122話・絶対に、死ぬもんかっ!
―木尾杯人―
ぼとり、というよりはべちゃりという音を立てて、俺の右腕が地面に落ちた。
レーザーはああやっても使えるのか。どうやら、レーザーの幅は発射元の黒い物体に比例するらしい。俺の腕を落とした奴は、球体を薄く延ばしたかのような形状をしていた。それで、レーザーを薄くて縦に広いレーザーカッターとして使ったのだろう。だから、一瞬で俺の腕が切り落とされた。
俺は、バランスを完全に崩し、手を突くことも出来ずその場に倒れた……不味いな……本格的に……両腕がないので立つことが出来ないというのもヤバいのだが、一番ヤバいと思った瞬間は、腕が吹きとばされた瞬間、痛みをあまり感じなかった事、いや、今も現在進行中で痛みが感じられない……良いことなのか悪いことなのか……まぁ、どちらにせよ、このままだと、死ぬな……何も出来ず……
くっそ、せめて、あの剣のところまで……
尺取虫のように、這いつくばりながら少しずつ剣のあるところまで近づいて……要るのか? 距離感が上手くつかめない。くっそ、意識が朦朧として来ている。自分に活を入れようとも、腕が無い以上、自傷することすら今の俺には許されない。
途切れ行く意識の中、ついに体が行動するのをやめた。脳からの指令を全て拒絶してくる。人生で二度目だな、本物の死を感じるのは……
死にたくねぇし、まだ死ねねぇってのによ。
ああ……まだ、戦ってすらいねぇってのになぁ……
「……さん、その剣を……にっ!」
曹駛の妹が何を叫んでいるようだが、戦闘音の所為か、身体の損傷の所為か、よく聞き取れなかった。
剣をなんとかって言っていたような気がする。そもそも、声自体誰の物だったかはよく分からなかったが、高かった気がしたから女性の声だと判断しただけだ。
少しして、隣から強い振動を感じたので、残った力を振り絞り、顔だけ向けてそちらを見て見ると、そこには俺のバスタード・ソードが刺さっていた。なるほど、きっと透が投げてくれたのか。そういや、透は、おれのバスタード・ソードのすぐ近くにいたもんな。ありがとよ。二人とも。
多分だが、曹駛の妹が俺の心を読んで、透に指令でも出してくれたんだろうな……
ああ、死にそうだ。嬉しくて死にそうだ。
腕が無い俺でも、死に掛けの俺でも、武具融合すれば……多少は戦える。それこそ自爆特攻の一つや二つ仕掛けられるかもしれない。ならばっ……!
俺は、伸びない手を伸ばし、動かない首を剣の方へ進め、音の出ない声で言った。
武具融合……
身体が、牙と爪に包まれる。まるで危険なドラッグを打ったかのように、気分が異様に高揚として来る。このような状況だって言うのにな……
不思議だ、不思議過ぎる。こんな身体って言うのに、こんな状況だって言うのに、妙に心地よい。体も……動くぞ……! これなら、まだ戦える。いや、むしろたたかわせてもらわないと困る。何故か、不思議と、楽しくて、楽しくて、仕方がないんだ。
身体が動くようになったってだけでも驚きだが、一番は……腕が生えてきやがった。
最初は、腕を形作るかのように無数の爪が出てきた。そして、少しするとその爪は引っ込んでいき、そこには俺の腕があった。目も耳も何もかもが回復している……ははっ! この武器にはこんな力もあったのか。
「うおおおおおおおおおおおおおっ!」
前回、使った時は、こんな高揚感は無かった。これは、ピンチだからか……? まぁ、気持ち的なとこで言えばそうなんだろうな。今、思考が上手く働かないから、そっちの方の説を信じてしまっているが、一応、動かに頭動かして出したもう一つの説としては、身体の回復時に一緒にそういった事が起きるなないかってことだが、やっぱこっちは胡散臭い気しかしねぇ……ピンチってのは、逆転が有って燃えるもんだぜ、やっぱりな……
「ヒャッハーッ! 行くぜッ!」
右手を掲げる。すると、暴風が飛び回り。この研究所を破壊していった。物の数秒で廃墟は倒壊した。だが、この程度ではやはり誰一人傷なんか負ってないようだ。見方はもちろん、相手もな……
