれていた。
その玉が、避けることも出来ない俺に当たった。すると……って、ああ……うん。死にたい。俺の心の中全部見られていたとか考えると、死にたい。マジで死にたい……だけど、そんなこと言っている場合じゃない。
この力……気持ちを高ぶらせる作用は悪くはないのだが、効力が強くなりすぎると、それはそれでまずいのか……我を失っていた。
「どうやら、傷の急速回復の副作用で、そうなるようですわね」
「そうなのか」
「ええ、恐らく、あなたの思っている通りですわ」
俺達は、敵の反撃をかわしながら、そう言ったやり取りをした。
「それにしても、その刀すげぇな。炎皇よりすごいんじゃねぇか?」
一瞬、透、焔邪、ましこのお三方に睨まれた気がするけど、気にしない。うん、気にしない。
「まぁ、これは特別製ですから」
そう言いつつも、曹駛の妹は迫りくる黒い物体の伸ばした触手を切り落としていく。一振り一振りを見る限り、そう簡単にスパスパと切れているわけでもないようだが、その刀があれば、まだチャンスはあるだろう。
「オッケー、状況の把握はちゃんと出来た。じゃあ、まずは、お前は俺の思っていること分かってるだろ?」
「ええ、まぁ」
「よっしゃ! じゃあ、それでっ!」
作戦。それは、いたってシンプルな物である。俺と透が相手の気を俺達に向ける。気を向けると言っても、もちろん本気で仕掛ける。そうでないとどうこう出来る相手でないし、本気で仕掛けてもどこまで気を引けるか……そんでもって、俺達はあわよくば相手にダメージを与えるくらいの勢いで、攻撃をし続ける。それで、隙を見て曹駛の妹がヒット&アウェイ。それを続ける。
「はぁ……上手くいく気がしませんが」
「うるせぇ、じゃあ、始めるぞ」
再び俺は敵に向かって駆け出す。右腕に力を込める。そして、至近距離で放つ。
「暴風大砲ッ!」
しかし、それは軽く弾かれてしまう……が、狙いはそこじゃない。
「龍撃皇風波第二波」
俺は高く掲げていた左手を振り降ろした。
この技、たまたま暴走状態の時の俺が作り上げた物だが、とてつもなく凄い技だ。そりゃ、とてつもない勢いで風が吹いたのは最初の数分だけだったが、今もまだ暴風が吹いているくらいだ。
じゃあ、ここで第二波をはなったらどうなるか……気になるだろう。だから、やった。
「そして、おまけの第三波だッ!」
この世の終わりなんてものじゃないだろう。この風は。地面を根こそぎ持っていくような風が一帯に吹き荒れている。
「な、なんだ、これは……」
「あーれー」
「ぐ、グノーメ……」
ついに、あの黒いのを吹っ飛ばしてやったぜっ! いや、なんやかんや俺だって結構やるじゃねぇか、気を引くどころか、相手に戦力をだいぶ削ってやったぜ。
よしこれなら作戦変更だな。曹駛の妹が持っているあの刀に頼る必要は無くなった。いま、奴の近くには透がいるはずだ。だから、透の一振りで、チェックメイト。ゲーム終了だ……って、透がいない。
……あ、見つけた。あー、あれは……無理だねっ
って、無理だねっ、じゃねぇっ! やべぇ、透ごと吹き飛ばしてしまった。それに、振り返ってみたところ、曹駛の妹は、またあの岩の中に閉じ籠って出てくるつもりはねぇみたいだし、ならば、この風の中で唯一普通に動くことの出来る俺が行くべきだろう。
「喰らえっ」
「なっ、くっ……」
剣となった俺の右手が鷸へと伸びる。勝った……そう確信した……
「ちっ……転移……グノーメまで」
俺の右手が達する前に、鷸は目の前から、消えた。
くそっ……最後の最後で逃したか……
「暴風……解」
俺の言葉と共に、吹き荒れる暴風は止んだ。
ちくしょう、油断か? いや、あの状況、あいつは最初から逃げることを前提にしていた戦いだったのか?
