98話・力。
―サキ=フォールランス=カムラ―
「名をなんという……」
「うん? 秘密。まぁ、あえて言うなら、蝶とだけ」
蝶々だと? ふざけているのか? ただ、相手にはそのふざけるだけの余裕がある。それだけは分かる。今から私が戦う相手は……格上。さて、どうしたものか……まずは姫様達を逃がしたいところだが……逃がしたところで、逃げられるかどうかも分からない。さて、どうする? 私が勝てる見込みも……無いに等しいが……戦わないという手もない。
額に汗が滲んできているのが分かる。せっかく自信を取り戻しかけていたというのに、ここまで、強い相手と会うとは……私も運が無い。
「まぁ、そんな怖い顔しないでよ」
「何をふざけた事をっ……」
私は既に剣を構え、臨戦態勢に入っている。しかし、相手の女性は、相変わらず兵に腰掛け笑っているだけである。腰の小刀に手を掛けすらしない。
「まぁ、戦うのは仕方ないからいいけどさ…………さっさとかかって来ないの?」
その言葉が、戦闘開始の合図だった。別に挑発に乗ったわけではない。ただ、切りかかるタイミングにはちょうど良かったというだけだ。
剣を振るい、彼女の首を狙う。しかし、何時の間に抜いていたのか、小刀で受け止められてしまった。しかし、これはおかしい。私は、剣を両手持ちして全力で薙いだ。それを、片手で握った小刀で受け止めた上、その小刀はピクリとも動かなかった。一体、どれほどの力を持っているというのだろう。
「いや、凄いね、若いのに……まぁ、私も、若いっちゃ若いんだけどね」
気づけば、目の前から、蝶と自称した女性が消えていた。
これは……私は、直感で片手持ちに直し、右手に持ったその剣を後ろに回した。
ガキンッッッ!!
後ろから、激しい金属音が鳴る。振り向いてみれば、先ほどまで目の前にいたはずの女性がいた。この技は、さっき私がした技を模倣しているのか? やり方は違うが、同じ結果が出ている以上、技は盗まれていると言っても過言ではないだろう。いや、やり方が違うが故に私自身対処できないので、下手したらより厄介かもしれない。
ただ、それならば、私が対処できないように、彼女もまた対処できないはずだ。
瞬間、景色が変わる。私は彼女の後ろにいる。そして、剣を振り降ろした。だがしかし、その一閃は受け止められることすらなく、最低限の動きだけで躱された。ただ、その動きは、どういうものだったかは理解できなかった。全く見えなかったし、どうやったかもわからないのだ。
「後ろから切りうけるなんて、なかなか酷いことするね」
「先にしてきたのは、あなたでしょうに……」
返しで振り降ろされた、小刀を受けつつそう答える。
鍔迫り合いが続いたが、これ以上は危険だと感じ、私は距離を取った。
「うーん、確かに強いんだけど、ちょっと期待はずれかな?」
そう言った、彼女は、いつの間にか目の前にいた。そして、その手にある小刀は既に振られている。だが、今回は私も反応できた。私もまたその振られた小刀のコース上に剣を置いて守りを固めている。そして、更にもう一手だ。私は、自称蝶の女性がこちらに向かって来るその瞬間、視界の端に入った、彼らを信じ、確実にこの一撃を防いで見せよう。
ガキンッ!
「パワーボール」
白い球体が、自称蝶の女性に直撃した。
私は衝撃に巻き込まれないに後ろに飛び退いた。直後、白い球は破裂し辺りに衝撃が響いた。
「大丈夫ですか? サキさん」
「ええ、大丈夫です」
そう、椎川さんと奴井名さんがこちらに向かってきていたのだ。
先ほどの白い球を放ったのは奴井名さん、彼女は魔法が使えるそうだ。
「加戦します」
「有り難い」
「それと、これ、サキさんの槍です」
「これまた感謝いたします」
私は、剣を鞘に納めてから、椎川さんから槍を受け取った。これならば、先ほどよりはマシな戦いが出来るだろう。戦力差も縮まった。
煙が晴れ、人影が見える。しかし、奴井名さんの魔法が直撃したはずの彼女は……無傷だった。
「おお、凄いね、魔法も使える人がいるのか」
「やっぱり、無理ですか……流石は、お爺ちゃんを殺しただけの事はあります」
「おや、覚えていただけていたようで」
「忘れるものか、断鬼さんの仇だ」
見たところ、二人と彼女は過去に因縁でもあるようで、普段の二人とは違う、酷く殺気立った様子であった。
「さて、どうしたものかな、3対1かぁ……流石に分が悪いな」
「ならば引いたらどうだ……と、言いたいところだが、あなたを逃がすわけにもいきません、御覚悟なされ」
槍を構え飛び出た。
「駄目だ、サキさんッ!」
椎川さんが叫んだ。が、勢いよく飛び出した身体に急ブレーキをかけることは出来なかった。だから、私は、ここで……
視点が変わる。世界が全てスローに見える。私は、彼女の真上にいた。
彼女に当たる地点で最高速度になるように、槍を突き落とした。彼女は、私に反応したそして、小刀で足りの切っ先を受け止めたが、まだ私の攻撃は終わっていない。自由落下する身体で次々に、放てるだけ、何度でも、連続で、突き続けた。そして……かすり傷程度ではあるが、彼女の左手、右肩、左腕、右わき腹、右太もも、左ふくらはぎ、左足に一カ所ずつ切り傷を付けた。
そして、また視点が変わる。私は、二人の後ろにいた。脱力感と疲労感が襲ってくる。スローな世界はまた通常通りの動きになる。直後、爆裂音と共に熱波が襲ってきた。
地雷だ。何時の間に仕掛けたのか、私が先ほど飛び出た後、踏んでいたところに大穴が空いて、黒煙が立ち込めている。
「……っく、よくも、やってくれたね……私に、傷を……」
地雷は危なかったが、彼女は酷く憤慨した様子だ。傷つけられたことがそこまで、相手の精神を不安定にさせるとも思っていなかったが、結果的には、大成功だ。取り乱した相手と戦うのなら、幾分楽だ。
「落ち着け、落ち着くんだ」
「なにッ!? 私に文句があるの?」
「ああ、ある、大ありだ。そんな精神状態じゃ勝てる相手にも勝てない。むしろ、俺の足を引っ張ってマイナスになる可能性がある」
「ああん? うるせぇっ!」
「はぁ……すまない、彼女、結構ヒステリーなんだ」
ロングコートの男。
彼は、誰だ?
ただ、味方じゃないのだけは分かる。
「さっきは、スカしてしまったが、次はちゃんと焼いて見せよう。僕は爆弾使い、トレジャーハンターのフォーラ=イブライディだ、よろしくな」
爆弾魔。そう自称した、彼は、間違いなく敵である。先ほどの地雷も彼が仕掛けた物らしい。そして、これまた、彼も……格上であった。