104話・覚醒・弐。
―レフィ=パーバド―
あれは……本当にテンチェリィなのだろうか……
「な、なんだ、おまえ……」
テンチェリィは無言だった。その返事は、攻撃であった。その攻撃は、恐ろしい物であった。
男の足元に魔法陣――いや、違う、それとは全く異質である。似ても似つかない代物だ――があった。何かを感じた男はすぐに右に飛び退いたようだが……次の瞬間、まだその魔方陣のような物の中に残っていた、左の肘から先と左の足首が、消えた。正確に言うと、その魔方陣のような物の上部にあったものが全て消えてなくなった。一瞬で……
「ぐああああああああああぁぁっ!」
男は叫ぶ……
これは一体どうなっているのだろうか……あれは本当にテンチェリィなのだろうか。
「……レフィさん……」
この声は……麻理さん? さっきまで串刺しにされていて身動きが取れていなかったはずだが……
「レフィさん……すいません、随分負担をかけてしまいました……少しお待ちください……」
背中に僅かに押されている感覚がある。これは、麻理さんの手だろうか……その感覚も、あまり感じられない。気を尖らせていると、ギリギリ分かる程度だ。きっと、感覚がひどく鈍っているのだろう。実際私が伏せている床には石が大量に落ちていたはずだが、お腹に多数の圧迫感こそは感じるものの、痛みを一切感じていない。
「……生命付与……寿命増加……」
あ、暖かい……温かみを感じる……それに……感覚が、戻ってきた。
腹部の痛みが私の生を感じさせてくれる……
「くそがっ! こんな隠し兵がいたとはな……こうなりゃ、出し惜しみなしだ、せめて、てめぇだけでも……」
そうこうしている間にも、あちらはあちらで話が進んでいるようだ。
男は、懐から大量の紙を取り出した。あれらは、先ほど何回か使っていた、魔法の簡易詠唱を可能にする紙だろう。それを……あんなに……
紙はアレで全てだろう。さっき男が自分でも言っていたが、間違いなく、あれは出し惜しみなし。あとに残った私たちの事は考えていない。とりあえずは、テンチェリィを倒す事だけを考えている。
「最大出力だッ! 持ってけッ!」
男が手にする紙は全て燃え尽き灰となり、辺りに魔力が拡散されていく。
「燃え尽きろッ! フォールオブサンッ!」
天井は無くなった。上から火の粉が雨のように降ってきた。
若干動くようになってきた顔を動かし、上を見て見ると……そこには太陽があった。
「皆焼け死んでしまえっ!」
その太陽は、ゆっくりと迫って来た。この屋敷を焼きながら落ちてきた。
その熱気はどんどんと強く感じられるようになる。アレを受けたら……全滅だ……相手の男ごと、だれ一人残らず……文字通り全滅だ。
「……レフィさん……少し、治療を中断させてもらいます……天岩戸……っ……」
辺り一面が暗くなるが……それは一瞬だった。今まで男の数々の魔法を弾き返してきた、麻理さんの最強の守りが、一瞬で破壊された……
「なっ……なんて、威力なんですの……」
そして、その太陽に、私達は飲まれた……と思った。そう思った。だが、その太陽は、まるで最初からなかったかのように。この屋敷の中で戦闘など行われていないかのように。全てが元通りになった。そう、私たち以外の物が全て、戦闘が行われる前に戻ったのだ。そそれに、窓の外を見ればわかる。いつの間にか、異次元から……元の屋敷に戻っている。
「こ、これは……」
今のは、私の声だ。今ので、分かったが、私はいつの間にか、喋れる程度には復活していた。相変わらず、身体は未だうまく動かせないが、這う程度には動けるようになっている。
「そ、そんなことより、レフィさん、治療を再開します」
そう言って、麻理さんはまた私の背中に手を当てた。
「ま、麻理さん」
「メアリーです」
「いや、今はそんなこと言っている場合じゃ」
「メアリーです」
「……メアリーさん」
「メアリーです」
「メアリー」
「はい、何でしょうか」
「えっと、さっきまで、串刺しにされて、身動きが取れなかったはずじゃ……」
「それですか、それは、あの男がテンチェリィさんに気を取られているうちに、気絶したふりをしていたらしいミットさんが助けに来てくれました。まぁ、ミットさんは、その後、本当に気絶をしてしまわれたのですが……」
なるほど、そういうことか……
それにしても、テンチェリィは一体何をしたのだろうか。
まるで、何もなかったかのように全て元通りになった。こんな魔法、聞いた事が無い。そりゃ、麻理さ……メアリーや曹駛も見た事も聞いた事もない魔法を使うけど、テンチェリィのは別格だ。
わけが分からないのだ。何が起きたのか全く把握できない。
「くそっ、どうなってやがる……」
男は、そう言った。テンチェリィは男を指差した。そして、男は消えた。
「……?」
テンチェリィはこちらに振り向き、首を傾げてから……倒れた……
その後、テンチェリィは目覚めたが、何時ものテンチェリィに戻っていた。この戦いの事を尋ねても全く覚えていないらしい。それどころか、戦いがあったことすら覚えていないらしい。もちろんああの男の事も。
一時は死を覚悟した私も、麻理さ……メアリーが寿命を他人に与える術で、私に寿命を渡すことによって、生きながらえることが出来た。
あの元国軍の男は、気づいたらいなくなっていたらしい。
全て、上手くいった。結果だけ見れば、そうなるだろう。だが、今回の戦いには、心残りが多くすぎる。私の使ったあの魔法はいったい何なのか、曹駛が相手取っている組織にはあの男のようなのがわらわらといるのか、それに何より、テンチェリィの謎だ……テンチェリィがあそこまで戦闘能力を持っているのも知らなかったし、何より、目を疑うほどの強さを見せた、あのテンチェリィは一体なんだったのだろうか……あれは、本当にテンチェリィだったのだろうか……
「レフィさん」
「な、なに?」
「先ほどのテンチェリィさん……あれは、いったい……」
「それは……私にも分からないです……」
「そうですか……」
話の中心人物であるテンチェリィ本人は、一人首を傾げていた。