「その、ようですわね……」
岩の中から出てきた、曹駛の妹はそう言った。
「そのようって、どのようだ?」
「あなたがさっき心の中で思っていたことですわ」
「ああ、敵が逃亡前提だったっていうことか?」
「ええ、そうですわね、彼は……最初から、逃亡目的だった……それに、不可解な点もいくつかありましたわ……彼の心の大部分が黒いもやがかかったように見えませんでしたの。その後にどう行動するか、どういうスタンスで戦おうとしているかなど、表面上の事はみえましたが、深い所が全く見えませんでしたの。それは、私のこの目が模造品だからなのか、もしくは敵が何か対策を取っていたのかは分かりませんが、先ほどの戦闘では思いのほか相手から情報を得ることは出来ませんでしたわ」
「そうか……」
このタイミングで目の不調か? いや、でも相手は満曳の目の事を知っている対策を取っていてもおかしくはないだろうしな。どちらにせよ、少し厄介なことになったのには違いないな。
「あいつを取り逃がしちまった……」
「そうですわね……」
曹駛の居場所は結局わからずじまいだ。というか、廃墟倒壊させちゃったし……ああ、どうすれば……
「なかなかやるようだな」
突如、上から声がした。そして、この声は……つ、鷸……
鷸は黒い物体を今度はサーフボードのようにして、それに乗って空中浮遊をしていた。
「戻ってきてくれたのか、わざわざ……俺達にやられによっ!」
暴風大砲を放つが、今度は跳ね返されることもなく、ただ避けられた。
「いや、そのつもりはない。今回は、勝負として、俺の負けということにしよう」
「なんだと? じゃあ、さっさと曹駛を返せ、こんちくしょー」
殴ってやりたいところだが、上空高くを飛ぶやつまで手が届かない。もどかしいと言うレベルじゃない。
「ああ、分かっている」
「なんだと、ふざけっ……は?」
今、分かったってあいつ言っていなかった?
「なぁ、あいつ、今分かったって?」
「ええ、そうですわ、確かに言っていましたわね」
そう言う彼女のその表情は、穏やかでない。まるで、今にも逃げ出そうとするウサギのようだ。
「だが、忘れるな……俺は、あくまで勝負に負けただけだ。だから、結果的に言えば、試合では勝つだろう」
鷸は、泥となって崩れ去って行った……ってあいつ、偽物だったのかよ……
ただ、その最後の台詞……怖いぜ。それに、隣にいる曹駛の妹の表情の真意もな……
ぴらり。宙を舞って落ちてくる紙が一枚……それには、こう書いてあった。
『曹駛は地下室にいる』
なるほど、自分で探して来いということか。
「い、行きましょう」
「あ、ああ」
俺は暴風大砲を放ち、瓦礫を撤去した。すると、地下に続く階段……元階段を発見した。ちょっと、強すぎたようで崩壊してしまっており、今はただの穴である。
「………」
隣から、じっとりとした視線を感じるが、無視しよう。
「俺が先行する」
「……ええ、任せましたわ」
覚悟を決めて、俺は飛び降りた。飛び降りたと言っても、風をうまく使ってゆっくり降りただけであるが。いや、なかなか便利だな、武具融合。こんなことも出来るとは……
少し遅れて、曹駛の妹も降りて来た。そういや、透はまだ帰ってきていないようだが……まぁ、いいか……最悪の場合も考えて全員は揃わない方がよさそうだ。
分かってはいたが、暗いな……ほぼ前が見えないぞ。
「光球」
曹駛の妹は俺の心を読んでか、それとも単純に暗いと思ったからか、光る球体を召喚した。
これでよく見えるな……それにしても、いかにも廃墟って感じだな。上の方は、妙に手入れが入っていたせいで小奇麗であまり廃墟って感じはしなかったのだが、こっちは、埃まみれだし、俺がさっき暴れた時の物も混ざっているのだろうが、瓦礫があちらこちらにあるし、謎の瓶やらスプレー缶やらがごろごろと転がっている。
まぁ、それらもそれなりに気になると言えば気になるのだが、一番気になるものは……
目の前にある大きな黒い繭だ……
それこそ、人一人が入れそうなくらいの……
い、嫌な予感がするぜ……そうであって欲しくないと願うが……
「ですが、その通りですわ、木尾さん。この中にお兄様がいますわ……」
マジかよ……
「どうやって中から出せばいい?」
「普通に繭を破壊して取り出すのが一番手っ取り早い気がしますわ」
「そうか、じゃあ……」
俺は、右手を引いてから、繭に向けて突き出した……だが、またしても俺の右手は目標物に到達することはなかった。
掴まれていたのだ……繭から飛び出た手に捕まれて、俺の腕は、止められていた……
押すことも引くことも出来ない。びくともしない。なんという力だ……これ、本当に曹駛なのか?
「……ごめんなさいお兄様」
ぶちゅり……曹駛の妹は、俺を掴んでいた腕……曹駛の腕を切り落とした。
「逃げますわ」
「は?」
「だから、逃げますわ……ついてきてください木尾さん」
曹駛の妹は、俺の手を引いて駆けていく、そして、ある程度走ったあたりで転移して外に出た。
「ここまでくれば……」
彼女の顔は、絶望そのものだった。その視線は俺の右腕へ向けられている。そこには、切り落とされた曹駛の腕があった。
「……―――終わりですわ」
俺を掴んでいた腕は砂となって消えた。だが……目の前に曹駛がいた。そして、俺は次の瞬間、はるか後方に移動していた……物理的衝撃で……
「がッ……!」
何とか倒れないように堪えたが……いつの間にか、曹駛はまた目の前にいた。今度は……ランスで串刺しにした自分の妹を片手に持ちながら……
やばい。やばいやばいやばい。
「じゃあな」
曹駛は、曹駛の声で、そう言った。そして、俺の視界は無限の暗黒に包まれた。




