121話・これが、反則対決。
―木尾杯人―
「では、行くぞ」
鷸といったか……あの男……そいつが、そう言うと……
「みなさん、散会っ! 敵と黒い球の直線状に立たないでくださいっ!」
慌てたように曹駛の妹がそう言った。その慌てようからして、反論できるような事態でもないので、俺は左に、透と曹駛の妹は、右に飛んだ。
次の瞬間。強力な光の束が俺達を分断した。
……れ、レーザー……ッ! やばいな、こりゃ……あんなでかいの喰らったら一瞬で消し飛ぶぞ……
そのレーザーは、数十秒後に収束したが……その通り道には何もなくなっていた。背後の壁を突き抜け、隣の部屋の壁も、その隣の部屋の壁も突き抜け、外から部屋に風が吹いてきた。
相手の態度からして、あのレーザーはもっと長く展開していられるだろうし、想像したくないが……最悪、あのレーザーを放ちながら方向転換してくることを想定しないといけないだろうな。
「お天道様の番傘っ!」
曹駛の妹がそう叫ぶと、いつかの光の傘が大量に現れる。それらは宙に浮いていて、不規則に動いている。
「それは、盾か?」
鷸がそう尋ねてくる。それに対して、余裕ぶった表情を見せつつ曹駛の妹が返答する。
「いえ、傘ですわ、あなたが放つ光を防ぐ、日傘のようなものです」
「まぁ、それはいいが、それ自身が光っていから意味がなかろう」
「それもそうですわね」
二人は、そのような会話をしてから、ふっ、と小さく笑った。……戦闘は序盤とはいえ、笑う余裕があるのかよ……透は既に苦悶の表情を浮かべているし、俺もどんな顔しているか分かったものじゃないってのに……
「さて、出迎えはこんなものでいいか?」
「そうですわね、では、今度はこちらから行かせてもらいますわ」
光の傘の先が、全て鷸の方に向いた。
「喰らいなさい、極炎」
曹駛の妹の手の先と、全ての光の傘から、炎が放たれた。これは、決まったか? 相手がどんなに強かろうと、それこそ、曹駛であろうとこれは流石に防げないはずだ、ならば、これで終わりだろう。
次の瞬間、鷸は炎に包まれた。この廃研究所は耐火性があるのか、燃え移りはしないが、その炎を直接受けている個所は徐々に溶けていっている。そこに動きはない。つまり、倒れたということだろう。
意外と、あっけなかったな……さて、さくっと曹駛を救いに行くとするか。
俺は振り返り、そこから立ち去ろうとする。この時、俺は油断していた。いや、油断できる状況を求めていたが故に故意に油断していたのかもしれない。戦場ではそれが命取りになるって知っていても、なお、早くここから離れたかったのかもしれない。
「木尾さんっ!」
その声に、振り向くと、炎の中から現れた黒い球が見えた。
俺の左腕が蒸発した。
「がぁああああああっ!」
レーザーを放たれたのだ。黒い球が見えた瞬間右に飛び跳ねたものの、文字通り光速で動くレーザーを回避しきることは出来ず、左腕を光の束に飲み込まれてしまったのだ。
幸い、剣と右手は無事だが、全体的に動きが鈍るだろうし、この痛みは、少し不味い。出血の方は面を焼かれたからかそこまででもないが、どちらにせよ、致命傷であることに変わりはない。
「ぐ……はぁ……はぁ……」
痛みで転げ回っていたが、なんとか堪えつつ立つ。
ふらふらする。今にも倒れそうだ。それに、バランスが取れない。あと、この視界の狭さ……どうやら、左目もやられたらしいな。直撃はもちろんしてないが、たまたま閉じていた右目は無事だったようだが、開きっぱなしでレーザーの近くにあった左目はやられたらしい。痛みは腕の所為でよく分からないがな。
「油断しおって……」
透が苦しげな表情でそう言う。すまない、心配をかけた。と、口に出したいところだが、余り喋れる状況でもない。身体的にな……
「木尾さん、動けますか?」
ああ、大丈夫だ。
「分かりました」
片手でも、やってやるさ。相手を倒さないといけないのは変わらないしな。
「さてと、次はお前だ」
鷸はそう言うと、曹駛の妹の方へ向いた。
「グノーメ、分散後、散会、その後、展開しろ」
「……了解」
一つの大きな黒い球体は、分裂し、大量の小さな黒い球体となって四散した。それらは、曹駛の妹が出した光りの傘のように展開される。
意趣返しするつもりなのか?
「お返しだ、極炎」
やっぱり……そう、なのか……
先ほど見た光景が繰り返される。大量の炎が曹駛の妹を焼き払いにかかる。それに対して何もしない彼女ではない。彼女もまた、大量の炎を放ち、敵を焼き払おうとしたのである。
炎が飛び交う。数ではあちらの方が多いが、こちらは武器でありながら盾にもなる、光りの傘であるのに対し、相手の球体は数を増やすために小さくしすぎたのか、炎を防げるサイズではないので、総合的には互角だろう。それでもやはり数の差が大きかったか、迎撃し損ねた炎が大量に曹駛の妹を襲うが、彼女は岩のようなもので守られており、その岩にダメージを与えることが出来ないようで、彼女自身もダメージは受けていないようだ。
彼女が放った炎もいくばか相手を直接襲っていたが、鷸はボーリング球サイズの球体をいくつか周りに置いていて、俺を縦のように広げ自信を守っていた。
これほどの魔法戦なのにもかかわらず、両者傷一つ負っていない。俺達が、介入する隙もないほどの戦いだ。俺達は、いや、俺は、今のところ、本当に足手まといにしかなっていない。
くっそ、熱に当てられて、更にくらくらしてきたぞ……
「ふむ、重傷じゃな……」
いつの間にか俺の左に来ていた透が、そう言う。
「ま、あな……そ、れなり、に、やば、いぜ……」
とぎれとぎれの声でそう答える。
「なるほどな……全て先ほどのレーザーで持っていかれたのか」
「あ、あ……」
きっと、曹駛の妹から貰ったいくつかの札の事を言っているのだろう。あの中には、休息回復の札もあった。あれは、薬師でもある、彼女の特製らしく、ほんの十数秒であらゆる傷が完治する魔法が封じ込められているらしいが、実は、魔法そのものは、ほぼ薬の効力を速めるもので、大事なのは薬の方らしい。だが、その薬がなかなか希少なものらしく大した量が手に入らなかったということで、1人につき2枚分しか用意できなかったらしい。それを、油断が原因で、ただの一度も使う間もなく失った俺は後で何と言われるんだか……まぁ、それも生きていればの話だが……そう思うと、叱られるのも悪くないかもしれないな。
「まぁ、良い……儂の札を一枚使え」
透はそう言って自分の回復札を一枚差し出してきた。だが、それは2枚しかない物だ。受け取る訳には……って言ってもいられないが、更にそれすらも言っていられない。
俺は剣から飛び出ている牙と爪を戻し、峰で透を吹き飛ばした……その際手を放して、剣も飛ばした。
その後、俺の右腕が切断された。