だが、そんなことは予測済み、いや、そもそも倒壊すること自体予測していなかったからな。この風は攻撃ですらないぞ。本物の攻撃は……これからだ。
「龍撃皇風波」
右手を振り降ろすと、この世の終わりを告げるかのような風がふいた。全てを吹き飛ばす。この中で飛ばないのは、曹駛の妹が作ったあの岩だけだ。あれだけはびくともしない、言ったどうなっていやがるんだ? あれは……
光の傘が、大量の炎が、相手に向かって飛んで行く。敵は急遽黒い物体を一つにまとめたてきたので、すべてを散り散りに吹っ飛ばして再結合させないという俺の目論みは防がれたが、それでも少しは流されているようだな、そのでかい黒い球体も、お前自身も……
「その首貰った」
透が、相手を目掛け駆ける。そして、俺の風に気を取られている隙を狙うつもりか、ずるいぜ、俺も行かせてもらうぜ。
俺も追い風に乗り、敵目掛けて駆け出した。
しかしながら、敵に向かっていた透の方が速く、透は鷸の後方右手に回り、斬撃を繰り出した。
「なっ! グノーメ」
「はいっ」
「おそいッ!」
黒い球体がいくつかの触手のようなものを伸ばしたが、透はそれごと切断するつもりだろうな。
「いや、十分だ」
「な、何……」
だが、切断どころか刃も立たず、炎皇は弾き返された……
「やはり、硬いな」
焔邪はそう言う。ああそういや、お前は一回戦っているんだっけ? だから、透とくらべて、切断できなかったことにそこまで驚いていないって事か。
まぁ、いいさ、俺も辿り着いたって事だしな。
「喰らいやがれッ!」
俺は正面から右手でストレートパンチを決めてやる。すると、牙や爪が現れて、俺の手自体が剣となった。ははっ、こりゃあいいぜ、手間いらずって事だな。
「くそ、召喚。来い、シールドフライっ」
俺と鷸の間に、いくつもの盾が現れた。しかしその盾は、羽が生えており宙に浮いている。いや、よくみりゃ、これは蠅型のモンスターか? ま、どうでもいい。それごと貫いてやるぜ。
ぶちゅりぶちゅりと、風のミキサーで目の前の盾が気持ち悪い期待を飛び散らせながら潰れていく。はっ! 盾どころか、そいつはいてもいなくても同じ空気のようなものでしかなかったようだな。
大量の巨大蠅を潰したその先には楯状に広がった黒い物体があった。それごと、貫いてやるぜっ!
強い振動が腕から全身に伝わる。
「ちっ!」
俺でも駄目なのかよ、つーかなんだこれ、硬すぎるだろうがよッ!
「攻め続けるぞっ」
「言われなくても分かってるぜ、ジジイッ!」
「じ、じじい……?」
行くぜ、行くぜ、行くぜ、止められるものなら止めて見ろ。
「オラ、ソラ、喰らえッ、死ね、死ね、死ね死ね死ね死ね死ねッ!」
連続で剣となった両手のパンチを放ち続けるけど、本当に硬い奴だ。傷一つ付きやしねぇ!
ジジイは切り付けては移動して、また切りつけて移動する、といった形で敵に攻撃を仕掛けているが、黒い物質の伸ばす触手にことごとく弾かれている。
ああ、くっそ、埒が明かねぇ。
「喰らえよッ! 暴風大砲」
だから、ゼロ距離で放ってやったが。結果は、数秒間、辺りの風の勢いを強めただけだった。つまりは、弾かれた。相手は、ノーダメージだ。くっそまじで硬すぎンだろうが、死ねよ。
殴っても殴っても、ダメージが与えられねぇとか、マジで舐めてんだろうがよッ!
「ぐっ……」
反撃の手を緩めた瞬間。黒い球体に右手を切り落とされた……だが、無意味だって分からねぇのか? 数秒で、腕が再生した。ああ、うぜえな……この黒いの……
俺は、大技を放とうと右手を大きく引いたところで、背後に巨大な力の波動を感じたので、全速力で横に駆けた。
「天叢雲剣っ! はぁああああああああああああ!」
曹駛の妹が、一振りの刀を握って敵に切りかかった。その刀……ただの刀じゃない。それは、見ただけで分かるほどだ。
そして、その刀は……盾状になった黒い物体を切り裂いた……




